ヒロインは天真爛漫な笑顔で逆ハーレム?
「うん、まあオットーさんは美男子の部類に入ると思うけど、それが重要かい?」
(ただの軽口のつもりだったのにウィリアムときたら至極真面目な顔で、
『重要、みたいです』だと。マジか)
ジュールはウィリアムに「二人きりで話したい」と呼び出され、学園内の英国風ガーデン領域にきていた。二人きりとの要望に応えてレイアはいないが、イザークは護衛に専念で口を閉ざしたままという条件で側に立たせている。
「殿下とは何だかお久しぶりの気がします。最近はこの『愛の聖堂』にレイアさんとご一緒していることが多いそうですね」
これはローズマリーから色々と言われているなと察しつつジュールは答える。
「レイアさんとここを使うことが多いのは猫つながりなんだ。彼女が木から助けた猫をフェルゼンが飼うことになって、彼が猫をここに連れてきては三人揃って猫を猫可愛がりする今日この頃なんだ。
で、細かいことを言うようだけど、このガゼボを『愛の聖堂』と呼ぶのは控えてくれると嬉しいな。ここは小トリアノンの『愛の聖堂』と違って装飾用のフォリーじゃない。今は階段に座っているけど、柱に囲まれた内側に入って普通にガゼボとして使って良いんだ。
〈ヒドイン〉が頻繁に突撃して荒らすまで、兄さんも婚約者とゆっくりここで休んだりしていただろう?」
「まあ内側に入るのに心理的抵抗があるのは〈ヒドイン〉の後遺症もありますが、私にとってここはやはり小トリアノンの『愛の聖堂』という気持ちが強いからというのもあります。イオニア式の白い円柱に白い天井ドーム、内側中央の天使の像、周囲を丸く囲む、今座っている階段」とウィリアム。
「中央の像は天使じゃなくて、独自に頭部をくっつけたサモトラケのニケだよ。円柱は『愛の聖堂』よりずっと細く、柱の数はあちらが十二本に対しこちらは八本。
あちらと違ってこちらは周囲に木の一本もないし、少し小高い丘みたいなところに建っているから、見晴らしも良ければ周囲からの見通しも良し、と」
ジュールは少し息を吐いた後、言葉を続ける。
「いや、こことここが違うから『愛の聖堂』とは無関係だと言い張りたいわけじゃない。B棟校舎と小トリアノン宮殿の外観が雰囲気似ている問題と同じでさ、影響を受けてるのは丸わかりなのに隠そうとするのはどうかと思う。でもここを『愛の聖堂』、B棟校舎を『小トリアノン宮殿』と呼ばれると、まがい物だと揶揄されているようで。そう呼ばれたかったなら徹底的に外観を似せるべきだったと思う。個人の感想だけど」
「何だか国内史での議論を思い出しました」とウィリアム。
「そうそう。まさにそれ。
で、ウィリアムはどう思うんだ? 今日の話はガゼボのことか?」とジュール。
「まあ、ここは本当に見通しが良いから、あれこれ噂にはなっていますよ。
でもお諌めしようとして来た訳ではありません。
最近お会いできない、聞きたいこともあるのにと意気消沈のローズマリーの代わりにご機嫌伺いです。
ちなみに彼女は完全装飾用のフォリーなのに——とかは全然気にしていません。
むしろ羨ましがっていました。楽しそうよね、レイアさんの天真爛漫な笑顔はさすが〈ヒロイン〉と思うわ、だそうです」
「『天真爛漫な笑顔』って遠眼鏡ででも見たのかな——ってのは、ともかく。
羨ましいとか言うなら、見かけたときにでもこちらに来れば良いのに。確か猫は好きだっただろう?」とジュール。
「ローズマリーが殿下たちを見かけるのは校舎からですので。ここまで結構距離がありますし、何気に傾斜もありますし、まっしぐらに走っていく訳にもいかないとウジウジしてました。
現王太子妃殿下は王太子殿下にエスコートしてもらって、時折馬も使っていたそうです。件のお花畑〈ヒドイン〉はそんなの抜きで走って突撃だったらしいですから大したもんです。
……ところで殿下。話は全く違うのですがお聞きしてよろしいですか?」
「うん?」
少しトーンの変わったウィリアムの声音に、ジュールは何を聞かれるのかと思いつつ、あえてのんびりとした声を出した。
「週末にレイアさんを連れて塔で食事なさったというのは本当ですか?
ローズマリーのご友人が目撃したそうですが」
「うん、行った。……お願いだから逢引とか言うなよ。
イザーク以外にももう一人いたし、とても健全に談論風発していただけだぞ。
ローズマリーが嫌がっていた中世ヨーロッパ料理もレイアさんには好評だった。
四人揃って舌鼓を打ったさ」
ウィリアムは真剣な顔でジュールに尋ねる。
「同行したのはレイア嬢とイザーク、あとお一人はどなたかお聞きしても?」
「ウィリアムは覚えているかな、半年前に卒業したオットー先輩だよ」
「覚えています。オットー・クラーク伯爵令息。
髪は黒くて長さは肩の下くらいで少し癖っ毛で」
「まあ髪については僕も同じだけど」
ジュールの髪も黒くて癖っ毛、長さも同じくらいで肩甲骨の上あたりである。
「瞳の色は濃い茶色でしたっけ。そして一般的に言って『美形』な方」
「うん、まあオットーさんは美男子の部類に入ると思うけど、それが重要かい?」
ジュールは、ただの軽口のつもりだったが、ウィリアムは極真面目な顔で、
「重要、みたいです」
と絞り出すように言う。
「マジか」
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