最終話
「大変です!旅行中に体重が1キロ増えちゃいました!」
旅行が終わった次の日の夕方、学校帰りの後輩が玄関からそんなことを叫びながら扉を開けて帰ってきた。
いきなり大声で帰ってきたので、俺に撫でられてくつろいでいたクイーンは迷惑そうな目をしている。
クイーンのそんな目線などお構いなしに、後輩は俺に助けを求めるように泣きついてきた。
どうやら後輩は学校で友達から太ったと言われ、保健室で体重を測ってきたらしい。
最近は部活も終わり運動量が減ったし、旅行中にご飯はもちろん、お菓子や買い食いでたくさん食べたので、太るのも無理はないだろう。
「どうしましょう!ご飯を抜くしか無いんでしょうか!」
「ダメです。1日3食しっかり食べましょう」
安易なことを言う後輩を少し注意すると、少ししょんぼりとしてしまった。
まあ別に1食抜くくらいなら別に良いのだが、それを許すと後輩は食事を極端に減らしてダイエットをしそうだという勝手な思い込みが俺にはある。
あと個人的な意見で申し訳ないが、過度な食事制限で痩せようとするのはあまり好きではない。
それに無理なダイエットをするほど太ったようには見えない。
「1キロくらいなら大丈夫じゃない?」
「前の体重が理想の体重だったんです!意外と気にしてたんですよ!」
後輩には自分の体重にこだわりがあるようだ。
後輩のどこが変わったのかをよく見てみると、確かに顔がほんの少しだけふっくらした気がする。
まあでもこれくらい太るだけなら良いが、今何もせずに怠けて今後ぶくぶく太っていく後輩は見たくはないな。
「じゃあ一緒に運動しようか」
「え!良いんですか!1人で運動するのすっごく苦手なんです。1人だと心細くなっちゃうんですよね…」
俺は旅行中でも食べる量自体はそこまで変わっていなかったはずなので、おそらく太ってはいないだろうが、最近少し運動したい気分なのでいい機会かもしれない。
「でもやるからには厳しくいくよ。目標は1週間で1キロ痩せることね」
「頑張ります!厳しくして下さい!」
後輩もやる気満々だ。
ダイエットの基本は運動と食事だろう。
健康的な食事と運動をしていればいずれ痩せるだろうが、今回は短期間で痩せることを目標にしたので、ハードな運動とカロリーの少ない食事を取れば1週間で1キロはなんとかなるだろう。
俺は効率的なダイエット方法など知らないので、気合いで運動させて痩せさせる方針をとることにする。
「じゃあ俺は今日の食事を考えるから、後輩はとりあえず夕食前まで走ってきて」
「ええ!一緒についてきてくれるんじゃないんですか!?」
「ごめんね。痩せるための食事を今日から始めたいから今からスーパーに行ってくるね。だから一緒に運動出来るのは今日の夜からかな。今回だけ1人で頑張って」
「分かりました。というか夜も運動するんですね…」
後輩が嫌々ながら走りに行ったので、俺もスーパーへ向かう。
うーむ…どんな食事が良いだろうか…痩せるためにはとりあえず炭水化物は減らしたほうが良さそうだが、完全になくすというのも栄養学的に問題がありそうだ。
特に後輩は普段からご飯をいっぱい食べるし、いきなりご飯をなくすのはかなり辛いだろうな。どういたものか…
――よし、じゃあ玄米にしてみようか。玄米ならよく噛むことで満腹感を得られるだろう。これなら後輩もご飯を抜かなくてすむ。
あとは野菜を多めで、高タンパクなものをおかずに出せば痩せるメニューとしてはまあ大きく間違ってはいないだろう。
大体の事が決まったのでスーパーで玄米と野菜を多めに買い、魚や鶏むね肉や卵を買いだめしておく。
このような食事で、あとは運動をたくさんすれば痩せるだろう。
有酸素運動がいいとはなんとなく聞いたことがあるが、これはあまりこだわらなくても良い気がする。
俺も後輩もどちらも運動は出来る方なので、楽しく運動をしているだけでも充分な運動量になるはずだ。
そんなことを考えながら、俺が家に帰り食事の支度をしていると後輩もランニングから帰ってきた。
「先輩!疲れました!ダイエット辛いです!」
「よく1人で頑張ったね。ほら、夕食にしよう」
今日のメニューは玄米と野菜たっぷりのスープと焼き魚にした。
「いつもより味がうすいですね…おいしいですけど」
「うーん…たしかに味の濃いものも食べたくなるな…でも我慢我慢」
普通に美味しい食事なのだが、野菜が多く、油っこいものが無いからか余計にそう思う。
普段はどちらかというと味の濃いものが好きな俺達にとって、この夕食は少しだけ辛い。
「先輩。肉が食べたいです…」
「鶏むね肉ならいっぱい買ってきたよ」
「そういうことじゃないんですよ!肉肉しいお肉が食べたいんです!」
食事に少しだけ不満はあったが、食べ終わって満腹感はある。
普段からダイエットを頑張っている人はこれくらいの食事はなんてこと無いのだろうが、俺たちは食べることが楽しいタイプなので、せめて食事はこれくらいのレベルを維持したい。
そうなると、やはり運動をがんばるしかないのだろうな。
「じゃあ今日はもう外も暗いし、少し休憩してから一緒にクイーンの散歩にいこうか」
「あ、じゃあ公園に寄りませんか?公園で縄跳びをしてみたいです!なんか減量中のボクサーがやってるイメージがあるので、凄く痩せそうじゃないですか?」
「たしかに痩せそう。いいね。俺も久しぶりにやりたい」
今現在うちには縄跳びが無いので、散歩途中に100円ショップで買って公園へ散歩に行く。
子供の頃以降縄跳びなんてしていないので少し楽しみだ。
30分程歩いて公園につき、まずはクイーンとたっぷり遊ぶ。
クイーンはかなり体力があるので、満足するまで遊ぶだけでなかなか体力を使う。
クイーンが疲れて休憩しだしたので、俺たちは縄跳びを始める。
「今でも意外と出来ますね。2重とびまでなら余裕です!」
「でも100回も飛ぶと結構疲れるよ。これは痩せそうだな」
最初は楽しくて何回も飛べたのだが、ずっと飛んでいるとかなり疲れる。単純な運動だがかなりハードだ。
普通に飛ぶことに飽きたら、あやとびや後ろとび、ボクサーがするような片足ずつ交互に飛ぶとび方などを試しながら、2人でたっぷり1時間程縄跳びをした。
かなり疲れたが縄跳びは意外と楽しめたな。
たっぷり運動したので、家に帰り後輩を入念にマッサージをする。
マッサージをしながら後輩に、良く頑張った、頑張っている後輩は可愛い、明日からも頑張ろうなどの言葉をかけてモチベーションを高めさせる。
実際今日の後輩は頑張っていたので、明日からも同じくらい頑張ればすぐに1キロくらい痩せるだろう。
■
次の日、学校から帰った後輩を連れて、もっと楽しく沢山運動するためにまた公園に行く。
「今から鬼ごっこをします。後輩が鬼で俺を捕まえたら勝ちね」
鬼ごっこのように遊びながらのほうが自然と運動できるだろう。
「ふふっ余裕ですよ!先輩を追いかける事は得意です」
後輩は自信があるようだが果たしてそううまく行くだろうか。
後輩が追うのが得意なように、俺も逃げるのは得意なのだ。
「よーい、スタート!」
俺は合図を出すと同時にダッシュする。足の速さだけなら後輩のほうが少し早いので、障害物などを駆使して俺は公園を駆け回りながら逃げていく。
「あれ?この程度なの?」
「ぐぬぬ…すぐ捕まえてあげますからね!」
結局、後輩が俺を捕まえたのにはかなりの時間がかかった。
後輩は相当体力を使ったようで息も絶え絶えだ。俺も激しく動いたのでかなり疲れた。
「先輩逃げるの上手すぎませんか?」
息を整え、後輩は俺に問いかける。
「逃げる訓練はいっぱいしたからね」
なんだかんだ男へのセクハラや痴漢などの犯罪行為は多いからなぁ。
俺がいきいきと生きるためには自衛能力が必須だったのだ。
母や祖母に手伝ってもらいながら、逃げる訓練は沢山積んできた。
「じゃあ次は俺が鬼ね。一瞬で捕まえてあげるよ」
「今回は流石に逃げ切れると思いますよ!足自体は私のほうが速いわけですし、さっきのようにはいきません!」
「ほう。そんなに自信あるんだ…じゃあ俺が後輩をもし1分以内に捕まえられたら、1つ言うことを聞いてもらおうかな」
「望むところです!」
後輩は意気揚々と答える。
「じゃあそうだな…俺が後輩を捕まえたら…」
少しためて俺は言う。うん。もうそろそろこれを言っても良いと思うんだ。今更後輩を逃がすつもりもないし。
「――結婚しようか」
「え?……ええええええええええ!」
最初は何を言われたのかが頭で理解が出来ていないようだったが、次第に俺がなんと言ったのかを飲み込んで、後輩は一気に顔が真っ赤になった。
俺は開始の合図をし、ゆっくりと1歩ずつ歩いて後輩に近づいていく。
合図をしたのにも関わらず後輩は1歩も動かず、うるんだ目で俺を見て立ち尽くしている。
「はい捕まえた。ということで結婚ね」
「ううううう…先輩のバカぁ。逃げるわけ無いじゃないですか!」
俺は後輩を抱きしめると、後輩は号泣しながら俺の胸をポカポカと叩く。
「ふふっ。なんか、つい言いたくなっちゃった。ロマンチックじゃなくてごめんね」
「ホンドでずよ!先輩のバカバカバカ!」
声を詰まらせながら俺に抗議する後輩。
言葉とは裏腹にとっても嬉しそうだ。
きっとこれからもいろんな困難があるだろうが、後輩と2人ならどんなことでも乗り越えられると確信している。
こんなことを真剣に言うのは少しだけ恥ずかしいが、後輩に俺の心からの気持ちを伝えようと思う。
「大好きだよ。鈴音」
俺はこれからも後輩を振り回していくだろう。
完
西野鈴音
【私達を応援してくれた皆、ありがとう!!!!】
完結しました。最後まで読んでくれてありがとうございます!
少し書くことが疲れてきたので1度息抜きしたいと思い、不定期更新にするか完結するかを悩んだ末、初めての作品なので是非とも完結させたいという思いから完結としました。
この作品は自分の大好きなものだけを詰め込んだ大好きな作品なので、今後もっと文章力があがったら少しずつ書き直していきたいという気持ちがあります。
自分の文章力や内容など、反省点はいっぱいありますが、今は完結して気分が良いので一切反省しておりません!
でも流石にプロット無しストック無しで書き始めたのはやりすぎたかもなあ。
この作品を最後まで読んでいただいてありがとうございました!