第22話 ヤンデレ
後輩が男に告白されたらしい。
ふと後輩のツイッターを見ていたら他校の男子に告白されたと自慢していた。
今まで一切モテなかった後輩が動画投稿をすることで後輩の魅力が世に伝わったのか、最近の後輩はやたらモテる。
後輩は以前にも男に告白されているので、モテ期が来たと絶対に調子に乗っているだろう。
後輩にはあまりそういうふうに調子に乗って欲しくないし、他の男に心を奪われて欲しく無いので帰ってきたら釘を刺そう。
なんだか俺の考えがヤンデレっぽいと自分で思ったので、せっかくならヤンデレ風に後輩を責めてみることにする。
ヤンデレの理解力を高めようとネットや漫画などで参考にしようと調べていたら、この世界にはヤンデレ男子が流行っていないことに気がついた。
猟奇的な男性を描く漫画などは存在したが、どういうわけかそういう男はいっさい恋愛をしていない。それに比べて何故か女のヤンデレはやたらと多いのだが。
仕方がないので俺の想像だけでヤンデレっぽい雰囲気を出そうとする。
俺のイメージではヤンデレは退廃的な雰囲気をしていそうだという偏見があるので、そう見えるようにダメージジーンズに黒いジャケットを着て、髪をあえてボサボサにして爽やかさをなくす。
本当はひげなんかもあれば良いのかもしれないがいつも綺麗に剃っているのでヒゲは無し。
この格好でハサミを持って玄関前でニッコリと笑顔を貼り付けて出迎えする。
不自然な笑顔と手に持っているハサミが嫌な想像を働かせてくれそうで、自画自賛になるがなかなか良い出来だと思う。
「ただいま!先輩聞いてくださいよ!って先輩。その格好似合いますね。ハサミを武器にして戦うキャラクターみたいでなんかかっこいいです!」
怖がらせるつもりだったのだが後輩は楽しそうに俺の格好を見ているので、俺の演出の効果は薄かったみたいだ。
「おかえりなさい。ちょっと話があるんだけど、なんか他の男に告白されたらしいね…」
表情を一切変えず笑顔を貼り付けたままなるべく抑揚のない話し方で問い詰める。
「そうなんですよ~いやあ、モテちゃって困りますね!絶賛モテ期ですよ!」
「ふぅん…やっぱり事実なんだ…」
俺は後輩に責めるような目をしながら近づいていき、後輩の匂いを丹念に嗅いでいく。
後輩に少し肝を冷やして欲しいだけなのだが、後輩は嬉しそうな顔を浮かべていた。
「後輩から他の男の匂いがする…」
これは全くの嘘だ。正直匂いなんて全然分からない。それっぽいことを言っただけで本当はいつもと同じ石鹸のような匂いしかしなかった。
なんで同じシャンプーやボディソープを使っているのにこんなに俺と匂いが違うんだろうか。
「別に告白してきた男に触れられてもいませんよ?だから匂いは変わらないはずですが…」
後輩がまっとうなことを言っているが、強引に俺の意見を通す。
「他の男の匂いがして嫌だから俺の服に着替えて。俺の匂いで上書きをしたい」
「いいんですか!やったあ!」
これも嬉しそうにする後輩。異常な嫉妬心を表現したつもりだったのだが全く怖がってくれない。
俺の服に着替えた後輩を見る。後輩が俺の服を着ているだけなのだが、なんだか自分の服を着せると後輩が自分の物になったように強く感じて言葉では言い表せない気持ちよさがある。また今度やってもらおう。
「ねぇ。告白された男はどういう人だったの?」
「他校の中学1年生の子で前髪が目まであるガリガリの男の子でしたよ。なんかいかにも自分に自信がなさそうな子だったのに私に告白してくれてちょっと嬉しかったです!」
「ふぅん…ねえ。その男の子の方が俺より好きなんてことは言わないよね…もしそうなら絶対に許さないよ…」
なるべく怖く聞こえるように言っているのだが、後輩はやっぱり嬉しそうな表情をしている。俺が同じことを言われたら結構肝が冷えるんだけどなあ。
「もちろん断りましたよ!私は生涯先輩一筋なんで!」
後輩がまっすぐに好意を伝えてくれるので俺の病みの演技が浄化されそうになる。いけないけない。ニヤけるところだった。もっとしっかり演じきろう。
「よかった。後輩は俺と死ぬまでずっと一緒だよ」
「はい!もちろんです!」
やばいな。全く怖がってくれる気配がない。もっと他の手で攻めよう。
「もう俺以外の男なんて視界に入れないでね!分かった?」
「私はもうとっくに先輩に夢中ですよ!」
「後輩には俺が必要でしょ?」
「はい!もう先輩なしでは生きていけません!」
色々手を変え試したがやはり全く怖がってはくれない……まあそりゃそうか。俺は一方的で狂気的な強い好意を向けられる事は怖いと思っていたけど、どんな形でも俺が後輩に好意を向けていることには変わらないから後輩は嬉しがってしまうのか。もし俺が後輩と初対面のときに今と同じようなセリフを言えば怖がってくれたのかな。
まあでも1度始めたことだし心が折れるまで続行しよう。
後輩とずっと一緒の側についてドアを開けたり椅子を引いたりと、後輩がしたい行動を先読みして俺が補助する。後輩のことはどんなことでも全て理解しているというアピールだ。
「なんだか先輩!出来る執事みたいですね」
これもだめか。なんとなくダメそうな気はしていた。次!
後輩の着替えや食事など、別に手伝う必要が無いことまで世話を焼いてみる。何でもしてあげたいという重たい愛のアピールだ。
「女王様になった気分です!こんなにしてくれるならお風呂も一緒に入って下さい!」
全然うまくいかないのでお風呂もいっしょに入って攻めようかとも思ったが、後輩が暴走しそうだからやめる。
「もう!お風呂も一緒に入って下さいよ!」
そこらへんの線引きはしっかりしないとね。
後輩が風呂に入っている間に作戦を練る。今までのやり方がぬるいだけだったのかもしれないので、もっと過激に行くことに決める。
後輩が風呂から出てきたので、思いついた案を1つずつ試していく。
「後輩のスマホの連絡先、俺以外消しといたよ。俺以外と連絡とらないでね」
もちろんそんなことはしていない。消したふりをしただけだ。この行動なら流石に後輩も引いてくれるだろう。
おそるおそる後輩の表情を見ると嬉しそうしていた。
なんでこれで嬉しそうにするんだ!女心が分からん!
「これ、俺の髪の毛がたっぷり入った魔除けのお守り、どんなときでも肌見放さず持っていてね」
これも全くの嘘で、普通のお守りを渡す。これは流石に狂気的で怖いでしょ。
「ありがとうございます!大切にします!」
後輩を見るとまたも嬉しそうだ。もうだめかもしれない。
最終手段として後輩を椅子に座らせ手をロープで縛る。
「これでずっと一緒にいれるね」
ここでにっこり笑う。これでどうだ!
「ばっちこいです!ここからどんなことをしてくれるんですか?」
何故期待した目で俺を見るんだ!
ここで俺の心が折れ、後輩にネタバラシする。
「あーやめやめ。どう?ヤンデレ男子を演じてみたんだけど」
「凄く幸せでした!また私が告白されたらやってください!」
正直もう二度とやりたくない。
「実は帰ってきた時からなにか変な事していると気づいてたんですけど、先輩がいつもより好意を伝えてくれるのが嬉しくて気づかないふりをしてました!」
やっぱり後輩にはただ好意を遠回しに伝えているようにしか感じていなかったらしい。
「でもなんで怖くなかったの?一方的で独りよがりで歪んだ愛を向けられたら怖くない?」
「なんだかんだ先輩は私に優しいですし、どんな強い好意を向けられても私の先輩への好意の方が強い自信があるので、ただの両思いにしかならないんですよね」
後輩が言うには、あんなレベルで怖いと思ってもらえると思っているなら、それはまるで女という生き物を分かっていないらしい。
後輩は女についての抗議をしてくれる。
「女はみんな心の中に少なからずヤンデレの部分があるんですよ。嫌われたくないから表には出しませんけどね」
男に向ける本気の好意はもっと強烈でねちっこくて黒いものということや、女という生き物は平気で友達を捨てて男を取る馬鹿な生き物だということを教えてもらった。
だからあの程度のレベルでは子供騙しで、怖いとは思わずむしろ嬉しいみたいだ。
なるほど。だから女がヤンデレの作品が多かったのか。世の女性はあれを見て共感していたんだ。
俺が納得していると後輩は俺の目を見て真剣な顔をして俺にささやく。
「もし先輩が私をいまさら捨てるようなことがあれば、タガが外れてそういう面が表に出てくると思いますから、覚悟してくださいね?」
ヒェッ。いま後輩の黒い部分が垣間見えて冷や汗をかいた。
俺はまだ女という生き物の認識が甘かったらしい。
これからはもっと後輩を大事にしていこう。ちょっと怖いし。
西野鈴音
【なんか最近先輩がちょっと優しくなった気がする。なんでだろう】