第18話 喫茶店でバイト
今日は俺と後輩とクイーンが主役の小さなイベントがある。
「先輩と一緒にバイト出来るの楽しみです!」
後輩は朝から今日が楽しみだったようでいつもより元気いっぱいだ。
今日何をするのかというと、喫茶店を貸し切りにして俺と後輩とクイーンの3人でファンの人を接客するというイベントを開催することになった。
後輩はバイトを辞めた今でも元バイト先の店長と仲が良く、今でも会いに行っておしゃべりするくらいの仲なのだが、その時の雑談でこんなイベントをやれば面白そうと店長が軽く話したら後輩が思ったより話に乗ってきたので、店長も店の宣伝にもなるからとやる気になり2人で詳細を詰めて後輩が俺に話を持ちかけてきた。
俺もその話を聞いてまず楽しそうと思ったし、段取りもしっかりしているようだったので了承した。
このイベントはとくに宣伝をせずに唐突に店売りで参加チケットを3000円とそこそこ高い値段で売ったのだが、噂はすぐに広まり全90枚の全ての参加チケットが一瞬で売れたらしい。
参加チケットには座る席や時間の情報が全て書いてあり、1人が店に居れる時間は1時間だけだ。
喫茶店の全ての席の数が15席なので1時間ごとに15人のお客を総入れ替えし、それを6回繰り返すことで合計90人のファンの方を接客する。
喫茶店という場所柄クイーンは連れてきてはいけないかと思ったが、店長によるとクイーンも人気なのでなんなら絶対に連れてきて欲しいらしい。
俺たちが店付近に着くと、まだ開店時間の1時間前なのにもう行列ができている。
「「「きゃー!」」」
俺たちに気付いたお客さんから歓声が上がり、後輩とクイーンは心なしか決め顔で歩いていく。
店に入ると店長がお出迎えしてくれ、今日のために男用の制服を用意してくれていた。
なんとクイーンの分の制服まで手作りしてくれていて、俺たちの制服とお揃いのデザインとなっており着せてみるとサイズもぴったりで初めての制服にクイーンも嬉しそうだ。
俺は店長から店員をやる上での指導を簡単に受ける。しっかり仕事だけをこなすというよりは気楽にやって欲しいとのことだ。
「なにかわからないことがあれば私に何でも聞いてくださいね!」
後輩がここでバイトしていた経験を生かして先輩面してくる。
俺は嬉々として俺に教える後輩を想像するとなんとなく癪に障ったので仕事は完璧にこなしてみせようと決意した。
「じゃあいまからオープンします!教えた通り笑顔で接客して下さいね」
店長が店を開け、最初の15人が入ってくる。
「「いらっしゃいませ!」」
「きゃー!」「制服姿かっこいい!」「クイーンちゃん可愛い!」「本物だ!」
お客さんは皆浮足立って興奮している様子だ。
俺と後輩でまずは全員お客さんを席に案内して順番に注文を聞いていく。
後輩は接客だけではなくホールでの手伝いもしているので接客は俺がメインで動くことになっていた。
「先輩さん!私も恋人にして下さい!」
「ごめんね。俺は後輩一筋だから」
俺が注文を聞いているとお客さんからいきなり告白されたので、なるべく優しく断ったのだが何故かお客さんは断られても嬉しそうにしていた。あまり気持ちのこもっていない告白だったのできっと俺が惚気けているところをみたかっただけなのだろう。
後輩は遠くから俺の声が聞こえたようで体をクネクネしながら照れている。
そうやって注文を聞いたり軽くおしゃべりをしていると、俺は突然ふと後ろに邪悪な気配を感じた。
「本物の生先輩…ぐへへ…ちょっとくらいおしりを触っても良いよね……あっ」
なにやら1人の客が俺にセクハラをしようとしたらしいが、俺が振り向く前にお客さん達の素早い連携プレイで店から追い出したらしく、よく見れば店内から客が1人いなくなっていた。
守ってくれて嬉しくなった俺は少しサービスする。
「俺を守ってくれてありがとうございます。こんなことでお礼になるかは分かりませんが希望者には握手をしようと思います。希望するかたは手を上げて下さい」
女性は男と手を握る機会はそうそうないと以前後輩も言っていたので、こんなことでもサービスになるだろう。
俺がそう言うと全員が綺麗に高く手を上げたので、欲に素直なお客さんに少し笑いながら順番に握手していく。
ところで、当たり前のように店長や後輩も手をあげるのはやめてほしいな。
気を取り直して握手したり注文を聞いたりしていると、珍しいことにお客さんに高校生くらいの男の子が1人いた。そういえばさっきから見かけないと思っていたクイーンがその人に撫でられようと近くに座っている。クイーン男好き疑惑が確信に変わった瞬間だった。
その人は男にしては珍しく日に焼けていて、健康的な体つきと男らしい顔つきをしたイケメンだ。
「自分翼って言います!先輩さんと同じ高校の1年っす!自分は先輩さんの生き様に憧れているんで自分もいつか先輩さんのようにカップルで動画投稿したいと考えているっす!」
翼くんは興奮したような口ぶりでそんな嬉しいことを言ってくれる。
この世界の男は他の男を嫌う傾向が強いのでこういう事は珍しい。きっと彼は動画を純粋に見て楽しんでくれているのだろう。
「へぇー良いね。この先もしかしたらライバルになれるかもね」
「そうなれば嬉しいっす!でも自分は彼女がいないっす!気になっている女性に告白したら振られてしまったので先輩さんになにかアドバイスがほしいっす!」
自分から告白するとはなかなかやる男だ。でも翼くんはかなりのイケメンなので振った女も少し気になるな。
「男の告白を断る女子はめずらしいね。うーん。とりあえず自分を磨きつつがんがんアタックしていくのが良いと思うよ」
「ありがとうございます!頑張ってみるっす!」
これはのちのち分かったことなのだが、この翼くんの気になっている女性というのは後輩の妹の3女だったらしい。世の中って狭いな。
俺はそのあともどんどん接客していくと顔見知りの女性を発見する。
「私高校の時同じクラスだったんだけど覚えてる?」
こんな所で同級生と会うとは思っていなかったので少し懐かしい気分になる。
「うん覚えてるよ」
俺は学校では皆と当たり障りのない関わりしかしてこなかったので正直どんな人だったかまでは覚えていないが、そんな事は一切顔に出さずあけすけと答える。
「今度同窓会開くから来てくれると嬉しいな!」
「分かった。行けたら行くね」
「……うん分かった」
なんとなく来ない事を察した彼女は少し落ち込んでしまった。でも同窓会ってなんか面倒くさくて行きたくないので仕方がないよな。
少し気まずい空気が流れたがあまり気にせず他のお客さんに接客しに行こうとすると、タイミング良く可愛らしいおばあさんがチリンとベルを鳴らしてくれた。
「私はいきいきしている若者を見ると元気が出てねぇ。応援してるからね。これ、お手紙書いてきたから読んでくれると嬉しいね」
おばあさんから直筆の応援のお手紙を貰う。こんな可愛らしいおばあさんに応援されるとほっこりするな。
いい気分で他の席に行くと、赤ちゃんを抱いた30代くらいの女性が俺を呼んでいるのがみえた。
「お疲れさまです。自分は三島久美と申します。あの、もしよろしければでいいのですが、この子を抱っこしてもらうことは出来ませんか?」
赤ちゃんはお母さんに抱かれながら元気に手をばたばたさせて楽しそうにしている。可愛いなあ。
「ぜひやってみたいです!赤ちゃんを抱っこしたことが無いので抱き方を教えてください!」
俺は抱き方を教わりながら赤ちゃんを抱いてみる。初めて赤ちゃんを抱いてみたが思ったよりあたたかくて抱いているこっちが自然と笑顔になる。
「この子の名前はなんて言うんですか?」
「あかりといいます。この子も男の人に抱っこされたことがあると知れば将来とても喜ぶと思います。もう1つお願いがあるのですが、今現在お腹にもう1人女の子がいるので出来ればでいいので名前を考えてくれませんか?」
俺は赤ちゃんをお母さんに返しながら少し考えるが、名前はお母さんが考えたほうが良いと思い直したので少し冗談を言ってみることにした。
「じゃあ名前は……ふわふわ姫キュンラブ子でお願いします」
「…分かりました。産まれたらその名前をつけます」
「冗談ですよ!!」
かなり真面目そうな人だと思っていたが本気であの名前をつけようとしていたので実は少しやばい人だったのかもしれない。あの目は本気の目だった。これからは迂闊な冗談は気をつけよう。
俺は席から離れ他のお客さんに接客をしようと周りを見渡してみると、後輩が嬉しそうにしながらお客さんに可愛がられているのが見えた。
後輩は意外と女子人気があるようで、特に後輩より年上のお姉様方に頭を撫でられたり食べ物を貰ったりと完全に小動物扱いされていた。あ、店長が後輩に注意しに行った。どうやらお客さんが頼んだ軽食まで恵んでもらっていたらしい。お客さんは私が食べてほしくてあげたと後輩をかばっているがまあ断らない後輩が悪いな。
男の子に撫でられていたクイーンも探してみると、今現在5歳くらいの女の子にずっと抱きつかれて困っていた。かなり強く抱きつかれているので優しいクイーンは振りほどこうにも振りほどけ無いようだ。女の子は楽しそうだから引き続き頑張ってもらおう。
あっという間に時間が過ぎていき、あと残り15分になったので予定していた写真タイムを開催し俺たちは3人で並んで写真を自由に撮ってもらう。
肩を組んだり後輩と手でハートを作った写真だったりと色々なポーズで撮ってもらった。
最後に希望のお客様にサインを書いていく。俺は名前を書くだけだが後輩は自分のサインを考えてきたようで自慢気にスラスラと書いていた。クイーンにも肉球でサインを押してもらった。
お客さんも大満足のようで動画の通り仲良くて癒やされたという声や、ホントに日常そのまま動画にしているんだという声がちらほらと聞こえてくる。
なんだかそういう生の声を聴くと動画投稿のモチベーションが上がるな。今日はイベントを開催して本当に良かった。
だがまだまだ1組目が終わっただけだ。あと5組残っているので気合を入れて頑張ろう。
その後も同じようにあと5時間お客さんを接客していき、ずっと忙しく動いていたのでかなり疲れはしたが終わってみれば初めてのイベントの成果は特に大きな問題も起きず大成功となった。
西野鈴音
【今日はファンに先輩を自慢しまくってやったぜ!でも最近は自慢しても優しい目で見られることが増えた。もっと羨ましがってほしいんだけどなあ。】