第11話 猛勉強
「先輩?今日一日予定を空けてますけど何するんですか?デートですか?」
俺は数日前から休日の予定を開けて欲しいと言っていたので、後輩は今日何があるのか楽しみにワクワクしている。
だが、今回はしんどいことをしてもらうので後輩の顔は曇るだろう。
「第一回地獄の猛勉強回を開催します!」
俺が大きな声でそう言うと後輩は一目散に逃げようとしたので俺はすぐに捕まえる。
後輩は俺に捕まえられてからも腕の中で実は予定があるやらちょっと熱があるやらとダダをこねているので1つ1つ否定して言い訳を潰していく。
楽しいことがあると思っていた後輩は落胆が大きいのだろう。
「でも先輩!私今回は珍しく中間テスト余裕なんですよ!そんなに力を入れて勉強する必要無いですよ!」
後輩が言う通り、同棲し始めてから俺が後輩に毎日勉強を1時間ほど教えているので、期末試験は余裕だろう。
だが、今までの高校の2年間あまり勉強をしてこなかった分の遅れは取り戻す必要がある。
「大丈夫!勉強するのは中間テストの範囲じゃないから。今日やるのは大学受験の国語の範囲、漢字や古語や漢文を1日かけて鬼のように暗記だけします」
後輩にはかなり苦しいことをしてもらうつもりだ。
効率よく覚えた知識より、苦しんで覚えた知識のほうが後輩は忘れ無さそうだと俺は思っている。
「1教科だけやるのは飽きて勉強の効率悪くないですか?」
後輩はなおも駄々をこねようとするので、俺は最強の論を出して無理やり説得する。
「根性があれば出来る!」
「でも先輩!人間の集中力は45分しかもたないらしいですよ」
「根性があれば無限に集中できる!」
「もう!根性論やめて下さい!」
「頭がいい人は効率良く勉強出来るんだろうけど、普通の人はそんなの出来ないので最後は結局根性でなんとかするしか無い」
そういうと後輩は渋々やる気になったようだ。
これだけ根性論を押しているが、俺が学生時代に効率重視で勉強をしていたことは黙っておこう。
俺は後輩を引き連れ後輩の部屋へ行く。
「今日のためにいろんな準備をしてきたから、休憩の時間は楽しみにしててね」
「はーい」
そうして俺が事前に用意してきたテキストでまずはひたすら漢字の暗記をさせていく。
まずは後輩に自由に暗記させてから、俺が漢字の読みを口頭で言い後輩は何も見ずに漢字を書くというのを何度もして、インプット・アウトプットを繰り返し記憶に定着させていく。
後輩は漢字の書き順がおかしく、何故かしんにょうが部首の漢字をしんにょうから書きはじめたりと、そういう事がやたら多い。
今日は我慢するが少しモヤモヤするのでまた後日教える事に決める。
「うへへ…なんか密って漢字エロいなぁ…」
後輩が現実逃避しだしたので、俺は頑張れと激励したりして集中させる。
「じゃあこれから今まで覚えたところのテストをします。これが終わったら1度休憩ね」
後輩はテストという単語を聞くだけでとても嫌そうだ。
後輩がテストをしている間に俺は休憩の準備をしていき、制限時間のアラームがなったので後輩の部屋に行く。
「やっと休憩だ!先輩ちょっとハードすぎませんか。って先輩!なんでそんな格好をしているんですか!?」
俺はカフェ店員風にシャツと長いエプロンを着て後輩にホットケーキとココアを持ってきた。
後輩はせわしなく動いて俺を色々な角度から見て写真を撮りながらとても満足気だ。
「頑張ってる後輩に息抜きしてほしくて。カフェに来た感覚で休憩してね」
ゆったりとしたBGMをかけてそれっぽい雰囲気を出す。
「なんか良いですね!かっこいい先輩と甘いもので疲れが吹っ飛びました!」
食べながらたくさん喋ることでも後輩は勉強のストレスを発散しているようだ。
そうしながら食べ終わり、体の疲れを撮るために寝転んだりストレッチしたりして1回目の休憩を終える。
「じゃあ次は古語を後輩にひたすら暗記してもらおうかな」
「よし!気合い入って来た!なんだかまだまだいけそうです!」
肩をブンブンと振り回しながら気合い充分な様子の後輩は、どんどん古語を覚えていく。
また同じように俺が口頭で問題を出して後輩に答えてもらうのを何度も反復して覚えさせる。
「じゃあまたテストします。これが終われば休憩ね」
「やっと終わったあ!でもテストさえ終われば休憩だ…」
後輩は長時間の勉強で疲労を見せながらもなんとか頑張ろうとしている。
俺は休憩の準備のために寝間着に着替え、カフェインの入っていないハーブティを入れ、テスト終わりに持っていく。
「あれ?今回は寝巻きですか?何するんですか?」
「これから仮眠をとってもらうよ。後輩も寝巻きに着替えてこのリラックス効果のあるハーブティを飲んでね」
暗記してからすぐに寝ると寝ている間に記憶が整理されて覚えたことが脳に定着するらしい。
後輩が着替えてハーブティも飲み終えたので、ベッドに寝転んでもらう。
「先輩、なんだかこうされると落ち着きますね…」
俺は布団の上から後輩のお腹あたりを手のひらでポンポンと一定のリズムで軽くたたく。
次第に後輩は穏やかな寝息を立て始めた。
「おやすみ。後輩」
仮眠は15分から30分くらいが1番スッキリするらしいので、20分にタイマーを設定してからそっと部屋を出る。
後輩が寝てから20分ほどたったので後輩を起こすと、ずいぶんとスッキリしたような顔つきになった。
後輩は起きて歯を磨きにいき、洗面所から帰ってきてから俺が眠気覚ましに持ってきたレモンのはちみつ漬けとカットしたパイナップルを少しつまんでいる。
「じゃあ着替え終わったら次は漢文の暗記をするよ」
「よし!頭もスッキリしたのでどんどん覚えますよ!」
後輩はやる気十分なようで凄いペースでどんどん暗記していく。
だが、最初にペースを上げすぎたのか後半に息切れし、長時間勉強していることも相まってきつくなってきたのか、少しずつ弱音も吐くようになってきた。
「先輩…もう覚えれません…頭がパンクしました…」
「限界を超えてからがスタートラインだよ!がんばって!」
俺は後輩の頭をマッサージしたり、集中力がきれそうになったら軽くデコピンをしたりして後輩のサポートをする。
「じゃあこのテストが終わったら休憩ね。次はガッツリ系の晩ごはんを用意してるから頑張って」
後輩は力のない返事をしているのでもうヘロヘロのようだ。
俺は夕食の用意をし、テスト終わりで開放されたような表情をしている後輩を呼びに行く。
「おお!夕食が肉肉しいですね!食べごたえありそうです!」
今日の晩御飯はデカい骨付きと肉にサラダとお味噌汁だ。
後輩は肉をワイルドにかぶりつき、ご飯をもりもり食べている。
うん、後輩が活力を取り戻したようで安心した。
「さあラストスパートだよ!今から2時間後に今日勉強した範囲全てのテストをします。それまで自由に勉強してね。このテストで良い点を取ればご褒美があるよ」
「どんなご褒美ですか?それがなにかによってはめちゃくちゃ頑張ります!」
「ふふ、秘密。じゃあ後輩、がんばってね」
後輩は期待した目をしながらも、もしや変なご褒美じゃないかとも警戒している。
…これでしょーもないご褒美をあげたら後輩は発狂しそうだな。まあ流石にそこまではしないが。
「じゃあ2時間たったので最後のテストをします。75点以上ならご褒美だから気合い入れて頑張って!」
後輩は頭を悩ませながらもスラスラと問題を解いていき、しっかり見直しまでしているようだ。
「そこまで!じゃあ採点するね」
「多分大丈夫だと思います!75点以上お願いします!」
後輩は手を合わせながら目をつぶり、良い点であるように願いながら固唾を呑んで待つ。
「採点が終わったので結果発表します。今回のテストの点数は…88点!おめでとう!よく頑張りました!」
「やったあああ!嬉しい!これだけ勉強して悪い点数だったらどうしようかと思いました!で、ご褒美はなんですか?期待しても良いんですよね!」
俺は1枚のはがきくらいの大きさの厚紙に合格とはんこを押し、後輩に渡す。
「ご褒美に2人で日帰り旅行に行こう。これ俺が作った“どこにでも旅行できる券”ね。いつでも使っていいよ」
「おお!良かった!ちゃんと嬉しいやつだ!旅行楽しみです!でもなんでこの紙は3回はんこが押せるようになっているんですか?」
後輩が不思議そうに聞いてくる。
「今日と同じことを数学、英語とやれば1教科につき1泊旅行の日程が増える。次数学も合格すれば1泊2日、英語も合格すれば2泊3日旅行っていうふうにね」
俺はもう2回同じことをさせようと意地悪な表情で答える。
「もう1回同じ事をするなんて絶対嫌です!旅行は日帰りで十分です!」
そして後日、後輩は嫌々ながらも俺に数学と英語で同じことをしたいと言ってきた。
なんだかんだ罠だと知っていても目の前の餌につられてしまう後輩を俺はとても愛らしく感じた。
西野鈴音
【今日は馬鹿みたいに勉強した…何故日本には漢字なんてものがあるのか…総理大臣にひらがなだけの言語に変えてほしい!】