宝玉の本領
「……………しぶといのな、意外と」
もはや蚊帳の外に扱われていたワルーダが威勢を取り戻して喚くが、冷静さを取り戻した俺からすれば呆れしか湧いてこない。
子供かこいつは……………。
上手くいかないとすぐ駄々をこねて、聞くに耐えない。
赤ちゃんじゃあるまいし。
「おい、お前達!そこの女二人だ!さっさとこっちに来い!」
「え、嫌ですけど」
「ん」
鼻息荒く唾を飛ばしながら叫んだワルーダとは対照的に、冷めた目付きでズバッ!と断る二人。
あまりにも早い即答にワルーダは呆然とした表情で固まってしまった。
「何でお前が命令する?クロ達に命令していいのは一人だけ」
「ですね!ご主人様から離れるなんてありえません!えへへ…………これでやっと相思相愛ですね、ご主人様!」
二人が両サイドから抱きついてくる。
特にイナリの距離が近い。
自身の谷間にしっかり俺の腕を挟み、決して離れまいと腕を絡める。
バラ色に染まった頬はこれでもかと緩みまくっている。
やっとこさ進展の兆しを見出したのだ。
「この気を逃してなるものか!」という気迫がひしひし伝わってくる。
…………まぁ言ってしまった以上、認めざるを得ないよなぁ。
俺はイナリが抱きついている左手を曲げて、頭をぽんぽん撫でる。
すると最初は目を丸くしていたイナリも、すぐに幸せそうな表情で頬を擦り付けてきた。
初めて、イナリにドキッとした……………………………ような気がしないでもない。
「くそっ!こうなったら力ずくで手に入れてやる…………!」
フル無視されたワルーダが苛立ちをぶつけるように目の前の襖を蹴飛ばし、水晶に向かって何か呼びかけた。
すぐさま城中から傀儡と化した兵が集まってくる。
〈気配感知〉のマップ上が敵意を示す赤色に染まって真っ赤だ。
ついにガタガタッ!と封印の施された部屋以外の三方向の襖が全て開かれ、中に鬼人達がなだれ込む。
「くくく………!これだけじゃないぞ、地獄はこれからだ!」
掲げた水晶が怪しく輝き、一瞬だけ視界を染めあげる───────。
次に目を開いた時には、すでにそこは先程の部屋ではなかった。
どこかの洞窟だろうか。
部屋の数十倍はある広さの空間には所々にツララが伸びていて、光を反射して真っ暗の洞窟内をほのかに照らす。
真上が吹き抜けとなって暗雲に遮られた空が見える他、見回すと自然の摂理によって形成されたと思われる隆起がちらほら。
洞窟特有の冷たく静かな雰囲気がヒシヒシと肌に伝わる。
「どうだ!この大軍の前にお前達なんぞ無力に等しいだろう!?」
隆起した崖の上に立ったワルーダの笑い声が洞窟内に響き渡る。
こいつが調子に乗るだけあって、俺達の周りには武装した大勢の鬼人達が溢れていた。
明らかに城に居たのより数が多くなってる。
わざわざここに待機してたのか…………?
それとも全勢力をまとめてここに転移(?)させたのか。
まぁ、少なくともこいつらは最初からここに居たんだろうけど…………。
イナリが「あわわ………!」と見上げる視線の先。
そこには─────────ドラゴンが居た。
体はあちこち腐敗が進んでおり、ツギハギのある足は無理やり縫合した感が否めない。
しかしその眼光は生前のまま……………いや、むしろそれより凶暴な光を宿して俺達を見下ろす。
ドラゴンゾンビ。
死してなお、この世界への未練や恨みで肉体だけが復活したドラゴンの末路。
その肉体には魂が無く、代償に不死属性を得ている。
つまりアンデット等と同じ類い……………光属性の神聖魔法でしか倒せない厄介な相手だ。
こんなやつまで従えてたのか……………。
個体によって上下はするものの、ドラゴンゾンビの危険度は災害級に属することが多い。
そんな魔物を五体も従えている。
そりゃ調子にも乗る。
「有象無象」
「だな。ドラゴンゾンビには悪いけど、俺の怒りのはけ口になってもらうとするか」
「えぇ…………。お二人とも、なぜそんなに好戦的に…………?」
悪そうな顔でポキポキ拳を鳴らしていると、一人だけビビって俺の後ろに隠れていたイナリがひょっこり顔を覗かせた。
若干引き気味である。
「くっ………、おいクズ共!こいつらを皆殺しにしろ!」
俺達の予想外に緊張感のない反応に苛立ちを隠せずギリッ!と歯ぎしりし、憤死しそうな勢いと表情で俺達を指さしてそう命令した。
途端に怒号が響き、鬼人達が武器片手に突撃し始める。
状態異常〈狂気〉
肉体のリミットが外され実力以上の能力を発揮するが、理性が失われ後のダメージのフィードバックが激しい危険な状態だ。
傀儡化して生きてるか死んでるか分からない状況だけど、もし生きてた場合、呪縛が解けたあと下手したら動くのもままならない程、肉体がズタボロになっている可能性もある。
あいつ、同族の事をなんとも思ってないのかよ。
いやまぁ傀儡にしてる時点でアレなんだけどさ。
少数故に仲間内の結束が強い狐人族からすればありえない光景に、イナリの気配がピリッ!と殺気立つ。
さて、戦闘開始と行こうか。