異様な気配(2)
「侵入者は城の中に居るはずだ!必ず見つけ出せ!」
「………………」
周りより少し豪華な装備に身を包んだ偉そうな男が唾を飛ばしながらそう命令すると、追従していた兵士達が無言のままフラフラとおぼつかない足取りで捜索を始めた。
皆総じて俯いているためその顔色は確認できなかったが、ちらりと見えた横顔は酷く青白く、動きも相まって生気を感じさせない。
あの動きはまだゾンビと言われた方が納得できるほどである。
「……………まずいな」
「ん」
「ですね…………」
天井の割れ目から目を離し、俺達は顔を合わせてガックシと肩を落とす。
城に侵入した俺達は次々と増える追っ手を撒くべく、咄嗟に物置にあったハシゴで天井裏に逃げ込んだ。
結果的にその選択は項を成し、見事に追っ手を振り切って身を隠すことに成功。
更には格段に動きやすくなった…………………が。
ここで問題発生。
道に迷った。
天井裏が変に複雑な上に、下を覗ける場所も限られているので現在地が分からないままうろうろしているのが現状だ。
こんな事なら、天井裏なんかに入らず正面突破しとけば良かったかもな……………。
頼みの綱であるクロとイナリも、先程感じた大きな気配が未だに城のどこかに陣取っているせいで、他の小さな気配をほとんど補足できていない。
おっきすぎて、城全体から気配がするように感じちゃうんだよね。
しかもこんな"いかにも私邪悪です"、みたいな気配を感じて良い気分はしないし。
この気配の出元さえ分かれば一気に全てが解決するんだけど、中々そう上手くは行かないようだ。
「えっと………さっきはこっち行ったから、次は右側行ってみるか」
俺は振り返りながら奥の方を指さす。
下でドタバタと兵が走り回っているのを感じながら、俺達はなるべく音を立てないようにそろりそろりと忍び足で移動を再開。
一応今の俺達にできるのは、この気配がなるべくハッキリ大きく感じられる場所に移動することだ。
近づけば近づくほど存在を補足しやすくなるので、それを頼りに探している。
さっき左側に行ったら気配がほんの少しだけ薄くなっちゃったから、右に行けばまた気配の主に近づくはず。
……………あ〜、わざわざ感覚を研ぎ澄ましてまでこんな気配を探らなきゃならんとは……………帰ったら絶対にノエルに膝枕してもらおう。
ご褒美が必要だ。
じゃないとこんなのやってられん。
しかも、クロとイナリは感覚が鋭い分俺以上に辛いだろうな。
こりゃ冗談じゃなくて、本気で帰ったらイナリを甘やかしても良いかも……………って言うか思いっきり甘やかしてあげよう。
もちろんクロも。
そう思えるくらいこれはキツすぎる。
たぶん戦闘になれば普通に勝てるんだけどね。
なんて言ったらいいかな、ものすごく臭いヘドロを目の前にしてるような感覚…………?
ちょっと違うか。
だけど似たような感じで、近寄れはするけど、進んで近寄りたくは無い、みたいな。
……………自分で言っててあれだけど、分かりにくい例えだな。
「……………主。この下から気配する」
「うぅ………ゾワゾワしますぅ……気持ち悪いですぅ…………!」
無表情に真下を指さすクロの横で、全身の毛を逆立てたイナリが涙目で自分の体を抱き、プルプルと小刻みに震える。
自慢のケモ耳としっぽも力無くへにゃりと垂れ下がってしまっていた。
たしかに今までで一番濃く気配を感じられる。
辺りに視線を巡らせ、近くにまるで空気を読んだかのように小さな穴があったので、そこから下の様子を盗み見る事に。
「ん…………眩しくて見えにくいな……」
「あ、私も見たいです!」
「クロも」
興味津々な様子のイナリとクロが両サイドからぎゅむっ!とくっついて来た。
微妙な大きさの穴だったため、二人の柔らかな頬がぴったり密着した状態だ。
こんな状況ながら一瞬だけ幸せな気持ちになったのは内緒。
……………て言うかイナリ、さっきまで気持ち悪いとか言ってたのに大丈夫なのか…………?
「どうなっている!なんで一向に侵入者が見つからんのだ!」
「「っ!?」」
突然下から聞こえてきた大きな罵声に、不覚にも俺とイナリは驚いて肩をびくりと震わせてしまった。
少し間を開けて、また下で何か話し声が聞こえてくる。
あー、びっくりした…………。
まったく、急に大きな声を出すのはやめて欲しい。
俺とイナリは顔を見合って苦笑いしてから、穴に近づいて下の会話に耳を澄ます。
「………申し訳ありません…………。現在、総力を上げて捜索しております…………」
「言い訳は良い!早く我が城に侵入した愚か者どもをここに連れてこい、このクズどもが!」