焔狐(2)
「こらこら、せっかく綺麗な毛並みだったのに…………」
『コンッ!』
もはや泥の塊と化した子狐を拾い上げ、水属性の魔法で泥を洗い流してサッパリ。
無属性魔法をドライヤー代わりに乾かしてやる。
…………よし、こんなもんか。
子狐の毛を手ぐしで梳きながら、そう一人頷く。
お〜、すっごいもふもふだ〜!
気持ちいい〜…………。
温かい風を受け、気持ちよさそうに目を細めていた子狐がご満悦したように鳴き声を上げる。
全身もっふもふで嬉しいみたいだ──────っと!?
やっと落ち着いたかと思いきや、膝に乗せていた子狐が元気いっぱいに飛び上がり、またしても地面にダイブしようとする。
しかし、危ない所でキャッチ。
せっかく綺麗にしたんだから、せめてもう少しの間は大人しくしてなさいな………。
ギュッと懐に子狐を抱きしめる。
「よしよし、元気な子だな〜。君はどっから来たのかな」
『コン?』
「どこかから迷い込んだんですかね………。いや、それよりも、酷い目に遭わせてごめんよ。まさかこんな子狐がここら辺にいたとは──────」
『コォォンッ!!』
「いたっ!?」
アレクが申し訳なさそうに子狐を撫でようとするが、彼が近づいた途端に子狐の表情が険しくなり、手をひっかいて威嚇するように吠える。
あらら、どうやらあの罠を仕掛けたのがアレクだって事にちゃんと気がついてるみたいだね。
罠に残った匂いを覚えてたのかな。
「いてて………これも因果応報ってやつですかね」
「まぁ、次は他の罠にして、無闇に傷付けないようにしようね?」
「はい………」
狐達含め普通の動物は、魔物と違ってこちらに危害を加えると確定しているわけじゃない。
だから、無闇やたらに傷つけるのは良くないと思う。
まぁ今回は実害があるから仕方ないっちゃ仕方ないんだけどね。
でも、やっぱり個人的にはトラバサミみたいな罠は使いたくない。
「さて、そんじゃ行こっか」
「え?どこにですか?」
「本物の盗人のとこ」
きょとんとするアレクを引き連れて、俺は畑の反対側、つまり俺が仕掛けた罠の方に向かう。
実は、俺の罠には魔法が仕掛けてあった。
敵をマヒさせて捕縛する【パラライズ】という魔法だ。
それは罠が破壊された事をトリガーに発動し、半径二メートル以内に居る生物を強制的にマヒ状態にする。
つまり、俺の罠は【パラライズ】を発動するための罠でもあった訳だ。
もちろん、元の罠としてもちゃんと機能する。
言わば二重トラップ。
ついさっき、それが発動した気配があった。
背の高い草むらから出て、かぼちゃのような野菜の生えた畑を横断した先に。
長方形の一部がひしゃげた罠と、その近くでぐったりと倒れる焔狐を見つけた。
焔狐の耳がピクピク動き、首を重たげに持ち上げて振り返る。
焔狐と目が合った。
次の瞬間、辺りを紅蓮の業火が包み込む。
『コォンッ!?コンッ、コンッ!!』
「あつっ!?け、剣聖様、これって!?」
「焔狐お得意の幻術だね」
幻術の炎に驚いた子狐が俺の腕の中から抜け出し、頭の上にかけ登ってガタガタ震えている。
アレクも幻術とは分かっているものの、実際に熱さを伴っているため動揺を隠せない様子。
ふ〜む、これが焔狐の厄介な所なんだよなぁ。
こうやって人が怖がってるうちに罠から逃れて、そのまま姿を消す。
たぶんこの次は……………。
俺の予感が的中し、炎の影から何体もの焔狐が姿を現す。
出た、幻術による分身。
「うわぁ!?け、剣聖様!これ、やばくないですか!?」
『コォン!コォン!!』
「二人とも、大丈夫だから落ち着いて。こういうのは気持ちの問題だから」
これが本物だと思えば思うほど幻術に飲み込まれてしまう。
だが二人の反応も仕方ないことだ。
実際に感じる熱さ。
分身の放つ生物特有の気配。
現実にしか思えないほど、焔狐の幻術はレベルが高いのだ。
「幻術って分かってるんだったら、偽物だって見抜くのは簡単だろ!」とか言う人。
一回味わってみ?
二度とそんな事言えなくなるから。
たとえ幻術だって分かってても、これを目の当たりにしたら嫌でも現実だと錯覚してしまう。
さてさて、逃げられても面倒だし…………さっさとこれ、解いちゃおうか。
トンッ、と右足を一歩踏み出す。
瞬時に幻術が消し飛び、辺りの景色が元の畑に戻った。
原理は簡単。
踏み込むとともに俺の魔力を放射状に放ち、幻術を消し飛ばしたのだ。
幻術とは自身の魔力を霧のように辺りに充満させ、幻覚を見せる術のことを言う。
なら、そもそもの原因である焔狐の魔力を消し飛ばすのが一番手っ取り早い。
早く幻術を解いたおかげで、未だ動けぬ焔狐が畑に横たわっている。
俺は子狐を頭にちょこんと乗せたまま、焔狐の前に回り込んでしゃがむ。
「畑を荒らしてたのは君?」
『グルル………ッ!!』
俺の質問に対し、睨みつけと唸り声で答える焔狐。
………うん、こいつが犯人みたいだな。
足跡も合うし。