主を食す(2)
「あ、多めに作ったので、よかったら皆さんもどうぞ!」
「え!?まじっすか!?」
「よっしゃあ!お前ら一列に並べー!」
アイリスが声をかけると、こちらの様子をチラチラ見ていた人達がわっ!と勢いよく集まって来た。
おおっ、すごい人数だ。
さすがアイリス。
うんうん、分かるよ皆。
アイリスの料理本当に美味しいもんな!
引っ越してきて一週間経つが、アイリスはその明るい人柄もあり、すでに村の人達と大変仲が良くなっていた。
特に主婦層や食材を売ってるお店の人達とは仲が良いようで、八百屋のおっちゃんを始め市場の人達はいつもおまけを付けてくれたりするらしい。
主婦の奥様方とは世間話や、夫の愚痴や惚気で盛り上がるんだとか…………。
するならぜひ惚気話であって欲しいものだ。
もしアイリスに裏でグチグチ言われてたら、俺は人間不信になる自信がある。
「おー、なんだそれ!美味そうなのだ!」
「アイリスが作ってくれたパエリア。ノエルもいる?」
「いるのだ!」
まるで定位置とでも言うかのごとく、自然と俺の太ももの間に座ったノエルが、パエリアの匂いをクンクン嗅いで目を輝かせる。
俺と同じで、匂いを嗅いだだけでヨダレが出てる。
実に可愛い。
………あぶねぇ、危うく可愛い過ぎて尊死するとこだったぜ…………。
内心吐血しながらスプーンに一口分パエリアを乗せ、餌を待つ雛鳥のようにあ〜ん、と口を開いたノエルに食べさせる。
「んむ、もぐもぐ…………おおっ、すっっごい美味いのだ!!」
パクリと口を閉じ、咀嚼を繰り返していたノエルが途端に頬をだらりと緩めながら幸せのため息をつく。
やはりノエルにも好評だったようだ。
「あ、ずるいですよ!ご主人様、私もあ〜んして欲しいです!」
「はいよ。あ〜ん」
「あ〜………んっ」
皆に配り終えて空になったフライパンを置きに来たアイリスが、ノエルがあ〜んされた現場を目撃して私も私も!、と腕に抱きついてくる。
お望み通りあ〜んをすると、えへへ、と頬を染めながら幸せそうにパエリアを頬張るアイリス。
可愛い。ものすごく可愛い。
「アイリス、おかわりはないのか!?」
「ええと………さっき皆さんに配ってしまったので、もう残っていないですね。おかわりを作りましょうか?」
「うむ、頼んだのだ!」
ノエルは相当さっきのパエリアが気に入ったらしく、俺が食べかけていたのを全て食べ切るだけでは足りなかったらしい。
アイリスの提案に食い気味に頷いた。
さて、そんじゃ俺は他の所のやつも食べに行こうかな。
ノエルとアイリスと別れ、俺は賑わう湖の岸沿いを歩いて気になる料理を探す。
うぅむ、シンプルな塩焼きも美味しそうだし、ムニエルもいいな……………お、刺身を炙ったやつもあるのか!
レパートリー豊富だな、主の切り身。
「もがもが…………ん、主」
「ん?クロか…………って、何その串の量」
美味しそうな料理が多すぎてどこから行こうか迷っていると、後ろからとんとんと背中を叩かれた。
声ですぐにクロだと分かったのだが、振り返って見つけたクロはなぜか大量の串を持っていた。
この前王都の出店で買った牛串のように、タレをつけて焼いた主のブロック魚肉が四つ刺さった串がいっぱいある。
両手に何本持ってるんだこれ……………。
軽く握った指の間から、シャキーンッ!と無駄にかっこよく突き出す串が一個、二個、三個…………。
「そこで貰った」
「そこって……………ああ、酒屋のメアリーさんとこね」
クロが指さしたのは、今も大行列を作っている恰幅の良いオバチャンことメアリーさんの所だ。
彼女は冒険者ギルド内に設置された酒場の女将さんで、全ての冒険者のお母さん的な存在。
四十五歳という歳ながら未だその手腕は衰えず、ギルド内で悪さをした冒険者は必ずメアリーさんに捕まり、長い長いお説教タイムが始まる。
また、それ以外にも悩んでいる人の相談に乗ったり、いつも笑顔で皆を見守ってくれたりと。
メアリーさんのお人好しに助けられた人も数知れず。
くだらない事をして呆れられながら怒られるのもセットで、本当にお母さんみたいな人だ。
ちなみにここら辺の冒険者で、一度もメアリーさんに説教された事が無い人は居ないんだとか。
そのおかげで、うちの村のギルドは王都とかに比べて荒くれ者が少ない…………と言うか全く居ない。
皆ビックリするくらい大人しい。
十数年前に結婚し、今年で十三歳になる娘さんのエマちゃんと旦那さんの三人で酒場を運営しているそうで。
最近は看板娘のエマちゃんの影響もあって人気がうなぎ登りなんだとか。
やー、エマちゃん可愛いよね。
背丈の低い小さな体でちょこちょこ頑張ってるのとか、見ていて本当に微笑ましい。
だいたいの冒険者は日々の疲れを癒しにエマちゃんに会いに行ってるとかいないとか。
もはや皆のアイドルだ。
「主も食べる?」
「うん、ありがとう」
ばくしっ!と大きな口を開けて一気に四つのブロックを頬張ったクロが、もっもっ、とリスのように頬を膨らませながら、残った一本の串を俺に差し出す。
あれ、さっきもっとなかったっけ……………。
明らかにクロが持っている魚肉が刺さった串の本数が少ない。
まさか目を離した一瞬であの量平らげたの?
先程まで両手いっぱいに持っていた魚肉が忽然と消えて串だけになっている。
まさにイリュージョン。
もっとゆっくり食べればいいのに……………。
苦笑いしながら串を受け取り、一口食べる。
「おお、濃い味つけも合うな……」
ドロッと甘じょっぱいタレが香ばしく焼けて主の魚肉にとてもマッチしている。
てかこれ、ほんとに牛肉みたいな食感だな。
俺のイメージにある白身魚とはだいぶ違う。
が、めちゃくちゃ美味しいので細かい事は気にしないでおこう。
「クロ、もう少しこれ貰ってくるけど、クロもいる?」
「ん!いっぱい食べる!」