終幕
「すみません、お待たせしました……………えっと、何かあったんですか………?」
「いや……気にしないで…………」
クロほどではないが、それなりに少ない荷物を持って戻ってきたアイリスが、げっそりする俺と後ろでバチバチやってる二人を見て首を傾げる。
「気配追えなかった。どこで何してたの?」
「子供には言えないような事、とだけ言っておくのだ」
今の一言で何かを察したクロがジト目でノエルを見つめる。
残念ながら、俺にはもうノエルとクロを止める体力は残っていない。
理由は単純明快。
何とは言わないけど、ノエルに全て搾り取られたからだ。
たった十数分で何を馬鹿な、と思う人もいるかもしれないが、ノエルならそんな馬鹿げたことも可能にしてしまう。
一、クロを撒いたあと、すぐに神気(神様にとっての魔力のようなもの)を使って簡易的な異空間を作ります。
二、その空間だけ時の流れを十倍にします。
三、俺をその中に放り込んで、入口を閉じます。
これで準備完了。
四、あとは動かなくなるまで搾り尽くします。
このステップを華麗にこなしたノエルが恐ろしい。
時間軸の違った空間を"創る"ことさえ自由自在なのだ。
だって創造神だもの。
…………力の無駄使い感が否めないのはさておき、やはりノエルの人知を超えた力は尋常じゃない。
普段のだらけた様子からは到底考えられないけど、こういうのを見るとやっぱりノエルは神様なんだなぁ、って再認識する。
ちなみに、神界には神気が満ちているため何度でも先程のような空間を作ることが出来るが、力が半分以下に制限され、かつ神気が微塵も大気にない地上では一日に一度使えるかどうかの大技らしい。
今回は大して広くなかったから、体内の神気を八割方消費するだけで何とかなったと笑っていた。
しかし、ジト目のクロと、俺の横で二人をオロオロしながら見守っているアイリスはそんな事知る由もない。
「……………アイリスが羨ましい」
「えぇ………?」
アイリスが戻ってきた事に気がついたクロが、こちらにとてとて来て俺の裾を掴みながら、恨めしそうに上目遣いでアイリスを見上げる。
視線を向けられた当の本人はなんの事だか分かっていないようだが…………。
「クロも主の子供欲しい」
「こっ………!?」
初めてクロの問題発言を聞いたアイリスが、驚愕で口を半開きにして言葉に詰まる。
うん、これが普通の反応だよね。
「アイリスは欲しくないの?」
「い、いえ、私はその…………マシロさんが、許してくださるのであればっ…………!」
おやおや?
何やら雲行きが怪しいぞ〜っと。
赤い顔でちらちらと視線をこちらに向けていたアイリスと目が合い、さらにボッ、と真っ赤になった彼女が勢いよく目をそらす。
「ふむ………アイリスのは今夜に控えている訳だが………クロ、どう思う?」
「ん、同士」
「やはりな。よし、アイリス!ちょっとこっちに来るのだ!」
「えっ、あ、はい」
「クロもだぞ」
「?ん、分かった」
ジー………とこちらを見つめる合計四つの瞳。
何かを吟味するようにハテナ顔のアイリスを眺めると、おもむろに手を引いて端っこに止めてあった馬車の方へ行ってしまった。
こしょこしょと何かを話しているようだが、ここからは何も聞こえない。
「どうやらもう仲良くなったようですね」
受付の女性を引き連れダグラスさんがやって来た。
微笑ましそうにノエル達に目を向けてから俺に向き直ると。
「時にマシロさん。客間に飾っていた花を覚えていますか?」
「ああ、あの白いバラね」
俺が不思議と目を奪われた、あの萎れた一輪の白いバラ。
なぜ萎れていたのか。
なぜ一本だけだったのか。
謎な部分が結構あったけど、きっと変える時に抜き忘れたんだろうと思って気にも止めていなかった。
あれがどうかしたのだろうか。
「ふむ、やはりバラに見えていたのですね」
何やら含みのある言い方で納得したように頷くダグラスさん。
その言い方だと、まるであれがバラじゃなかったかのように聞こえる。
「ええ、その通りですよ。私どもがあそこに飾っていたのはバラではなく、シロタエギクと呼ばれる植物です」
「………うっそぉ…………たしかにバラだったはずなんだけど………」
まさか見間違えた?
いや、そんなはずは無い。
だって前世でシロタエギク見たことあるけど、あんなに緑の植物と萎れた白いバラを間違える要素がない。
そもそも異世界に地球の花があること自体がおかしいのだが………。
第一、どう頑張っても一輪に見える訳がないのだ。
「それはきっとクロの仕業でしょう」
「クロの………?」
「彼女は少々特別な種族でして…………その時が来れば、いずれ本人から話すでしょう」
えー。
気になるんだけど…………たしかに黒猫族って言ってたよな。
安直なネーミング以外は普通そうだけど………。
まぁいずれ話してくれるなら気長に待つか。