突然の来訪
「…………いい加減起きなさいよ、真白!」
「んがっ」
後頭部に強い衝撃を感じて目が覚めた。
段々意識が鮮明になっていくにつれて、自分が寝てしまっていたのだと自覚し始めた。
ぼやける視界を擦りながら体を起こすと、ちょうど教室から出ていく教授の背中が目に入る。
「ふわぁ………よく寝たぜぃ…………」
「あんたねぇ…………また徹夜でもしてたんでしょ」
「よく分かってらっしゃる」
反省の色無しの俺に対して、隣の席に座っていた女性は呆れの籠った深い…………それはもう深いため息をつく。
筆箱やらルーズリーフやらを入れたカバンを抱えた女性──────佐川 結月は俺を急かすようにして立ち上がると。
「ほら、行くわよ。今日はお昼奢ってくれるんでしょ?」
「イエス、マム」
「誰が"マム"よ」
可笑しそうに微笑んだ結月に連れられて教室を後にする。
今日は二人とも午前中で講義が終わりなため、一緒にお昼ご飯を食べる約束をしていたのだ。
この前、欠席した講義のプリントを受け取っておいてくれたお礼として俺の奢りで。
ちなみにまだどこに行くかは聞かされていない。
念の為、多少の出費は覚悟しておかなければ…………。
「真白、毎回あの講義は最後の方になると寝てるわよね」
「そうなんだよなぁ。授業自体は面白いんだけど…………」
何と言うか、先生の声を聞いていると悪魔的に眠くなるのだ。
まるで催眠術にかけられたかのように、いつの間にかウトウトしている。
授業が始まって後半に差しかかるまでは講義内容も面白いし、先生の喋り方が上手くて思わず聞き入ってしまうからまだ無事。
しかし集中力の途切れる後半に差し掛かった途端、魔法を食らったかのような眠気に襲われる。
この現象は俺だけでは無い。
同じ講義を受けている友達も全く同じ感想を漏らしていたのだ。
最悪の場合、講義が始まってすぐに夢の世界に連れ去られた奴も居た。
きっとあの先生は睡眠系が得意な魔法使いに違いない。
「な訳ないでしょ。責任転嫁しないの」
「逆に結月はよく寝ないね…………他の講義でも滅多に寝てるとこ見ないよ」
「私だってやることやったら寝たりするわよ」
建物から出て門の方に向かう傍ら、歩きながら何気ない会話が飛び交う。
異世界から戻ってきた時は春休みの真っ只中。
こうして学年が上がり、また戻ってきた大学生としての日常はあまりにも久しぶりすぎて、もはや新鮮さまで感じてしまう。
あれだけ嫌だと思ってた学生生活も、こうしてたま〜に戻ってくると楽しく感じちゃうんだよね…………。
人間って不思議。
まぁどうせすぐに「学校やだ」ってなるだろうけど。
「…………あれ、どうしたのかしら。何かの撮影?」
「特に聞いてないけど…………」
見ると、校門の近くに人集りができていた。
講義が終わってしばらくしているため、次の講義がある教室へ移動しようとする学生や、おそらくちょっと早めの昼食を取ろうとしていた財布片手の学生も見える。
大学には稀に駅伝だったり、スポーツの日本代表選手が在籍していたりする場合があって、大会が近くなると校内でインタビューや宣伝をすることがある。
しかしそう言ったイベントがあるとは聞いていなかったので、違うとなると何らかの番組の取材だろうか。
たまに朝のテレビ番組などである"学生に聞いた〇〇のコーナー"的な。
でもうちの大学ってそこまで名のあるところって訳じゃないし…………。
二人してその正体が分からず疑問符を浮かべる。
「何だろうね。すれ違いざまにちょっと覗いてみる?」
「そうね」
お互いにそこまで興味が無いことは分かっているが、素通りしたら後で「あの時に見ておけば……….!」となってしまうかもしれない。
どうせこの人集りだから、見れてもちらっとだけだと思うし。
……………そんな軽い気持ちで近寄った俺達に降り注いだのは、隕石のごとき重く凄まじい衝撃だった。
「─────あっ、パパ!」
「「「「「 パパぁ!!? 」」」」」
人集りの中央から発されたあどけないセリフに、周囲に集まっていた学生達からそろって驚愕の声が漏れた。
人数が人数だけにかなりの音量が辺りに響き渡り、通り過ぎようとしていた何人かの学生達の肩がビクッ!と震える。
しかしそんな周囲の様子など一切気にすることなく、スルスルと人の壁をすり抜けて脱出した幼女が満面の笑顔を浮かべて俺の元に飛び込んできた。
おそらく常人ならば派手にぶっ飛ばされる勢いにも関わらず、それを全くと言って良いほど気にしていないのは、俺が絶対に受け止めてくれると確信しているからだろうか。
何よりも"パパの元に行くこと"を優先した突撃である。
「よっと」
俺ももはや慣れたもので、触れた途端に軽く重心を後ろにズラして衝撃を緩和。
すっぽり俺の腕に収まって抱きついた幼女に引き攣った苦笑いを浮かべる。
「す、スゥ…………どうしてここに?」
「パパに会いたくて来ちゃった♡…………なの!」
天使のような純粋無垢で可愛らしい笑顔に、今しがた受けた衝撃すら忘れて悶絶する野次馬が複数名。
もちろん俺もその一人だ。
的確にハートを射抜かれつつ何とか倒れまいと踏み止まり、ご機嫌な我が子────スゥを撫でまくる。
何の変哲もない私立大学に降臨したブロンド髪の小さな天使は、少しくすぐったそうにしながらにへら、と頬を緩めた。
すっかりデレデレである。
「あらあら、スゥったら…………」
スゥがここに居るなら当然と言うべきか、人集りの向こうから聞こえてきた困ったような声。
それを耳にして、スゥの突撃からずっと俯きがちだった結月がピクリと反応を示した。
そんな結月の反応が気になったものの、先にモーセの海割りのように自然と裂けた人々の間を通ってやって来たレイラに呼ばれ、声をかけるまでには至らなかった。
「ごめんなさい、あなた。スゥがどうしても"パパの学校に行きたい"と聞かなくて…………」
人妻特有の色気を存分に醸し出すレイラ…………確かにこんな女性が子連れで現れたのなら、色々なものに興味津々の学生達は集まらざるを得ないだろう。
おまけにレイラもスゥも明らかに日本人離れした容姿に美しいブロンド髪。
こんな綺麗な外国人(と思われる)と結婚して子供まで持つ勇者が一体誰なのか、気にならない方がおかしい。
二人は先程まで隣の駅にあるデパートで買い物をしていたらしく、たまたま話の流れで俺の通う大学が近くにあると知ったスゥが、どうしても行ってみたいとお願いしたそうで…………。
「なるほどね…………相変わらずスゥの行動力はすごいなぁ」
「えへへ〜♪」
脇を抱えて持ち上げたスゥと、困ったように笑うレイラはおそろいのワンピースを着用していて、シンプルなスゥに対してレイラはブラウンのカーディガンを羽織り、束ねた三つ編みを左の肩から前に垂らした…………いわゆるルーズサイドテールと呼ばれる髪型で大人っぽいオシャレ感を醸し出している。
ワンポイントとして採用した花柄のシュシュも実に良い。
「…………とりあえず、移動するか」
やっとこさ見惚れていたレイラから視線を引き剥がすことに成功した俺は、ようやくそこで周囲から集まる視線が最初に比べ遥かに増していた事に気が付いた。
興味津々で向けられた好奇の視線や、血涙まで流した嫉妬の視線、何やら呪詛のような危ない単語を迸らせる男集団など。
スゥもレイラも慣れているためかほとんど気にしていないが、俺にはここに通う大学生としての立場ってものがあるのだ。
もし友達がこの現場に居合わせていたら、明日タコ殴りにされる自信がある。
だからとりあえず移動しよう。
そう決心した俺は、スゥを抱いたままお昼の約束をしている結月の手を引いて、レイラと共にその場から逃げ出した。
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