帰宅(実家)
後日。
地球での初めての朝を迎えた一行は前日に用意していた少ない荷物を手にマンションを出発した。
行きはどうせならと電車に乗ったのだが、初めての経験に皆は終始驚きの連続だったようで。
俺達にとっては当たり前の自動改札ですら新鮮な反応を見せてくれた。
今日はあれだけど、いつかは自分で切符を買ったり定期が買えるようになったりしたら、それはもう地球に馴染んだと言っても過言では無いだろう。
ちなみに全員が全員、超が付くほどの美少女美人揃いだったため、駅での待ち時間などでも周りからの視線が凄かった。
物珍しそうな視線をあちこちに向けていたため「外人さんなのかな………」などの声も聞こえてきた。
確かにこれだけカラフルな髪色をしていると、少なくとも日本人には見えない。
顔立ちもどちらかと言うと西洋人に寄っている。
唯一いつも通りの反応だったのは駅員さんくらいかな?
さすがプロだなと改めて関心致しました。
───────そんな感じで目立った事件も無く、俺の実家がある県でも南の方に位置する某市にやって来た。
一番大変だったのはここからだ。
駅から出た途端、一気に視線が集まった。
そして始まるのは当然ながらしつこいまでのナンパ。
俺にまで手を出そうとしてきたやつの目は節穴だとして、スゥにさえ声をかけてたクソやろ──────ゴホンゴホン。
一部の変態紳士には、お父さんとしてきつ〜いお仕置もといオハナシをした。
ナンパ野郎はどれだけ断っても湧いてくるので、認識阻害の一つでもしてくれば良かったと軽く後悔である。
途中さすがに鬱陶しかったので、デパート内で魔法を使いつつ上手く撒いて逃げた。
住宅街に入ってからはほとんどそれが無くなり、やっと落ち着いて街並みを眺められるようになった。
もちろん周囲に一般人は居るが、彼らは駅前のバカ共とは違い、こちらに見蕩れてしまったあまり視線を外せず電柱に頭をぶつけたり。
何故か片膝を付いて崇めたり。
遠目で見て涙を流したり。
何故だか憎めない可愛らしい反応をする人々ばかりだった。
反応がすごく平和だ。
さりげなく荒んだ心を彼らに癒されながら十五分ほど歩いて、ついに目的地にたどり着いた。
紺色の屋根の二階建て一軒家。
敷地内には梅の木が植えられていて、花壇の横には銀色の自動車が止まっている。
何もかもあの頃のまま…………当たり前ではあるのだが、数百年ぶりに目の前にした光景に思わず何とも言えない感情が込み上げてくる。
「ワタシ達は一旦ここで待機なのだ」
「うむ。透明化の術もかけておくのじゃ」
「え?今は別にそこまでしなくてもいいよ、うちの親だし…………」
「そこはほら、サプライズじゃよ」
気を使ってくれているのか否か…………まずは俺だけで行くことになった。
皆は門扉の外でフェンス越しにひょっこりこちらを覗いている。
「……………」
何となく、緊張する。
何故だろうか。
単純に会うのが数百年ぶりだから、と言うのもある。
……………あれ、って言うか今の俺って父さんや母さんより圧倒的に歳上なのか…………。
なんか変な感じだ。
「…………まぁ、別に何が変わったって訳でも無いか」
深呼吸を一つ。
俺は止めていた指を動かして、実家のチャイムを鳴らした。
現代風の機械音が響く。
それから、しばらくして。
「……………あ〜い…………」
気だるげな上に眠たそうな声が向こうから聞こえてきて、直後に玄関の扉がゆっくりと開いた。
緊張でカチカチな俺の前に姿を現したのは、おそらく寝起きであろうボサボサな髪をものともせず気だるげな視線をこちらに向ける若い女性。
目の下には相変わらずのクマが薄く浮かんでいて、着ている服はヨレヨレな上にど真ん中に「働いたら負け」と印字されている謎センス。
そんなぶかぶかなシャツの下部からは赤色の何かが覗いているため、おそらくいつも通りズボンは履いていない。
こんな格好で玄関に出れるのはもはや勇者だろう。
相手が息子じゃなかったらどうするんだとツッコミたい。
「…………ん………真白。おかえり」
「ただいま、母さん」
うとうとした目を擦りながら、あくび混じりの何気ない言葉。
しかし俺にとっては数百年ぶりに聞いた母親の声で…………いつの間にか、無意識に母さんに抱きついていた。
耳元で僅かな驚きの気配を感じたが、それはすぐに引っ込んで代わりに頭を優しくポンポン撫でて抱擁が返される。
「…………怖い夢でも見た?」
「い、いや、さすがに子供じゃあるまいし…………」
母さんには俺が事故に遭ったと連絡は来ていない…………と思う。
病院の人達だけでなく、事件現場に居合わせた人も含めて、俺に関する記憶が曖昧になるように暗示を行った。
いずれ説明するにせよ、要らぬ心配をかけさせたくなかったからだ。
だから母さんからすれば、いきなり一人暮らしをする息子が帰ってきて、いきなり抱き着いてきたことになる。
そりゃあ驚かずには居られない。
抱擁を解き、向かい合った母さんは無言で俺の体に視線を這わせる。
目が完全に寝起きのそれなので、何を考えてるか非常に判断しづらい。
い、一応体は昔の状態に戻してるんだけど…………。
背の高さも、見た目の年齢も。
ノエルのおかげですっかりあの時のままだ。
しかしそれでも、母親は騙せないと言うのか─────────。
「……………なんか、背ぇ縮んだ?」
「え゛っ…………い、いや?元からこんな感じだけど………」
「あ、そっか…………元からちっちゃかったもんね」
「ぐふっ」
いきなり刺されたんだが?
確かに元に戻ったとは言え人権があるかないかの瀬戸際だ。
低いと言われてしまえばそうなんだけど…………母さん、言葉のナイフって知ってる?
「……………顔付きも、ちょっと変わってる。色々あったんだ………」
「…………分かるの?」
「分かるよ…………あんたの母親だからね…………」
いくら容姿を元の通りにしたとしても。
やはり親にしか分からない何かがあるらしい。
「ま…………話は後でにしよう。とりあえず家入んな………」
「うん…………あ、あとさ、実は──────」
「そこのお嬢さん達も、隠れてないでおいで」
「「「「「えっ!?」」」」」
「え、気付いてたの?」
「勘」
母親の勘ってすげぇ…………。
◇◆◇◆◇◆
「────────と、言うことがありまして」
かくかくしかじか。
俺があの日、事故に遭ってからの話を抽出した記憶映像を交えながら要約して母さんに話した。
まるで映画一本を丸々、自分の言葉で解説した気分だ。
四人がけの机に向かい合う形で座った母さんは淡々とそれを聞いていた。
終始無言。
それがこちら側の緊張を加速させる。
俺はさておき、皆からすれば初めて会った義理の母。
緊張するなという方が無理な話である。
「…………」
母さんが無言のままモゾモゾ動き出した。
相変わらずの眠たげな瞳がロックオンしたのは俺の横でカチコチに姿勢を正していたノエル。
さすがの正妻様でも義理の母の前ともなると、中々いつもの調子が出せないらしい。
かつて、神様相手にここまで優位に立った人間が居ただろうか…………。
母さんは机に乗り出してノエルの頬や髪をぺたぺた触り、若干戸惑い気味の彼女を置き去りにして近くの棚の上からスケッチブックのようなものを取ると。
「ノエルちゃん…………だっけ」
「は、はいなのだ」
「このポーズ出来る?」
「え、えっと…………こうですか?なのだ」
敬語と口癖の"なのだ"が混ざっていい感じに緊張しているのがよく分かる。
同じ方の手と足を出して歩き始めそうなくらいぎこちない動きで、ノエルはスマホの画面に映ったラフ絵のポーズを再現しようとする。
数度の試行錯誤の結果、瓜二つのポーズを取ったノエル。
これが何なのかツッコむ暇もなく。
「…………なるほど」
何かに納得した母さんはもの凄い勢いでスケッチブックに何かを描き始めた。
するとものの数分でペンを止めて、俺を手招き。
横からそのページを覗く。
「…………どう?」
「最高っす」
そこに描かれていたのは、おそらくノエルをモデルにしたと思われるキャラクターのイラスト。
指先から足先まで繊細に描かれており、まるで目の前で踊っているその瞬間を写真に収めたかのような素晴らしいデキだった。
やはり母さんの絵柄は俺の好みすぎる。
これがたった数分で描いたイラストだなんて信じられない。
「わっ、ノエルさんがすごくエッチな格好に…………!」
「むぅ………これは脱帽じゃのぅ」
「おばあちゃんすごいの〜!スゥも!スゥも描いて欲しいのー!」
「あらあら…………」
「ふっ………任せな………」
「一応言っておくけど、スゥのイラストは健全ver.で頼むよ?」
「…………さすがに、こんなに可愛らしい孫を剥くほど落ちぶれてない」
「嫁は良いんかい…………」
「いやだって、子供がいるってことはもうヤッてるんでしょ…………?むしろ真白からしたら物足りない───────」
「やめてっ!母親からそんな生々しい言葉聞きたくなかった!」
紛うことなき事実だけども。
母親からそんな事を言われると凄くダメージが大きい。
こういう時、どんな顔をすればいいかわからないの…………。
「くふふ。義母上、実はノエルが夜戦に臨む時はもっと"えげつない"下着を装備しておっての?」
「何それ詳しくっ」
「お願いだから食いつくな!」
その後、変態によってノエルの"とんでもない下着"が明らかになり、巻き添えを喰らった俺ごと撃沈したり。
俺の部屋にあった薄い本についてイナリが質問して、容赦のない死体撃ちをされたり。
描いてもらったイラストを見てスゥが大喜びし、その様子を見て母さんが尊死したり。
このわちゃわちゃが落ち着くまで二時間くらいかかった。
・"こういうとき、どんな顔をすればいいかわからないの。"…………新世紀エヴァンゲリオン、綾波レイのセリフより
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