エピローグ
「だぁ〜〜かぁ〜〜らぁ〜〜よぉ〜〜!ずっと言ってんだろ、話は理解したって!!」
「で、ですが…………」
辟易した様子でドカッと深く腰掛け足を組んだライオスの言葉に、レイラは眉を寄せた困り顔でチラチラ視線を送ってくる。
ほら、だから言ったのに。
──────時は聖魔戦争終結から五日後。
まだまだ永遠に終わりそうにない事後処理の合間を縫って、連邦会議(短縮版)が戦前と同じ会場で開かれていた。
第二次聖魔戦争によってもたらされた被害は甚大だ。
沢山の人的被害も出たし、守り切れず滅びた辺境の村もある。
主要都市も無傷で済んだ場所なんて一つも無い。
世界中が、必ず何かしらの影響を受けた。
いち早い復興のためには各国間での連携が必要不可欠なのだ。
また聖魔戦争の際に世界中に解き放たれた魔物や危険人物が、未だに蔓延っている問題に関しても。
ディアボロがユグドラシルの力を手に入れるための土台として、多くの魔物や強者を取り込んだ。
しかし奇跡的にそれから逃れた者や、そもそも対象にすらならなかった魔物などが世界中で目撃され、人に危害を加えたという情報もある。
いくらディアボロが倒されたとは言え、その大半は古代の魔物だ。
加護がなくても十分に脅威となる。
逐一、目撃情報や討伐隊に関する情報を共有する事は必須。
まぁここでは全体への共有が大半の意を占めていて、あとの細かい話は該当する国の間でやってもらっているが。
会議ばっかり開いててもあれだし。
──────さて。
そんな第何回目か忘れた連邦会議に、今日はいつもの面々に加えて彼女が参加していた。
針のむしろになるのを覚悟して、それでも直接謝罪をしたいと聞かなかったレイラである。
まさかこれしきの事で許されるとは思っていない。
しかし俺を通して事情を話し、謝罪するだけなんて。
あまりにも不誠実だとレイラは感じたそうだ。
ただでさえこれからワガママを通して生きるのだ。
あらゆる罵詈雑言や怒り、そして憎しみを向けられると覚悟していた……………のだが。
頭を下げて、まず飛んできたのがライオスによる呆れの言葉だった。
いやまぁ確かに、「それで許されるとでも?」みたいな呆れを含んだ言葉は予想していた。
しかし実際に降ってきたのは「しつけぇ………」という本気の呆れの言葉。
それでもまだレイラが心苦しそうにしているものだから、冒頭のように辟易した様子を一切包み隠さず顔を顰めているのだ。
吐いたため息から明確な"めんどくせぇなコイツ感"を感じる。
「おいマシロ、俺ぁ何度も言ったよな!?」
「ええと、俺もちゃんとそっくりそのまま伝えたよ?だけどやっぱり直接出向きたいって言って聞かなくて………」
「何でこうも融通が効かねぇんだお前らは………」
「あんまりイライラしてっと血圧上がるぞ、ライオス君」
「やかましいわ!…………おいランスロット、人の獲物を横取りすんじゃねぇ!」
「さてさて?なんの事やら」
「マシロの子を産みたい」
カオスだ。
青筋を立てたライオスと口笛を吹くランスロットが討伐した魔物の数で競い合い、その横では空亡が相変わらずの口癖となったセリフを熱い視線と共に俺へと投げかける。
その他の重鎮達もなんだか毒気を抜かれたように会話を再開したことで、もはやレイラは完全に放置状態だ。
酷い仕打ちだが、思ってた方向性と違う。
「まっ、待ってください………!私が犯した罪は──────」
「あん?……………だからよぉ、お前は体を乗っ取られて、不本意に戦争に使われちまったんだろ?」
「それはそうですが…………」
「ならあんたも俺達と同じ被害者だろうが。加害者ぶんじゃねぇよ」
「っ、ですが…………亡くなった方々は…………」
「アイツらは初めっから死を覚悟して俺の軍に入ったんだ。そうして帝国の礎となって死んだ。虚しさは残るが、戦争から生きて帰れなかったくらいで文句を言うような馬鹿は俺の国には居ねぇ」
「同じく。そもそもディアボロの奴はレイラの体を奪わずともどの道、戦争は起こしてたろうぜ?それにあんたが罰せられるんなら俺も危ういし」
「儂もだな。マシロ殿とレイラ殿に同情したのでは無い、客観的に見てライオス殿の意見に賛成だからだ」
「心底どうでも良い。マシロ以外、どんな罪を犯そうと毛ほどの興味も湧かん」
他の重鎮達からも同じような意見がチラホラ上がる。
もちろん、この中の全ての人が…………ましてや事情の知らぬ国民が必ずしも納得するとは欠片も思っていない。
むしろどこにも向けようの無い怒りは率先してレイラに向くだろう。
けれど。
こうしてかけてくれた小さな許しの言葉は、自分勝手に少しだけ彼女の心を救った。
「んじゃ、解散解散〜」
「させねぇぞランスロット!俺の剣を返しやが…………逃げ足が速いんだよクソったれぇ!」
「あ、ちょっと待ってライオス」
「あんっ!?野暮用なら後にしろマシロ!俺ぁランスロットの奴を追いかけねぇと─────」
「これ、頼まれてた神器が完成したから」
「いくらでも話しかけてくれ、心の友よ」
ランスロットの逃げ足も速いが、ライオスの手のひら返しの速度はもはや芸術だ。
どこぞのガキ大将のようなセリフを吐いて肩を組んできたライオスに、【ストレージ】から取り出した真っ黒の剣を渡す。
協力する代わりに寄越せと言われていた自作の神器。その試作品である"黒月"ver.0.5だ。
「おお…………こりゃすげぇ。まず握り心地がフィットし過ぎて怖いくらいだぜ」
「ライオスに合わせて特殊な素材で作ってるからな。あと、重量はどう?一応言われた通りに調整してみたけど………」
「バッチリだ!このずっしり来る感じがたまんねぇ!」
上機嫌にぶんぶん振り回すが、室内ではぜひやめていただきたい。
周りの重鎮達が普段しなさそうなドン引きの表情が、良い歳してはしゃぐおっさんに向けられている。
完全に忘れ去られてしまったライオスの愛剣に涙を禁じ得ない。
「心の友よ。俺が頼んでいた機能だが…………」
「ふっ、みなまで言うな…………柄の凹凸を押してみろ」
言われるがままに、ライオスはちょうど親指の先にある凹凸を軽く押してみた。
すると。
「おおっ!」
剣が勝手にライオスの魔力を吸い上げ、刃先から赤黒い斬撃を飛ばした。
思わず"月を穿つ牙が天を衝く"と叫んでしまいそうだ。
おかげで天幕の一部と地面に深い溝が生まれ、おそらく外で待機していたであろう兵士達の悲鳴らしきものが隙間から聞こえてきた。
一応、魔力感知によると怪我人は居ないようだ。
すげぇすげぇと言いながら飛ぶ斬撃を連発しているせいでいつかは犠牲者が出そうだが。
その前に殴って正気に戻した。
周りから「コイツこそ罰するべきでは?」みたいな視線が注がれる。
もちろん俺にも「なんつーもん渡してんだ………」みたいなジト目が向くが、頑として知らんぷり。
だってこれ渡さないと協力しないって言うんだもん………。
ちなみに神器級のアイテムをライオスだけに渡してずるい!という意見が出ないのは、"黒月"が試作品故にセイフティ機能を保有している事を彼らは知っているからだ。
もし"黒月"を悪用して他国へ攻め込もうものなら、すぐさま俺に信号が送られ、半ばから折れるようプログラムされている。
この機能はタケルに手伝ってもらった。
だから利用できるのはあくまで私的な用事のみ。
しかしまぁ…………ライオスなら、そこら辺の魔物相手に使っても十分楽しめるだろうから問題は無さそうだ。
「こうしちゃ居られねぇ!戦いが俺を呼んでるぜ!」
ちなみに、セイフティ機能の事をライオスだけが知らない。
また"黒月"を研究して模作を企んだとしても、同じように折れてすべての機能を失うため、彼には正しい使い方をしてくれるように願うしかない。
護衛を連れてウキウキで会議室を出て行ったライオスの背中に、密かに同情の視線が集まった。
「では、儂も失礼しよう。代理として事務作業をしてくれているエイナが心配だ」
「おう。また今度、エイナも連れて家に遊びに来いよ」
「うむ。それはそうと師匠、そろそろエイナを嫁に貰ってはくれんか?」
「なにっ!?ちょっと待てオルメスト王、マシロの子を産むのは余が先だ」
「ははは、やはりエイナの恋のライバルは多そうだ」
「本人抜きにして話を進めるのやめてもらえます?」
ランスロットとライオスを皮切りにして、続々と重鎮達は帰り始めた。
ルイスとは今度、家族ぐるみで遊ぶ約束をして。
空亡には、落ち着いたら彼女の城に訪れる事を告げて。
その他にも数え切れないほどの会話をした。
しばらくして、最後の一人が破れた天幕を通って出て行った。
残った静寂の中で。
俺は椅子から立ち上がり、未だに何が何だか分からない様子で佇んだままだったレイラの手を引いて横長のベンチに腰掛けた。
「…………ま、色々と思うところはあるだろうけどさ。とりあえず生きてこうぜ。俺と一緒に」
「……………ええ。そうですね、あなた」
もう少し(具体的にはあと1話)続くんじゃ!