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"真理"に辿り着きし者





『──────我は"真理"に辿()()()()()()……………跪け、凡人共』




パキパキと砕け散った繭の欠片をバックに、目覚めた災厄の権化は開口一番に重々しい言葉を無蔵座に放った。

魔力の乗ったそれはまるで本物の圧力があるかの如く原初三人娘にのしかかる。

凄まじい言霊の力。

原初にすらここまで効果を及ぼすとなると…………既に"原初"と言う括りを逸脱した実力を身につけている可能性が高い。

と言うか確定。

先程までの原初の悪魔と同じだと思っていると痛い目に遭う。

おそらく、彼女は生物として別次元の存在になったのだ。


漆黒一色だったドレスに不思議な緑に近い色のラインが複数入り、さらに深くなって腰の曲線を露わにするスリットからはチラチラと淡い色の裏地と絶対領域の先が覗く。

またひし形の穴から垣間見える豊満な谷間には、首から下げた緑と黒が混ざった瑚珀のような宝石がついたネックレスが乗っかっており。

柔らかな肩のラインを覆うように極めて薄い、空気に溶けてしまいそうなほどの羽衣らしきものがふわりと風に揺られてなびく。

黒髪には緑色のメッシュが所々に入っていて、前髪の束が一つ完全に緑に染まっていた。


感じる魔力は、先程の繭状態からさらに上昇しているように思える。

さらにその特大の魔力とは別に、背中から生えている歪な木の翼から発せられている独特なこの力の気配。

これは──────。




「奴め、ユグドラシルを吸収しおったか…………」

「え、それやばくない?」

「うむ。ユグドラシルが枯れるような事があれば、それはすなわち()()()()()()()()。仮に奴がユグドラシルと完全に一体化したのなら…………まぁ、そういう事じゃ」



最悪の展開はまさにそれだ。

戦争を終わらせるためにラスボスたる原初の悪魔は倒さなくてはならない。

だがもしユグドラシルと完全に一体化している場合、奴の"死"がトリガーとなってユグドラシルも死ぬ──────つまり枯れてしまうのだ。

世界を支える"真理"が崩壊すれば、同様にその世界も形を保てず崩壊する。

そのため、何としてでも封印など他の方法を模索しなくてはならない。

まぁそもそも、現状からしてクリアしなければならない問題点はいくつか既にあるのだが…………。


ツクモとエルムの視線がノエルに向く。

三人の中で最も真理に近い彼女に意見を仰ごうとして。

ところがどっこい、当の本人はと言えば。



「すぅ〜〜〜………………マシロおおおおお!!…………そこで待ってるのだ!すぐにワタシが迎えに行くからなぁ〜〜っ!!!」



大声でラブコールしてた。

たぶん、何も考えていないであろう横顔から全てを察した二人の目が凍える冷気を発するジト目になった。

エルムは対抗意識もあってか口をへの字に曲げて不満気な表情を浮かべており、常日頃から空気を読まないで有名なツクモですら何とも言い難い絶妙なこの表情だ。

どうやらノエルにとって世界滅亡など二の次らしい。

愛する人を救うことに比べたら。


実はその意見自体には二人も大いに賛成なため、先を越されたことに対する悔しさもこの表情には含まれていたりする。

それはさておき。




「世界が滅びてはマシロが悲しむじゃろうが!ちゃんとせい!」

「…………はっ!べべべ、別にお兄ちゃん(一家含む)以外の全人類が滅びれば良いなぁ〜………なんて思ってないからね!?本当だもんっ!」

「語るに落ちるとはまさにこの事じゃな…………」

「む?何の話なのだ?」



もうダメかもしれない。

エルムはさりげなく狂気を孕んだ瞳で物騒なことを考えているし、ノエルはもはやマシロを取り戻すことしか頭に無くてほとんど暴走機関車状態。

唯一まともなのが救いようのない変態ことツクモなのだ。

そんな彼女らに世界の命運がかかっていると考えると…………胃のキリキリを感じざるを得ない。



「さらっと失礼な事を思われた気がするんじゃが?」

「え、誰に?」

「知らん」



相変わらずお鋭い。




「して、どうするつもりじゃ?ノエル。まさか本気で何も考えていなかった訳ではあるまい」

「え。…………あ、ああ!もちろんとっておきの秘策があるぞっ!」

「これは考えてなかったパターンだね」

「よし、お主は今日から駄女神を名乗れ」



ジト目がさらに極寒の冷気を纏った。

おそらく本気で何の考えもなしに突っ込もうとしていたノエルは、たぶん図星だったので視線を逸らしながらダラダラと冷や汗を流している。






さて。

皆さんお忘れかもしれないが、この場にはもう一人重要な人物が居るのを覚えているだろうか。

そう、ラスボスの"原初の悪魔"さんである。

ユグドラシルの力を手に入れて意気揚々と君臨したのに、最初に相対した相手が自分そっちのけで漫才のようなやり取りをしているのだ。

逆に今までよく黙っていたなと思う。


痺れを切らした原初の悪魔は背中の木からパキパキッ………!と杖のようなものを構築して手に取ると、それで地面を叩き先端についた鈴を鳴らす。

ピクリと反応してやっとこちらに視線を向けた三人娘に、彼女は苛立ちを募らせながら頬を歪める。




『貴様ら…………無礼者め!何故恐れない?何故慄かない?何故頭を垂れんのだ!"真理"の御前であるぞっ!』



「うわぁ…………自分で"御前"とか言っちゃうんだ。ちょっと痛々しいかも」

「そう言ってやるなエルム。奴も気分が高揚しておるのじゃよ、きっと」

「良いのは見た目だけなのだ」



あんまりな言い様だ。

原初の悪魔の額に青筋が浮かんだ。

まさかここまでコケにされるなんて…………自分は生物を超越した"真理"に辿り着いたのだぞ?

こんな小娘どもに何故馬鹿にされなければならない?

フツフツと湧く怒りに呼応して魔力と世界樹の力が高まる。


ところがふと何かを思い付いて、ニヤリと下品に逆さ三日月のように裂けた笑みを浮かべた。

熱で茹だった心に冷水がかけられた気分だ。



『そう言えば…………何と言ったか、あの少年………………そう、"マシロ"だ。貴様らが欲しているのはこの少年だろう?』



わざとらしい仕草でニヤケ面を晒す原初の悪魔だが、三人から向けられた視線が完全に冷めきっていることには気付いていない。



『残念だが、奴は既に我と一体化した。見ろ、この力を…………』




全身から溢れ出したのは純白の光。

まるでオーラのように原初の悪魔が纏ったその力は、三人が同時に愛した彼の力と全く同じ気配を感じさせた。

夢でも幻でもない。

紛うことなきマシロの神気が原初の悪魔から放たれていたのだ。




『これで分かったか?奴はもう戻らない。……………くくっ。中々に悪くなかったぞ、奴の断末魔は──────』




言葉を遮るように放たれた神気の矢が頬を掠めて、原初の悪魔は思わず閉口する。

それはこちらに向いた三人娘の瞳にこれっぽっちの怒りも含まれていないことに気がついたからだ。

むしろ本当に救いようのない哀れなものを見る目。

不満気な舌打ちが響く。




『つまらん。何故動揺せんのだ』



「逆にどこにそれを信じる要素があったのか知りたいのだ。お前なんかの言葉より、愛を信じるのは当たり前だろう?」

「話が単調。やり方が古臭いんじゃないかな?()()()()ぽ〜い」

「お主はちと語彙とユーモアを増やすべきじゃな。ご主人様から学んではどうじゃ?あの罵倒と甘やかしのレパートリーの数には脱帽じゃよ」



ボッコボコのフルボッコだ。

ちょっと原初の悪魔が可哀想になってきた。

今まで薄ら笑いを浮かべていた原初の悪魔からストンと表情が抜け落ちる。

ここまで馬鹿にされては、もう我慢の限界だったのだろう。

ギシギシと軋むほど杖を握り締め、力いっぱい雑に振るうと。



『そんなに死にたいのなら見せてやろう……………"真理"の力を』



背中の木の翼が禍々しく変化すると同時に、溢れ出した魔力がいくつもの多重魔法陣を展開し魔法の弾幕をこれでもかと生み続ける。

シャリンッ!と鈴が鳴った。

すると、原初の悪魔の頭上に暗雲が立ち込めて神罰の稲妻が降り注ぎ、深紅の炎が竜を形取って咆哮を上げ。

風刃を内包した竜巻が四方で荒れ狂い、その横をパキパキと凄まじい氷結が地面を凍らせながら通過。

複数に分裂した光の剣が上空から狙いを定め、闇で構築された棘が地面を這って広がる。

亀裂が入った地面から溶岩が吹き出してヒュドラを生み落とした。


誠に壮観、しかし敵対した側から見ればまさに絶望を体現した殺意の塊だ。

もはや魔法と括るにしては自然災害そのものすら上回った力に、原初の悪魔は満足気に目を細めると再び杖をついて鈴を鳴らす。

二度目の音色が引き起こしたのは背後の木の活性化。

根のようにも幹のようにも見えるそれをメキメキと伸ばし、彼の周りにしなだれて独特の気配をより濃く垂れ流している。



『行け』



杖のタクトが振るわれると同時に、天変地異すら真っ青な魔法の数々が三人娘の元に殺到した。

まず世界樹の末端がノエルを、神雷と暴風がツクモを、炎竜と光の剣がエルムを襲う。


対して三人娘は神気で構築した剣。

手のひらに浮かべた紫の炎。

顕現させた呪われしロングソード。



それぞれの武器を片手に、ついに世界最大級の衝突が繰り広げ────────────られようとした、直前。

前傾姿勢で突っ込もうとしていた三人の前に、それぞれ一つ、どこからともなく影が落ちてきた。

その内、ノエルの元に降ってきた影は迫っていた木の群れを一瞬で粉々に斬り伏せる。

信じられないほど綺麗な断面で先端を失った木が悶えるようにクネクネとうねり、しかし圧倒的な生命力ですぐに無くなった部分を生やすと、今度はその人物を貫かんと鋭い突きを繰り出した。


だが、それは()()の技量を甘く見すぎだ。


倒れるように木の根とすれ違った瞬間、複数の閃光が瞬いた。

それは視認することすら許されない神がかった次元の剣閃。

一拍置いて、やっと自身が輪切りされた事に気が付いた木の根がスパッと崩れて粉々になった。

いとも簡単にそれを成した女性は軽々と体を起こし、ノエルに微笑みを向ける。



「やあ、久しいねノエル。遊びに来たよ」




女性ならば…………いや、男性ですらクラッと来そうな爽やかな笑みを浮かべるこの女性。

マシロが別の意味でクラッとしてしまうこと間違いなし、彼の剣の師匠である剣神ことジンさんである。

今までもたま〜に下界に遊びに来ていたジンだが、このタイミングで現れたと言うことは…………。



「時空神に頼まれてね。彼女は立場上、おいそれと下界に降りれないけれど…………マシロ君の事はいたく気に入っていただろう?」

「なるほど、理解したのだ。ワタシのマシロに手を出そうとは良い度胸なのだ」

「それは違うと言い切れないところが時空神の厄介なところだね」



爽やかだが内容がちっとも爽やかじゃない。



「それはそうと…………武神と知恵の女神まで一緒に来たのか?さすがに過干渉が過ぎるのだ」




神は直接的に下界に力を及ぼすことはあまり望ましくは無い。

世界のバランス、そして種族の繁栄が妨げられてしまうからだ。

最高神であるが故にそこは色々と言いたいところだが。



「君はもう"元"だろう。今の()()()()()は時空神。彼女の命令はなるべく聞かなきゃならないのさ」

「本音は?」

「強そうな人がいっぱい居てうずうずしちゃってね。あ、もちろんマシロ君を助けるためって理由もあるよ」

「主に前半が大半を占めてそうなんだが?」



こう見えて実はかなりやんちゃな性格のジンさん。

斬りがいのありそうな人達がいっぱい現れてうずうずしちゃったらしい。

相変わらずの戦闘大好きウーマンだ。

たぶん武神も同じ動機だろう。

"知恵の女神"はまたの名を"戦争の神"と言うし…………。



「安心してよ、ちゃんとマシロ君は助けるさ。…………()()がね」




何を当たり前のことを。

こちらを向きながら木の根を両断したジンにジト目を送る。

分かっているくせに…………わざと遠回しに言って、ソワソワするノエルを見て面白がっているのだ。

とは言え「マシロを助けたい」という気持ちは圧倒的に本心なので、これ以上は蛇足だし無意味。

微笑み、ノエルが望んでいるであろう言葉を口にした。



「時空神が、"創造神としての力を使うことを許可する"ってさ」

「……………うむっ、待ってましたなのだ!!」



ついに許可が降りた。

これで存分に本来の力を振るえるのだ。

神が地上で力を振るうには、複数名の神による同意が必要。

それは前述した世界のバランスを保つために、その世界がどうしようもない危機に陥った時にのみ発動するブレーキとしての役目を果たすための()()()()ルールだ。



「じゃあ僕は世界中の援軍に回るよ。頑張ってね」

「任せろなのだ!」



ジンが瞬間移動のように姿を消すと同時に、他の二箇所でも最後に魔法の嵐を消し飛ばしてから気配が遠ざかっていくのを感じた。

一時的に魔法の勢いが収まった隙に、原初の三人娘は再び一箇所に集合。

三人とも、目を合わせただけでお互いが何をすべきか把握しているのが分かった。



「やっとじゃな…………いや、比較的早かったと言うべきか?」

「うむ。やっと、これで全力が出せるのだ」

「よぉ〜し!張り切っていくぞーーっ!!」



三者三様、しかし確固たる意思の籠った笑みを浮かべて原初の悪魔を見据える。




"原初の神"ノエル

"原初の大妖魔"ツクモ

"原初の魔王"エルムグラム





ついに解放された幼女達の全力が世界を、そして"真理"に辿り着いた者を震撼させる。










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