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ユグドラシル




マシロが触手に呑み込まれ存在を絶たれたその時。

同時に、世界中に全く同じ漆黒の触手がその魔の手を伸ばした。

殺傷を目的とせずただ無心に力の源に引き寄せられるそれは、手当り次第に強者を飲み込み抽出した力を主の元に送り届ける。

敗北し地に伏せる使徒や賢者、戦いそっちのけで本能に従い逃げようとしていた魔物達。

西国最強と呼ばれた国王や帝国の皇帝、王国のお姫様や、そしてジパングの将軍の元にまで。

敵味方関係無くエネルギーだけを求め吸収し続ける。


やがて触手は敗北した原初の元にまで伸びた。




『ぐっ、くそ…………離せよ………!』



切り伏せられ死を待つだけだった"原初の人間"を、ご丁寧に分断された体を全て集めて呑み込んだ。

もちろん周囲で"命の楔"から解放され右往左往していた魔物達も同じように吸収。



「ああ…………ついにその時が訪れたのですね…………!」



歓喜に打ち震える"原初の教祖"は腕を広げ、自ら触手を受け入れた。



「ちぃっ!」

「……………」



まさにタケルにトドメを刺されようとしていた"原初の────"を横から掻っ攫い、別の触手で数秒だけ足止めしている間に包み込んだ。

ほぼ瀕死に近いからか抵抗は無い。





こうして世界中から集められたエネルギーは全て、漆黒の繭の中に籠る"原初の悪魔"の元に届けられた。

自らの体に漲るとてつもない魔力に思わず笑みが零れる。

凄まじい力だ。

これだけで世界を蹂躙するには過剰すぎると言っても過言では無いだろう。

しかし高揚する感情を落ち着かせ、原初の悪魔は自分に言い聞かせるように胸に手を当てる。



───────これはあくまで、"扉"を開くための礎に過ぎないのだ。

ついに位置を特定した"ユグドラシル"に繋がる扉をこじ開けるための。



エネルギーは十分に集まった。

そろそろ次の工程に移動しなくてはならない。

何時いかなる時に原初の神が奮起し立ち上がるか分からないのだ。

早急に事を進める必要がある。



「時は満ちた─────」




繭の上部がぱっくりと割れて、赤黒い空が露わになる。

己の力によって完全に閉ざされた偽りの空にピシッ………!!と亀裂が走った。

あっという間に広がったそれはガラスが砕けるかのごとく儚く砕け散り、その奥に控える本物の空を覗き見せた。

赤黒い空とは違い濃いオレンジに染まった空は時刻が夕時に近い事を暗に示している。


原初の神とその眷属相手では、時間稼ぎにかなり骨が折れた。

けれど無事に「位置の特定」が「時刻」に間に合ったことには、密かに胸を撫で下ろさずには居られない。

半分賭けのようなものだったが、それに勝ったのだ。

時刻はまさに黄昏時─────またの名を"逢魔時(おうまがとき)"。



時間。

力。

ユグドラシルの位置。

そして、"原初の悪魔"という人柱。



全ての条件を整えた事で足元に展開していた複雑な多重魔法陣が眩い光を放つ。

これは転移魔法の要素が組み込まれた独自の魔法陣であり、空間魔法や時空間封印など様々な術が応用された特級の代物。

最後に座標の情報を刻み、ついに完成した魔法陣が己に課せられた役目を完遂しようと凄まじい量の魔力を喰らって空間を軋ませる。






────────そして、視界が閃光で染め上げられた。





目を瞑りかざした手で守っていた原初の悪魔は、途端に消え失せた周囲の生物の気配、そして音を失ったかのような静寂を感じて僅かに笑みを浮かべる。

成功したのだ。

今感じた懐かしい感覚は、きっと長きに渡り封印されていた"狭間"を通り過ぎた時のものだろう。

不気味なほどの静寂を破り、原初の悪魔はくつくつと堪えきれず笑い声を上げた。




「くくっ…………ははは!やったぞ!我はついに辿り着いたのだ!!」



神さえも辿り着けぬ極地。

決して辿り着いてはならぬ禁忌に、ついに自分は足を踏み入れたのだ。

先程の高揚感とは比べ物にならない程の快楽が全身を駆け巡り、愉悦に浸った恍惚とした表情で眼前の巨木に目を向ける。


溢れんばかりに生命力の漲った巨大な木には緑が生い茂っており、その壮大さには思わずへたり込んでしまいそうだ。

大きさは…………分からない。

どれほど大きいのだろう。

山のごとくどっしりとしている。

上空にある枝の太さだけで一軒家ほどありそうだ。

ただそこに佇んでいるだけで全てを圧倒する存在感を携えていた。


上手く言えないが…………感動、だろうか。


似つかわしくないものの、しかし自然と発露した感情がなんだかおかしくて原初の悪魔は小さな笑みを零す。

これがユグドラシル──────世界の"真理"なのか、と。








「……………ようこそ、世界樹の袂へ」








不意に響いた声に、しかし驚くことなく原初の悪魔は視線を向ける。

なぜなら予想していたからだ。

()()がここで立ち塞がることを。

無言で歩を進めると、すぐにユグドラシルの麓に誰かが立っているのを見つけた。

その姿を見るなり高鳴る鼓動を押さえつけ、原初の悪魔はひたすらに歩み続ける。

そして、二人の距離が僅か数メートルになったところで立ち止まると。



「どうやら、我がここに来ると分かっていたようだな」

「当然。…………て言うか、一人称被ってるんだけど?そういうの気にしてもらわなきゃ困るよ、まったく…………」



鬼ほどメタい発言をしてやれやれと肩をすくめるのは、自らを「真理に近付きすぎた者」と称する紫髪の女性…………ソアレ・チェルカトーレ。

普段は幽霊のように透けた肉体を持つ彼女だが、今は場所が特殊だからかきちんと実態のある肉体に戻っていた。

ソアレがこの場に居るという事は、つまり眼前のユグドラシルは紛うことなき本物であるという最も分かりやすい証拠だ。


まさに完璧。

むしろ計画が上手く行きすぎて、逆に心配になる程だ。

とは言え安心するのはまだ早い。

ユグドラシルを()()()()()()ために、何より一番の障壁となるのはこの女なのだ。

こちらを見上げる瞳を睨み返し、原初の悪魔は魔力を滾らせる。



「"逢魔時"…………貴様の力が()()()()()()()だったな。今のお前では我は止められまい」



ユグドラシルが根差したこの空間と外界では時間の流れが僅かに異なる。

しかし日に一度、ほんの数分だけその二つの時間が重なる時刻があるのだ。

それが"逢魔時"。

そのたった数分だけ、"真理"による外付けの力の代償としてソアレ・チェルカトーレが弱体化する。

ユグドラシルをものにするための最終巻門である彼女を突破するには、この数分に全てを賭けなければならないのだ。

残る力の全てを出し切ってでも押し通る。

それ程の覚悟で訪れた原初の悪魔だったが…………いや、それ故にと言うべきか。

彼女の威勢を受けてソアレが取った行動に理解が追いつかなかった。



「うん、そうだね。通りたまえよ」



なんと道を空けて先に進むよう促したのだ。

必死に抵抗するでもなく、逃げるでもなく…………。

予期せぬ事態に戸惑いが原初の悪魔の脳内を侵食する。



「…………どういう………つもりだ…………?」

「んん?どうもこうも、()に君を引き止める権限なんて無いのさ。知っているだろう?あくまで"真理"及び"真理の探求者"は傍観者に過ぎないんだ」



力を消費せず押し問答もなく通過できるのは願ったり叶ったりだ。

だが…………どうにも腑に落ちない。

確かに傍観者なのは知っているが、それはここまで薄情なものなのか?

自らが害されると知っておきながら、易々と道を通すほど無関心なのか?

浮かび上がった疑問を原初の悪魔は振り払う。


こんなのは思いがけない出来事に動揺してしまったために湧いたくだらない幻想だ。

自分の知ったことでは無い。

くれると言うのなら、有難く奪うだけだ。



「我を止められる最後の機会やもしれんぞ?それを自ら放棄するとは…………」

「さて、それはどうかな?あまり()()の力を舐めない方が良い…………"意思"という強大な力をね。……………ああ、それと」



背を向けユグドラシルに向かおうとしていた原初の悪魔の足がピタリと止まった。

何故?

自分でも分からない。

戯言を切り捨て進もうとしたはずなのに…………。

それはすぐに分かった。

背後で揺らめくこの尋常ならざる力。

自分よりも小さいはずなのに、全くと言って良いほど適う気がしない文字通り次元の違うこの力は。



「君は何か、思い違いをしているようだね」

「"思い違い"…………だと………?」



冷や汗が頬を伝って地面に落ちた。

この緊張感…………次の瞬間には死が襲ってきてもおかしくないほどの濃厚な圧を感じる。



「自惚れるなよ、()()…………。たかだか魔力総量が劣っているだけで、私が敗北するとでも?」



感じたのは生物としての格の違い。

神とも違う圧倒的な個としての存在感を知らしめられ、もはや背を向け立っているので精一杯だ。

しかもその上、自分の全てを見抜いているような口振りに背筋が凍った。

浅い息を何とか整えながら、しかし原初の悪魔は引き攣る頬で無理な笑みを浮かべると。




「…………くくっ、何とでも言うが良い。すぐに貴様と同じ高みに登り、その魂すら喰らってやろう………!!」

「……………そうかい、好きにしたまえ」




そう言い残しもはや興味を無くしたのか、道端の草原に置かれた木製の椅子に腰掛け、いつの間にか広げられていたティーセットをカチャカチャ動かすソアレ。

優雅なティータイムに突入してしまったようだ。

どうやら本当に無関心らしい。



「………………」



原初の悪魔は早々に見切りをつけユグドラシルの方に視線を戻す。

下から見上げると、遠くから見るのとはまた違った荘厳さやら威圧感やらで「ほぅ………」と感嘆のため息が漏れる。

まるで一種の芸術品のようだった。

地中から盛り上がった根を潜りながらさらに近付き、やっと辿り着いた幹に触れる。

どっしりした手応えからは素晴らしい生命力と満ち満ちた圧倒的なエネルギーを感じた。



「ユグドラシル…………この世の"真理"よ。我を縛る愚かな檻よ。有り余るその力、貰い受けるぞ…………!!」



原初の悪魔の闇が、蠢いてユグドラシルに突き刺さる。

何本も何本も、刻一刻と増える漆黒の粒が世界樹の幹を覆っていく。

まるで病原菌。

蟻にも菌にと見えるそれは、世界樹が蓄えた未知のエネルギーと"真理"に関する情報を奪いつつ、着実に幹の表面を黒く染め上げた。







─────────そして、ユグドラシルが黒に染まり色を失う頃には。








原初の悪魔は生物として、別次元の存在に昇華した。








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