原初の大妖魔は無双する
前編です
─────────三獣将。
"鷹"と"虎"と"竜"の三人によって構成された精鋭部隊であり、その強さはかの三大魔王と同格とも言われていた。
かつてはジパングの守り人として活躍していたが、聖魔戦争の渦中で暴走したとある妖怪と対峙。
死闘の末に相打ちに持ち込み、ジパングを守ると共に三人とも戦死した──────────と、思われていた。
しかし。
────────日本そっくりの島国、ジパングの東北部にある標高二千メートル近い山が連なる山岳地帯にて。
数ある山の中の一つが中腹部からカッ………!と閃光を瞬かせた次の瞬間、耳をつんざくような轟音と共に紫の業火が爆ぜ、山を粉々にぶっ壊しながら天にも届く勢いで燃え上がる。
「くふふっ!この程度で妾を足止めしようとは、片腹痛いのぅ!!」
「──────っ、舐めるな………!!」
なんとか自らを包み込んだ紫の炎だけ赤色の炎で相殺して難を逃れた青年──────ホルス・ホークアイは背の翼を羽ばたかせ、反撃しようと拳に魔力を纏わせる。
しかし翼が風を捉える直前に急接近したツクモに顔面を鷲掴みにされ、それはもう思いっきり地上に向けて投げ捨てられた。
キィイイインッ!!とジェット機のような音を立てホルスが落下した場所から四方に凄まじい亀裂が広がり、それに伴って土煙が舞い上がる。
『キュワアアアアンッ…………!!!』
ツクモに覆い被さった巨大な影の正体は、太陽を背に自慢の翼をはばたかせながら、ギラリと鋭い紅の瞳でこちらを睥睨する黒竜だった。
黒竜は頭部を仰け反らせて巨大な牙の間にとてつもない魔力を集束させると、夜の帳が降りた山岳地帯に不思議な音色を響かせながらそれを解き放った。
直後、一筋の閃光が瞬いたかと思えば、レーザーのごとき凄まじいブレスが一直線にツクモに襲いかかる。
音すら置き去りにして至近距離のツクモを呑み込んだブレスは、そのまま轟音と熱、衝撃波を撒き散らしながら地上に到達し、やがて地平線の彼方へと細い光となって消えて行った。
遥か向こうで爆発が起こり、同時に巻き起こった突風が立ち込めた白煙を攫う。
それに紛れて、飛び出してきた紫色の狐が二匹。
炎で形成された二匹はまるでそこに足場があるかのように自由自在に駆け回り、それぞれ黒竜の左肩と胴体に食らいつく。
もちろん古代種顔負けの鱗を持つこの黒竜からすれば、狐二匹の噛みつきなど全く痛くもない。
しかし、狐達の役目はここからだ。
『ッ!?』
黒竜が驚愕したのは、突如として狐達が内包する炎を解き放ち燃え上がったからだ。
炎は一瞬にして巨大な黒竜の体を包み込み、火だるまにしてしまった。
熱と急激に酸素を奪われたことで黒竜は悶え苦しむが、なまじタフなせいで気絶は許されない。
そこに、白煙を切り裂いて狐の主が飛び込んできた。
「皮が硬くてもこれは効くんじゃったな!─────"震天"ッ!!」
『……………ッ、ガフッ!!?』
迸った稲妻を彷彿とさせる空間の亀裂が拳を中心に四方に広がり、鱗を貫通して黒竜の体内に直接、防御不能の激震を送り込む。
黒竜は血反吐を吐くと、炎を纏ったまま眼前の山の斜面に仰向けに落下した。
さらに。
「うおおおおおおッ!!」
黒竜と入れ替わりで突っ込んできたのは、金髪に黒メッシュの入った獣人の少女。
名をドゥルガー・タイガークロー。
ドゥルガーは虎のような体毛と爪のある腕に魔力を纏わせると、型を感じさせない乱暴な仕草でツクモをぶん殴る。
威力は九尾の狐たるツクモを持ってしても中々と言わしめる程だ。
ところが…………。
「ぬるいっ!ご主人様の愛撫に比べたら痛くも気持ちよくもないのじゃ!!」
「なんの話しだよっ!?」
本当になんの話しなのだろう…………。
ドゥルガーのツッコミは最もである。
まさかマシロが日々行っている熱烈な愛撫(誠に遺憾)と比べられていると知ったら、彼女はどんな顔をするのか。
それはさておき、顔面を殴られたのにノックバックすらしなかったツクモは、痛がるどころかむしろ凶悪な笑みを浮かべる。
ズンッ…………!!と重々しい衝撃がドゥルガーの腹を貫いた。
ツクモの膝蹴りが腹を抉り、さらに回転蹴りによる凄まじい横からの圧を受けて彼女もまた撃墜された。
地上では三度目の土煙が巻き上がってガラガラと瓦礫があちこちに散乱している。
ツクモはそれを少しの間見下ろしてから、今度は空中に留まらずそのまま自由落下に身を任せた。
下からの風で九本の尻尾や耳、狐色の美しい髪をパタパタ揺らしながらゆるりと着地。
軽く着物を整えると、小さな体で精一杯に胸を張って奴らの復帰を待つ。
するとそう時間も経たずに土煙の向こうから三つの影が現れた。
彼らは邪魔くさい土煙を魔力やら手をうちわ代わりにして向こうに追いやる。
「…………かつてジパングを守護した三獣将が、今度はそのジパングを攻め落とそうとは……………なんともえげつないのぅ」
全てを見抜いた上で、ツクモはわざとらしくそう呟く。
一歩前に出た鷹の翼を持つ男は、それに答えるかのように服をめくり己の腹部にあるものを見せつけた。
「我らとて本意であるはずがない。我らはあの時……………奴と共に死んだのだ」
左の脇腹に埋め込まれたそれは、妖しい紅の光を発する球体。
宝石のようで、しかし内包する禍々しい妖気は三人の魔力とは全くもって別の第三者のものだ。
「目を覚ました時にはこれが体に埋め込まれててよ……………どうも、死者の魂を強制的にこの世に固定する作用があるらしいぜ」
虎の腕を持つ少女は両手を頭の後ろで重ねながら面倒そうに目を細める。
彼女の露出している右の太ももにも、大きさは違えど同じような宝石が埋め込まれていた。
「本来ならば、現代の倭国将軍に終止符を打って頂く予定でしたが…………相手が"原初の大妖魔"ともなれば不足はありませんね」
ツクモよりもかなり日本の和服に近い着物を着た黒髪の女性は、先程の黒竜の人間態。
と言うよりもこっちが本体だ。
竜種と人間のハーフである彼女の名はエキドナ・ドラゴレッグ。
リウと同じく〈竜人化〉と〈竜化〉を得意とする生粋の大和なでしこである。
彼女の豊満な谷間にも紫色の宝石が見える。
あれは一種の呪具のようなものに、原初の悪魔の邪悪な魔力が混ざり変質した特異的なアイテムで、その効果はドゥルガーの予想通り死者の魂を強制的にこの世に縛り付けるもの。
しかも使用者には絶対服従という面倒なオマケ付きだ。
死者を冒涜するまさに卑劣極まりない所業と言えよう。
「……………くくっ、手心など期待するでないぞ?」
「無論、そのつもりだ」
「むしろオレ達に負けんなよ!」
その言葉を最後に、唐突に得意げな笑みを浮かべていたドゥルガーの表情がストンと抜け落ちた。
それはエキドナとホルスも同じ。
三人ともビクンッと何かに反応して肩を揺らしたかと思えば、瞳が濁るように赤黒く染め上げられる。
タイムリミットだ。
完全に自我が封じ込まれ、言われるがままに行動する最強の殺人兵器と成り果てたのだ。
三人から魔力が立ち上り、殺意にまみれた視線でツクモを射抜く。
以前なら肌を刺すようなそれを、心地よいと感じていただろう。
だが今はどうだ?
ちっとも気分が高揚しない。
いや、正確には物足りないと言った方が正しい気がする。
もちろん戦いが嫌いになったという訳ではなく、それ自体はむしろ以前にも増して大好きになった。
ただ、やはりマシロでなければダメなのだ。
己に快楽を与えるのは。
「むぅ…………すっかりご主人様無しでは生きられない体になってしもうたのじゃ…………。無事帰ったらご褒美に踏んでもらうとするかのぅ」
日々行われる激しいご主人様の愛撫でなければ、もはやツクモを満足させることは出来ないらしい。
今のツクモにとって、ご主人様からのご褒美以外は全て稚児の遊びと同義なのだ。
常人からしたら「ちょっと何言ってるか分からない」案件だ。
要は、「妾が尻尾を振るのはご主人様ただ一人…………!!」という事だろう。たぶん。きっと。
そんなどうしようもない変態はさておき、こちらも別ベクトルで主人には絶対服従を強いられている三獣将諸君。
それぞれが無言のまま炎や氷を身の回りに顕現させてツクモに襲いかかる。