王様とお風呂
バスさんが俺を見て苦笑いする。
「しかし、確証は無かった。私が見た未来は数ある未来の中の一つにすぎない。未来はいくつも分岐し、私の…………そして人々の選択によって簡単に変わってしまう。私が見たはずの"ルートα"という未来が、"ルートβ"に変わることもざらにある」
「俺に何かあったか、またはリーンの頼みを断るか。それだけで大きく変わっていた、って事ですよね」
「その通りだ。だが、私達はかけた。そして、君は無事に娘を送り届けてくれた」
改めて感謝するよ。
そう言って、バスさんはなんの躊躇いもなくすっと頭を下げた。
当然俺は慌ててわたわたと手を左右に振り。
「わっ、頭を上げてください………!」
「ふふふ、娘は随分と君に懐いているようだね」
「はい…………運命の人とか言われました…………」
しかもその理由が自信満々に"血の味"だしね。
思わず運命の人の基準がそれでいいのかとツッコミたくなってしまったが……………。
「……………娘が、今まで一度も血を吸ったことが無かったというのは聞いたかい?」
「ええ」
「本来はありえない事なんだ。十数年も血を吸わずに活動できるなんて」
だが、娘は違った。
バスさんはそう続ける。
リーンは生まれつき他人の血を前にすると具合が悪くなったり、成長しても必要不可欠なはずの血を飲むことはおろか、匂いを嗅ぐのでさえ受け付けなくなってしまった。
最近は随分とマシになっては来たが、それでもダメなものはダメ。
本来、吸血鬼は数年血を吸わなければ死にはしないものの、寝たきりに近い状態になってしまうという。
しかし、リーンは例え何年経とうが倒れなかった。
もちろん衰弱した。
それでも強情と言わざるを得ないほど頑として血を吸わなかった。
と言うか吸えなかった。
誰の血を持って行っても体が受け付けない。
最初はバスさんもユラさんも奇病を疑ったそうだ。
他種族との子供は遺伝子が不安定になる事が稀にあるため、早速主治医に見せた。
だが何も無かった。
むしろ健康体だ。
なら何が……………。
悩みに悩んだ。
数百年生きてきた中で一番長い十六年だったそうだ。
「だから君と出会い、元気になった姿を見てとても安堵したよ。君が居なければ、娘は二度とあんなに明るい顔を見せなかった」
血は、吸血鬼にとってとても大事な生きる糧であり、力の源であり、時には媒体ともなる。
武器にもなる。
人族で言う水に近い、エネルギー。
そして、"血の契約"の際には決して切れない楔となる。
「仮に捜索隊を出し、君との出会いが無くなれば…………。そう考えてしまうと、どうしてもね」
肩をすくませて盃を傾け、お酒を一気に煽るとまた苦笑い気味の笑顔を見せる。
黙って話を聞いていた俺も、相槌を打ってくいっと盃を傾けた。
………………たしかにこれは、ある意味究極の選択だ。
その時二人が何を思ってこの決断をしたのか。
それを考えるのは俺にはまだ早かったらしい。
「さて、長話になってしまってすまない、私は上がるとするよ。マシロ君はどうする?」
「……………俺はもう少し入らせてもらいますね」
分かったと頷き、バスさんは静かな足音を残して風呂から去って行った。
すごいマッチョだな羨ましい……………。
シンプルに脳内を過った羨望はさておき、一人になった湯船にちゃぽんと肩まで浸かり、何を思うでもなくぼーっと揺らめく湯気の行き交う宙を見つめる。
………………………………重い………!
ずるっとお尻が滑り、宙を見つめたままブクブクと湯船の中へ。
思ったより数倍重い話だった。
こんなのを軽く聞いてしまった過去の自分を殴りたい…………。
「どうしました?マシロさん。難しそうな顔をして」
「うん…………………………………………………………うん?は?リーン!?」
びっくりした!すっごいびっくりした!
ゴンッと頭を縁に乗せて振り返ると、そこにはものっそいナチュラルにリーンが立っていた。
あまりにも近すぎたため、下からだとボリューミーなお胸と巻かれたタオルの中まで丸見え─────────という事はなかった。
湯気さんがいい仕事をしてくれていた。
これはこれでえっちぃのでOKです…………!
冗談はさておき。
まさか本当にリーンが入ってくるとは…………。
どうやってユラさんの羽交い締めから逃げてきたのやら。
下からの絶景を無言で堪能していると、突然リーンがタオルを剥いで横に落とした。
思わずギョッとしたが、すぐに局部は湯気さんとリーンの手によって隠された。
ずいぶんと積極的な……………だが。
「…………………顔、真っ赤だぞ」
「うぐっ。そ、それは言わないでください…………!男の人と一緒にお風呂に入るだなんて初めてなんですから…………あ、お父様は抜きでですよ?」
むしろ逆に父親以外と入ってたらやばいだろ……………。
「どうですかマシロさん。見惚れてしまいましたか?」
縁に預けていた頭を持ち上げ、耳まで真っ赤にしてプルプルしながらも胸を張って堂々とするリーンに目を向ける。
…………………胸って………浮かぶんだな………。
セクハラかな?
自分で思っておいてあれだが、最初にそっちに視線が吸い込まれてしまったのは我ながらお恥ずかしい。
少しの間、場を沈黙が支配し、ドボドボとお湯の落ちる音だけが響く。
リーンはちらちらと俺の方に目を向けると、えい!と腕に抱きついてきた。
沈黙を破るようにバシャッと跳ねた小さな水しぶきと共に、幸せな感触が右腕を包み込んだ。
「ふふっ、裸の付き合いに両親へのご挨拶。これはもう夫婦へとまっしぐらですね…………」
はふぅ………、と改めて湯船に浸かりながら幸せそうなため息をつき、こてんと俺の肩に頭を預ける。
"まだ言ってるのか。"
そう言葉にするのは簡単だ。
簡単なはずだ。
なのに───────────。
「………………一応だけど、リーンは王族なんだからね?」
「そうですね。ですが、マシロさんと一緒になるためならば、この地位だって全て捨てる覚悟があります」
横を向かずに発した弱い抵抗は、リーンの真剣な声色によって一蹴されてしまった。
「そっか………………」
俺はただ、そう返すことしか出来なかった。
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