巨人の魔王ガンマ(2)
「─────────!!?!?」
あまりにもあっさりと、何の抵抗もなく斬り落とされた自身の腕を呆然と視界に捉え、ガンマの顔が苦痛に歪む。
打撃はもちろん、斬撃さえも易々と弾き返せるほど鍛え、魔王として猛威を振るった自他ともに認める鋼の肉体……………………だったはずなのに。
肌に触れた瞬間、まるで豆腐に刃を入れるがごとく骨ごといとも簡単に断ち斬られてしまった。
驚愕が思考を染上げるが、すぐさま歯を食いしばって宙に身を躍らせたリーンを───────────。
ザンッ!!
再び、静まり返った戦場に凛とした斬撃音が響く。
目を見開くガンマの前で、物理的な繋がりを絶たれた野太い腕が血を流しながら落ちて行った。
二本とも腕を無くしたガンマの感じる痛みは尋常じゃない。
大量出血、ギザギザな大鎌による軋むような痛み。
おまけに自尊心の欠如まで。
全神経が悲鳴を上げている。
ありえない……………。
思わず零れ落ちそうになったその言葉を噛み砕き、拳法のような足さばきでステップを踏んで上段蹴りを放つ。
振り下ろされた大鎌と蹴りがぶつかり合い、ガギィン!と耳障りな金属音を奏でた。
「!」
なんと今度は足が斬れるかと思いきや、打って変わって火花を散らし双方引かぬ鍔迫り合いへと発展した。
大鎌から伝わってくる感触が今までとは明らかに違う。
柄を握る手に力を込めながら、リーンはピクリと瞼を動かす。
よく見ると、ガンマの肌の色が普通の肌色から金属を思わせる銀色に変色していた。
それは足だけでなく、徐々に肌全体へと広がって行く。
スキル〈鋼鉄化〉。
己の皮膚や筋肉の強度を遥かに上昇させると言う、実にシンプルなスキルだ。
だがその反面スキル発動中は動きが鈍くなるなど弊害もあるが、それでもガンマが使えば十分すぎる効果を発揮する。
その証拠に、血の大鎌の刃がパキッと欠けた。
「破ッ!!」
気合いと共に放たれた二度蹴りは鎌にガードされたものの、反動でリーンの体が軽々と宙を舞う。
勢いを保ったまま土属性の魔法を発動。
いくつもの鋭い石槍が地面から突き出してリーンに迫る。
「…………【風刃雷刃】!」
そう唱えた途端に、リーンの背後に複雑な魔法陣が展開され。
片や、荒れ狂う風の刃が岩を斬り裂き、もう片や迸る雷の刃が岩を粉々に砕き消滅させる。
古代魔法【風刃雷刃】。
文字通り風の刃と雷の刃によって敵を攻撃する魔法で、風刃の方は中級魔法【エアロカッター】の原形とも言われている。
しかしその威力には天と地ほどの差があり、あくまで【エアロカッター】は【風刃】の劣化版。
使える者が限られている【風刃雷刃】を、誰でも使える簡単な魔法にしたのが【エアロカッター】なのだ。
「なっ……………」
いくら魔王と言えど、古代魔法は新参者には少し荷が重かったらしい。
鋼鉄の皮膚で負傷は避けたものの、圧倒的な数の暴力で押し返された。
一瞬動きが止まる。
その隙を逃さず、距離を詰めたリーンが紅の魔力を纏った大鎌を袈裟斬りに一閃。
「ぐふっ!」
傷口から大量の血とともに黒い炎が発火し、瞬く間にそれは燃え広がってガンマを包み込む。
やがて勢いが収まり、燃え尽きて残った灰もすぐに風に拾われて無くなった。
それを横目にリーンは大鎌を消して着地して、すぐさま兵達の元へ駆け寄る。
「ひ、姫様!?いつお戻りに!?」
「……………そんな事より、被害状況を教えてください。死傷者は?」
リーンの姿を目にした途端、兵士達が一人残らずピシッと直立不動の敬礼で出迎えた。
波が引くように二手に分かれてできた道をツカツカと進み、周りに比べて一際大きな魔力を持った男の吸血鬼に迫る。
(まさかこれ程早くお戻りになられるとは…………)
隊長らしきその男が嬉色を浮べながら前に出て何やら言おうとするが、それよりも先に詰め寄るリーンの剣幕に押されて、思わず後ずさってしまう。
「は、はい、ただいま私が確認した限りでしたら、負傷者が重軽傷合わせ六十名弱。壁の一部が倒壊しましたが、幸いな事に死者はおらず──────────」
「【ホーリースノー】」
男が敬礼のままハキハキと報告するさなか、突如として空に雲が広がり、ぽぅ、と淡い光の灯った雪が降り始めた。
しかも集まった兵士達の真上だけだ。
謎の異常気象にザワザワ騒ぎながら続々と空を見上げる。
冷たくない。
肌に触れた雪を指で撫で、兵士の男が首を傾げた。
本来あるはずの冷たさやジャリッとした感触が全くと言っていいほど感じられない。
いや、そもそも感触なんてあるのか?
触れているはずなのに、何とも形容しがたい感覚に陥る。
皆、疑問符ばかり頭の上に浮かぶが、それは次の瞬間に驚愕へと変化した。
「傷が癒えていく………!?」
「なっ、俺もだ!」
もちろん吸血鬼にとって自身の肉体の修復はなにも難しいことじゃない。
元々の自然治癒力が高い上に、そこに血の効果も相まって多少の擦り傷や切り傷はものの数秒で回復するし、例え致命傷を受けたとしても時間さえあれば全快だ。
あらゆる種族の中でもトップレベルの再生力である。
またその副作用なのか吸血鬼族は総じて寿命が長く、エルフに並ぶ博識な種族としても知られている。
特に魔法に関しては、魔法大国を築いたエルフに次ぐ歴史と術を持つ。
しかし、そんな彼らでも雪に触れただけで傷も体力も癒えるなんて聞いたことが無かった。
続いて、驚きが冷めない吸血鬼達の真後ろで魔法が発動し、破壊された壁も元通りに修復された。
集団から聞こえてくるザワザワは更に大きくなった。
「こ、これは…………」
驚きを露わにする男の横で、空を見上げたリーンの表情がぱぁ………!と輝く。
「マシロさん!」
「お疲れ様」
俺は完全に壁が直ったのを確認してから二人のそばに降りる。
いやー、死者が出なくて本当に良かった。
にしてもリーンの戦いっぷり凄かったな…………。
魔王相手にあそこまで圧倒するなんて。
「あの、姫様。そちらの方は………?」
「ひ、姫様?」
先程まで何やらリーンと話していた男が、困惑した顔で視線を俺とリーンの間で行ったり来たりさせる。
今なんて?
姫様?
リーンが?
…………いや、こっち見られても困りますって。
………………………………。
数秒間見つめ合った俺と男は、説明を求めるべくそろってジト目でリーンの方を向く。
「あれ、言っていませんでしたか?私、吸血鬼の国ダグールの第二王女なんです」
「へぇ…………………………………はぁ!?」
さらっと明らかになった衝撃の事実に俺は思わず声を上げてしまい、その向かい側で男が天を見上げて顔を覆ってしまった。
・補足
吸血鬼族…………高い再生力と魔力を持ち、魔族に分類される種族。人間で言う犬歯の部分に牙が生えており、それで他者の血を吸うことで能力が底上げされる。その効果は血の相性が良いほど強く、長く恩恵をもたらす。
また、寿命がかなり長い。
ちなみに太陽の光とかニンニクとか十字架とか全然大丈夫。
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