「無事に家に帰りました!」
その後、ハンナとアランが自力で歩ける程度に回復するまで休憩してから、アプリコット達は全員揃って夜の森を歩いて町へと帰っていった。
ランタンよりずっと明るい光源がレーナの頭上に浮いているので視界は十分だし、であればアランが方角を読めないはずもない。あと問題になるとすれば闇に乗じてオオカミなどの獣が襲ってくることだが……
ガサガサガサッ
「ふしゃー!」
物音がする度に、アプリコットが素早くそちらを向いて威嚇する。すると気配が遠ざかっていき、辺りに静寂が戻る。
「ふっふっふ、私にかかればざっとこんなもんですよ!」
「いや、嬢ちゃんが頭に乗せてるそれが原因だと思うが……」
むふーと得意げに笑うアプリコットに、アランが苦笑いを浮かべて突っ込む。
アラン達の回復待ちの間に、アプリコットは自分が仕留めた熊の皮を剥ぎ、それを頭に抱えていた。大穴が空いているのでそこまでの値段は付かないとわかっていても、回復薬を補充するためにはお金が必要なのだ。
「でも、この熊さんは私が仕留めたんですよ? つまり私がこの森最強で間違いないのでは?」
「そうかも知れねーけど、野生動物的には……まあいいか」
アプリコットの強さを目の当たりにしたとはいえ、その見た目は小さくて可愛らしい少女だ。野生動物にその強さは理解出来ないと思ったアランだったが、それ以上の突っ込みはやめておいた。実際侮られて襲われたとして、その辺のオオカミだのイノシシだのがアプリコットを倒せるとは思えなかったからだ。
「にしても、お二人は良く私達の位置がわかりましたね?」
そんな二人の会話に、ハンナが割って入ってくる。カンテラをつけていたとはいえ、森の木々は光を遮る。遠くから自分達を見つけられたのはどういう仕組みなのかと首を傾げるハンナに、レーナが熊の毛皮を引きずりながら歩く同僚に目を向ける。
「ああ、それもアプリコットさんのお力ですわね。確か神眼と言っておられましたけど……?」
「神眼ではなく、筋眼です! こう、目にギュッと力を入れると、色んなものが見えるようになるんです!」
言いながらアプリコットが右目に力を入れると、その視界に映る「見えるもの」と「見えないもの」が入れ替わる。これを発動していると通常見えているものが見えなくなる代わりに、通常見えないものが見えるようになる。
具体的には、本来なら視界を遮ってくる草や木、あるいは人の姿もぼんやりとした輪郭程度しか見えなくなる。代わりにそこに在る霊的、神的な存在が見えるようになるため、それで見知ったハンナの魂の輝きを見つけて、一直線に走って行ったのだ。
「ただ、流石に会ったこともない人は見つけられません。事前にハンナ先生とお知り合いになっておいて良かったです」
「そう、ですか……ならばそれもまた、神様のお導きだったのかも知れませんね」
「はい! 幸運というのは転がり込むものではなく、自らの行いと結んだ縁で引き寄せるものですからね」
たとえ優れた目があろうとも、知らない相手は探せない。そう言って笑うアプリコットに、自分が足を引っ張るだけの存在ではなかったと、ハンナは密かに胸を撫で下ろす。
そんな雑談をしながらも進み続けることで、一行は何とか町へと帰り着くことが出来た。門番の人に事情を話して特別に中に入れてもらうと、そこで漸く全員が、本当の意味で安堵のため息を漏らした。
「ハァ……本当に帰ってこられたのか。ありがとな嬢ちゃん……いや、聖女様方。まさかあの状況から生きて帰れるとは思わなかったぜ。この礼は必ず……って、そうだ。なあ嬢ちゃん、その毛皮を俺に預けねーか?」
「へ? これですか?」
「そうだ。卸先は狩人組合だろ? この時間じゃとっくに閉まってるし、部外者だと手数料取られるからな。それなら俺が少しでもいい状態に加工してから売っぱらってくりゃ、いくらかは高値になる。せめてそのくらいはさせてくれよ」
「わかりました。じゃ、お願いします!」
アランの申し出に、アプリコットは特に悩むこともなく熊の毛皮を引き渡した。するとアランは「後でまた教会に顔を出すから」と言って夜の町に消えていき……残ったのは三人。
「ハンナ先生はこれからどうされますの? このまままっすぐ孤児院に向かわれますか?」
「そう、ですね……あ、教会にお願いに行ったというベンは、どうなったでしょう?」
「確かに教会で待っているとかだったら、入れ違いは可哀想ですね。なら最初に教会にちょこっとだけ寄って、ベンがいなかったら孤児院に行くってことでどうでしょう?」
「お手間でなければ、それでお願いします」
という感じに話がまとまり、三人揃ってまずは教会へ。するとベンは孤児院に戻っているとのことなので、三人は改めて孤児院に――
「アプリコットさんとレーナさんは駄目ですよ? 修道女様から、お二人が戻ったらすぐに部屋に連れてくるようにと言われておりますので」
「「えっ!?」」
何故だかとても迫力のある神子さんの笑顔に、アプリコットとレーナが固まる。
「何故でしょうレーナちゃん。人助けをしてきたはずなのに、何故かとても嫌な予感がします」
「奇遇ですわねアプリコットさん。私も同じ事を思っておりましたわ」
「ならここは……」
「脱出ですわね!?」
「させるわけないでしょう! ほら、こっちです」
「「アーッ!」」
ローブの首根っこを掴まれた二人の見習い聖女が、悲壮な叫び声を上げながら教会の中へと連れ込まれていく。それを微妙な笑みで見送ってから「お礼は後ほど改めて」と伝えたハンナは、一人孤児院へと戻っていった。レーナが居なくなったことで<灯火の奇跡>もなくなり、暗い道を一人で歩くと、今まで賑やかさで誤魔化されていた恐怖感が、ハンナの中に蘇ってくる。
「…………明かりがついてる?」
それでも震える手足を動かし孤児院まで戻ると、その建物の中に小さな明かりを見つけた。その温かな光に誘われるように扉を開けると、燭台を囲んで不安げな表情を浮かべていた子供達が、ハッと顔をあげてハンナの方を見る。
「……先生!?」
「おい、起きろ! 院長先生が帰ってきたぞ!」
「せんせー!」
まずは寝ずに起きていた年長の子供達が、次いでうとうとしていた七、八歳の子供達が、ハンナの体に飛びついてくる。
「先生! 先生!」
「よかった! 無事だったんだ!」
「みんな……心配かけてごめんね」
「うわーん! 先生ー!」
子供達を一人一人抱きしめていくと、緊張の糸が切れたハンナの目にも止めどなく涙が溢れてくる。その騒ぎに事態が良くわかっていない本当に幼い子達まで起き出してしまい、夜の孤児院にわーわーと泣き声が響く。
「あーっ! あーっ!」
「あらあら、ごめんねミュイちゃん。でももう大丈夫、大丈夫よ」
「あーっ……あっ……あぅ…………」
「他のみんなも、詳しいことはまた明日お話しますから、今日はもう寝てください。先生はもう何処にも行きませんから」
「ほんとー?」
「ええ、本当です。だから安心して? ね?」
「うん……」
心配と大泣きで心も体も疲れ切っていた子供達を一人一人ベッドまで送ると、すぐにみんながすやすやと眠り始める。そうして最後に残ったのは、少し前まで悪戯に手を焼いていた、一一歳の男の子。
「さあ、ベン。貴方ももう寝なさい」
「うん…………って、先生!?」
ベンの体を、ハンナはギュッと抱きしめる。互いに伝わるトクントクンという心臓の音は、生きている証。
「ありがとうベン。貴方がアプリコットさん達を読んでくれたおかげで、私はこうして無事に帰ってこられました」
「先生……俺……」
「子供の背丈は三日で変わると言うけれど、本当ですね。ベンが誰かのことを考えて行動できるようになったことを、私は誇りに思います。貴方は私の自慢の家族ですよ」
「先生……っ!」
ベンの腕がハンナの背に回り、二人は静かに泣きながら抱きしめ合う。血ではなく絆で繋がった家族の願いは天へと届き、こうして二人は無事に再会することができたのだった。





