「一進一退の攻防です!」
「くっ……!?」
右腕に力を込めたエルザが、その衝撃に目を見開く。と言ってもその衝撃は精神的なものであり、物理的には何も生じてはいない……そう、エルザの渾身であっても、アプリコットは小揺るぎもしなかったのだ。
「そんな、何で……っ!?」
「ふふふ、どうしましたか?」
焦るエルザに対し、アプリコットは余裕の笑みを浮かべている。それが強がっているだけで、奥に焦りを隠していることを期待したいエルザだったが、自身もまた鍛えた筋肉を持っているだけに、そうではないということがわかってしまう。
だが、それはあくまでも相対しているエルザだからわかること。周囲の観客……もとい信者達からすれば、二人が不自然に動かないようにしか見えない。
「おい、何でエルザさんは動かないんだ?」
「さあ? ちっちゃい子の方に思い出を作ってやってるとか?」
「馬鹿言え! 筋肉指導ならともかく、筋肉頂上決戦だぞ? どんな相手だろうと手加減するなんて、筋肉に不誠実なことをエルザさんがするわけないだろ!」
(ええ、その通りよ。私は本気を出してる……なのに全然対抗できないなんて……っ!)
見守る者達のざわめきを聞きながら、エルザは内心で歯噛みする。一七〇センチあるエルザに対し、アプリコットは一四〇センチ。見た目は完全に大人と子供で、おそらく実年齢でもそうだろうと考える。
であれば、本来ならば勝負になどならない。当たり前だが筋肉は体に付くものであり、体が大きければそれだけ大量の筋肉が身につく。同じ比率で筋肉が身につくなら体の大きい者に小さい者が勝てる道理はなく、だからこそエルザはAPMを選んだアプリコットに怪訝な目を向けたのだ。
だというのに、蓋を開けてみれば互角どころか劣勢。だがだからこそ……エルザは笑う。
「いいわ、いいわよ! 私の筋肉が強敵の登場に震えて喜んでいる! 全力で……貴方を倒すっ!」
比べるのは純粋な腕の筋肉の力。だが力の伝え方には技術もある。単なる力押しから最大限に筋力を発揮できるように肘の位置や手首の角度を調節し、エルザが持てる全ての力を注ぎ込むと、アプリコットの手がゆっくりと傾いていく。
「オァァァァァァァァ!」
「むぐっ! 流石、強いですね……でも、私だって……にょわぁぁぁぁぁぁぁ!」
「エルザ! エルザ!」
「ちっちゃい子、頑張れー!」
「アプリコットさん! 頑張ってですわー!」
先程とは打って変わって、両者を応援する声が等しく場に響き渡る。その間にもアプリコットの手の甲がゆっくりとテーブルに近づいていき……
「もう少し……あと少し……なのに…………っ!」
「ええ、あと少し……でした!」
傾いていた腕が元の位置に戻っていき、今度はゆっくりとアプリコットが押していく。瞬間的な筋力では、エルザが上。だが力を維持する持久力では、アプリコットが勝っているのだ。
「これで…………終わりです!」
「ぐあっ!?」
「勝負あり! 勝者、アプリコット選手!」
「「「ワァァァァァァァァ!」」」
最後はダンッという音を立てて、エルザの手の甲がテーブルに叩きつけられた。今回もまた明確に勝敗が提示されているだけに、判定員の声に異論があがることはない。
「アプリコットさん! やりましたわー!」
「あんなちっちゃい子が、APMでエルザさんに勝つとはな……」
「当然ですわ! 私のお友達のアプリコットさんは、凄いんですわ!」
意外そうな顔で驚く近くのオッサンに、レーナがはしゃぎながら声をかける。そんなレーナを横目で見て小さく笑うアプリコットに、エルザが苦々しげな顔で声をかけてきた。
「まさか私が負けるとはね……」
「筋肉は見た目だけじゃないってことを、わかってもらえましたか?」
「ええ、よーくわかったわ」
先のBGMにて、エルザはアプリコットの筋肉を大きく見誤っていたことを素直に認める。
「なるほど、見栄え良く膨らまないのは、恐ろしい密度で筋肉が詰まっているから……一体どんな鍛錬をすればそうなるのかしら?」
「別に特別な事はしてませんよ。ただ必死に、真摯に筋肉と向き合ってきただけです」
「そう。まあいいわ。なら最後の勝負だけど……」
負けた自分に最終種目の選択権がある。なのでそれを口にしようとしたエルザに対し、アプリコットが手を前に伸ばして待ったをかけてきた。
「あ、それなんですけど、ちょっといいですか?」
「何? まさかここにきて、苦手な種目を避けてくれなんて言うわけじゃないでしょうね?」
「まさか! ただ提案というか……最後の種目は、UMAにしませんか?」
「なっ!?」
アプリコットの提案に、エルザが驚きを露わにする。UMA……究極筋肉黙示録。それは全ての筋肉を解放して行う、近接格闘種目だ。あくまでも筋肉を競うものなので殴ったり蹴ったりの打撃技は禁止、組み合い力でねじ伏せるということになっているが、それでも今までの種目とは危険度が段違いであり……何より危険なので、未成年は保護者の同意がなければ行えない。
「貴方、自分が何を言ってるかわかってるの!? そもそもUMAは、アンダールールに引っかかる貴方には……」
「わかってます! わかってますけど、でも……私は筋肉神ムッチャマッチョス様に声をかけていただいた見習い聖女なんです! 私の筋肉に賭けて……聖女エルザさん、貴方にUMA-Xを申し込みます! ちなみにXはエクストリームで、神様の力ありという意味です! 今考えました!」
「……………………」
アプリコットの主張に、エルザはその場で考え込む。
種目の選択権は自分にあるのだから、それを拒否して別の種目を選ぶことはできるし、そもそも正当なルールに則って却下してしまえばそれまでだ。
反面、UMAはAPM以上に体格差が大きく影響する。どう考えても自分が有利なのに、それを拒否したら見ている者達は何と思うだろうか? そして何より……
「ふ、ふふふ……そうね、そうだわ。私にだって譲れないものがある。神様の名を出された時点で、私に拒否する筋肉なんてないわ」
自分はメッチャモッコスにより救われた。そしてきっと、目の前の少女もそうなのだろう。互いにそうだからこそ、今自分達はこうして筋肉を競っているのだと思い出せば、エルザの握る拳にギュッと力が込められる。
「判定員! 最終種目は、UMA-Xを申請するわ!」
「し、しかしエルザ選手! アプリコット選手は未成年ですよ!?」
「私が一時的に彼女の保護者になります! そして何か問題が起きたなら、その全てを私の責任として処理して構わないわ!」
「それは流石に……」
「私もそれを承認します! そしてエルザさんに保護者としての義務を一切問わないことも!」
「ええ……?」
前例の無い自体に、判定員の男が困惑する。そもそも彼は単なる一般人であり、別に特別な資格を持っているとかではないのだ。なのでアプリコット達に何かあったとしても自分が責任を問われることはないのだが、かといって万が一本当に大怪我でもされたら、何とも後味が悪い。それ故に戸惑う男に……二人の言葉が突き刺さる。
「私達の!」
「筋肉に賭けて!」
「……そうまで言われては、断れませんね。わかりました、特例を認めます。では改めて……」
激しい筋トレを終えた後のようなスッキリした顔つきになった判定員の男の言葉に、アプリコットとエルザが構えを取った。その間に中央に置かれていたテーブルがさりげなくどかされ、両者の間に空間が生まれる。
「最終種目、『究極筋肉黙示録』……えっと、エクストリームですか? それでは……始め!」





