ある親子の救われない物語
あるニュース記事から拾った最近のアメリカで実際に起きた出来事を時事小説にしてお届けします。
あるニュース記事から拾った最近のアメリカで実際に起きた出来事を、時事小説『ある親子の救われない物語』にしてお届けします。
去る1月6日にトランプ大統領(当時)が支持者を扇動して起こした『米国議会襲撃事件』で警察に逮捕された一人の中年男性がいた。
テキサスの石油企業の労働者である彼には、幼い頃から可愛がってきた娘がいた。低学歴の自分と違って秀才肌でデキのいい娘である。
彼の自慢の娘は、その優秀さが評価されて学校の推薦で奨学金を得、アメリカ屈指のエリート大学である『コロンビア大学』に進学した。
彼は懸命に働いてニューヨークにいる娘の為に学資を仕送りした。だが会社は、次第に賃金の安い黒人やメキシコ移民の労働者ばかり雇うようになっていった「随分儲かっているはずなのになぜなんだ?」…彼はそう疑問に思いながら、同僚が解雇されて行くのを見送った。
テレビで盛んに石油消費による環境破壊が非難されて、給料も上がらず、娘への仕送りが苦しくなった頃、彼はある人物の演説を聞いた。
「石油や石炭をどんどん使って白人労働者の雇用を守ろう。国境に壁を築いてメキシコ移民を追い出そう。黒人に大きな顔をさせるな」
「そうだ!娘の為にもドナルド・トランプを応援しよう。絶対に彼を大統領にするんだ」…こうして彼は熱心なトランプ支持者になった。
一方、その頃ニューヨークにいた彼の娘は、勉強よりアルバイトに懸命に精を出していた。アメリカの大学で学ぶには学費だけで年間3万ドル~5万ドル(320万~530万)が必要である。大半の学生はScholarshipと呼ばれる学生ローン(奨学金)を利用して学費を賄っている。
つまりアメリカの大学生は、進学と同時に奨学金という名のローンを背負って大学で学び、親の仕送りとアルバイトで食い繋いでいる訳なのだ。だから、決して裕福ではない家庭の事情を知っている娘は、何とか親の仕送りの負担を軽くしようと懸命に働いていたのである。
涙が出るほど親思いの善い娘ではないか…彼女は「アメリカの教育制度は裕福な者だけ有利にできている。大学の学費を無料にしよう」と言う民主党のバーニー・サンダースに賛同して応援したが、2016年の大統領選挙は父が熱心に応援したドナルド・トランプが勝利した。
それから暫くして父は娘に自慢した「見ろ!トランプ大統領は労働者の所得税を15%も減税してくれたぞ。やっぱり応援して良かった」
それを聞いた娘は父のバカさ加減に唖然とした…年収500万円の父には、15%の減税はたったの75万円にしかならないが、年収50億円の富裕層には7億5千万円になるのである…父はトランプが本人を含めた富裕層を優遇する減税の裏にあるカラクリを一向に理解してなかった。
それから4年が経って『新型コロナウィルス』がアメリカを襲った。ニューヨークは莫大な感染者や死者を出してロックダウンされ、大学も封鎖になった。勿論そんな状態の街でアルバイトに有りつけるはずもなく、彼女は仕方なく一旦休学して、テキサスの父の元に帰った。
折しも2020年の大統領選挙が始まっていた…足繁くトランプ集会に通う父に「トランプ大統領はニューヨークの市民を見捨てた。コロナの感染拡大に何の対策も取らない。あんな大統領のどこがいいの?」と言う娘に「お前は都会に出て左翼にかぶれてしまった」と嘆いた。
あれほど互いに愛し、思い遣っていた父と娘は完全に断絶状態になってしまった…そして、大統領選挙は民主党のバイデン候補が勝った。
「今回の選挙は不正だ。民主党の奴らが細工して票を盗んだんだ」負けた事が認められない父は、酒の量が増えて周囲に不満を漏らした。
そして憤懣遣る方ない顔をして車に乗って家を飛び出して行った…その翌日の1月6日の事、娘は友人からのMailでトランプ大統領が支持者をけしかけて議会を襲撃させた事を知った。彼女はテレビニュースで暴徒化した支持者が議場を壊すのを見てとてもショックを受けた。
だが、娘のショックはそれで終わらなかった…後日、SNSに掲載された写真を見た友人が「これ、あんたのお父さんじゃない」と知らせてきた。そこには大勢の暴徒に混じった父の顔があった。但し書きには『指名手配!知っている方は警察にご連絡下さい』と書かれていた。
~終わり~