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第9話 セラの過去

「……ふぅ」


 ベッドに腰掛けると、自然と吐息が漏れた。それほど意識してはいなかったけれど、色々あったのだ。疲れが溜まっていたみたいだ。


「ベッドで寝るの久しぶり~~! やった~~!」


 セラが向かいのベッドに思いっきり飛び込み、安物のベッドがみしり、と嫌な音を立てた。


 あれからスラムから移動し、とりあえず宿を探すことにした。僕はこれからセドリックにも復讐するつもりでいるから当然屋敷には帰れないし、セラにも帰る場所は無いみたいなので、休めるのは宿屋しかなかったのだ。


 宿屋の女将には嫌そうな顔をされたけど。

 とはいえもちろんそれは僕が加護無しだからとかでは無くて――


 自分の体を見下ろす。着ているのは仮にも貴族子息が着る服、それなりに仕立ての良い服だが、血と泥でぐちゃぐちゃだった。目の前のセラに至っては、ゴロツキから拝借してきた服はズタズタに切り裂かれ、元の色が分からないくらい血まみれだった。


 好んで泊めたい客じゃないなぁ、と自分でも思う。


「明日は服とかいろいろ買いに行かなくちゃ」


 スラムのゴロツキ達が貯めこんでいたお金――僕とヴァレリヤを殺すよう依頼したお金も入ってたのかもしれないけど――を失敬してきたので、裕福とまではいかないけど当面衣食住に困らない程度のお金はある。


 でもその前にやる事がある、などと考えていると


「わたし、アレスとニャルちゃんのこと聞きたいな。ちゃんとお話聞いてないし」


 向かいにベッドに腰掛けたセラが、にっこりと微笑みこちらを見ていた。


 そう。

 ニャルの言葉もありなんとなく一緒に行動することになったけど、僕らはまだちゃんと自己紹介もしてない。セラの事情もきちんと聞いて、女神への復讐が目的の僕達に付いてくるのか確認しておかないと。


『ふむ、それはそうじゃのう。我の事も話しておかねばの。アレス、我を呼び出して欲しいのじゃ』


 僕は聞こえてきたニャルの言葉に頷き、言霊を唱えた。



◇◇◇◇◇



 僕とニャルはベッドに並んで腰かけ、向かいのベッドに座るセラの話を聞いていた。


 セラの父、ラバン・シュルズベリィはここヌベールで小さな商会を営みポーションを販売していたそうだ。そのポーションは比較的安価で質が良く、高価なポーションを購入できない冒険者や街の兵士などから支持された人気店だったらしい。

 でも、そこに目を付けた人物がいた。


 ――ボドワン・ドロール子爵。


 加護持ちという事で子爵だが貴族界でも影響力を持ち、汚い商売で財を築いたとの噂のある人物らしい。……社交には全く出ていなかったので、伯爵家子息なのに貴族界の事については全く分からないけど……。


 その子爵は大規模な商会を多数運営しており、その中の商会の一つでラバンの商会より安価でポーションを販売し始めたそうだ。当然ラバンの商会の運営状況は急速に悪化し、その時セラの母が2人目の子供を身籠っていた事もあり、医者に診てもらうための費用などで借金が膨らんで行く。そして、後から分かったことだが、ラバンが借金をしていた金貸しもドロール子爵の運営する商会だったのだ。


 日に日に増える借金にラバンが苦悩していた時、ドロール子爵からある話が持ち掛けられる。彼の持つポーションのレシピを自分に売るつもりはないか、と。


「あの頃、パパはよく言っていたの。ドロール子爵に嵌められた。自分の持つポーションのレシピを手に入れるために汚い手を使ったんだ、って」


 「パパはいろいろ言ってたけど、わたしあんまり難しい事分からないから」、とセラが頭をかきえへへ、と笑う。


「そして、そこからパパは変わっちゃったんだ……」


 そこからはまるで転げ落ちる様な話だった。


 一時的に経営は持ち直したものの、ラバンのレシピを手に入れたドロール子爵の商会のポーションの品質は向上し、しかも価格が安いこともありドロール子爵の商会は大繁盛。ラバンの商会の方が品質は上だったようだが、名声もコネもある貴族の商会に価格で正面から対抗することは困難だったようだ。


 この頃からラバンは家族に暴力を振るうようになったらしい。


 セラの母やセラ自身へ向けられる暴力は、日に日に悪化していった。そして、セラの母は身籠っていた子供を流産し、それを苦に首を吊って自殺したらしい。その後は振るわれる暴力は全てセラに向かうように。純潔も奪われ、性的に物理的にあらゆる暴行が振るわれたらしい。


 最終的には膨れ上がりすぎた借金のカタに、ラバン自身が無理矢理連行されるように連れ去られていった、と。そしてセラも危うく一緒に連れ去られそうになり逃げ出したが、行く所がなく彷徨っているうちにスラムに迷い込み、スラムのゴロツキ達に暴行される事に。


 ……なんというか


「救われぬ話じゃのう」


 隣のニャルが言う。全くその通りだと思った。


 困ったようにえへへ、と笑うセラに何と声をかけてよいか分からなかった。

 こちらに気を使わせないように笑顔を浮かべているが、本当に辛い事があったのだ。怒り、憎しみ、絶望、色々な感情があるだろう事は、公都でもここヌベールでも居場所が無かった僕には良く分かる。彼女も女神達の作ったこの世界に弄ばれた、被害者なのだ。


「……確かに、セラは僕達と一緒に来るべきなのかもしれないね」


 思わず呟くと、ニャルが「だから言ったじゃろう?」とにやりと笑みを浮かべた。

 

 首をかしげるセラに、僕は説明することにした。


 僕が伯爵家の次男で、家族や家令から冷遇されていたこと。そんな中メイドのヴァレリヤだけは僕に優しくしてくれたこと。でも家令のセドリックは自分が元の地位に返り咲くために僕とヴァレリヤを殺そうとしたこと。でもそこで封印された女神であるニャルと出会い、ヴァレリヤの仇を討ち女神達の作ったこの世界をぶち壊すためにニャルと旅に出ることにしたこと。


 最初の復讐の対象は僕とヴァレリヤを殺すよう依頼したセドリックだ。ずっと迫害してきた両親や兄様や屋敷の連中も許すことは出来ない。


「ニャルちゃんってほんとうに女神様なんだ! スゴイスゴイ!」


 セラは、僕の境遇の話も気の毒そうな表情で聞いてくれてはいたが、ニャルの話になってからの反応は劇的だった。スゴイスゴイと連呼し、僕の横に座っていたニャルに飛びついて頬ずりし始める状態だった。


「なんか僕の扱いちょっと軽いような気がするんだけど……」

「まぁ仕方あるまい。なにせ我は神であるからの!」


 思わずぼやいてしまうが、それを聞いたニャルがその薄い胸を得意げにそらした。

 どうもずっと封印されていたニャルは崇めてくれる信者に飢えているらしく、素直に尊敬の感情を表してくれるセラが気に入ってしまったらしい。……僕もニャルには感謝しているし敬意をもっているつもりなんだけど……。


 そしてニャルが自分についての話をセラに聞かせた。

 といっても、僕が夢の中で聞いた話と同じ話だ。4柱の女神に疎まれ封印されていたが、僕と出会い封印から脱出できたこと。本来すべての人が得られていたはずの女神の加護が、ニャルが封印されたせいで一部のみに与えられる特権の様になってしまったこと。その現状を打開し、虐げられている人が次の人生で幸せな人生を送るために女神を打倒するために旅に出るのだと。


 ――正直、ちょっと規模の大きな話だ。聞かされても、すぐには受け入れられないかもしれない。説明が終わった後、無言でじっとセラの反応をうかがっていた。


 セラは人差し指を唇に当て、んー、っと首をかしげていたが


「わたしはバカだから、世界がどうとかあんまり難しいことは分からないけど――」


 セラがちょっと困ったように笑う。


「――でも、ずっと誰かに助けて欲しいと思ってたし、ニャルちゃんに助けてもらったときはとってもとっても嬉しかったの。だから、ほかの困ってる人たちを助けることが出来たなら、それはとっても素敵なことだなって思うの」


 セラがにっこりと笑う。

 僕とニャルも顔を見合わせて笑みを浮かべた。


「ならば決まりじゃな。セラ、これからはお主も我らの同志じゃ」

「うん、これからもよろしく、セラ」


 セラはニャルに抱き着いたままだったが、弾けるような笑顔を浮かべ言った。


「こちらこそ、よろしく!」

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