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第8話 セラ

ヴァレリヤが命を失ったスラムの廃屋の裏に、ヴァレリヤのお墓を作った。

 

 非道に命を奪われたこんな場所に、とも思ったけど、よく考えるとセドリックの屋敷にも首都の父様の屋敷にもヴァレリヤの居場所は無かった。彼女の生まれ故郷の獣人の国で埋葬してあげるのが一番なのだろうけど、とてもそこまで遺体を運ぶことは出来ない。ならばここでも構わないだろう、という事になった。

 ここでたむろしていたゴロツキ達はみんな死んでしまったし……。


 ヴァレリヤの事を考えていると、とめどなく涙が流れてくる。


 ぐいと涙を拭い、廃材に名前を彫り込んだだけの簡素な墓碑に祈りをささげる。

 両膝をついて跪き、両手を組みお墓に向かって祈りそして天に向かって祈る。これを4回繰り返す、懸命に生きた死者と加護を与えてくれた4柱の女神に哀悼と感謝をささげる、この辺りでは一般的な祈りの作法。


 ……とはいえ、ヴァレリヤは女神達に殺された様なもの。4柱の女神に感謝をささげる気にはなれなかったのだけども、ニャルラトホテップに向けて祈りをささげる作法はないかと本人に聞いたら「なんじゃそれは、知らぬの」と言われてしまったし、他に祈りの作法も知らなかったのでこの祈り方にした。 


 でも、ヴァレリヤに捧げる感謝だけは本物だ。


 彼女がいなければ僕はあの屋敷で一人ぼっちだった。彼女がいなければ僕は生きてはいけなかっただろう。それは彼女も同じで、お互いに依存しあっている関係だと分かってはいたけれど、僕は彼女を愛していて必要だと感じていたし、また彼女も同じ気持ちだったはずだ。


 何度目か分からないが涙を拭い、目を閉じもう一度祈りをささげる。


「もういいよ、待たせちゃったね。ニャルラトホテップ……様」


 後ろを振り返り、声をかけた。

 考えてみれば女神様な訳だし、ヴァレリヤの仇を取ることが出来たから呼び捨ては良くないかと思ったのだけども。


「様は要らぬよ。それに我の名前は人には呼び辛かろう。ニャルでよいのじゃ」


 そう答えたニャルラトホテップ……いや、ニャルは、長い銀髪の美しい少女に背中から抱きかかえられていた。少女は僕と同い年くらいで、9か10くらいの幼女の見た目のニャルは頭一つ分くらい背が低く、少女の胸の中にすっぽりと納まる形だ。

 幸せそうな表情でニャルの黒髪に頬ずりする少女と、迷惑そうに顔をしかめるニャルの表情の対比が印象的だった。


「……なにしてんの?」

「い、いや……、良く分からぬがこやつが突然抱きついて来て、ずっとこのままなのじゃ……」


 わたわたと、答えるニャル。幼女はぶつぶつと「仮にも神として親愛の情を表している者を邪険にするのはどうかと思うて……」と良く分からない弁解をしていた。


 そこで僕はその銀髪の少女が、ヴァレリヤとスラムに連れ込まれたとき横でゴロツキ達に犯されていた少女だと気が付いた。確か裸だったはずだけれど、今はその辺のゴロツキから奪ったらしい男物のぶかぶかのシャツを無造作に羽織っていた。

 そしてなにより、あの時は光の無い死んだような瞳で前後から嬲られるままになっていた筈だけど、今はにこにこと幸せそうな顔でニャルに頬ずりしているのか印象的だった。


「この子、ニャルちゃんって言うんだね! 素敵な名前ね!」

 

 少女がニャルに頬ずりしながら朗らかに言った。


「えっと……、君は?」

「わたしはセラ。セラ・シュルズベリィっていいます!」


 彼女――セラはしゅたっと片手を上げると花の咲くような笑顔で答えた。

 

 ニャルが「どうでも良いが、離してくれぬかのぅ」とぼやくが、セラは意にも介さずに笑顔でニャルを撫でまわしている。それはとてもついさっきまで犯されていた女の子のものとは思えなかった。


 だから、つい聞いてしまった。


「……君は、ここで何をしていたの?」


 口に出してから、しまったと息を呑んだ。……何をしていたは無いだろう!


 でもセラは笑顔で平然と答えた。


「母さんは自殺して父さんは借金のカタに連れていかれて、行く所なくてスラムでさまよっていた所を捕まって犯されちゃったの」


 セラは「えへへ、わたしってドジで」と照れ笑いをすると自分の頭をぽこんと叩く。


 一瞬、彼女が何を言っているの理解できなかった。


 両親を失いスラムの暗がりで彷徨っていたところを捕まり犯されることは、果たして「わたしってドジ」で済まされる事なのだろうか。そんな訳がない。


 しかしセラは笑顔で片手をぶんぶんと振り回し、笑顔で言う。


「でもでも、そこでこの子に会ったの! わたし驚いちゃって! わたしを犯してた人たちを一方的に殺しちゃって、スゴイって思ったの! これはわたしにとっての神様なんだって思ったよ!」


 セラはニャルの髪をぐりぐりと撫でまわす。髪が乱れてニャルは嫌そうだったが。


「すごくカッコ良かった! なのに美しいというか可愛いというか、もうなんて言っていいのか分からないくらい感動したの!」


 こぶしを振り上げて感情のままに叫びをあげるセラ。僕はその勢いに押され、若干腰が引けてしまう。


「……う、うん、確かにニャルは可愛い女の子だと……思う……けど」

「だよねだよね! やっぱりそう思うよね! わたし間違ってないよね! この感動を分かってもらえて感激だよ! やっぱこれは運命だよ!」


 嬉しそうに言うとニャルに頬ずりするセラ。

 ニャルは嫌そうにするかと思いきや、真剣な表情でセラを見つめていた。


「のうセラとやら、お主はこれからどうするのじゃ?」

 

 ニャルが問いかけると、セラはうーんと人差し指を唇に当て首をかしげた。


「……どうしようかな? 借金取りに捕まっちゃうから家には帰れないし……。でも

でも、よく考えたらこの辺でうろうろしてるよりは、捕まって娼館に売り飛ばされる方がマシなのかな? どうだろ?」


 セラは首をかしげるが、そんなこと聞かれても困る……。なんて言っていいのか分からないよ……。


「のうセラよ。行く所がなければ我らと共に来ぬか? 我らは為す事がある故、付きあってはもらうが……」

「え? ついて行っていいの? 行く行く! なんだってするよ! ニャルちゃん最高! かわいい!」


 なんとニャルは突然セラを連れていくと言い出した。

 しかも僕らのやる事――女神への復讐につき合わせると。女神への復讐はヴァレリヤや苦しめられている人々の無念を晴らすことにつながるし、ニャルの封印を解くという目的もあるけど、こんな女の子を巻き込もうとするなんて。僕はニャルから加護としてあの力を貰っているけど、ただの女の子を連れて行くなんて危険極まりない。


「ニャル、こんな女の子を連れていくの? 僕は反対だよ? 危険だし巻き込むわけにはいかないよ!」

「むぅー、なんなのあなたは。せっかくニャルちゃんが誘ってくれたのに邪魔するの? ヒドイ!」


 しかしセラに睨みつけられてしまう。えっと、僕は一応彼女のためを思って言ったつもりなんだけど……。

 なおも不満げに睨みつけてくるセラに戸惑っていると、ニャルがくすりと笑う。


「アレス、安心せい。我の今の力ではお主に与えた加護と同じ力をセラに与えることは出来ぬが、我に考えがある。それにセラには見所がある。こやつは今後必ず役に立つと思うのじゃ」


 ニャルが言うと、セラはぱあっと表情を輝かせた。


「セラよ、この男はアレス。我の協力者――いや、そうじゃの、我の半身の様なものじゃ。お主を心配しての発言ゆえ、許してやってはくれんかの」

「半身? ニャルちゃんの? なんだか良く分からないけど、アレス、あなたってスゴイのね!」


 ニャルが言うとセラは一転、きらきらとした尊敬のまなざしで僕を見つめた。

 ……ニャルの言う事は全面的に受け入れるんだね……。


 まぁいいか、と僕は「ありがと~ニャルちゃん」とニャルに頬ずりするセラを見ながら考えていた。こんな女の子が今後殺し合いになるだろう旅に付いてくるのは心配ではあったけど、ニャルが考えがあるというのなら任せてもいいだろう、と。

 それに、ずっと屋敷でいじめや陰口に晒されていた僕にとって、セラの明るく屈託のない態度は新鮮で心地良いと感じ始めていたからだ。


「では、アレスにこれを渡しておこうかの」


 ニャルはそう言うと、スカートのポケットから一本のペンダントを取り出した。


 それは、今まで見たことの無い輝きを放っていた。


 まず目に飛び込んでくるのは、ペンダントの先に付けられた昏い輝きを放つ多面体の結晶。僕は特に宝石や鉱石に詳しいわけじゃないけど、今まで見たこともない輝きの結晶で、言葉に出来ない黒く光る輝きを放っていた。その結晶が、研磨された金属特有の輝きを放つ黒い、こちらもまた見たことのない金属で造られたチェーンに吊り下げられていた。


 思わず視線が引き込まれる。見たことのない様な物ばかりで形づくられたペンダントだったが、それが高度な技術によって製造された芸術品であることは一目で分かった。


「わぁ、キレイ! すごーい!」

「……これは?」


 問いかけると、ニャルが答える。


輝く(シャイニング)多面体トラペゾヘドロンじゃ」 

「トラ……なに?」


 問い返すと、ニャルが苦笑する。


「無理に名前を覚える必要は無いの。我を呼び出すことのできる神器、とだけ理解していれば良いのじゃ。大切な物ゆえ、肌身離さず身に着けておくがよい」

「神器……」


 ニャルの口から出てきたとんでもない言葉に思わず息を呑む。女神のもたらした神器なんて、神話の中でしか聞いた事がない。


「えー? いいなー! アレスだけなの? わたしは、わたしには無いの?」


 ゆさゆさとニャルを揺さぶるセラ。

 神様に対してそれはどうなのかと考えていると、ニャルが「うむ、セラにも後で1つ渡そうと考えておる」と答えた。


 万歳三唱をするセラを横目で見ながらニャルが言う。


「我は本来封印されているはずの神。他の女神共に見つかると再び封印されてしまう可能性があるのじゃ。それ故、我は普段を隠しておる事にする。ほれ、この様にの」


 ニャルが軽く飛び上がると同時に、最初に現れた時に出てきた時の様な漆黒の亀裂がニャルの頭上にばくんと口を開けた。


「え?」


 ニャルはその亀裂の中に飛び込み姿を消してしまった。そして閉じる空間の亀裂。


「ニャルちゃんが消えちゃった! なんで!」


 きょろきょろと周囲を見回すセラ。その時、頭の中に声が響いてくる。


『驚いたかの? この様にの、普段は我は姿を隠しておる。今はアレスとセラの頭の中に直接語り掛けておるので、この声は他の者には聞こえぬ。じゃから会話に不自由は無い。必要な時は言霊を唱えてれば我は輝く(シャイニング)多面体トラペゾヘドロンを通してそちらの世界に顕現出来るのじゃ』


 セラが「すごーい、そんな事が出来るんだ!」と声を上げる。僕も周囲を見回してみるが確かに、ニャルの姿は見えないのに声だけは聞こえている。女神様となると、こんな事が出来るんだと思わず感心してしまった。


『お主達の様な我を信ずる者や、この無頼共の様に死にゆく者共には別に姿を見られても構わぬ。だがの、それ以外の者には姿を見られるわけにはいかぬ。そこから女神共に我の事が漏れる可能性があるのじゃ』


 なるほど、と頷いた。

 ニャルが再び封印されてしまうと、僕の女神へ復讐しヴァレリヤを救う計画も台無しになってしまう。


『では、そろそろ場所を移動した方が良かろう。いくら場末の鼻つまみ者共とはいえ、死んでしまえばそれなりに騒ぎにもなるじゃろう』

「確かにそうだね……」

「わたしも付いて行っていいんだよね? 楽しみ~」


 両手を広げくるくると回るセラに頷くと、ふにゃっと嬉しそうな笑顔が返ってくる。それは彼女が心から僕たちと行けるのを楽しみにしている笑顔に見えて、思わずどきりとしてしまう。


 僕はそんな感情を振り切るように、ヴァレリヤの墓碑を振り返った。


「……行ってくるよ、ヴァレリヤ。君の魂を救うために」

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