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第16話 相対

「おおおおっッ!」


 巨大な盾を自分自身が隠れるように構えた傭兵が、そのままの体勢で突進していく。


 セラは黒霧を放ち牽制するが、赤い光に包まれた傭兵はその想像を超える膂力を発揮し、黒霧を押しのけ踏み込んだ。


「くらえっ!」

「きゃああああっ!」


 傭兵の後ろに隠れながら走り込んでいた騎士が、巨大の盾の死角から剣を突き出す。


「セラ!」


 援護しないと、そう思った瞬間――


「……人間、調子に乗る……ダメ」


 セラの背中におぶさったまま、逃げ回るセラにつられて振り回されるままになっていたハシュが低くつぶやく。


「……ハシュの力、……思い知るの」


 そうハシュが寝ぼけたような眼でつぶやいた瞬間、辺り一面から黒霧が染み出し視界すべてが黒く塗りつぶされる。


「くっ!」

「……遅いの」


 傭兵が慌てて盾を構え直すが、それはすでに手遅れだった。


 四方から黒霧が傭兵と騎士に押し寄せ、その黒霧に触れた場所は金属製の鎧を身に着けていようがお構いなしでごっそりと削り取られる。装備品が消滅し、腕が脚が胴がまるで齧り取られたようにえぐられていく。


「ぐああああっ!」


 バランスを崩し倒れ伏し、そのまま跡形もなく消滅する傭兵と騎士。

 思わず、ごくりとつばを飲み込む。


 ――これが、ニャルに同胞と言われた存在の力。


 ハシュは心なしか誇らしげな表情で、セラにぶら下がったまま器用に胸を張った。


「あうう、またいい所見せられなかったよ……」


 がっくりと肩を落とすセラに、思わず笑みが漏れる。

 セラは気にしているようだが、セラの明るさに僕はずいぶん救われていた。それに僕もニャルにただ力を与えられているだけだし、そもそもニャルもハシュも神と呼ばれるような存在だ。そんな存在と自分を比べても仕方がない。


「そんなことないよ、セラにはずいぶん助けられているし、セラがいてくれて良かったと僕は思ってるよ」

「ほんと!?」


 だから、思ったことを正直に言うと、セラの表情がぱあっと輝いた。


「アレス、やさしい! そんな所も大好き!」


 そう言って僕の腕に抱きついてくる。

 二の腕に伝わってくる、やわらかい感触。


 ……ちょっとスキンシップが激しいような気はするけど。


 僕は、こほん、と少しわざとらしい咳ばらいをすると、セドリックの屋敷を見上げる。いよいよ、ヴァレリヤの仇をとることが出来る。


「まっててよ、セドリック」


 思わず、そう呟いていた。



◇◇◇◇◇



 そこは、酷い有様だった。


 セドリックの屋敷に足を踏み入れた僕たちの目に飛び込んできたのは、一面の赤。床一面にぶちまけられたような血だまり、血を噴水のように吹きかけられ真っ赤に染まった壁や天井。そしてそこらじゅうに無造作に転がる兵士や使用人のものらしき死体は、元の人型が分からないほどずたずたに引き裂かれていた。


 この屋敷にヴァレリヤの事以外で良い記憶などないが、几帳面で真面目なセドリックの指示で、多くの使用人や兵士たちが忙しそうに駆け回っていたのをいつも目にしていた。それが今は不気味な静寂に支配され、むせかえるような血の匂いで充満していた。


 ひゅっ、と思わず息が漏れる。


 顔が分かるような状態ではないからはっきりとは分からないが、彼ら彼女らは僕を無能だなんだと馬鹿にした連中や、ヴァレリヤを魔物だ売女だと馬鹿にした女達なのだ。

 僕は彼らに復讐するつもりで来たし、皆殺し――とまでは思っていなかったが、僕の行動を邪魔するなら容赦しないつもりだった。


 ――でも


 ――これは人間らしい死に方と言えるのだろうか?


「も~ニャルちゃんやりすぎじゃない? アレスに買ってもらった新しい靴が血だらけになっちゃうよ。血の汚れって取れないんだよね~」


 ぱちゃぱちゃと歩くセラの声で、はっと我に返る。


「……ハシュは汚れないから大丈夫……なの」

「ハシュちゃんは私にぶらさがってるだけじゃない!」


 無表情に言うハシュと、ぷんすかとそれにわざとらしく腹を立てて見せるセラ。


「あ、階段はそんなに汚れてないや」


 セラは2階につづく階段に足をかけ、ほっと息をついた。

 早く行こうよ、汚れちゃうよ、と声をかけて来るセラにすぐには返事が出来なかった。さきほど僕が感じたような事をセラとハシュは感じていないのだろうか? 僕の考えが甘いという事なのだろうか?


 分かった、と声をかけ階段を上るが、ぐるぐると色々な考えが頭を回る。


 登った先の2階も、1階同様に酷い有様だった。


 あちらこちらに、ずたずたに引き裂かれた死体が転がっていた。

 元の顔の判別がつくような状態ではなく、身に着けた服装――もっともぼろきれの様になっていたが――で従僕や女中なのだとかろうじて判断できるような状態。上級使用人である従者や侍女の死体や、革製の装備を身に着けた兵士らしき死体がセドリックの部屋に近づくにつれて増えてくる。


 血の匂いに顔をしかめながら歩いていると、


「誰もいないね~。なんか拍子抜けしちゃった」


 セラがいつもと変わらない調子で言った。


 確かに、屋敷に入ってから1人も生きた人に会っていない。

 これをニャルが、僕たちがバスチアン達に手こずっている間に1人でやったというのだろうか。


 この辺りには、セドリックの指示で動く従者や侍女の執務室や、資料室・応接室・遊戯室など様々な部屋が立ち並んでいる。そして、その扉がすべて強い力でへし折られたように破壊され、中の人は体に大穴を開けられ絶命していた。


「はえ~、さすがニャルちゃんだね。すごいなぁ」

「……むぅ、……ハシュだってその気になれば……このくらい簡単……なの」


 思わず、という感じで口にしたセラにハシュがむくれる。


 ごめんごめん、と口にするセラを見ながら、僕はさらに歩を進めていく。


 すると一番奥の突き当りに、一枚だけ奇麗なままの扉が見えてくる。

 セドリックの執務室だ。


 緊張のためか、思わず体がこわばるのが分かる。


「ここが悪い家令の部屋なの?」

「そうだよ、ここがセドリックの執務室だ」


 首をかしげるセラに答えると、頬をぱちんと叩いて気合を入れなおす。


 そうだ、僕はもう以前の僕じゃない。


 ニャルに認められ、力を手に入れた。僕は、セドリックのような僕とヴァレリヤを見下した人たちに復讐し、虐げられている人たちを助け出し、そしてヴァレリヤの魂を救済するのだ。


 ドアノブに手をかけ、一気に扉を押し開ける。


「やっと来たかの、遅いのじゃ」


 僕を出迎えたのいつも通りのセドリックの執務室、いつもの調子のニャルの声、そして


「……アルマン」


 ニャルの足元に血まみれで倒れるのは、騎士アルマン・ベローと部下の騎士だった。

 アルマンは僕やヴァレリヤを見下したり馬鹿にしたことは一度も無かった。まぁ、かばってくれたことも一度も無かったので、嫌いは嫌いではあったが殺してやりたいほど憎んだことは一度もなかった。


「き、貴様! 貴様がこのバケモノを連れて来たのか!」


 思わず感傷的になりかけた僕を、セドリックのうわずった声が現実に引き戻した。 


「セドリック……!」


 脳裏に、ヴァレリヤの死に際の笑顔や、にやにやと笑うゲルトの顔が浮かんでくる。

 こいつのせいでヴァレリヤがッ……!


 気が付くと、拳を血が出そうになる程握りしめていた。


「早くこのバケモノを連れて出ていけ! やはり貴様は無能などではなかった! 悪魔だ! 害悪だ! この世にいてはいけない存在だ!」

「お、言うではないか。先程まで死にそうな顔でガタガタ震えておった小物が、アレスの顔を見た瞬間吠えおるのじゃ」


 顔を真っ赤にして叫ぶセドリックと、にやにやとした顔で言うニャル。


「貴様などその気になれば一瞬で肉塊にすることも出来るのじゃ。アレスが恨み言の一つもあろうと思って生かしておいただけの事」


 ニャルが右腕を上げた瞬間、膨大な量の黒霧があふれるように出現した。

 セドリックの表情が一瞬で真っ青になる。


 ……どうやら、かなり怖い思いをしたらしい。


 僕はどうすればいいのだろう。

 ニャルが腕を振り下ろせば、言葉通りセドリックは肉塊になるのだろう。しかし、それでいいのか? 力を貰って、ここまで連れてきてもらって、なにからなにまでニャルに頼りっきりでいいのか?


 そう考えた時、自然と口が動いていた。


「ニャル、僕をセドリックと戦わせてくれないか?」

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