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第14話 襲撃1

 僕とセラは、セドリックの屋敷の門を視界に入れることが出来る曲がり角に身を潜めていた。

 辺りはすでに真っ暗だが、門の前に立つ2人の門番は松明の灯りを持っているので門の事はよく見えた。


「あれがアレスが言ってた悪い家令の屋敷なんだね」


 曲がり角から顔を出して言うセラに、「そうだよ」と答える。


 いよいよだ、いよいよあのセドリックに復讐を果たすことが出来る。


『それよりアレスよ』


 脳裏に、今は姿を消しているニャルの声が響く。


『お主、あまり寝ておらぬのではないかの? 夜に備えて早く寝るようにと我は言ったじゃろうが』


 「そうなの?」とセラも僕を見上げてくる。


 誰のせいだと思っているんだ、との言葉が出かかったが。


「……いや、まぁ、僕は大丈夫だよ、うん」


 実際はそんな言葉しか出てはこなかった。

 セラもニャルも柔らかかったし、いいものを見せてもらった、という後ろめたさもあったから。


『ふむ、まぁよいか。気は抜くなよ、大事な場面じゃ』

「もちろんだよ、僕はもう迷わない。ヴァレリヤの魂を救い出し、世界を正してみせる」


 角から一歩踏み出し、門へ向かって歩みを進める。


 門番たちがこちらに気付き、灯りを向けて来るのが見える。


「そこにいるのは誰だ! ……って、なんだよ無能のぼっちゃんかよ」

「なんだぼっちゃん、こんな遅くまでセドリック様にこき使われてんのか? 役立たずのお貴族様ってのは大変だな?」


 門番2人は緊迫した声を上げたが、僕だと分かったとたんヘラヘラと態度を一変させた。

 この2人、名前は知らないが顔は知っている。買い出しに行くために門を通るとき、こんな風に僕をいちいちからかって来るのだ。


「あん? なんだ、あのイイ身体のメイドいねぇじゃないか」

「なんだよぼっちゃん、獣人にも愛想つかされたのか? ダハハハハ!」


 でも、それももう今日で終わりだ。


 こぶしを握り締めると、黒いもやが立ち昇る。

 僕はこの黒いもやを黒霧と名付けた。ニャルは特に名前は無いと言っていたから。


 いよいよだ、これから僕は変わる。世界は変わる。 

 スラムの時の様な殺されかけて反撃、というのとは違う。自分の意志で人を殺す。


 腕を振るうと、黒霧の鞭がふるわれ、右側の門番の右腕が宙を舞った。


「ぎゃああああああっ!」

「な、なんだ!」


 これだけでは済まさない。


 宙に向かって両腕を広げ言霊をさけぶ。

 

「にゃる しゅたん! にゃる がしゃんな!」


 僕の頭上に、ばくんと漆黒の亀裂が入り、そこからいつものゴシックドレスのニャルが舞い降りてくる。


「我の名はニャルラトホテップ。良い夜だな、贄達よ」

「ぎゃああああっ!」


 ニャルが腕を振るうと僕の物より濃密な黒霧が飛び、左側の門番は上半身だけ吹き飛ばされた。


 「なんだこりゃあ!」ともう一人の、腕を切り飛ばされた方の門番が悲鳴を上げる。


「ダレン! ダレン! ああ、クソッ、ダレンを殺りやがったのか!」


 その男は必死に同僚のものらしき名前を叫ぶ。気の毒だが、これも仕方ない事なのだ。


「あ~っ、ニャルちゃんもアレスもずるい! わたしもやりたいのに!」


 セラがふてくされたように叫ぶと、胸元からニャルにもらったニトクリスの鏡と呼ばれたペンダントを取り出した。


「ふんぐるい むぐるうなふ!」


 セラは、ペンダントを頭上にかざし、踊るようにくるくると回る。


「いあ! いあ! はすたあ!」


 唄うように唱えると、セラの頭上にもばくんと昏い奈落のような亀裂が口を開ける。


 そこから舞い降りたのは、ニャルより少し背の低い8才くらいの美しい幼女だった。


 背まで届くふわふわとした金髪を持つ、どこか眠そうな表情だが美しい金の瞳の美幼女。彼女は袖口で手が隠れるほどのだぼだぼとした黄色のワンピースを身に着けていて、長い金髪とワンピースがふわりと舞い、まるで羽毛が舞うように舞い降りた。


 ――セラの背中に。


「ふえ?」


 セラがきょとんとした声を上げる。

 舞い降りたその幼女がセラの背中に、おんぶされるような恰好で乗っかったからだ。


「……ひさしぶりの開放。動くのしんどい……」


 その幼女は、セラの支えなど無いにもかかわらず器用にセラの背中にぶらさがると、眠たげな瞳と口調でつぶやいた。


 ニャルが苦笑する。


「あーー、その自堕落な者はハスター。ハシュと呼んでやってくれて構わぬ。我の同胞であり、我の上司の子でもある。……見ての通り、お世辞にも働き者とは言えぬが、我と同格の力の持ち主。能力は保証するのじゃ」

「よろ」


 ニャルの紹介にハシュと呼ばれたその幼女は、セラの背中にのったまま器用に片手を上げると、よく分からない挨拶をした。


「きゃ~~~、かわいいかわいい!」


 僕は5柱目の女神でもあるニャルの上司って何だろう、などとふと考えたが、その考えはセラの黄色い声によってかき消された。


 セラはハシュを抱きかかえようと体をひねるが、当然背中に乗っている者は抱きかかえられない。体をぐるりとひねると、背中のハシュは、ぶうんと振り回される。目を白黒させるハシュにセラは喜び、さらにハシュを抱きしめようと体をひねる。


 結果、セラはハシュを背中に背負ったまま、ぐるぐると回り続けることになった。


「……うああああ、目が……目が回る……」

「あはははは! そんなハシュちゃんも可愛い! たのしい!」


 思わず「何をやってるの……」とつぶやく。

 ニャルが心なしか肩を落として、ため息をついた。


「くそおっ、何なんだよ、オマエらは!」


 僕が片腕を切り飛ばした門番が叫び、懐から一本の笛を取り出し口にくわえた。

 ピイイーーッ、と甲高い笛の音が屋敷中に響きわたる。


 屋敷のあちこちで、灯る松明の明かり。


 ……この音で屋敷の兵士や騎士は目を覚ましたはずだ。あの生真面目なセドリックの事だ、この音で目を覚まさないなんてことは無いだろう。

 あまり良くない流れなのではないか、そんな事を考えてしまうが――


「ふむ、いささか遊びが過ぎた様じゃの。ハシュ、さっさと終わらせるのじゃ」


 ニャルの声は僕のそんな考えを知ってか知らずか、いつも通りののんびりとした調子で声をかける。セラの背中にぶらさがったままのハシュがこくりと頷く。


「……来よ、来よ、我が下僕ビヤーキー。……あい あい はすたあ」


 ハシュが唱えると、どこからともなく黒霧が染み出るように、溢れ出るように出現した。ハシュの黒霧はビヤーキーと呼ばれているのだろうか。それは集合しいくつかの塊になると、それは先を争うように片腕の門番に殺到する。


「ぎゃああああああっ!」


 ばくん、と門番の左腕が黒霧に飲み込まれ、消滅する。


 別の黒霧が足元に襲い掛かり、両脚が消滅する。


 そして、また別の黒霧が頭上から流れ落ちる様に襲い掛かり、次の瞬間に門番は完全に消滅した。残されたのは血だまりだけ。


 これがハシュの――いやハスターという、5柱目の女神であるニャルラトホテップと同格の力を持つ存在の力。


「わああっ、すごいすごい! ハシュちゃんすごい!」


 セラがきゃあきゃあと歓声を上げる。


 ハシュは眠そうな表情で、最初の体勢から変わらずセラの背中に眠そうな表情でぶらさがったままだ。でも、どこか誇らしげな表情に見えなくもない。


「では、我は件の執事が逃げ出さぬよう、裏手に回るのじゃ。アレス・セラとハシュは正面から行くがよい」


 ニャルが、無造作に腕を振り金属製の門を吹き飛ばしながら声をかけてくる。


 ……ニャルと別れるのか?


 ほんの少し不安にかられるが、セラが「まかせといてよ! ハシュちゃんも付いてるしね!」と形の良い胸をどんと叩く。ハシュはぼんやりとしていたが、微かに頷いたので任せろという事らしかった。


「分かった。……ニャルも気を付けてね」

「ふん、誰に言っておるのじゃ。我の心配をする暇があれば自分の事を心配せよ」


 ニャルは軽く笑うと、片手をひらひらと振りながら裏手に歩いていく。


「じゃあ、僕たちも行こうか」


 セラとハシュに声をかけた。

 視線を前に向けると、館の中から騎士や兵士が武装して駆け出してくるのが見え、自然と緊張してくるのが分かる。


「おーー! やるよーー!」

「…………コクリ」


 セラが右拳を振り上げ、ハシュは無言で頷いた。

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