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第13話 夜

 ――あれからエレーナはどうなっただろうか?


 宿に帰ってからもずっとそんな事を考えていた。


 彼女自身の意思に反してダミアンに連れていかれ、今も彼に弄ばれているのだろうか? そして、僕が知らなかっただけで、そういう事はこの街でこの国でこの世界で、あらゆる場所で行われているのだろうか?


 ずきり、と胸が痛む。


 僕が弱いから。僕に力が無いから。


 僕はどうすれば良かったのだろう。


 だから夕食の後、二人に聞いてみた。しかし


「全員殺したかったかの? まぁ我はそれでも構わぬよ。我が力を取り戻しておれば来生ではもう少し良い世の中になっておるだろうし、死しても幸福になる事も出来よう」


 ニャルは別に殺しても良かったんじゃないか、と言わんばかりだ。

 自分で止めておいて……。


「わたしは、そんな優しいアレスって素敵だと思うな。わたしはアレスがどんな選択をしてもアレスとニャルちゃんに付いて行くし、アレスらしいって思うよ?」


 セラは僕の事を優しいと言ってくれるが、どちらが良いとも言わない。


「迷っておるのか?」


 宿のベッドに腰かけたニャルは、腰に抱き着いているセラの頭を撫でながら視線をこちらに向けてきた。


「……正直言うと、そう。

 セドリックや兄様たちに復讐したいと思ったし、セラの事を救ってあげたいし、この狂った世の中を変えたいと思った。それは今も変わっていないんだけど――」


 自分の手の平を見下ろし


「人を殺すって事にやっぱり抵抗はあるよ。ニャルにこんなすごい加護を貰っておいて情けないけどね……」


 苦笑する。


 ニャルは、ふうむと呟くと言った。


「今の所、我の力を与えられているのはアレス、お主だけじゃ。選ばれた人間であると言っても良い」


 思わず「大げさだなぁ」と言うと、ニャルは首を振り、「大げさなどではないの」と言う。


「その選ばれた人間であるお主が、今この女神に操られた世界の欺瞞と醜悪さに気付き、それに立ち向かおうとしておる。素晴らしい事じゃ。力を与えた神として誇らしいと思うぞ」


 ニャルは両手を広げ、誇らしげな笑みを浮かべた。

 その大仰な言葉に、思わず赤面してしまう。


「……それこそ、大げさだよ」

「何を言うか、我の本心じゃよ。……じゃがの」


 ニャルはそこで一転し、真剣な表情を浮かべる。


「酷な事を言うようじゃが、だからこそお主は立ち上がり行動せねばならぬ。真実を知り世界を憎み力を持ちながら、お主は何も為さぬつもりか?」


 どういう事だろうか?


「真実を知るお主が何も行動に移さぬなら、現状は何も変わらない。あのメイドの魂は救われぬし、迫害されておる人々もそのままじゃ。じゃがの、お主が行動を起こしさえすれば現状は変わる」


 ……それはその通りだ。


「むろん、お主には全てを忘れて田舎で畑でも耕して生きる、という選択肢だって存在しておる。じゃがの、それでは失意のなか死んでいったメイドや他の迫害されし人達に申し訳ないとは思わぬか?」


 その言葉は、僕の胸に突き刺さった。


 確かに、今ニャルと出会い加護を授けてもらった僕は、この世界で唯一この狂った世界を正すために行動できる立場にある。

 僕が今行動を起こさなければ、今日のエレーナの様な人達はずっと虐げられたままだし、ヴァレリヤの魂だって救われないのだ。


 その事を分かっている様で分かっていなかった。


 呆然としている僕に、ニャルが優しく微笑みかけて来た。


「大丈夫じゃ、アレス、お主ならやれる。我が付いておるし、なんならこのセラもおる。お主は一人ではない」

「そうだよ! わたしだってニャルちゃんやアレスの役に立つんだからね!」


 セラもニャルに抱き着いたままだが、ぷんぷんと怒ったように声を上げる。


 ……これは、覚悟を決めるべきだろう。


 目を瞑り、ぐっと拳を握りしめる。


 脳裏に浮かぶのはヴァレリヤの笑顔。


 ――見ていて、ヴァレリヤ。僕は君の魂を救い出す。


 瞼を開くと、こちらを見つめるニャルとセラ。


「分かった。もう迷わない。僕はやるよ。この狂った世界を正してやる」


 宣言すると、セラが「これからもよろしくね!」と朗らかに声を上げる。


 そしてニャルは、()()()()、と昏い昏い笑みを浮かべた。



◇◇◇◇◇



「では、今夜遅くに執事の屋敷に襲撃をかける。夜遅くに出るからの、今日は早めに寝ておくがよい」


 そうニャルが言ったので、まだ外はうっすらと明るい時間だったが、早めに寝ることにした。


 したのだが。


「むにゃむにゃ……もう食べられないよぅ……」

「……むにゃ……もうすぐ我らの悲願が……」


 僕は視線を下ろす。


 僕の右腕に抱き着いてすやすやと眠るセラと、おなじく左手に抱き着き寝入ってい居るニャルが見える。


 セラはブラジャーとパンツという下着だけの姿だし、ニャルはどこから持ち出したのか素肌の上に白いレースのキャミソールを身に着けていた。


「……ごくり」


 思わずつばを飲み込む。


 セラは年頃の少女らしいメリハリのついた体つきをしているので、腕に抱き着くとそのやわらかな胸が僕の腕に押し付けられる。しかも下着だけしか身に着けていないので、その柔らかさ温かさが直に僕に伝わってくる。


 ニャルは幼女の姿をしているのでセラと比べると平坦な体つきをしていたが、その高級そうなキャミソールから透けて見える絹のような肌と、かすかな膨らみ、そしてその桃色の先端はじゅうぶんに煽情的だった


「ああっ、こんなの眠れないよ……」


 思わずぼやく。


 美少女ふたりにあられもない格好で両側から抱き着かれて、眠れるわけがない。


 ヴァレリヤと肌と重ねた時のことを思い出し、自然と下半身に血液が集まってくるのを感じる。

 感じるが、両腕に抱き着かれているので動くことも出来ない。


「…………どうすればいいのさ……」


 つぶやくが、答える声はない。


 まだまだ夜は長い――

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