デュラン・チェルコーネ1
「やっちまったな、あのクズ王子」
「エルマンノ、口が悪い」
私が窘めると今度はゲイブリエル殿下が笑いながら
「俺だって罵りたい。これで王位継承権の返上が出来なくなってしまった」
国王の一人息子であるダヴィデ殿下が、王立学園に入学したのはいいが、あろうことかDクラスなどという王族始まって以来のアホ王子であると露呈してしまった。
小さい頃から片鱗は見せていた。勉強というものを全てやらずに逃げ続け、剣術の稽古も馬術の稽古もせず遊び惚けていたのだから、Dクラスも当然の結果だ。
初めのうちは城の者皆で、なんとかしようと頑張ってはみたが、如何せん本人に全くヤル気が見られず諦めた。国王自身が早々に諦め、自分の弟であるゲイブリエル殿下に王位を継がせたいと言っていたほどだ。
大きく年の離れた弟を国王は、目の中に入れても痛くないと言い切れるほどに可愛がっていた。ゲイブリエル殿下自身、努力は惜しまない質であったため気が付けば、全てにおいて完璧な王弟が出来上がった。
だが本人は、ダヴィデ殿下がまだ小さいうちから、自分は継承権を返上して公爵となり、外から王家を支えていきたいと常々言っていたので、国王も学園を卒業と同時に継承権返上を認めると約束していた。
しかし、次の王となるダヴィデ殿下の成績がDクラスであれば、その約束は反故にされるだろう。正直、臣下である我々も国民もそれを望んでいる。
いくら素晴らしい婚約者をダヴィデ殿下につけようが、本人に改心する気持ちがなければ無理なのだから。私としてもアリーは可愛い従妹なので、幸せな未来を築いてもらいたいと思っているし。
「私としてはこの結果は非常に喜ばしい事なので」
学園内にある王族専用の応接室で、任されている書類を項目ごとに分けながら淡々と言えば、ゲイブリエル殿下の表情が変わった。
「アリーか」
名前を口にするだけで蕩けるような顔をしていると、きっと本人は気付いていないのだろう。エルマンノと目が合い苦笑する。
「アリーはダヴィデ殿下との結婚を望んでいませんからね。私としても可愛い従妹が、あんなアホ王子の毒牙にかかるなんて考えたくもないですし。今回のDクラスは婚約を白紙にするいい材料の一つになります」
ニヤリとすれば悪い顔だとエルマンノに笑われた。
「あー、アリーは元気にしているか?」
照れたような顔で聞いてくるゲイブリエル殿下。普段はたくさんの令嬢たちを軽くあしらうこの男が、アリーとなると途端に純情少年のようになるんだから面白い。
「2週間くらい会っていないのでなんとも。入学しているのですから様子を見に行ったらどうですか?今頃は教室にいるんじゃないですか?」
自分の甥の婚約者であるアリーに、そう簡単に会いに行くのはよくないだろうときっと思っているんだろう。
「アリーもきっと喜ぶと思いますよ」
押しの一言でゲイブリエル殿下の表情がパッと華やいだ。
「そうか……少しだけその、会いに行ってみようか」
結局、あの後書類の中に急ぎのものがあったので、アリーの所に行く事は叶わなかったゲイブリエル殿下は、盛大な溜息を何度も吐いていた。
翌日、流石にしょぼくれた顔のゲイブリエル殿下が気の毒になり、アリーに連絡を取って昼食を共にする約束をした。
食堂に着くとすでに友人二人を伴ったアリーがいた。
「アリー、こっちだよ」
声を掛ければこちらに気付いたアリーが微笑んだ。途端に周りの男達の視線が彼女に釘付けになったのがわかった。
気付いたのは私だけではないようで、ゲイブリエル殿下がそそくさとアリーの元へ行った。そっと彼女の手を取りエスコートしている。二人が並ぶと、本来はこの二人が婚約者同士だった方がしっくり来るのにと思ってしまうのは仕方がない。
それくらいお似合いの二人だった。二人は互いに見つめ合う。その姿は、こちらが苦しくなるくらい切ない眼差しだった。
「デュラン兄様、お誘いありがとうございます」
私の前まで来たアリーは、可愛らしい笑顔で私に礼を言った。本当に、この子が本物の妹でないのが残念で仕方がない。
「こちらこそ、急だったのにありがとう。これから一緒の学園生活を送れるなんて嬉しいよ」
頭を撫で、美しいプラチナブロンドの髪を梳いてやれば目を閉じて受け入れる。
「おーい。こっちだ」
声のする方を振り返れば、エルマンノがしっかり席を取って置いてくれていた。
「さ、食事にしよう。自己紹介はそれからだ」
アリーの連れて来た令嬢たちに向けて笑顔で言えば、そうですねと二人とも素直についてきてくれた。