断罪
3組で会場へ入る。常に目立っている男女の集まりが会場に入ったことで、明らかにその場の熱気が膨らんだ。
「まずは1曲踊ろう」
俺たちは踊りの輪の中へ。初めてのアリーとのダンスだ。
「やっぱり殿下は上手でしたわ」
「想像でもしていたか?」
「はい、きっと誰よりもお上手なのだろうと」
「そうか。お眼鏡にかなったようで何よりだ」
それからは、数人の令嬢とダンスをこなし、そろそろ俺の挨拶の時間になる。学園長がそっと寄って来て俺に告げる。
「殿下、そろそろご準備を」
そして私を遮ったダヴィデの茶番が始まったのだった。
「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を以て破棄する!!」
一瞬の沈黙……からの大歓声が、この広い会場を揺らすほど響き渡った。
何が起こったのかわからないダヴィデと隣の女は、バカみたいにポカンと口を開けていた。
「な、なんだ!?一体何が起こっている?」
ダヴィデが会場中をキョロキョロする。
「もしかして、ダヴィデ殿下が婚約者さんと婚約破棄をした事を喜んでいるのでは?」
「そんなに喜ばれる程アリアンナは酷い女だったのか?」
「きっとそうですよ。ですから殿下、引き続き頑張ってくださいまし」
「おお、そうだな」
どうやらとんでもない勘違いをしたようだ。意気揚々と演説を続けるダヴィデ。
「アリアンナ・ヴォルテーラ。前に出ろ!」
暫くして、後ろにいたアリーが前へと出てきた。
「はい、なんでございましょう?婚約破棄の件ならもう聞こえましたけど?」
コテンと首を傾げるアリーに、周辺の男女が息を飲んだ。
「ちょっと、殿下まで。しっかりしてください」
デュランに小突かれる。可愛いんだから仕方ないだろう、と言いたい。
「アリアンナ。おまえは『神を呼ぶ聖なる声』の持ち主で間違いないな」
「はあ……そのようですね」
「おまえ、実際に神を呼んだことは?」
「ございませんわ」
「はっ、やっぱりな。おまえ、偽物だろう?」
「あら?私、偽物なんですの?」
アリー、普通に驚いてどうする?だが、周囲には好評のようだ。俺ももっと近くで見たい。
「殿下。心の声、駄々洩れだぞ」
エルマンノにまで突っ込まれてしまった。
「その証拠に。ここにいるファブリツィア・ペッキアがつい最近、神の声を聞いたそうだ」
隣の女の腰を抱いてダヴィデが得意そうに言った。周りがざわつく。
「それは凄いですね」
アリーの薄い反応に、ダヴィデがまたもやポカンとしてしまった。
「おまえ、感想はそれだけか?」
「はい、それ以外にどう反応しろと?」
「もっとこう、なんだ。悔しがれ!ファブリツィアが神の声を聞いたんだぞ。おまえは偽物なんだぞ」
「ですから凄いと申し上げましたが?」
「もっとないのか?もっと悔しがれ。そもそも俺との婚約破棄に泣かないのはなんでだ?」
「別に悲しくないですし、悔しくもないんですもの」
ニコリと笑った顔は悪い顔になっている。普段見せる事のない表情に壇上の二人は一瞬たじろいだ。会場は忍び笑いでクスクス言っている。
「あれはダメだ。そもそもダヴィデに興味のないアリーではどうにも話が進まない」
俺はスッとアリーの横に付いた。
「ほお、彼女が神の声を聞いたと?何と言っていたのだ?」
ファブリツィア?だったか。彼女を見つめて質問する。
「やだ、イケメンに見つめられてるぅ。えっとですねー」
馬鹿正直に答えようとした彼女の口は、凄い勢いで舞台に走り込んできたファビオに塞がれた。
「恐れながらゲイブリエル殿下。簡単にお教えするわけには参りません」
「そうなのか?では何か別に証明するようなものは……ああ、そうだ。ここで今、神を呼んでいただけないだろうか?」
ファビオがファブリツィアを見る。今や、皆の視線が彼女に注がれている。
「いいわよ。呼んでみるわ」
そう言うと、彼女は何やらブツブツと呟きながら、祈るように手を組んだ。しかし当然のように数分待ち続けても何も起こらない。
「来ないようだが?」
「あれ?おかしいなあ。前は何もしてないのに来たのだけど」
「何もしてないのに来た?それは本当に神だったのか?」
「さあ、上からいきなり声がしたの。それを話したらファビオが神だって。だからてっきり神様を呼べるようになったのかと思ったんだけど」
「ファビオ、それとダヴィデ。これは一体どういう事だ?」
ほんの少しだけ威圧する。ダヴィデはまだ平気そうだが、ファビオはひっと小さい悲鳴を上げて顔色を悪くした。
「兄上!それを言うならアリアンナだって同じでしょう。本人も神を呼べるかわかっていないじゃないか」
「ではアリアンナが神を呼べたらどうする?おまえらは嘘偽りを公然とのたまったんだぞ。しかも聖女にもなりうるアリアンナを侮辱した。それがどういう事かわかるか?」
「だったら呼んで見せろ!」
はあ、本当に賢王と呼ばれるあの兄の子供なのかと、改めて疑問に思う。自分をどんどん追い詰めていることにも気付かないなんて。アリーが『神を呼ぶ聖なる声』の持ち主であると宣言したのは大教会だと忘れたのだろうか?
「アリー、ここで彼を呼んでもらっていいだろうか?」
「彼?ああ。はい、いいですよ」
すうっと息を吸うアリー。そしてまるでハープの音色のような美しい歌声が会場に響いた。
「なんて美しい歌声……」
会場の人々までも、彼女の歌に魅了されていく。
すると、アリーの頭上が眩しいほどの光で包まれた。光が消えると、そこには全てを包み込むような、優しい光を放ち続ける老紳士が現れたのだった。




