ゲイブリエル・アッガルディ2
「見た?」
「ああ」
「……」
廊下を歩いていると、左の方からアリーたちが楽しそうにしゃべりながらやって来た。あまりにも熱心に話しているので、声を掛けそびれてしまう。向こうは全く俺たちには気付かずに楽しそうだ。
素晴らしいダンスだの踊るだのという単語が聞こえてきた。どうやら前の授業はダンスだったようだ。
すると、何やら嬉しそうに話していたアリーが可愛らしい舌をちょろっと出した。あまりの可愛さによろけて肩を壁にぶつけてしまう。しかし、目線はアリーたちから離さなかった。すると今度はランザ嬢が、そしてフランカ嬢まで可愛らしく舌を出す仕草に、二人もポカンとして見ている。
結局、アリーたちは気付かないまま、食堂の方へと去って行った。
「あの子猫ちゃんたちは俺たちを悶え死にさせたいのかな?」
ふざけたように言うデュランだが、耳が真っ赤になっている。
「可愛いな、あれ」
左手で鼻から下を覆い隠すようにしているエルマンノも、顔が赤いのが隠しきれていない。
まあ、一番の衝撃を受けたのは俺なのだが。打ち付けた肩をさすっているとデュランがソワソワしながら言った。
「追いかけるかい?」
そう尋ねている彼が一番、行きたそうだ。
「そうだな、行ってみるか」
体勢を立て直し、食堂の方へと向かおうとすると、他の生徒からもダンスの話が聞こえた。
「先程のアリアンナ嬢と先生のダンスは見事だったな」
「ああ、あんな風に僕もアリアンナ嬢と踊ってみたい」
「それにしても……ダヴィデ殿下が王子じゃなかったら、俺が守ってやりたかった」
「そうだな。見たか?殿下の周りにいたDクラスの女たちを。あれはもうレディなどではなく娼婦と言うべきではないか?」
「アリアンナ嬢までも同じように扱おうとした時は、本当に殴ってしまいたかった」
ぎゅっと拳を握りながら語る男子生徒たち。
だが、俺が視界に入ったからか、一気に青ざめた。きっと不敬だと思われたとでも考えたのだろう。
「ダヴィデが、何かやらかしてしまったようだな。すまなかった」
怯えさせないように静かに謝る俺に、男子生徒たちが委縮してしまう。
「そ、そんな!とんでもありません!こちらこそ、ダヴィデ殿下を悪く言うような事を……」
頭を下げる彼らに首を振る。
「いいんだ。実際、アイツはどうしようもない奴だという事は、学園の皆が知っているだろうしな。それより、アリアンナ嬢が何かされたのか?」
彼等から簡潔に話を聞いて、俺はまたもや大きな溜息を吐いた。
「後で先生にも謝りに行かねばならないな」
「またもや報告することが増えたね」
エルマンノが俺の背中をポンとたたく。
「癒されに行こうじゃないか」
食堂に到着すると、アリーたちはまだいた。今はケーキを食べているらしい。席へと近づいて行くとすぐに気付いたらしい三人は、それぞれに魅力的な笑みを浮かべた。
「同席しても?」
アリーを見つめて言うと、彼女も見つめ返してくれた。
「勿論、どうぞ」
食事を進めながら、アリーを見やれば幸せそうにケーキを頬張っている。この笑顔を片時も離れず見続けていたい。心の中でそう思う。
「ダンスのレッスンで、ダヴィデが失礼を働いたようだな。すまない」
「そんな、ゲイブリエル殿下に謝って頂くことではありません。それに、そのおかげで先生と素敵なダンスが踊れましたから」
嬉しそうに微笑む彼女をこの場で抱きしめたくなる。
「アリー……君は幸せか?」
どうしようもない事を聞いてしまった。彼女も驚いた顔をしている。今、この話の流れで聞いたという事はダヴィデの婚約者で幸せか?と聞いたのと同じになってしまうのに。しかし、彼女はちゃんとわかった上でこう答えてくれた。
「はい、幸せです。大好きな親友が二人も出来て、デュラン兄様やエルマンノ様、そしてゲイブリエル殿下に見守られていますもの。こんな幸せな事なんてありませんわ」
敢えて、ダヴィデの事には触れずに、本当に嬉しそうにして笑ったアリー。
「そうか……これからも俺たちが守るから。この先もずっと楽しく過ごせるように」
言っていて何故か泣きたくなった。出来ることなら俺自身の手でこの天使を幸せにしてやりたい。それが出来ない事にどうしようもないほどの虚無感を感じた。
触れることの許されない彼女の髪を一房だけ掬う。そして、サラサラとした美しいプラチナブロンドにそっとキスをした。
一瞬、驚いたような顔をしたアリーだったが、柔らかな笑みを浮かべ俺を見つめる。その切ないような表情から目が離せなくなった俺も、デュランから声を掛けられるまで見つめ続けていたのだった。




