7月24日
「ハセガワマコト?だれだろ?」
センパイの弟は首を傾げる。
「知り合いと思うんだけど。」
長谷川はセンパイの弟のことを知っていた。関わりたくない、はっきりそう言っていたのだ。
そのことを告げるとセンパイの弟は、あーって。
「心当たりあんの?」
「関わりたくないって言われるようなことをしたことはあるけど。ハセガワなんていたかなぁ。わかんねー。なに?大事なこと?」
センパイが停学って言われてたときの話をすると、センパイの弟は変な顔をした。
「あー、村入?お前いいやつだな。」
「はぁ?」
「姉貴は別に停学なってないから」
え?
「姉貴さー、ああ見えて?模試とかそういうのはすげえの。学校的には『優秀な生徒』にケチつける側にはまわりたくないんじゃん?直で見られたわけじゃなくて、スイガラってだけでしょってことで。」
なんじゃ、そりゃ。ユルすぎだろ。いや、まあいいんだけど。
脱力する。なんか俺1人でワタワタしてた。
「あー、まあ。ありがとう?弟的には嬉しいよ?うちの姉がどうもすみません。」
ぺこーっと頭を下げるセンパイの弟。
いや、もとはと言えば。
センパイは俺を庇ってくれたのだ。たぶん。
「でもなんか気になるなー、そのハセガワってやつ。ちょっとかけていい?」
頷くと、センパイの弟はスマホを取り出して電話をかけた。
「もしもしー?、あ?ごめんて。は?知らねえです、それは。違う違う…、そうそう。…あのさ、ハセガワマコトってやつ知ってる?マッキンキンの頭してる。…はぁ?何の話?…うん。え、従兄弟?いやそれは知らないけど。うわ、バカじゃん。鬼畜シネ。」
センパイの弟は電話を切って、ため息をついた。
「なに?従兄弟って?どういうこと?」
てか誰にかけたんだよ。
「戸上龍っていうやつ。ここら辺じゃちょっと有名で。いっぱいオトモダチがいるんだ。昔のストリップ劇場んとこの息子っていって分かったりする?」
ちんぷんかんぷん。
そういや、この辺って地元色強いんだよな。
俺んちは新興街のほうだから、さっぱりわからない。
「この辺さー、その昔っていうか大分前だけど、結構な歓楽街だったんだよ。そういうところっているじゃん、その筋系の人。戸上龍はそこんちの子。小学校の時からの付き合いなんだ。」
はー。なんていうか。
まんまあんまり関わりたくない系の人じゃん。
つうか、長谷川ってその人の従兄弟ってこと?
「かもね。同い年の従兄弟がいるって。ハセガワってさ、ピアス開いてる?えげつない感じで。」
えげつないって感じでもないけど、まあ。
「うわっ。やっぱそうかも。なんか昔リュウが開けたって言ってた。」
センパイの弟は見るからにげんなりした。
「あー、やめやめ。関わるのやめ。人ん家の家庭の事情なんか知らねー。村入もほっとけば?」
ほっとくったって。
「そのハセガワってやつは、俺にっていうか、リュウに関わりたくないんじゃね?俺、リュウとつるんでたことあるし。」
そうなのかな。
でも。なんていうか。
俺は長谷川に言われたことが引っ掛かってる。
「なに?なんて言われたの?」
「俺は、ずるいって。俺ってずるい?意味わかる?」
「あー。ずるいっつうか、うーん。」
それでもセンパイの弟は長谷川の言いたいことが分かるらしい。
「例えばなんだけど、どっかの貧しい国の人の大変さに比べたら自分の悩みなんかちっぽけに思えるでしょ、って言われたらどう思う?」
「まあその通りかなって思う。」
「励ましに聞こえる?」
「まあ。こんなことで悩むなんてバカらしいって吹っ切れるかもしれない。」
「俺もそっち。けどさ、中にはさ、追い詰められちゃう人もいるんだよ。ハセガワもそうなんじゃない?」
分かるような、分からないような。
でも。分かりたいと思う。
「なんかすごいな、おまえ。そういうのなんでわかるの?」
って聞いたら、センパイの弟は眉尻を下げて笑った。
「目の前で見てきたから、かな。」