第7話 竜族の国 1
俺たち2人と1匹は、商店の連なる賑やかな通りを歩いている。松明や軒に下がるランプの灯りで、夜の繁華街のような艶やかな明るさがある。しかし、ここは地下洞窟であるため、昼と夜の境がなく常にこんな感じなのだろう。
ズボンからトカゲのような尻尾をはやした子供達が雑踏の中を走りまわっている。
細い路地で、チェス盤のようなものを囲んで遊んでいる子供達が見えた。
「あ、姫様、【女神の審判】ですよ。小さい頃は二人で良くやりましたよね。姫様が忙しくなって、最近はやる時間もありませんでしたね。小さい姫様は負けると悔しがって、勝つまでやり続けるんですから、身が持ちませんでしたよ。」
シラギは照れたのか、ギンの尻尾をつまみ上げた。後ろ足が浮き気味になったギンは焦ったようにシラギの方を仰ぎ見た。
「姫様?」
「昔のことでしょ。今はもう、ギンに負けることなんてないわ。」
シラギは強気な瞳でギンに微笑んだ。
「ギンには勝てても俺には勝てないぞシラギ。」
「いいわよ。マシロが相手でも手加減しないから。」
楽しい約束を交わせて、いい気持ちで路地を歩いていたが、この街に来てからずっと感じている違和感は誤魔化せなかった。
「おい、ギン。俺たちよそ者ってだけでこんなに敵意向けられてんのか?」
「竜族は排他的な種族だけど、それにしても商売人のおっちゃんですら睨んできたぜ。」
そうなのだ。俺たちはこの街に足を踏み入れた瞬間から、嫌悪感、敵対心、猜疑心、困惑、ありとあらゆる負の感情の眼差しを注がれている。
先ほどから俺たちは、腹を満たせる飯屋を探しているのだが、受け入れてくれそうな雰囲気の店は見つかっていない。この街の飯屋はどこも軒先にテーブルや椅子があり、外でも飲み食いできるスタイルなのだが、その外の席を陣取っている客たちが俺たちの入店を阻むのだ。別に手を出してくるわけではないが、無言で睨みをきかしていたり、時には心ない野次をとばしてくる。
「おい、そのダサい服装、怒国のもんだろ。何しに来たんだとっとと帰れ、、、!!」
「どの面下げて竜族の地に足を踏み入れたんだ、おととい来やがれ!」
いくら酔っ払いの妄言だとしても、浴びせられるこっちはたまったもんじゃない。シラギは気丈に前を見つめて歩き続けているが、眉根には微かな陰りが見える。
俺たちは今晩の食事と宿にありつけるのか、不安になってきた。そんな時だった、一人の少女が声を掛けてきたのは。
「、、、、、、、ちっちっち、、こっちおいで。」
フード付きの厚めのローブを羽織った少女はしゃがみ込んで、ギンを呼び寄せようと缶詰のようなものを持った手をこちらに伸ばしている。
そう、少女が話しかけてきたのは俺とシラギではなく、狐の姿をしたギンに対してなのだ。
ギンは困ったようにシラギを見上げた。
「ギン、行っておいで。」
とととと..............
小走りで近づくギンを少女の細い指がふわりと撫でた。慈しむように、そっと背中から尻尾にかけて撫でていく。
ギンは気持ちが良いのか、細い目をさらに細めている。少女が置いた缶詰を恐る恐るギンが食べ出すと、少女は初めてこちらに気づいたように、俺とシラギの方に目を向けた。
「......................。」
正確には目ではなく顔を向けた。少女は両目を覆うように布を巻いているため、こちらから瞳の動きは伺えないのだ。しかし、片手でギンの耳裏を撫ぜながら、顔を正確にこちらの方向に向けて話しかけた。それはまるで全て見えているかのような仕草だった。
「この狐はあなた達の仲間?ふわふわな毛並みは野生とは思えない。それに膨大なマナはただの狐とは思えないわ。...............でも、、、、こんなふわふわ、、、愛せずにはいられないわ。」
少女はうっとりとしたように銀色の毛並みを見つめている、、、ように見える。かなりの動物好きらしい。俺も実家では猫を飼っていて、もふもふは大好物なので気持ちはよく分かる。
「行くところがないのでしょう。私が穴場を教えてあげる。」
そう言うと少女はギンを抱き上げ、頬をすり寄せながら路地の奥へと歩き出した。ギンは指示を仰ぐようにシラギをかえりみるが、シラギは黙って頷き、少女の後に続いた。
少女が入っていったのは、細く薄暗い路地に小さな看板を出しただけの言われなければ通り過ぎてしまいそうな店だった。喫茶店のような、お茶のマークが看板には描かれている。
「いらっしゃいませ、、、、、、、、ユーリ。今日もダバ茶かい?」
店主は、優しげな目元から顎にかけて大きな古い傷跡が目立つ初老の男だった。男はユーリと呼ばれた少女に親しげに話しかけたが、俺たちの存在に気付き、金色の瞳に警戒を宿した。ユーリは少し困ったように眉根を寄せながらフード付きのローブを脱いだ。フードの下から、艶やかで豊かな金髪がふわりと肩に落ちた。そして、厚手のローブの下は体のラインがはっきりと分かるほどタイトな生地であったため、女性らしい豊満な体つきに俺は目のやり場に困った。20歳前後くらいだろうか、良く見ると顔立ちも可愛らしいと言うよりは美しい。(ただし、目元はわからないが。)見た目は大人の女性というに相応しいが、声や口調に幼さが残るため少女かと思ってしまった。
「マスター、彼らは大丈夫よ。それより、見て!!ふわっふわっでしょ。」
「ユーリは本当にふわふわしている生き物が好きだねぇ。僕らにはないものだから余計に愛しく感じるのかな。」
「そうよ。私たちは鋼も砕ける硬いウロコを持って生まれる。ふわふわの毛は対照的で憧れるわ。何よりとっても可愛いし、手触りが最高だもの。」
「それに、街の中では爬虫類と昆虫以外の生き物は珍しいものね。」
マスターはユーリに暖かな眼差しを向けて話している。店内は、二人組みの男がカウンターで話している以外に客はおらず、弦楽器のような優雅な音楽が心地よく流れている。マスターの手元から鼻孔をくすぐる爽やかな香りが漂ってきた。
入り口の近くのテーブルに座った俺たちに、マスターが茶器を運んでくる。見た目は緑茶のような薄緑色だが、ハーブティーと紅茶を混ぜたような芳しい香りが立ち昇っている。
「お待たせ、ダバ茶とチコの実だよ。」
俺とシラギとユーリの前にはダバ茶が置かれ、ギンの前には白い木の実が置かれた。
ギンは我慢できないとばかりに、木の実を食べ始めた。それを羨ましそうに見つめる俺とシラギに気づいたのか、マスターは肩をすくめた。
「おや、お腹が空いているようだね。料理も作るから、お茶を飲んで待ってておくれ。」
「ありがとう、マスター。」
ユーリはマスターのいるカウンターへ顔を向けていたが、振り向いて俺たちの方に身を乗り出して、ゆっくりと観察するように見た。(見えてはいないのかもしれないが、顔をこちらに向けている。)あまりの不躾な様子に俺もシラギも閉口しかけた。しかし、良く見るとユーリからは好奇心がにじみ出ているばかりで、他の人達のような敵意は見られなかった。
「あなた達、怒国から来たのでしょう。その白と朱色の装束は特徴的だもの。わざわざ辺境のこの国までなぜ来たの?商人にも芸人にも見えないし.....。」
シラギは見ず知らずの少女に事情を話すか躊躇っている様子だった。
「そうだよ、俺たちは怒国から来た。他国と同盟を組むために諸国を巡る旅をしているんだ。ここ、勇国にも同盟の話をしに来たんだ。」
シラギとギンが驚いたように俺を見る。確かに本当のことを話すことで、面倒な事態に陥る可能性もある。しかし、親切にこの店まで案内してくれた天真爛漫な彼女には正直に話した方が良いと感じたのだ。
「同盟、、、、その話はもう族長にしたのですか?」
ユーリは形の良い眉をひそめ、心配するように小声で聞いた。
「いいえ、明日訪ねようと思っているわ。やはり、勇国は他国との同盟に肯定的ではないのかしら。」
「そうね、うーーん。明日は何時ころに行くつもり?」
「え??まだ決めてないけど、、、。」
「お待たせしました、パクアの香草焼と豆のスープです。熱いから気をつけて召し上がれ。」
テーブルに並べられた料理はどれも美味しそうな湯気がたっている。
俺たちはマスターの料理に舌鼓を打ちながら、たわいの無い会話に花を咲かせた。
「竜族のウロコってどこまで生えてるの?」
「肘から手の甲にかけてと、膝から足の甲にかけて、それとお腹のあたりよ。」
俺は無意識にユーリのぴったりとした服の腹部を見る。
「やめてよっ、何だかその目線いやー!」
ユーリは唇を尖らせてお腹を手で隠した。
シラギとギンがクスクスと笑っている。
「それより、マシロの聖石も珍しい色だよね。伝説の勇者様と同じじゃないっ。」
「マシロは本物の勇者様なのよ。」
シラギがなぜかドヤ顔で言う。
「えーーーーーーー!!すごいすごい!本物?!サインもらおうかな。」
またシラギとギンが、ユーリの的外れな反応にケラケラと笑っている。ユーリも一緒になってころころ笑っている。
ユーリはとにかく明るくてどこか天然で、周りを和やかな空気にするらしい。いつも国主として気を張り詰めているシラギは、そんなユーリの天真爛漫さが楽しいらしく、しきりと話しかけている。
「ユーリ、このお茶とっても美味しいけど、勇国では有名なの?」
「うん!ダバ茶は勇国の特産品よ。地下水脈の近くにだけ咲くダバの花の蕾を乾燥させて作るのよ。そうそう、ダバの花は薬の材料にもなって体にも良いのよ。」
楽しい話は尽きず、宴はどこまでも続くように思われた。しかし、明日も他国の代表との大切な話し合いを控えている。
「俺たち泊まる場所も決まってないんだけど、ユーリどこか良い場所知ってるか?」
「ええ、とっておきの私の隠れ家を紹介してあげる。」
ユーリはぴょこんと席から立って、天井を指差した。
「この店の二階よ。実は宿場も兼ねているの!」
幸運にも食事と泊まる場所を得た俺たちは、明日に備えて寝ることにした。
「おやすみ、ユーリ。今日は本当にありがとう。」
「おやすみ、ギンちゃん。それにシラギとマシロ。どういたしましてっ。またどこかで会いましょう。」
ユーリはいたずらっ子のようにクスリと笑って手を振った。