第4話 華斑病
「クソォーーーおっさん調子こいてんじゃねぇぞ、もう一回だオラ!」
ギンが鼻息荒く、くだを巻いた。
「お、落ち着けって。まぁ、何度やっても結果は変わらんがな、ふはははは。」
俺は、サイコロを手のひらで転がしながら不敵な笑みを浮かべる。
「勇者様、強い!!流石ね、やっぱり女神様の加護が深いのかしら!」
「ギンちゃん弱ーい。中盤の一手は凡ミスよ。」
「勇者様、今度は私とやってください!」
ウナミ、カンナ、ハズキの3人は大はしゃぎで俺とギンの盤面を覗き込んでいる。
そう、俺の特技はレジうち以外にもあったのだ。ゲーム、特にアナログゲームは負けたことがない。
「おっさん本当にこのゲームやるの初めてなんだよなぁ?」
ギンは何度も繰り返した質問をまた口にする。相当悔しいのだろう。
「初めてに決まってるだろう。似たようなゲームはあるが、俺の世界には【女神様の審判】はねえよ。」
「チッ、、、こんな遊びやめだやめ!」
ギンは、盤面から目をそらすと、大きく伸びをして床に寝そべった。
「そう拗ねるなよ。そうだな、じゃあ俺の世界のボードゲームを教えてやるよ。紙とペンあるか?」
「やったぁ!これ、使ってください。」
ウナミが紙と筆記具を手渡す。俺は、紙を小さく破っていく。簡易的にオセロを作るのだ。
「私も手伝う!」
「私もー!」
ーバンッ
突然の大きな物音に俺たちは一斉にドアの方を振り返った。
そこには、髪を雨に濡らして肩で荒く息をしたシラギが立っていた。
「みんなっ、ユサが、もうっ、、、。」
シラギは、俯きながら言葉を詰まらせた。
3人の少女が息を呑む音が聞こえる。
「姫様、嘘だよね?嘘、でしょ?」
ハズキが震える声で尋ねる。
「ハズキ、ウナミ、カンナ、みんなユサにお別れ言えるかな?」
「姫様、それはっ、、、。」
ギンが抗議するようにシラギに言いつのる。
「ギン、あなたは優しい。悲しい現実を隠して、優しい時間をみんなと過ごしてる。でも、私はね、みんなに現実と向き合う強さを持って欲しいの、、、それが私のやり方よ。」
シラギの潤んだ瞳は凛々しく、強い意志を宿している。
3人の少女たちは、ゆっくりと車椅子を進ませシラギの周りに集まった。
「姫様、私たちは姫様みたいになるのが夢なんです。」
「怒国の女は強いマナを強い心で操る、そうですよね姫様。」
「ユサに会わせてください。」
少女たちは、紅い瞳を柔らかに細めシラギに頷いた。
なんて強い子たちなのだろう。先ほどまで、ゲームに夢中で無邪気に笑っていた少女たちと同じとは思えなかった。
「姫様には敵いませんね。」
ギンの言葉を残して、俺たちはユサという少女がいる家まで急いだ。ギンは表皮の色が変わるくらい強く拳を握りしめ、うつむいたままその場を動かなかった。表情は陰になって見えなかったが、鼻を啜る湿った音が洩れている。
雨雲の色を写した窓辺に暖かそうな敷布が敷かれている。ユサは、その上に静かに横たわっていた。
騒々しく入ってくる俺たちの方へ首を傾けると、ニコリと白い歯を見せた。
全身が包帯で覆われ、その隙間から覗く肌は、紅い斑点に覆われている。
どうやら、昨日筆頭長が言っていた危篤状態の者とは、ユサという華班病の少女のことだったらしい。
「ハズキ、カンナ、ウナミ、姫様、勇者様。」
ユサは、俺たち一人一人とゆっくりと目を合わすと、嬉しそうに口元をほころばせた。
「みんな来てくれたのね、ありがとう。」
少女たちは、さすがに言葉に詰まったのか、肩を震わせている。何か言おうと口を開いたハズキに、ユサは静かに首を振った。
「私は、もう少しで女神様のところに行くわ。そしたらね、みんなのことお話しするの。ハズキは、とっても負けず嫌いで女神様の審判で負けると必ず泣くこととか、カンナはとってもひょうきんで私が怒られてると必ず後ろで変顔することとか、ウナミは真面目で心配性で私の包帯を丁寧に巻いてくれることとか、、、。全部、全部ね、女神様にお伝えするの。それで、みんなにご加護を届けて下さいって、、お願いするの。」
ユサは、苦しそうに顔を歪めると、俺の方に目線を向けた。たくさん話して、どこか痛むのかもしれない。
「勇者様、みんなを守って下さい。」
俺は、いつの間にか垂れ流しになっている涙が顎から滴るのを感じた。
そんなこと、そんなこと俺に言わないでくれ。そんな真っ直ぐな瞳で縋らないでくれ。
俺は悲しいやら苦しいやら情けないやらで、胸がいっぱいだった。
「姫様、ひめさまっ、大好きでした。ずっと、ずっと、だいすき、、」
ユサがシラギの方に細い手を伸ばした。
シラギはその手を両手で包むと、優しくユサの聖石を撫でた。
ユサは静かに目を閉じ、気持ちよさそうに微笑んでいる。
「みんな、行きましょう。」
シラギが皆を促したことで、俺はユサがたった今可憐な命を終えたことを知った。
それくらいに、眠るように安らかな表情でユサは横になっていた。
少女たちと別れて、シラギと二人きりになると、シラギの唇がひどく血色を失っていることに気づいた。
「大丈夫か?」
「ええ。弥生様、少しお話ししたいことがあるのですがよろしいでしょうか。」
「もちろんだけど、顔色が悪いし、休んだ方がいいんじゃないのか。」
俺たちは、木の根が作った洞穴の中に作られた食堂に入った。
「弥生様、先ほど亡くなったユサの、華班病のことなのですが、あの病は不治の病と言われています。ですが、半年ほど前、長老と筆頭長が話しているのを聞いてしまったのです。華班病には治療薬がある、と。しかし、その治療薬は竜の谷に行かねば手に入らぬ、と。その後、何度も二人に治療薬について言及したのですが、そんなものは存在しないの一点張りで、、。私の竜討伐の一番の目的は、このためです。竜の谷で華班病の治療薬を探すこと。ご同行して下さる弥生様には初めに話しておきたかったのです。」
「じゃあ、初日に聞いた竜の脅威から世界中の民を守るためというのは?」
「それももちろんあります、が、私にとっては他国の民より自国の民のためであります。もし、竜の封印が解けても、怒国には強力な結界があります。我が領土のみを守ることは容易いのです。」
目の前の麗しい少女が、一国の主であることを実感し、冷たい汗が背中を流れた。
「わかった。目的がどうあれ、俺にできることは協力するよ。」
シラギの言葉に動揺がなかったわけではない。だが、俺にすがる瞳に嘘はなかった、それだけで今はいいとも思った。
*****************************************************
翌朝、昨日の天気とうって変わって眩しいほどの日差しが大木の葉脈を透かしていた。
俺は、水浴びでもしようと広場中央を流れる小川へと歩いていた。
小川のほとりには、見慣れた3つの車椅子が並んでいる。
「勇者様、おはようございます。」
振り向いて微笑むハズキの頬には涙の跡がある。他の二人もやつれた表情をしている。何を隠そう、俺自身も泣き腫らしたまぶたが重たい。
「あー、そうだな。元気が出ないときはだな。まず、元気な演技をしてみるといいぞ。そんでもって、元気な声を出すといいぞ!」
俺は、眠気の詰まった肺に、新鮮な朝の空気を吸い込んだ。
「あーめんぼーあーかーいーなーアーイーウーエーオー!!」
突然大音量で叫び出した俺に、少女たちは目をまん丸にしている。
俺は構わず続けた。
「かーきーのーきーくーりーのーき!カッキクッケコーーー!」
少女たちは、戸惑うように顔を見合わせている。
「いいか、とにかく腹から声を出すんだ。口角上げて元気よく、リズミカルにな。俺の言うことを復唱するんだ!」
「あ、あーメーンぼ?あーかーいーなー」
「そうそう、いいぞハズキ!ウナミとカンナも続け!あそこの木の葉を揺らすような勢いで声を出すんだ。」
「かーきーノーきークーリーのキーかっキックっけコォーーーー!!」
「その調子だ!ささーげーにーすをーかけーサーシースーセーソッ!」
「ささーげーにーすをーかけーサーシースーセーソッ!」
「ささーげーにーすをーかけーサーシースーセーソッ!」
「ささーげーにーすをーかけーサーシースーセーソッ!」
悲しい気持ち、寂しい気持ち、やるせない気持ち、そういった捨てたい感情一切を咽頭から解き放つ。
喉から出てくる明るい声と逆行するように、瞳からは涙が流れてきた。昨晩あれだけ泣いたのに、情けない。
隣を見ると、少女たちも瞳から大粒の涙をポロポロとこぼしている。それでも、声を張り上げる。
「たちまーしょ、らっぱでーターチーツーテートー!」
「たちまーしょ、らっぱでーターチーツーテートー!」
「たちまーしょ、らっぱでーターチーツーテートー!」
「たちまーしょ、らっぱでーターチーツーテートー!」
号泣しながら、発声練習を続け、ハの段まで言い終わった時だった。
焦った顔のシラギが走ってきた。
「いったい何事?!みんなどうしたの?!」
「あぁ、おはよう。朝の発声練習だよ。」
白い(いや歯磨き前だからそんなに白くないかも)歯を見せてにこやかに笑う俺を、シラギは怪訝そうに見ている。
俺とシラギの間に流れる気まずい空気を慮ったのか、少女たちが手をパタパタと振った。
「姫様!わかんないけど、勇者様の呪文を復唱してたの!」
「元気が出る呪文!」
「なんだかお腹も空いてきたの!」
少女たちの顔は、いつの間にか明るい表情を取り戻し、まだ瞳は涙に濡れていたが朝日に輝いている。
どうやら俺の作戦は功を奏したようである。舞台で失敗した日も、脚本家に怒鳴られた日も、毎朝発声練習は欠かさなかった。自分なりにメンタルを立て直す方法はいくつか持っているが、発声練習は子供にもおすすめだから試してみたのだ。
「あなたは、不思議な人ですね。弥生様。」
少女たちの元気な声と表情に驚いていたシラギが、俺の方を振り返った。
「そうかな?ただの売れない役者なんだけど、、、。」
シラギは小首を傾げ、少し考えるように空を見上げた。
「ふふっ、役者というものが何か私はわかりません。ですが、これから弥生様とご一緒できる旅がとても楽しみになりました。改めてよろしくお願いしますね、弥生様!」
シラギは、紅の瞳を細めて微笑んだ。
「俺も、楽しみだよ。」
俺の演技が、役者としての俺が役立つかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、俺はシラギに微笑み返した。