第3話 御心祭〜後半の部〜
シラギの流鏑馬を見終わった俺とギンは、またどこまでも続く屋台を物色し始めた。
「今日の一番の見どころ姫様の流鏑馬も終わったことだし、舞台に上がってる旅の踊り子や吟遊詩人でも見に行くか。しかし、今日の姫様はいつにも増して麗しかったなぁ。」
ギンは、まだシラギの流鏑馬の余韻に浸っているのか、ぼんやりとした様子でステージの方を指差してふらふらと歩いて行った。ステージでは、小柄で栗毛のショートカットの少女がパフォーマンスしているところだった。アラビア風のふんわりと裾が広がっているズボンに、上半身は胸から肩にかけて布をぴったり巻きつけて腹部は肌が見えていた。手首と足首にはシャラシャラと涼やかな音を奏でる鈴をつけ、愛想の良さそうなクリクリとした瞳と口角の上がった薄桃色の口はいかにも踊り子と言った感じだ。少女は音楽に合わせて軽やかに踊りながら、手の甲の黄色の聖石から蛍の光のような玉を次々と紡ぎ出している。
黄色の光の玉は少女の踊りに合わせて美しい軌道を描いている。時には少女の体にまとわりつくように螺旋形に、時には少女の指先の動きに合わせてリズミカルに。後ろで音楽を奏でているのも、可愛らしいおさげの少女だった。ハープのような銀色の弦楽器の音色と踊り子の鈴の音に、観客は恍惚とした表情で聞き入っている。
「楽国のララとネネだな、毎年御心祭の時は来てくれるんだ。人気の踊り子と奏者で、諸国でひっぱりだこなんだぜ。マナが満たされるよなぁ。」
「マナが満たされる?」
「あぁ、おっさんはマナについて疎いんだったな。マナは、魔力の源、感情の力だ。感情だから、音楽や舞踏をみて癒されれば満たされるのさ。もちろん、体や心の疲弊で弱まるし、使えば減る。だから、こう言う時に満たしておいた方がいいぞ。」
ギンは可愛らしさと美しさの均衡を絶妙に両立させた2人の舞台に毒気を抜かれたのか、穏やかな表情を浮かべている。俺も、なんだか和やかな気持ちになってきた。これが、マナが満たされると言うことなのだろうか。
俺は、俺たち同様穏やかな表情で聞き惚れている観客席にふと目を向けた。観客のほとんどは黒髪に紅色の瞳をしている、怒国の人たちだろう。しかし、ちらほらと茶髪や水色の髪など違う色の髪と瞳の人もいる。おそらく、ララとネネのように他国から巡業に来た旅芸人たちなのだろう。俺は、珍しい顔立ちや髪色の人々を観察していたが、最前列まで目を泳がせて、首を傾げた。最前列には、木製の車椅子に座っている子供が数人いた。皆、目深にフードをかぶり、その表情は定かではないが、周りに付き添う大人たちの顔には隠しきれない陰が落ちていた。フードから伸びる髪は長く漆黒であるため、怒国の女の子のようである。病気か事故か分からないが、子供たちの周りには悲しい出来事を彷彿とさせる空気が流れている。
「ギン、あの車椅子の子たちは??」
「あぁ、華斑病の子達か。怒国の少女がかかる不治の病だ。生存率は著しく低い、おまけに治療法は未だ見つかっていない。勇者のお前が話しかけてやれば、喜ぶと思うぜ。」
ギンは、説明しながら辛そうに顔を歪めた。
俺とギンはララとネネのパフォーマンスが終わり幕間になると、華班病の少女たちのもとに向かった。
「ウナミ、カンナ、ハズキ。見ろ、こいつが今話題沸騰中の伝説の勇者様だぞ。一応言葉通じるから話しかけて大丈夫だ。何か変なことされそうになったら俺が全力で止めるから安心しろ。」
俺はギンの紹介に色々と物申したいことはあったが、ひとまず我慢して少女たちに微笑んだ。不治の病、そういう子供に接することなんて無かったので、どういう風に接していいのか迷い、一瞬ためらった。
「勇者様っ!!本物の勇者様なのね!!!会えるなんてすごい!ねぇ勇者様の来た世界の話を聞かせて!」
少女の一人が声を弾ませて俺の顔を仰ぎ見た。
「......っ」
その顔は、目と口以外は包帯で巻かれていた。一瞬、その痛ましげな様子に面食らったが、包帯の隙間から覗く瞳が星のように煌めいていることに気がついた。その綺麗な瞳に応えるように、少女たち一人一人の顔をよく見ながら、俺は丁寧に語りかけた。
「俺の世界には、役者っていう職業があってな、苦痛と快楽が共存する最高の職業なんだぜ。まず役者っていうのはな.........」
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ギンに脇腹を小突かれて、俺は我に返った。ついつい、役者について、演劇について熱を込めて話し過ぎてしまったようだ。聞いている少女たちが余りにも熱心に楽しそうに聞いてくれるので調子に乗ってしまったみたいだ。
「ごめんごめん、つい話し過ぎちゃったね。続きはまたの機会にしよう。次は役者以外の話もしよう、俺の世界の食べ物とか動物とか!」
「うん!!勇者様ありがとう!!また、お話聞かせてね、絶対だよ!」
少女の一人ウナミが俺の手を握りしめて言った。
「おう、絶対だ。じゃあまたな。」
少女たちと別れギンと二人になると、ギンは不機嫌そうに俺を睨んだ。
「絶対なんて保証できない約束しやがって。何にも知らねぇくせに。」
そうか、不治の病いなんだものな。確かに俺は無責任な言葉を言ってしまったのかもしれない。だけど、病気のことなんて忘れて俺も少女たちも楽しい時間を共有できたんだと思いたい。約束だって守ることより作ることが大事な時だってあるんだ。
「確かに何も知らない。でも、さっきの会話で話さなかった方が良かったことなんて一言もない。」
「そうかよ。.........そろそろビーバッサの時間だ、祭りも終わる。俺はちょっと寄るとこあるから、お前は一人で帰れよ。」
ギンは拗ねたようにそっぽを向いて歩き出した。
俺は、遠ざかる背中に向かって叫んだ。
「案内してくれてありがとな。お前と祭りまわれて楽しかったよ。」
ギンは振り返らずに、右手を上げてひらひらと手を振った。
片付けが始まっている屋台の間をぬって、部屋に戻ると、布団が敷かれ着替えも置いてあった。
シラギだろうか。俺は、紅の切れ長な瞳と雪のように白い肌を思い出して、赤面した。布団を用意してもらうとか、なんだか新婚さんみたいじゃないか。感情の高ぶりを抑えられず、パタパタと布団を叩いていると、後ろから低い声が響いた。
「弥生殿、入ってもよろしいでしょうか。」
俺は、腕の動きを止めると恐る恐る振り返った。
開けっ放しだったドアの向こうから、筆頭長の髭面が覗いている。その目は、どこか値踏みするように揺らいでいる。
「わたくしが用意した寝具に何かありましたでしょうか。」
「い、いいえ!滅相もない!完璧なセッティングでしたよ、それはもう!」
焦って早口になる俺を、筆頭長は不思議そうに見つめる。
「えーと、こんな時間に一体何のご用でしょうかねぇ?!」
自分の勘違いだと言うのに、筆頭長に食ってかかるような口調になってしまった。
「旅の出発についてなのですが、少し先延ばしにしていただいてもよろしいでしょうか。」
「え、ええ、もちろん。俺は構いませんよ。何かあったんですか。」
「集落で病状が悪化して危篤状態になったものがおりまして、姫様が、最後まで看取りたいと仰って聞かないのです。我が姪ながら、一度言い出すと聞かないものでして、お恥ずかしい限りなのですが、暫しここに留まって頂きたいのです。」
脳裏に、車椅子の少女たちの顔が浮かぶ。まさか、な。
「それは、仕方ないですよ。俺はいつでも大丈夫ですので、出発できるようになったら教えて下さい。」
「ありがとうございます。旅が始まる前に、マナや魔法について慣れておくと良いと思いますよ。」
筆頭長は、深く頭を下げると静かに部屋を後にした。
俺は、筆頭長がひいた布団に横になり、目を閉じた。とってもふわふわで気持ちが良い。
美少女がひいても、おっさんがひいても布団は布団ということだ。
魔法、か。空とか飛べんのかな。それとも、変身したりするのかな。
俺は、魔法を使う自分を想像しながら眠りについた。
翌日、しとしとと大樹を包み込むような優しい雨音と共に目が覚めた。
「おい、おっさん。起きてるか?傘持ってきてやったぞ。」
外から聞き慣れた青年の声がする。ドアを開けると、銀髪から雨粒を滴らせたギンが立っていた。
「ギン、人に傘持ってくるのはいいけど、お前はびしょ濡れじゃないか。」
「俺は、傘とかささねーよ。」
「は?」
ギンは、ブルっと犬のように首を振って、雨粒を飛ばした。
「わ、ワイルドな奴だな。」
「ワイルド、か。そうかもな、肉食だしな。」
ギンは、ニヤリと口の端を上げた。暗い赤の瞳は、肉食獣を彷彿とさせる鋭い光を宿している。
「肉食って、偏食な奴だな。それとも、女の子に積極的って意味か?それなら、俺とは真逆だな。」
俺は、ヤンキー座りでツリーハウスの下を見下ろすギンのつむじを見ながら言った。
「さあな。想像に任せるぜ。それより、今日は魔法の練習をするには最悪の天気だ。」
「魔法って天気関係するの?」
俺は素朴な疑問を漏らした。
「魔法の種類によるな。怒国は、火の魔法だから、雨は向かないんだ。特に、初めて魔法を使うならしけて着火しないだろうな。」
「そんなマッチ棒みたいな感じなのか。」
「てなわけだから、今日は遊びに行くぞ。」
ギンはそう言うなり、階段を無視して地上に飛び降りた。
「ちょっ、ちょっと待てよ。」
獣なみの速さで走っていくギンの背を追いながら、傘を置いてきてしまったことに気づいた。
クソッ俺は草食系だし、繊細な文化系男子だ、雨なんて浴びたら風邪引いちまう。
びしょびしょになって辿り着いたのは、こじんまりとした木をくり抜いたような家だった。
「ギンちゃん!勇者様!いらっしゃい!」
カンナが車椅子から腰を浮かしながら、叫んだ。隣には、ウナミとハズキもいる。皆、元気そうだ。
俺は、3人の少女の笑顔にホッと胸をなでおろした。
「どうした、おっさん?」
ギンが怪訝な顔を向ける。
「いや、杞憂だったなと思って。そんで、何して遊ぶんだよ?テレビゲームとかないよな、この世界観。」
「あのね、これだよっ。」
ウナミが机の上を指差しながら、弾むような声で言った。
机上には、木製のチェス盤のようなボードが広がっていた。ボードにはマス目が引かれ、その上に様々な形をした駒が並んでいる。ボードの脇にはサイコロが落ちている。
「【 女神様の審判 】この世界じゃ、各国で親しまれているめちゃくちゃメジャーな遊びだ。」
ギンが駒を1つ摘みながら、説明した。
「へぇ、見た目は俺の世界にあるチェスみたいだ。どういうルールなんだ?」
「簡単に言えば陣取りゲームだ。順番にサイコロを振って駒を盤の上に置いていく。駒が置ける場所と動きはサイコロの目によって決まる。ただし、ゲームの中で1回だけサイコロを振り直せるんだ。それが、女神様の奇跡。」
ふーん、サイコロ、ね、、、。なんか引っ掛かる気がするけど、まぁいいか。
「俺、ボードゲーム好きなんだよね。デジタルもいいけど、アナログにはアナログの良さがあるよなぁ。早速やろうぜ。」
俺は、いそいそと机の側に座った。そんな俺の肩をちょんちょんと小さな手が叩く。
「勇者様、風邪引いちゃうよ。これで頭拭いて。」
ハズキが柔らかそうなタオルを差し出す。
「ありがとう。」
俺のお礼の言葉に、ハズキはくすぐったそうに笑った。
「ハズキ、俺には?」
ギンが不満そうに唇を尖らせて言うと、
「ギンちゃんはいらないでしょ。」
「ブルブルーってするもんね。」
少女たちは可笑しそうにコロコロと笑っている。ギンのワイルドさは、集落では有名なようだ。
なんて、平和なんだろう。俺は、少女たちの笑顔に癒されながら、ふと外の細雨に目を向けた。
しかし、この少女たちでないなら、誰が危篤だったと言うのだろう。