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第2話 御心祭〜前半の部〜

ドンドンドン.......ドンッ、ドンッ


乱暴なノックの音で、俺は目を覚ました。


のっそりと起き上がり、周りを見回す。自宅の部屋の10倍ほどありそうな広い空間で俺は寝ていた。すぐ横には昨日食べたご飯のお盆がそのまま置いてある。微かに漂う嗅ぎ慣れない香草の香りから、俺は異世界に来たことを思い出した。


ドンドンッ、ドン,,,,,,,,,,


鳴り止まない乱暴なノックに僅かな苛立ちを感じ、ドアに向かう。


ガチャ


「一体いつまで寝てんだよおっさん。」


そこには銀髪につり目の青年が立っていた。キツいつり目で睨む姿は、どこか田舎のヤンキーを彷彿とさせる。

昨日、集落に到着した時にシラギと話していたやつだ。

それにしても、おっさんとは何だ。


「おい、俺はまだ29歳だぞ。おっさんって呼ばれるの慣れてないんだから、その辺はデリケートに扱え!」


「けっ‥何でもいいがよ、姫様に祭の案内を頼まれてんだ。付いて来いよ。」


そういえば、シラギが昨晩そんなこと言っていたな。俺は急いで着替えと洗顔を済ませると、ギンについて外に出た。


「おぉ‥、すごいな。」


集落の広場の中央には、野外ステージのようなものが組み立てられ、その周りに屋台が所狭しと並んでいる。白と赤の布が天幕のように木から木へと張られ、見上げると何重にも折り重なって見える。ステージや屋台の周りで揺れるかがり火が天幕に映り、ゆらゆらと幻想的な空間を作り出していた。

昨日の集落の様子からは窺い知れないほど大勢の人で賑わっており、人々はこの瞬間が楽しくて仕方がないといった様子で笑い合っている。森の木々と共鳴するように鳴り響く笛や太鼓のお囃子がどこか懐かしい。地上だけではなく、木の上にも屋台がちらほらと見えた。日はだいぶ傾いており、橙色の夕空が木々の隙間から見えた。どうやら、俺はだいぶ寝ていたようだ。


「まぁな、国で一番大きな祭なんだ、怒国はこの息吹の森が領土だが、大きな都市というものはなく、いくつもの集落が森に点在している。この祭には、ほぼ全ての集落から国民が集うんだ。」


ギンはどこか誇らしげにふふんと鼻を鳴らし、顎をしゃくった。


「付いて来いよ。まずは腹ごしらえだな。」


ギンに導かれ、屋台の隙間を縫って歩いて行く。


アシャ飴、クーヌン揚げ、弓当て、カラフルな看板で客寄せを狙うのはどの世界でも同じようだ。

俺は、初めて見る料理や道具に目を奪われながら所狭しと並ぶ屋台を物色する。


「お兄さん、弓当てで今年の運を引き寄せないかい?真ん中の輪に当たれば、楽国名物、シャラの鈴がもらえるよ?」


目尻の下がった中年の男が屋台から身を乗り出して、親しげに声をかけてくる。


俺は曖昧な笑みを返しながら、反対側の屋台にも目を移す。

イジの串焼き、精霊玉、占いの館?


「お、おっさん占いの館が気になるか?今日なら引退したおばばが無料で占ってくれるぞ。具体的に分かりやすく言ってくれるかは保証できないが、占いは絶対に当たるぞ。おばばは真実しか語れないからな。」


占いの館はなかなか盛況のようで、子供からお年寄りまで大勢が並んでいた。俺とギンも列に加わった。俺たちの前に並んでいる男の子が振り向いて、キラキラとした好奇心むき出しな瞳で話しかけてきた。


「勇者様もおばば様に占ってもらうの??何を占いたいの??」


「何?なんだろ、仕事運、かな。夢が叶うかどうか知りたい。ような、、、やっぱりまだ知りたくないような。」


語尾が頼りなくなったいく俺に少年はやや同情的な目を向けた。


「勇者様なんだから、きっと大丈夫だよ。」


「お、おう。そうだよな。俺も俺を信じてる!そんで、君は何を占ってもらうの?」


「僕?僕は、ユーリともっと仲良くなれるか占ってもらうんだっ!」


子供の無邪気な笑顔が眩しくて、俺は目をしばたいた。いいなぁ、友情とか淡い恋とか、そういうものに胸を焦がす、そんな時代が俺にもあった気がする。10代後半頃からだったか、何につけても夢だ、俺には夢があると、全ての拠り所を夢にし始めたのは。役者になりたいという気持ちは本当だが、それを理由に疎かにしてきたものも多い。


ギンは行列に一緒に並ぶのに飽きたようで、あくびをしながら他の屋台をチラチラと見ている。


「俺、あっちで何か食いもん買ってくるから、この列にいろよ。」


ギンは俺の返事も聞かずに、列から抜けて駆け出して行った。30分くらいして、占いのテントの中に通された。ギンは戻ってこないので、俺は一人で占うことにした。テントの中は薄暗くかろうじて人の顔が判別できるほどだったが、天幕の上の方に細かな穴が無数に開けてあり外の松明の炎が星空のように見えた。足元が隠れるほど長いローブにフードを深くかぶったいかにも占い師といった風貌の人が、何人か並んで座っている。真ん中におばばらしき人影が見え、俺はその前に置いてある椅子に座った。


「勇者殿、よう来てくださったのぉ。わしが未来を占ってしんぜよう。聖石が見えるように手を出しておくれ。」


言われた通り手を差し出すと、おばばは手の甲の聖石をまじまじと見つめ、手をかざしながら唸りだした。


「ふむ、ふむ、、、、ふーむ、、、」


おばばは意味深に首を捻っていたが、次の瞬間、


................................カッ!!!!!!!!


と目を見開いて口を開いた。深紅の瞳が、微かに発光している。


「汝、あまねく勇者なり。汝、ひとえに勇者にあらざる。」


おばばはそれだけ言うと、暫くの間沈黙していたが、不意に俺の目を見つめ、悲しげな表情をした。


「勇者殿に女神の加護のあらんことを。」


おばばはそれっきり俯いて黙ってしまったので、俺は仕方なくテントの外に出た。一体何を言われたのか意味が分からないが、占いとは得てしてこう言うものなのかもしれない。

テントの外には、肉の串焼きを片手に小さな少女と談笑するギンの姿があった。


「ねぇちょっとだけ。ちょっとだけだから触らせてよ〜。」


「ダメに決まってんだろ。一昨日来やがれってんだ、バーカ。」


「ギンちゃんの方がバカだもん。ねぇお願い。この精霊玉あげるからぁ。」


「お前それ、さっき必死の形相でやっとすくったやつだろ、大事にしろよ。」


「そうだけどぉ、でもそれより触りたいんだもんーギンちゃんのふわふわー」


釣れないギンの態度に少女はだんだんふくれっ面になっていき、ギンはそれを面白がるようにニヤニヤして見ている。

ギンは口は悪いが、人に好かれるタイプなようだ。裏表がなく思ったことが顔と言葉に直結するタイプは、子供には特に好かれやすい。


「おい、ギン。なんだか知らないけど、意地悪しないで触らせてやれよ。」


「人を散々待たせておいて開口一番がそれかよ。勇者だからって調子のってんじゃねーぞ。」


「いやいや、お前が勝手にいなくなったんだろ。まぁ、いいや。そんで君は何を触らせて欲しいの?」


ギンはほっといて女の子に話しかけてみた。


「勇者様っ!!あのね、ギンちゃんのね、ふわっふわっのね、、、、っ?!もごもご」


途中で口をギンに抑えられた女の子は、驚きと怒りでギンを睨み、そして脛を蹴飛ばした。あれは、痛い、、。

ギンは手を離し、その場にうずくまった。


「もういい!ギンちゃんの意地悪!嫌い!」


女の子は捨て台詞を叫びながら、雑踏の中に走って行ってしまった。


「お前なぁ、女の子に意地悪するのはやめろよ格好悪いぞ。しかもあんな小さな子。」


「けっ、、知るかよ。おら、これ食えよ、うまいぞ。」


ギンは肉の串焼きを差し出した。串の先端部分に肉はなく、手元側に数切れ肉が付いている。


「お前、これ食べかけだろ、まぁいいけどさ。..............ん、うまい!」


昨日の夕飯に出てきた肉と似ており独特の臭みがあるが、たっぷりと振りかけられた香辛料と絶妙にマッチしており、噛みしめるごとに肉の旨味が口に広がる。


「そりゃ良かったな。今日まだまともに食ってないんだろ。これとこれもやるよ。」


ギンは、手に提げていたかごから紙袋と青い柿のような果物を出して俺に押し付けた。

やはり、何だかんだ優しいやつのようだ。

紙袋の中には小さめの肉まんのようなものがいくつか入っていた。ピンク色と白色のものがある。やはりこの世界でも紅白はめでたい色なのだろうか。一口頬張ると、中に具は入っておらずムチムチと弾力のあるパンのような甘くないかるかんのような味がした。噛んでいるとほのかな甘みが感じられた。青い柿は、ビジュアルに反してとても甘くてジューシーで柑橘類のような爽やかな香りがした。食べ物が美味しい世界でほんとに良かったと改めて思う。


初めての味を噛み締めながら、ギンの後ろを歩いていると、不意に屋台が途切れ、人だかりにぶつかった。背伸びをして人混みの隙間から何とか向こう側を覗くと、野外ステージの前の開けた原っぱが見えた。

広々とした空間に、木でできた弓の的が等間隔に立ててある。射的でもするのか?

いつの間にかギンの姿が見えない。長身だから見失わなそうなものだが、辺りには見当たらない。

ギンは人混みを縫って前の方へ行ったのだろうか、俺も付いていこうと何とか人をかき分け進む。1番前の列に来た時、


ゴーーーーン


大きな鐘の音が鳴り響いた。

広場の中央に筆頭長が歩み出て、声を張り上げた。


「これより、怒国の守護者であるシラギ姫様の流鏑馬の儀を執り行う。女神様へ怒国の忠誠を捧げ、国の繁栄を願って。」


筆頭長は一礼すると退いた。


代わりにシラギが前に出た。普段から凛々しい雰囲気のシラギだが、今は一層凛々しく荘厳な雰囲気すら漂わせている。いつもの巫女衣装の上に銀色の羽織をまとい、結い上げた髪には銀色のシャラシャラとした細工のついたかんざしを刺している。しかし何よりその雰囲気を際立たせているのは、シラギが手綱を引く立派な緑色の馬だった。

シラギは深く一礼すると、馬に飛び乗った。なびくたてがみは、翡翠のように艶やかに煌めいている。


そして、ゆっくりと弓を構え、馬の腹を蹴った。

それは一瞬の出来事だった。


シラギが連続で放つ矢は先端に炎を灯し、その軌道がまっすぐと的の中央に吸い込まれていく。炎の矢を放ちながら銀の衣を閃かせ走り抜けるシラギの姿は、まるで神話のワンシーンのようで、俺は瞬きすることすら忘れて見入っていた。


シラギは全ての的を射抜くとひらりと馬からと飛び降り、一礼した。


射抜かれた木の的が燃えるパチパチと炎がはぜる音だけが聞こえ、それ以外は静寂に満たされていた。流鏑馬を見守っていた観衆は、一瞬の間の後に我に返ったように盛大な拍手をした。皆夢中で割れんばかりの拍手を送り続ける。

シラギは年相応の顔に戻り、照れ臭そうにはにかんでいる。


「姫様の特技は乗馬と弓なんだ。流鏑馬は得意中の得意だ。もちろん他の武術もそうそう負けないぜ。」


いつの間にか横に並んで見ていたギンが、誇らしげに鼻を鳴らした。


「ほんとにすげーよ、シラギ。」


俺は、何者にもなれずに何一つ形にするところまで頑張れない自分を思い出して、少し胸が痛んだ。シラギと、この子と旅をするのか。“すごいやつ”は自分が情けなくなるから苦手だった。でも、泣きそうな顔で、一緒に旅してほしいと自分ではなく国のために懇願するシラギの瞳はとても美しかった。俺もこの世界でちょっとは変われるのだろうか。


俺は、深紅の美しい瞳を持つ少女に自分の心が惹かれていることに気づかないように、袋に残っている肉まんもどきを頬張った。





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