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第19話 修行その二

けん、けん、ぱっ、


けん、けん、ぱっ、


リズム感が大事なのだ。俺は、体の動作を幼少期の遊びになぞらえながら進んでいく。


水拳が生じる、根元に飛び込む、水拳を交わす、と同時に次の水拳の根元に飛び込む。

少しでもタイミングがずれれば、水の剛腕に体を撃たれるだろう。


けん、けん、ぱっ、


けん、けん、ぱっ、


集中力が切れないように、リズムが狂わないように、1コンマ後の動きに集中する。


タンッ


足裏に川底とは異なる感触が伝わる。夢中で目の前の足場を確保していたら、いつの間にか対岸にたどり着いたようだ。


「やった、、」


「やったぁああーーーー!!!!!」


俺が呟くように達成感を漏らすと同時に、後ろからはしゃぐ歓声が聞こえる。

振り向くと、ジュリーがうさぎらしくピョンピョンと飛び跳ねているのが見えた。


「ジュリーも来いよ!」


「待ってて、にいちゃ!」


俺の勇姿を見てジュリーは安心したのか、俺の倍速でこちら岸に辿り着いた。


「すげぇな、ジュリーの身体能力は。俺の比じゃないぞ。」


「でも、にいちゃがお手本見せてくれたからできた。一番目にやる人と二番目以降にやる人の間には、越えられない壁があるって兄者が言ってた。」


一番目、か。俺の人生で一番目に何かをやったことってあったかな。ふとそんなことを考えた。いつだって、誰かが固めた安全な足場を踏んで来たように思える。

シラギの紅の瞳が脳裏に浮かぶ。なぜ、今あの子のことを思い出すのだろう。後先考えずに真っ直ぐと火の中にも飛び込むようなシラギに、心のどこかで憧れているのだろうか。もしくは、俺の勇姿をシラギに見てもらいたかったのか。

どちらにせよ、女々しい。


「にいちゃっ、向こうから何か聞こえる。」


ジュリーの言葉に、俺は詮無い思考から現実へと目を向けた。


ーほぎゃあぁ、おぎゃぁあ


どこからか赤ん坊の声がする。泣いてる。助けなきゃ。焦燥感を掻き立てる泣き声に向かって、俺たちは足を逸らせた。

視界に予想外の彩色が映り、ぎょっとして足を止めた。

緑や茶が主な構成色である森林において、明らかに似つかわしくない蛍光色がそこかしこに出現した。

ビビッドなピンク、イエロー、ブルー、オレンジ、、、。

ジュリーが一瞥して、派手な色の植物の脇をすり抜けようとした。

ジュリーの体が植物に触れるか触れないか、その瞬間に茶色いツルが鞭のようにジュリーの横っ面を打った。


ビシッ、、


うさぎ耳少女の柔肌が裂かれる鋭い音が鳴る。


「ったい、、、。」


ジュリーが頬を抑えながら俺の横まで後ずさる。


「なんだこの植物、、?」


俺の疑問に答えるかのように、ジュリーの身体ほどの大きさの黄色いひょうたん型の花が、ゴポゴポとトイレがつまっているような音を立てた。

そして、


ーゴポゴポ、ゴボッ、、ベチャッ


ひょうたんの口から、液体にまみれたものを吐き出した。


「これ、は??」


「骨、だな。」


真珠のように真っ白な骨が、植物由来の透明な液体に包まれぬらぬらと怪しげに光って見える。


「えーーーーと、猿か何かの骨かな?」


俺は人の頭蓋にも見える白骨を直視できずに、ジュリーの黒目がちな瞳を覗き込む。


「ん、猿の可能性もある。人に良く似た猿もいるから。」


うわぁ、聞く人間違えた。俺は、ジュリーの正直な感想に閉口しながら、どうしたものかと考える。


森に入ってきてから遭遇した危険は2つある。木の葉の襲来と水拳の暴力。どちらも、大怪我の可能性はあったが、命の危険までは感じなかった。しかし、今度は明らかに危険度が異なる。

もしこれが修行なら、命まで掛ける必要はないんじゃないのか。俺は、ジュリーに撤退を提案しようと口を開きかけた。


「助けないと。」


俺が発声するより前に、ジュリーの決意が口をついた。


「え??」


「赤ちゃん!泣いてるじゃない!助けないとって言ったの!」


あ、あぁ。確かに森の静寂をつんざくような泣き声が、絶え間なくこだましている。

ジュリーは、いつもどこか冷めている翡翠の瞳に、焦燥と決意を宿している。


「だけど、赤ん坊を助ける前に俺たちが死ぬかもしれねぇぞ。」


「それでも、ほっとけない。」


ジュリーの命が大切だから撤退しようとしたのに、そのジュリーが前進するっていうなら俺が撤退する意味はない。

だけど、前進してもジュリーを守りきれる自信もないのだ。


「ジュリー、今回は今までと全く違うことが1つある。失敗が一度も許されないってことだ。」


「もう1つある。」


「なんだ?」


「にいちゃとあたしのチームワークが大切ってこと!」


ジュリーは緊張に頬を引きつらせながらも、愛らしい瞳は真っ直ぐに俺を見つめている。


「そうだな。ジュリーは手甲鉤で植物の細いツルを切ってくれ。切れない太い枝が来たら俺が旋棍で受ける。」


「この数、、物理攻撃だけで突破できないかも。」


「えっ?」


俺は、ジュリーが凝視している前方に目を凝らした。


「マジかよ。」


カラフルな草木花だけでなく、地面を覆う苔もぬらぬらと怪しげな液体を帯びている。さらには、俺たちの存在に反応したのか、毒々しい色彩の花々が目の前で開花し、悪臭を放つ花粉を空気中に放射している。


「ぐっ、、、これ、吸い込むとまずいぞ。」


俺は服で口元を覆いながら、ジュリーに忠告する。パッションピンクの花粉は、少し吸い込んだだけでビリビリと鼻先が痺れた。


「私が魔法で地面の苔を吹き飛ばすから、そこを足場にしよう。にいちゃは植物に燃え移らないように、空気中の花粉を燃やして。」


確かに、植物に火の粉がかかれば森全体に火は広がり、俺たちも焼き殺される。


「、、、兄者がいたら怒るだろうな。」


「ん?何か言ったか?」


「ううん、何でもない。せーので行こう!」


ジュリーが低く体を構える。疾風のごとく走ってゆくジュリーの足元には、旋風が渦巻いている。ジュリーの足先が地面に接する直前に、苔が飛ばされてゆく。


俺は手の甲の聖石に意識を集中させる。怒りを宿す、理不尽な状況に対して?、、、違う。誰よりも、何よりも怒れる相手を俺は知っている。聖石が燃えるように熱い。次の瞬間、手に構えた旋棍全体が炎に包まれる。

俺はジュリーに追いつき、周りの花粉を火炎旋棍でなぎ払う。周りから迫り来る植物のツルは、鞭のようにしなって迫り来る。2人は背中を合わせ、全方位からの攻撃を華麗に断ってゆく。風を踏むように軽やかにリズミカルに進む2人は、まるで演舞をしているかのようだ。


「ここだぁーーー!」


赤子の悲鳴は目の前のパッションピンクのひょうたん型植物の中から聞こえる。

俺がツルの打撃を旋棍で受け止めている間に、ジュリーがひょうたん型の植物を手甲鉤で切り裂く。切り口から、粘性の高い透明な液体が飛沫する。

俺とジュリーの服にも付着し、服を容易に溶解した。おそらく、胃液のような強酸だろう。


ジュリーが地面に落ちたひょうたんの中を慎重に探ろうとした。


「やぁやぁ。よくここまで来れたね。賞賛してあげよう。」


ぱちぱちぱち  


鷹揚に拍手しながら、植物の中から出てきたのは中学生くらいの浅黒い肌の少女だった。健康的な小麦色の肌と鮮やかな金髪がコントラストになっている。


「おや、二人とも怪訝な顔をしているね。可愛らしい顔が台無しだよ。さぁ笑って。」


少女はにっと白い歯を剥いて笑った。八重歯が少し出ていて、愛嬌のある笑顔だ。無造作に束ねた髪や土に汚れた服をどうにかすれば、もっと可愛くなるだろう。


「え、赤ちゃんは?」


俺は自分で想像していたよりも間抜けな声が出て戸惑う。


「あー赤子の泣き声か、あれはオプションだよ。ミーナは常々思っているんだ。戦士にとって最も大切なことは何か。それは、戦う理由なんじゃないかってね。弱いものが助けを求めている時、無条件に戦えるかどうか見てみたかったのさ。強靭な体力、知力、精神力があっても、理由なき戦士はただの殺人鬼だ。理由は何でもいいんだ、己の矜持でも大切な者を守るでも。」


「じゃあやっぱりこの森は修行で、俺たちは嫉妬国に入れるのか?」


俺は何となく状況の輪郭が見えてきて、物知り顔の少女に問いかけた。


「え?修行?いやいや修行なんかじゃないよ。この森は、そうだなぁウォーミングアップみたいなものだね。君たちは晴れて嫉妬国で修行する資格が与えられたってとこだね。ようこそ、我が最愛の国へ。」


少女が両手を大きく広げると、前方の木々がざわめいた。植物がカーテンのように開かれ、視界が広くなる。

見えないベールが剥がされたように、数歩先には喧騒に包まれた街が広がっている。


「え?ここが嫉妬国?」


俺は少女を振り返る。しかし、そこには少女の姿は跡形もなかった。


「やぁやぁ。ようこそ、修行者よ。嫉妬国への入国、心より歓迎するぞ。」


前方、街の方から先ほどの少女の声がして顔を上げる。


「、、、ん??」


そこには、先ほど森の中で出会った少女と瓜二つの顔の少女が立っていた。しかし、彼女が着ている動きやすそうな軍服は清潔に整えられており、絹のような金髪は小綺麗にまとめられている。


「さっきと違う。」


ジュリーが訝しげに呟く。


「そうだな。ドッペルゲンガーもしくは早着替えの達人だな。」


少女は俺たちの会話に小さく笑った。笑い方もさっきと比べておしとやかだ。


「君たちもしかして、ミーナに会ったのかい?彼女はボクの双子の姉だよ。ミーナ自ら試練を課したってことは、君たちに戦士としての見込みがあるようだね。選別の森は、戦士になるための体力、知力、精神力の有無を判断する場だ。だけど、ミーナは良い戦士を育てる独自の教育方針でもって選別するからね。君たちは、狭き門をくぐった選ばれし戦士候補生だね。あぁ、自己紹介が遅れてすまない。私は嫉妬国大佐シット・モーレ。以後お見知り置きを。それでは失敬。」


モーレは一方的に言いたいことだけ言うと、踵を返して去っていった。どうやら容姿だけでなく性格もそっくりな双子らしい。


ぐうぅ..........


「にいちゃ、お腹空いた。」


隣のジュリーを見ると、元気なさそうにうさ耳がしおれている。


「そうだな。数日まともに食事できてなかったもんな。どこか食べれるところを探そう。」


俺たちは、食事処を探しながら嫉妬国を探索することにした。嫉妬国は、近接戦のメッカというだけあって行き交う人々は皆、何かしらの武器を持ち歩いている。建物が迷彩柄なのは、森に紛れるためだろうか。ミーナやモーレのような褐色の肌に金髪碧眼の人が多い。しかし、それ以外の様々な容姿の人がいることから、修行に来ている旅人も多いことが推察される。建物と建物の間にある空き地では、剣や鎌を構えた青年たちが熱心に訓練をしている。


「そういやジュリー、お前なんでそんな強いんだよ。まるで、訓練でも積んだことあるみたいだぞ。」


俺は森でのジュリーの働きを思い出し、素朴な疑問を投げかけた。


「生きるため。訓練は積んだことない、実践を重ねただけ。」


「おいおい、そりゃ物騒だな。」


「外見は草食たれ、中身は猛獣たれ。これ、家訓。」


「あ?流行りのロールキャベツ系男子ってやつか?変わった家訓だな。」


ジュリーは小首を傾げ、なぜか得意げに鼻を高くした。


「うちは代々商人。笑顔の裏に虎狼の顔を持つ、これ商人なり。」


俺は、ペコの幼虫を押し付けてきて売りさばけと笑顔で告げた相手を思い出した。


「あーあーうん。ジェリー見てるとそんな気がするよ。兎っていうより狡猾な狐っぽい眼をするもんなアイツ。」


ジュリーはますます誇らしげに目を細めた。


「兄者は生粋の商人。商人として完璧な顔と精神を持ってる。」


生粋のブラコンには何を言っても無駄か。俺は、空き地で訓練に励んできる人々に目を向けた。

空手のような武器を持たない稽古をしているのは、高校生くらいの紅の瞳の少女、、、、って



シラギーーーーーーーーー!!!!!!!



俺は声にならない叫声をあげた。



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