第16話 真実への旅立ち
「哀国に行くといい、カルナの方角に真実があるはず、、、」
シラギは、丁寧に見えない糸を手繰り寄せるように老婆、もといハイナさんの言葉を反芻する。
「哀国に行けば、怒国が嫌われている理由も分かるかしら?
「そうだな。一見遠回りだけど、交渉まで漕ぎ着くために避けては通れない気がする。まずは、怒国が嫌われてる理由を見つけよう。」
「姫様、竜の封印もひとまず今は落ち着いています。無理に交渉の場に出て、怒国の心象を悪化させるよりも、まずは心象を良くする手立てを探しましょう。」
「それ気になってたんだけど、竜の封印ってあとどれくらいで解けてしまいそうなの?」
「うーん、封印の地へは危ないからって近づかせてもらえなかったの。おばば様の言うには封印はもって後5年くらいが限度だって、、。」
「5年、、、長いようで短いような。まぁ取り急いで交渉をせずとも間に合いそうだな。今日はもう遅いし、荷造りする時間もあるから、明日の昼頃の飛行船で街を出るか。」
「ええ、そうね。荷造り、、荷造りね。」
「姫様、今回は長期の滞在でしたからね。荷造りお手伝いいたしましょうか?」
ギンが心配そうにシラギを仰ぎ見る。
「だっ大丈夫よ!それくらい一人でもできるわ。」
シラギは何故か口を尖らせて言い返した。
不思議がる俺にギンが小声で告げる。
「姫様は片付けが苦手なんだ。多分宿の部屋は大変なことになってるぞ。」
「ギンっ!何か言った?」
シラギが切れ長の瞳を細めて、疑いの眼差しを向けている。
「い、いいえ。哀国ってどんなところかなって言っただけですよ。」
ギンがサラリとうそぶく。シラギも素直なので、疑うことなく話題は逸れた。
「哀国ね、宿に戻ったらクーデルの本で調べてみましょう。たしか、医学と薬学の都ウィールが首都で、世界最大の図書館が有名だったはずよ。」
調べると言いながら、シラギの口からはすんなり行き先の情報が出てきて驚く。おそらく、クーデルから貰った本で勉強しているのだろう。
俺たちは、今度は人通りの多い通りを選んで宿まで帰った。各自部屋に戻り、俺はベッドに潜り込み睡魔に身を任せようとした、その時だった。
宿に面した大通りから深夜にも関わらず大勢の走り回る足音が聞こえてきた。喜国は石畳になっているため、足音がよく響くのだ。こんな時間に何だろうと起き上がり窓の外を覗くと大勢の警官が宿の方に集まってきている。
ドンドンッ、、ドンッ
部屋のドアが荒々しくノックされる。
俺は急いで部屋の外に出た。そこにはシラギとギン、そして宿の支配人がいた。
「警察があなた達を捕らえようとしとる。私はあなた達の様子を見ていて、悪い人だとはどうしても思えなかったんや。今ならまだ間に合うかもしれへん、裏口からお逃げなされ。」
俺たちは着の身着のまま、急かす支配人に促され裏口から路地へと出た。宿は、正面は大通りに面しているが、裏口は細い路地に通じていた。路地には嫌な獣臭が充満している。
路地裏ではいい思い出がないので、一刻も早く大通りに出たかったが、大通りは今や警官たちが掲げる松明で煌々としている。そんなところに出て行ったら、捕まえて下さいと言っているようなものだ。
路地に雑多に投棄してあるドラム缶やら木箱の陰に隠れながら、大通りの様子を伺う。
走ってきた警官がすぐ側で立ち止まり上司らしい警官と話し始めた。
「大通りの方には奴らは見当たりません。宿から路地裏に出たのかもしれません。路地にも人数を割きますか?」
「いや、、、この時間はウルフマン達の活動が最も盛んだ。ウルフマンの取り締まりまでしてたらかえって壁周辺が手薄になる。警備は大通りと壁の周辺でいいだろう。」
「承知しました。、、、確かに奴ら裏路地が安全だとでも思ったんですかね。ウルフマンの餌食になるだけなのに。俺たちが捕まえるより前にウルフマンに殺されるかもしれませんね。」
「ウルフマンに奴らが殺せるかな。まぁ、路地裏で騒ぎが起きていないかは気にかけるようにしよう。って言っても喧嘩は日常茶飯事だから、怒声が聞こえてきたとしても奴らが絡んでいるのかどうかは区別がつかんがな。」
どうやら、路地裏にいればひとまず警官の目から隠れることはできそうだ。だけど、、、
「路地裏っていい思い出ないわね。」
「そうだな、ウルフマンにもな。」
俺とシラギは薄暗い石畳みが続く細い道を振り返り、顔を見合わせた。
「どうしよう。街を出るためには壁を越えないといけない。壁までは大通りを突っ切って行くか、路地裏を縫って行くかしかない、、。」
「まさに、四面楚歌。だな。」
ギンは尻尾を萎れさせて、俺とマシロの話を黙って聞いていたが、不意に顔を上げ俺の瞳をジッと見つめた。
三角形の耳と方錐形の尻尾はピンっと上向きに立ち、その紅の瞳に光が宿っている。
「いや、もしかすると、、。」
ギンは何かを確認するように、ひとり呟くやいなや、路地裏の奥へ続く薄暗い道をかけて行った。
「ちょっ、おい、ギン!危ないぞ、戻ってこい!」
周りには追っ手がひしめいているため、小声で呼びかけるが、ギンの姿は闇に消えて見えない。
「どうしたのかしら、またウルフマンに絡まれるかもしれないのに、、。」
シラギも心配そうに路地の奥を見つめている。
しばらくすると、ギンは跳ねるような足取りで戻ってきた。
「やっぱりそうでした!ハイナさんの魔法、ウルフマンにはまだ効力があるみたいです!」
「あ、、!!」
そうだ、ハイナさんは言っていた。
ーあと数時間は、あいつらにはお前たちの姿は見えんよ。安心して宿までお帰り。
「それなら、路地裏はわりと自由に動き回れるな。大通りに出ないように、できるだけ街を囲う壁に近づいてみよう。」
「そうね。」
シラギは微かに緑の魔法が残る肌を撫でながら、頷いた。肌を覆う緑の魔法は徐々に弱まっている。もってあと1時間というところだろう。
俺たちは、月明かりだけを頼りに暗い路地を歩いた。炎を灯せば歩きやすが、ウルフマン達に目視される可能性がある。路地裏にたむろするウルフマン達は、深夜にも関わらず昼間よりも活発に活動している。
怪しい露店でこれまた怪しい物品を取り引きしていたり、喧嘩の怒声もあちこちから聞こえてくる。
俺たちは、彼らに気づかれないように息を殺して通り過ぎる。石畳みは足音が響きやすいので、すり足のような足取りで進む。時たま、勘の良いヤツは俺たちのいるところを凝視して鼻をひくつかせる。
「マシロ、あの路地の隙間から見えるの壁じゃない?!」
シラギが耳元で囁く。路地の先に表通りの街灯の明かりが見える。そして、街灯に照らされ堅牢な壁がそびえている。その前をひっきりなしに警察官が走り回っている。
「ここまで来れたのはいいけど、この先が問題だな。」
「どうしたらあの壁を超えられるんだ、、、しかも警官の目を掻い潜って。」
「飛行船奪取、、、も無理そうだな。」
飛行船乗り場の方を伺うと、警官がウジのようにひしめいている。
俺たちは表通りの方を覗き見ながら、途方に暮れた。とめどなく響く警官の足音に混じって、今まで聞こえなかった種類の音が聞こえてきた。ガタンゴトンと荷物の詰まった荷車をひくような音が表通りからこちらに近づいてくる。
そして、俺たちの目線の先、路地の隙間から壁がそびえる景色が大きな荷車によって遮られた。
停車した荷車から、ぴょこんと裏路地に飛び降りる小柄な影が2つ見える。
2つの影はドラム缶を盾に身を潜める俺たちの方に駆けてきた。
「よぉ、にぃちゃん!久しぶりやなぁ!」
「ジェリー?!?!」
愛くるしいうさぎ耳を揺らしながら、ジェリーはいつもの愛嬌いっぱいの笑顔を向けている。
「えらい余裕なさそうやけど、大丈夫か?」
「いや、全くもって大丈夫じゃないよ!」
「そうやんなぁ。今なら小箱に詰められて食べられるのを待つしかないペコの幼虫の気持ちが分かるんやないか?」
「ねぇマシロ、誰なの?」
シラギが不安そうに俺の袖をひく。
ジェリーはマシロをちらりと見ると、
「にぃちゃんおいらの頼み1つ聞いてくれるって約束したのおぼえとる?」
「、、、お、おう。」
すっかり忘れていた。
「なんや、今の今まで忘れとったって顔に書いてんで。まぁええわ。おいらの頼みは簡単。にぃちゃんの旅の仲間においら達も入れて欲しいんや。」
ジェリーはニコニコと人懐こい笑顔で首を傾げている。
「え?!別にそりゃいいけど、仲間になった途端にお前らもお縄になるぞ!」
ジェリーはニヤッと口を歪めると、
「おいらがそんなヘマするわけないやろ。」
「え?」
「仲間になったならやることは決まっとるで。にいちゃん、ねぇちゃん、きつねちゃん、早うおいらの荷車に乗りや。この街から脱出するで。」
俺たちが話している間も、警備の人数は増え続けている。シラギはまだ不安そうにジェリーを伺っているが、今はジェリーの言葉にすがるしかなさそうだ。俺はシラギとギンに耳打ちする。
「怪しい奴にも見えるが、俺には借りがあるし、約束は約束だ。それに、ジェリーは嘘はつかない。」
しぶしぶと言った様子でシラギとギンは荷車に乗った。俺は、荷車の中から御者席に座るジェリーに囁く。
「おい、ジェリーこの荷車、馬がいないじゃないか。」
ジェリーはふんっと鼻を鳴らすと、巨大な羽毛で馬がいるべき場所を丁寧に撫でるような仕草をした。
まるで、そこに何かがいるかのように、愛でるようにゆっくりと優しく動作を繰り返す。
「ジェリー??お前大丈夫か?ジェ、、、、うわっ。」
ガッタンと大きな音を立てて、荷車が傾いた。ジェリーの異様な様子に警官も走り寄ってくる。
「おい、そこで何をしている?!」
警官が荷車に手をかけようとするのと、荷車が激しく弾んだのはほぼ同時だった。
「能ある兎は脚を隠すっていうやんなぁ!」
ジェリーの楽しげな声が響く。
「うおっ、、、と。」
荷車が45度以上傾き、俺たちは荷車の後ろの壁にはりつけのようにようになった。
次の瞬間、胃の浮くような浮遊感に包まれた。そして数秒後、ジェットコースターを思わせる自然落下に、俺たちは生理的な恐怖感に絶叫した。
「ギィヤァアアアアーーーーー」
「イヤァアアアアアーーーーー」
「キューーーーーーーーーーン」
地面に叩きつけられるような衝撃の後、何度か荷車はバウンドして停車した。
「ジェリー??!一体全体なにごとだよ??!俺たち殺すきかよ?」
「んなわけないやろ、感謝して欲しいくらいや。無事、壁の外に脱出できたんやからな。」
「え?」
俺たち3人は驚いて、荷車の外を伺う。
そこには、巨石が転がる荒涼とした景色が広がっていた。振り返ると、天まで届きそうな冷たい壁がそびえている。
「すごい、、、。もしかして、この壁飛び越えたの?」
「せやで、俺たちの相棒、透明兎のジェイや。」
ジェリーは馬車でいう馬のいるべき位置を指差して、笑った。
「透明兎、、、本当にいたんだ。」
シラギは不思議そうにジェイがいる方向を凝視している。
「ジェリーまじでありがとう。お前らいなかったら今頃警官に捕まってたよ。」
ジェリーはにんまりとおよそ兎らしくない笑い方をすると、
「肉食獣の目をかいま縫って逃げる、、、おいら達ウサギの一番の得意技やからなぁ。」
と言ってギンにウインクした。
肉食獣であるギンは居心地悪そうに肩をすくめ、
「なぁ、とりあえず喜国から離れね?国の領土内にいる限り、奴らは追ってくるぞ。」
ギンの冷静な言葉にみな表情を強張らせた。
俺たちは、荷台に戻り、馬車もとい兎車は前進し始めた。先ほどのように大きくは跳ばないが、基本的に跳ねるように進むので縦揺れが激しく、気持ち悪くなってくる。腹に感じる違和感を誤魔化すように、ジェリーに話しかける。
「だけど、お前ら何で俺らの旅に加わりたかったんだ?俺たちは嫌われ者だし、今みたいに危険な目に合うことだってあるんだぞ。」
「兄者の大穴狙いの悪い癖、、、フリョウザイコ。」
今まで沈黙を守っていた妹のジュリーがじっとりと俺の方を見て呟いた。
「おいおい、ジュリーそりゃないやろ。俺の目にいつだって狂いはないんやで。ほら、ペコの幼虫やって、人に売らせてぎょうさん儲けたやん。」
「人ってか俺な!」
俺とジェリーのやりとりに、シラギが笑い出す。
「ふふっ、なんだか楽しい人ね。」
俺は愛らしいシラギの笑顔を見ながら、今まで以上に賑やかな旅路になりそうだと思った。