第15話 親友
街が夕闇に包まれ街頭に灯りがともる中、俺は逸る足で宿へと向かった。
食堂で深刻な顔で話し合っているシラギとギンを見つけ、にやける頬を引き締めながら二人に歩み寄る。
近くで見ると、シラギの目の下には暗い影が落ちている。俺は、シラギの蒼白な横顔に声をかける。
「シラギ、手出して。」
シラギはびっくりして振り返ると、不思議そうに首を傾げながら、右手を俺に伸ばした。
俺は小さな手を両手で包むようにして、赤い魔水晶のブレスレットを細い手首に通した。
「..........!!これって、、、?!」
シラギは信じられないという様子で、目をまん丸にしている。感情が筒抜けのあどけない顔が子供みたいで可愛いらしい。
「屋台で見かけて、すごく綺麗で、シラギに似合うかなって思ったから。」
俺は言ってて、恥ずかしくなってきてシラギから目をそらした。
「う、嬉しい。私、装飾品をもらうのなんて初めてっ、、儀式では身につけるけど、、、、普段は、質素倹約が家訓だったからっ、、、。」
シラギの声はだんだんと小さくなっていき、言葉に詰まっている。ちらりと見ると、右手につけたブレスレットを大切そうに左手で撫でている。その瞳はうっすらと潤んでいるように見える。
「姫様、良かったですね。最近、異臭を漂わせて帰ってくるから怪しいと思ってたんですが、こいつもたまにはいいことしますね。」
「お前はいっつも一言多いよ!!」
ギンは俺の言葉など聞こえていないかのように、シラギの方に体を向けてまじまじとブレスレットを覗き込んだ。
「へぇ、これが魔水晶かぁ。姫様の瞳には劣りますが、美しい赤色ですねぇ。」
「そうだろ?街が怒国を、赤色を嫌いな奴らで溢れてるなら、俺は一人で何人分も怒国への愛を表現しようと思ってな。」
俺は肩に下げていた布袋をひっくり返し、中身を机の上にぶちまけた。
大量の赤い魔水晶のブレスレットが机の上に小山を作る。シラギとギンは、目を見張って顔を引きつらせいる。
「おっ前、見かけ通りのバカだな!!あっ、この国だとアホって言う方が通じるらしいか。前代未聞のアホだな!」
「ギンっお前なぁ、、、。」
俺は呼吸するように憎まれ口を吐き出すギンに、半ば呆れながら反論しようと顔を上げた。
「俺はだなぁ、、、」
そこには言葉とは裏腹に、細い目を一層細めて嬉しそうに笑うギンの顔があった。
なんだよ............素直じゃない奴。
「ぷっ、、、、あはははっ」
シラギはというと、タガがはずれたかのように爆笑し出した。
「マシロ、、、ふふっ、ありがとう、くふふ、ありが、、、ぷっ」
シラギは笑いが止まらず苦しそうだ。蒼白だった頬には薄桃色の血色が戻り、笑顔の中の瞳はキラキラと輝いている。
良かった、、、シラギが元気になって。
「マシロ、ギンとね、そろそろ集まる情報も限界に達してきているし、喜国との交渉に臨もうかって話していたの。」
「俺の足も調子よくって、一人で歩けるようになったしな。行くなら今なんじゃないかって。」
「そうだな、俺が商人として練り歩いた結果得た情報だと、喜国は楽国とかなり親密な中みたいだぞ。怒国も喜国と友好関係を結びたいならそこら辺にヒントがありそうなんだよなぁ。まぁ、話すと長くなるんだけどさ。たまには外で飯でも食いながら話さね?」
「えっ??マシロ、商人になってたの?ぷっ、、マシロが商人、、、くくっ」
「え、そこ?!まぁまぁ、それについても話すからさ、行こうぜ。めちゃくちゃ美味いペコの幼虫が食べられる店があるからさ!」
俺は、ニヤニヤ笑うギンとケラケラ笑うシラギを引っ張るようにして、宿の外に出た。
その日はとにかく楽しい夕食になった。店の主人は、何度か俺からペコの幼虫を買ってくれた人で、シラギやギンにも親切に接客してくれた。店主おすすめの、ペコの幼虫のフリットとグル酒の組み合わせは最高で、ついついお酒も進んでしまった。
ギンとシラギも最初は半信半疑の様子で口にしたペコの幼虫だったが、食べているうちにクセになるのか、食べる手が止まらない。3人とも酒はあまり強くないようで、グル酒を2杯ずつ飲んだ頃から会話が噛み合わなくなってきた。
それでも、笑いが絶えない夕食の時間は暖かく楽しくゆっくりと過ぎていった。
「怒国の何が悪いってんだよぉ。」
「400年前がどうのっていうけど、むしろ怒国は竜を退治した感謝されるべき国だってのぉ。」
「怒国ではペコが食べられないから嫌われちゃったんだぁーー」
「グル酒もないもんなぁーーー」
「違うだろーー今大切なのは、メイド服の丈は膝丈かくるぶし丈かってことだぁーー」
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「うっうっ、、、私なんてどうせ姫の器じゃないんだい、、うえーん、、」
「シラギ、そんなこたぁねぇえぞ。お前は可愛い、可愛いは正義、正義は世界を救うのだぁ!」
「姫様が3歳の時、息吹の森中の狐を集めて絵本の読み聞かせをしましてねぇ。それはそれはたどたどしくって、可愛くって、その後しばらくみんなで姫様に変幻する練習をしてましたよ。誰が一番似てるかってねぇ、だけど本物の可愛さには遠く及ばないんですよ、ええ。」
「ギンやめてぇーーー私はいつまでも3歳児並みの幼稚さよ、ふえ、えーーーん」
泣上戸のシラギに、シラギの思い出話ばかり話すギン、俺は二人とも大好きだなぁと思いながら話に愛の手を、もとい合いの手を入れている。
ほろ酔い、、、いや泥酔になった俺たちは心配そうな店主に見送られ、酒場を出た。もう、ビーバッサの頃だろうか、大通りを歩く人もほとんどいない。
俺たちは、愉快な気分で千鳥足を宿へと進ませていた。俺とギンは肩を組み、前をウキウキと歩くシラギを眺めながら歩いていた。
「やっぱり可愛いよなぁ」
「お前、姫様を邪な目で見るな!」
ギンが肩に回していた腕に力を入れる。
「痛い、痛い、、、違うよ、そういうんじゃないよ。妹、そう妹みたいな感じだよ。しっかりしているようで、まだまだ幼くて危なっかしくて目が離せない。そんな気持ちだよ。」
「本当かぁーーー姫様は可愛いだけでなく美しい、そして気品と可憐さを合わせ持つ世界一の女性なんだぞ。恋に落ちない奴がいるわけない。」
「お前のそのシラギ崇拝もどうかと思うよ。てか、俺がシラギに惚れてて欲しいのそれとも惚れてて欲しくないの、どっちだよ。」
「そもそもその呼び捨ても気に入らないんだよ。勇者ってだけで姫様と距離を縮めやがってぇ。俺が一番近くにいたのに、、、。」
ギンは、千鳥足でふらつきながらも寂しげに口を尖らせている。
「何だ、拗ねてたのか。」
「ちげーよ。ただ、姫様を自分の力で守れない自分に、どうしようもないくらいイラつくんだよ。」
ふんっと鼻を鳴らすと、ギンは組んでいた肩を離しシラギの方に駆け寄った。
「ギンっ」
シラギはふわりとギンを抱き上げるとその柔らかな体毛に頬を擦りつけた。
「小さい時から変わらないわ。ギンはふわふわで暖かくて、大好きよ。」
シラギは酔いの回ったトロンとした目でギンを撫でている。ギンは嬉しそうに目を細め喉を鳴らしている。
ーーーーーーーん??何だか、少し胸がムズムズする。幸せな光景のはずなのに、見てたくないような、、、。
入り込む隙のない、二入の関係に嫉妬しているのだろうか。俺は、不可解な感情に無理やり蓋をするように、シラギの横に並びギンの毛並みを撫でた。
「おい、お前に触っていい許可出した覚えはねぇぞ!!!俺のモフモフボディに触れていいのは姫様だけだ!!」
「えーーちょっとくらいいいだろーー減るもんじゃねーし。」
手をわきわきと動かしながら近づける俺に、ギンが牙を剥き出して威嚇する。
俺とギンのやり取りがシラギの笑いのツボに入ったようで、横からひっきりなしに笑い声が聞こえる。
あれ、、??この笑い声、シラギじゃない?すぐ横で聞こえていたはずの鈴のような笑い声は消えており、狭い路地の中は響きわたる下卑た男共の笑いに囲まれていた。俺たちは気づかないうちに、大通りを抜けて裏路地に入り込んでしまっていたようだ。
「よぉ、赤髪のねぇちゃんと黒髪のにぃちゃん、この前ぶりやなー。タダじゃおかないって言葉忘れてへんよなぁ。今日は蝮ババアがここいらにいねぇことはリサーチ済みや。助けは来いひんで。」
アルコールに侵されていた脳が、水をさしたように冷え込んでゆく。周りを見回すと、俺たち3人を10人以上の獣人が取り囲んでいた。先日、やはり路地で絡まれた狼耳の連中だ。
ギンが唸りながら微かな狐火を尻尾に灯す。シラギも弓を構えるが、多勢に無勢だ。獣人たちは徐々に距離を詰めてくる。
「ジェネフィック」
小さなしわがれた声がすぐ横で聞こえた。途端、あたりは緑の光に包まれ、俺とシラギとギンの皮膚が緑のもやに覆われた。
「ついてくるのじゃ。」
前を歩く老婆の背を追いながら、数週間前と全く同じ展開に驚く。違うことと言えば、老婆の杖から放たれる緑色の閃光が獣人達を包んだか、俺たちを包んだかくらいだ。しかし、前回光に包まれて呻いていた獣人達とは異なり、俺たちは痛くも痒くもない。恐らく、前回と違う魔法なのだろう。
「店でお前たちを見かけてのぉ、飲み過ぎているようで心配になってついてきたのじゃよ。細い路地には入るなと言ったじゃろ。」
入り組んだ路地の角を何度か曲がった頃、背後から迫る荒い呼吸を耳にかかるほどの距離に感じ、背後を振り返った。意外にも、俺たちの後ろを走ってくるのは獣人のうちの1人だけだった。それも、キョロキョロと心もとなさそうにこちらに向かっている。老婆が左折してすぐ脇にある路地に入ると、獣人は俺たちが見えないかのように真っ直ぐと通り過ぎて行ってしまった。
「あと数時間は、あいつらにはお前たちの姿は見えんよ。安心して宿までお帰り。」
老婆が優しく微笑んだ、その時だった、走り去ったはずの狼耳の獣人が唸りながらこちらに向かって戻ってくる。そして、真っ直ぐこちらにククリナイフを投げつけた。
獣人が闇雲に投げたであろうククリナイフが老婆のフードを掠った。高速で飛んでいたナイフは軌道を阻まれ、俺たちの足元に転がった。
「そこかぁあああ!!」
獣人が怒声を張り上げ、二投目を繰り出すが、ナイフは見当違いの方向に飛んで行った。俺は横に佇む老婆を見下ろした。そこには、狼耳の生えた白髪の頭部があった。
「あっ、、」
「この耳は、通りを歩くときは厄介でのぅ。外出時はフードが手放せんのじゃ。」
老婆は俺の心を見透かしたように呟いた。
「マムシババァ、裏切り者って噂はやっぱり本当なんだな。一度ならず二度も庇うとはな。」
それまで黙って老婆に従っていたシラギが、素早く弓矢を構え獣人に射った。矢は服に当たり、獣人は後ろによろめき尻餅をついた。
「誰かを追い詰めたり、困らせたり、傷つけたりする行為に参加しないことを裏切りというのなら、裏切り歓迎、裏切り上等よ!」
シラギは鋭く言い放つと、老婆を庇うように前に出た。
老婆は意外な展開に、きょとんとしていたが、不意に
「ふふっ、ふははっ。」
腹を抱えて笑いだした。
俺は怒気を発しているシラギと抱腹している老婆を引っ張るようにして、路地の先に進んだ。シラギを含め3人は酒も入っているし真っ向から戦うのは得策ではない。すぐ先に大通りの灯りが見える。後ろからは獣人の怒声が響いているが、見えない敵からの弓矢が怖いのか追いかけてはこない。
ようやく大通りに出て、一息つくと、老婆が柔らかな表情でシラギに話しかけた。
「あやつが忘れてしまっても、わしは1日だって忘れたことはない。無邪気な笑顔、凛とした声、優しくて繊細な心。そして何より、真っ直ぐな紅の瞳が大好きだった。シラギ、お前の美しい瞳はわしに大切な人を思い出させるよ。」
老婆の言葉に、シラギはハッとしたように目を見開いた。
「わしは、やはり間違っておらんかったようじゃ。今、あやつが何をしようとしているのかも分かった気がするわい。シラギ、お前ならきっとできるよ。哀国に行くといい、カルナの方角に真実があるはずじゃ。」
老婆は微笑みながらフードを被り直し、広場の方へ歩いて行ってしまった。
シラギは遠ざかる老婆の背中に、声をかけようと口を開いてはつぐみ、開いてはつぐむを繰り返していた。
「シラギ、何か言いたいことがあるのか?」
「ええ。..........私はあの人にこの街で初めて会ったけど、ずっと前から知っているの。やっぱり、どうしても伝えなきゃ!」
シラギは意を決したように、深く頷いた。そして、遠い背中にも届くように大声で叫んだ。
「ハイナさん!!!ミルバは、あなたのこと親友だって言ってました!!何歳になっても変わらない、永遠の友だって!!!」
シラギの声が届いたのか遠くなる背中が立ち止まった。決してこちらを振り返らないが、厚いローブに覆われた肩が小刻みに震えている。数秒の後、老婆はまたゆっくりと歩きだした。俺たちは、その背中が角を曲がって見えなくなるまで見送っていた。
「シラギ、ミルバって、、、クーデルが言ってた預言者ミルバ??」
「そうよ、マシロも占ってもらったんでしょ?ミルバは、怒国の長老、おばば様のことよ。」
「え、、??!」
確かに占ってもらった。お祭りの出店で。その時言われたのは、、、
ーーー「汝、あまねく勇者なり。汝、ひとえに勇者にあらざる。」