第14話 アルバイト
宿に戻った俺は、シラギとギンと今日1日の成果を共有することになった。
「私の聞き込みの成果はいまいちだったわ、、。喜国の人たちは優しくて親切なのだけれど、どこかよそよそしくて、肝心のところでお茶を濁されるのよね。喜国の友好国はどこかとか、竜の封印に対しての政策とか。ずけずけ聞いちゃう私の聞き方も良くないけど、、他所者だからかもしれないけど、、、、やっぱり私が怒国のものだからなのかしら。」
俺はぎくっとした。隣でギンも気まずそうな顔でシラギを伺っている。ギンはもしかしたら、治安を心配してではなく、シラギがこうなることを回避したくて単独行動に反対したのかもしれない。そうだ、俺とギンは竜族の国、そして喜国での街の人々の態度から、怒国が他国から嫌われていることに薄々気がついていた。(恥国は例外だが、例外な住人ばかりの国なので評価は当てにならない)
しかし、405歳ながら少女のように無垢で世間知らずなところのあるシラギは、周りの人々からあからさまな態度を取られてもあまり気づいている様子はなかった。そんなゆで卵のように真っ白で潰れやすいシラギの心をギンは慮っていたのだろう。
、、、だけど俺は、
「シラギ、俺もそれは考えてたよ。怒国を嫌っている人はかなり多い、というか他国の人はほとんど嫌ってるのかもしれない。」
ギンが殺気を飛ばしながら睨んでくるが、構うものか。シラギは一国を代表する立場として現実を正面から見るべきだ。シラギは姫としての役を真っ当したいと、常に自らを鼓舞し続けている。シラギが怖いものを見なくてすむように目隠しをして、真綿で包むのではなく、なりたいと望む姿になれるように支えたいと俺は思っているんだ。シラギが姫なら、俺は勇者として姫を導く役を演じきってみせるさ。
「やっぱりマシロもそう感じていたのね。」
「あぁ。」
俺は、今日の聞き込みの内容や人々の様子を説明した。怒国が嫌われていると証明するのは簡単だった。俺一人で聞き込みすれば人の良い喜国の人々は案外簡単にペラペラと喋ってくれるのだ。しかし、シラギと二人の時は、みんなシラギの瞳と髪の色に嫌悪感や不信感をあらわにして、聞き込みどころではなかった。
俺が話し終えると、3人の間には重い沈黙が流れた。
「嫌われているなら、その理由を知りたいわ。そこまで嫌われてるなら、交渉以前の問題だもの。」
「俺もそう思う。理由を明らかにしないと、同盟どころじゃないよな。」
「聞き出すとしたら、嫌われていないお前が聞き出すしかないな。」
ギンが俺に挑むような目を向ける。
「だから、それも今日聞いてみたさ。」
「え??!じゃあ理由分かったの?!」
「いや、それがさ。怒国は許せない、怒国は信用できない、とか言うばかりで肝心の理由ははぐらかされるんだよなぁ。」
「んだよ、役に立たねぇな。お前だって喜国の人たちに嫌われてるんじゃないのか?」
ギンは舌打ちをするとそっぽを向いた。
「いや、嫌われてるって態度ではないんだよなぁ。喜国の友好国は楽国だとか簡単に教えてくれたしな。竜の封印についてなんかみんなすごい関心が高かったぞ。どうにかしないといけない、早く手を打たないとって口を揃えて言ってたな。でも、怒国を嫌う理由は言いたがらないんだよ。」
「なーんか、キナ臭い話だな。」
「確かにな。まぁ、お前の足が治るまではこの街にいるんだし、地道に聞き込み続けるさ。」
「そうね、私も情報が集まるまで交渉しに行くのは控えておくわ。」
「それがいいよ。シラギ、俺たちは足踏みしてるんじゃない、一歩一歩目標に近づいているんだ。そうだろ?」
「そうね、今まで内側からしか自分の国を見たことなかったけど、外側からしか見えない部分もあるものね。」
シラギは自分に言い聞かせるように、ゆっくりと呟いた。
ギンは心配そうにシラギを見つめている。俺はシラギの真っ直ぐな瞳を見つめながら、俺にできることを考えた。
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翌日も、喜国の情勢や怒国への国民感情などの聞き込みに明け暮れた。もちろん、演劇とアルバイトについての情報収拾も怠らない。
「あのぉ〜従業員募集してるとこ知りませんか?」
「怒国っていけすかないっすよねぇ、わかりますぅ。ところで、何でこんな嫌いなんでしたっけねぇ?」
「演劇!役者!芝居!求ム!!」
「短期の仕事探してるんですけどぉ」
黄昏が街を包み、今日もほとんど収穫ゼロで帰路につこうとした時だった。
「おーーーい、黒髪のにぃちゃん。飛行船でダバ茶買うてくれはった赤目のねぇちゃんのツレやろ。仕事探してはりますのん?俺が斡旋しまっせ?」
どこかで聞いた人懐っこい声が俺を引き止めた。声のした方を見ると、飛行線内で商売していた行商人風のうさ耳兄妹だ。大通りに広々と広げた絨毯に並べてある品物を片付けている所のようだ。店じまいの時間なのだろう。
「マジで?!仕事紹介してくれんの?」
「まぁ紹介っていいますか、俺が雇うんゆうのはどうですやろ?在庫品を街で売り歩いてくれたらええんですけど。売り上げの2割をお渡ししまっせ。」
少年は笑み崩しながら首を傾げて、俺の返答を待っている。何となく引き込まれてしまう笑顔と話術だ。
「ま、まぁ。悪い話ではないな。やってやろうじゃないの。」
「おおきにぃ。そしたら、売ってもらいたい商品はこっちやで〜!」
少年が指差す台車の中には、、、、うにょうにょと蠢くものが沢山、、。
「な、何だこれ?」
「ペコの幼虫や!北方の国では珍味として重用されてるんやで、高く売りさばいてや!ほんじゃよろしゅう〜俺は毎日大通りの広場で商売してるから、売れたら声かけてや!持ち逃げしたら、警察に指名手配してもらうさかい、変な気は起こすんやないで!」
「こ、これ本当に売れんのかぁ??!」
不審げに毛虫のような生き物を摘み上げる俺の横を、うさ耳妹が通り過ぎる。
「兄者はいつも大穴狙いなの。当たればいいけど、外れると悲惨。フリョウザイコ、タクサン。」
うさ耳少女は不穏な言葉を呟きながら、ちょこちょこと小走りで兄の後を追いかけていく。
それから一週間は、聞き込みもそこそこにペコの幼虫の売り歩きに励んだ。ペコの幼虫は土臭い独特の悪臭を放つため、街ゆく人々からは迷惑そうな目で見られた。しかし、料亭や居酒屋などでは、滅多に手に入らない珍味として買ってくれる人もいることにはいた。
「おお、ペコの幼虫やないか。珍しいなぁ。グル酒のアテに最高なんよ、100gおくれ。」
「ありがとうございます。100フェンになりまーす。」
「やっぱり200g買おうかな、ペコの幼虫は鉄分が豊富やから、貧血の妻にも食べさせたいねん。」
とまぁ、こんな風に買ってくれることもあるが、一気に沢山食べるものではないので一人当たりの購入量は少ない。
だいたい、一日1kg、1000フェン売れれば良い方だ。俺の収入はその2割なので200フェンだ。中々にシビアな仕事だ。今日は街の東側を売り歩き、街の中央に位置する広場に戻ってきた。広場の時計台の下では、見慣れたうさ耳が威勢の良いトークで大勢の客の足を止めている。
「お嬢ちゃん、このツボには言い伝えがあるんやで。マナを吹き込めば、願いが叶うってな。嘘かて思うやろ、けどおいらが大切なものを落としてしもうたときに、このツボにやな、、」
「おい、ジェリー今日の売り上げだよ。」
俺はどさりと硬貨の入った袋を投げた。今日は500フェンほどしか売れなかった。一週間も売り歩くと、街の大抵の場所は行き尽くしてしまうので、新たな客を見つけるのは難しい。観光客に売れるものなら良いが、ペコの幼虫はマニアックな酒飲みにしか需要がない。俺が、ペコの幼虫を噛み潰したような渋い顔でいると、うさ耳商人ジェリーが気遣わしげな目で伺ってきた。
「なぁにぃちゃん、商売は需要のあるところに供給する仕事や。せやけど、案外自分が何を必要としとるのか分かってる人は少ないんや。お客さんの中にある需要を引き出すんが商売人の腕の見せ所やで!」
「需要を引き出す、、、、っても俺商売人じゃねぇしな。」
「ほな、これはどうやろ?にぃちゃんの取り分を2割やなくて3割にする代わりに、おいらの頼みを1つ聞いてもらうんや。」
「え、3割にしてくれんの??!、、、でも頼みって何だよ、売りさばけなかった残りを全部買い取れとか?頼みが何なのか教えてくれないとその話には乗れないよ。」
「大丈夫やって、絶対にぃちゃんが損する頼みやないさかい、、、金が絡まへん頼みやし。なぁ?」
うさ耳少年は、人懐っこい愛くるしい瞳で見つめてくる。
「うっ、、分かったよ。そこまで言うなら乗ってやるよ。」
「おおきに〜そしたら、今日から3割でええでっ!」
少年は年相応の無邪気な笑顔を浮かべている。まぁいいか、3割はありがたいし。
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翌日は、街の西側、旧市街と言われるエリアをまわることにした。
「ペコーー新鮮なペコの幼虫だよーーちょっと臭いけど美味しいよーーー」
目の前を鼻をつまみながら、パンダ耳の妊婦が通りすぎた。
「あっ、、、奥さん、奥さん、ペコの幼虫は鉄分が豊富なんだ。お腹の赤ちゃんにもいいよ。それに、フライにして木苺のソースをかければ臭さも気にせず美味しく食べられるよ。」
「えっ、、そうなの?それなら食べてみようかしら。最近、貧血が酷くって。主人はペコの幼虫大好物だし、100g買って行くわ。」
「ありがとうございました〜元気な赤ちゃん産んでくださいね〜」
以前買ってくれた居酒屋の店主が教えてくれたレシピを伝えることで、お客さんの心を掴めたようだ。『需要を引き出す』か。もしかしたら、ジェリーはこういうことが言いたかったのかもしれない。
それから一週間、ペコの幼虫を売りに売りまくった。時には、体調の悪そうな旅人風の男に、時には、子供と旅行中のご婦人に、臨機応変にお客さんがペコの幼虫のどの要素に惹かれるのか当たりをつけながら、話しかけた。お客さんの反応は良い時もあれば悪い時もあった。しかし、幅広い層に売り込むことができるようになったので、売り上げは総じて上がっていった。
「にぃちゃん腕を上げたなぁ。今日の取り分やで。」
ジェリーは1000フェン分の硬貨が入った袋を渡した。
「これなら、買えそうだ。」
「なんだにぃちゃん、何か買いたいものがあって仕事探してたんか。」
「まぁ、そんなところ。商人として街を歩くのも違った目線で情報収拾できていいとも思ったしな。」
「そしたら、仕事はまだ続けられるんか?」
「いや、そろそろお金も溜まったし潮時かな。」
「そうなんか、寂しくなるやん、、。」
「ははっ、しおらしい顔に合わないなぁジェリー。世話になったな。」
「にぃちゃんも達者でな。これは餞別や。」
ジェリーはペコの幼虫の入った木箱を投げた。えーーー、、いらねぇ。まぁギンの餌にでもするか。
俺は悪臭を放つ木箱を抱えながら、目的の場所へと向かった。大通りに面した路面店だ。小太りの男が店番をしている。俺が近づくと、男は鼻にしわを寄せ顔をしかめた。
店先には、1つ500フェンと値札が貼ってある。しかし、今の俺に値札など無関係だ。
「おっちゃん、この店にある赤い魔水晶のブレスレット1つ残らずぜーーーんぶ頂戴。」
「、、、、、、な?!?!お前、全部って30個はあるんやで。いくらになるか分かっとるんか?」
おっちゃんは鼻に寄せてたしわを今度は眉間に寄せて、驚愕の表情を浮かべている。
俺はおっちゃんの言葉を無視し、硬貨で膨らんだ革袋を投げるようにして渡した。
屋台のおやじはその重さに驚き、急いで袋を開けて中を確認している。
「おま、こんな大金をブレスレットにつぎ込むんか?しかも、よりによってどの国でも安くしか売れない赤色の魔水晶に、、、。正気の沙汰とは思えへんが、こちらとしては不良在庫を一気に片付けられて嬉しいわ。」
ダンッ
俺は、腰に差していたトンファーで屋台骨を叩いた。木材の柱に布を張った作りの屋台は、メシッ、ビシッと不穏な音を立てて揺れた。
「な、なんちゅうことするんや。」
屋台のおやじは、恐ろしいものでも見るように不快感をあらわにした目で俺を見ている。
「赤い魔水晶のことを二度と不良在庫と言うな。赤を、怒国を馬鹿にする奴は許さない。」
「は??」
「赤は一番美しい色だ。怒国には勇者がついてる。それを忘れるなよ。」
俺はおっちゃんを睨みながら凄んでみせ、大量の硬貨の代わりに店中の赤いブレスレットを革袋に入れてその場を去った。
しばらく歩き、店から離れると、緊張が解けた。
ー ふぅ。
一息つき、空を見上げた。渾身の芝居だったぜ。
シラギを悲しませた屋台のおやじに一杯食わせてやりたかったのは本心だ。それに、成果の出ない聞き込みに精神をすり減らしているシラギをプレゼントで喜ばせたいと思った。だが、つい決め台詞まで吐いて芝居掛かった啖呵を切ってしまったのは、染み付いた役者根性のせいだとしか言いようがない。
この時俺は、屋台の親父に切った啖呵が後々、大きな火種になることをつゆも知らなかった。