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第13話 デート2

「あ、あの私はミルバじゃなくてシラギです。すみませんが、シューマン雑貨店までの道を教えて頂きたいのです。分からなければ、大通りに出る方向だけでも教えてもらえませんか?」


老婆は、きょとんとした顔で数回まばたきをした。そして、我に返ったようにはにかんだような笑みをこぼした。


「すまんの、、、年を取るとぼんやりして夢と現の境が曖昧になることがあるのじゃ。シューマン雑貨店はこちらじゃよ。案内しようかの。」


シラギは、ゆっくりと先導して歩く老婆の背をじっと食い入るように見つめている。


「シラギ?」


「え、うん。ちょっとびっくりしたね。でも迷子から抜け出せそうで良かったわ。」


シラギは老婆から視線を離さずに応える。

迷路のような細い路地をくねくねと歩いてゆく老婆の足取りに迷いはなく、案外頼りになりそうである。しかし、前から大柄な狼のような面相の獣人が3人歩いてきた。ニヤニヤと俺たちを舐めるように見ながら近づいてきて、いやーな感じだ。先頭の獣人は、老婆を一瞥するとやや面食らったような顔を一瞬した。しかし、すぐに凶悪な顔を凄ませて真っ直ぐ進んできた。

人ひとり通るのがやっとの路地をすれ違う瞬間、獣人の1人が俺の肩に思い切りぶつかってきた。


「オイオイ、黒髪のにぃちゃん、ぶつかってきて謝罪も言えないんか?今ので骨折れたかもしれへんのやけど〜代わりににぃちゃんの腕も折ろうかいな!」


「はぁ?そっちがぶつかってきて何言ってんの?!」


俺は本気で肩が痛かったので腹が立ち、つい威勢良く言い返した。俺の言葉に、狼耳の獣人達の顔はみるみる強張っていき、鋭い犬歯を剥き出しに唸りを漏らした。ま、まずい。これは、非常にまずい。ふと見ると、獣人達の手にはククリナイフが握られている。隣にいるシラギは弓を構えようとするが、路地が狭すぎるし敵が近すぎてこちらが圧倒的に不利だ。じりじりと距離を詰めて囲んでくる獣人達の威圧感に、体中の血の気が引いていくのが分かった。


「こっちじゃ!」


老婆が鋭く叫び、俺とシラギの袖を引っ張った。と同時に、老婆の杖から緑色の閃光が広がり、当たりを包んだ。老婆が何事か小さく呟くと、獣人達の皮膚が緑の粒子で包まれた。


「うがぁあ。これ、毒の魔法や。ぐぅう、蝮ババア邪魔すんねや。誰か解毒薬持ってないんか??!」


「持ってへん。こいつら、ただじゃ済まさへんぞ。ぐぅう」


獣人達は苦しそうに呻きながらも、よたよたと近づいてくる。


老婆は先ほどの老人らしい歩き方とは違い、跳ぶように路地の先へ駆けていく。俺は老婆の背を必死に追いかけながら、後ろの獣人を振り返った。一番体格のいい鋭い犬歯の獣人が背後に、血眼で迫ってきていた。獣人は唸りを上げながら、ククリナイフを振り回した。弧を描いて勢いよく空を裂く切っ先が、シラギの頬を薄く裂いた。鮮血が切っ先と共に宙を舞う。


「痛っ、、。」


獣人はシラギの襟首を掴み、血のついたククリナイフの先をシラギの喉元に当てる。


「その真っ赤な品のない髪に、冷血そうな切れ長の瞳、怒国のもんやろ??!!!お前らこの世界にいらんねん!!俺たちならずもんじゃなくてもなぁ、この国で怒国を嫌ってないもんなんて一人もおらん。俺がここでお前ら殺したって、褒める奴はおっても怒る奴なんていないんや。」


老婆は振り返り、シラギの頬の鮮血を瞳に捉え、顔色を変えた。深い皺の中に埋まった瞳に燃えるような怒りが灯り、威圧的な低い声が口から紡がれた。


「ペティールカ!!!」


「ぐがぁごぁああああああ」


獣人の体を包んでいた緑の光が皮膚の中へと吸い込まれていく。同時に、獣人は苦しそうに絶叫しながら地面でのたうち回った。


「ま、むしババア、何でこいつら、に味方、、ぐぅう。」


「怒国の何を知っておるんじゃ。毎日、毎日、路地裏でやさぐれてるお前たちは、やり場のない苛立ちややるせなさをぶつける相手が欲しいだけじゃろ。世界が自分を受け入れない苦しさを外に発散するんじゃない、内に抱えて強さに変えるのじゃ。」


老婆は子供に諭すように獣人に語りかけていたが、哀しそうに目を伏せた。


「もっとも、喜国にとどまる限り難しいかもしれんがの。.............さぁ、先に進むのじゃ。」


老婆は俺たちについてくるように目配せすると、前を歩き始めた。


老婆は振り返ることなく進んでいくので、俺とシラギは目を見合わせて首を傾げ、走り続けた。


何度路地を曲がったのだろう、迫ってくるような高い壁の続く狭い道に耐え難い閉塞感を感じ始めた頃だった。路地の向こうに喧騒が垣間見え、走り抜けると大通りに出た。

そこで初めて老婆は俺たちの方を振り返ると、ただでさえ多い皺をより多くしてニヤッと笑った。


「シューマン雑貨店は、この道を真っ直ぐ行って、チコの大樹のそばじゃよ。」


「あ、あの、本当に何から何までありがとうございます。」


「良いのじゃ。ここで会えたのも何かの縁じゃからの。」


老婆は眩しげにシラギの顔を見上げている。皺の奥の瞳には、どことなく寂しさと愛しさが垣間見えた。


「........シラギ、真実を見間違うんじゃないぞ。紅の瞳に、紅の魂に誇りを持ち続けるのじゃ。」


老婆は、俺の方に向き直るとゆっくりと俺の手を取った。


「うっ、、、伝説の勇者、姫を、怒国を守るのじゃ。」


俺の手を握る老婆の聖石から俺の聖石へと緑色のマナが流れ込んでゆく。シラギの時は余裕がなくて分からなかったが、他人のマナが体の中に流れてくる感覚はとても不思議だった。異物感に体が裂かれるような不快感と同時に、エネルギーがみなぎっていく快感がない交ぜになる。


老婆は手を離すと、荒い呼吸を繰り返しながら杖にすがりつくように何とか立っていた。


「大丈夫ですか??!」


老婆は、心配そうに眉根を寄せて走り寄るシラギを手で静止し、


「もうお行き。細い路地には近くんじゃないよ。」


老婆は路地の入り口で、姿が小さくなるまで俺たちを見送っていた。

俺たちは老婆に教えられた通りに歩き、無事シューマン雑貨店に辿り着いた。こじんまりとしていた武器屋と異なり、雑貨屋は何階にもまたがる大型店舗であった。1階は食品、2階が衣服、3階が医薬品、4階が日用品となっている。保存食や替えの服、回復薬や解毒剤など欲しいものを求めて店内を探し回っているうちに、外はすっかり日が暮れていた。

俺たちは、大きな買い物袋を下ろして広場のベンチで一息つくことにした。


「シラギ、こっち向いてくれる?」


俺は小首を傾げて見上げるシラギの顎に触れ、少し角度を変えた。


「じっとしてて。」


「......んっ」


「やっぱり痛い?」


「んー少しね、、。」


シラギの頬の擦り傷に、雑貨屋で購入した薬を丁寧に塗っていく。雪のように白く透き通ったシラギの肌に、針金で引っかいたように細く赤い血が滲んでいる。俺は柔らかい頬に触れながら、あの時シラギを守ることができなかった自分に苛立ちを感じた。強くなりたい、いざという時この子を守れるように。小さな決意の炎が胸に灯る。


「ありがとうマシロ。」


儚げに微笑むシラギは月明かりに照らされ、長いまつ毛が目元に影を落としていた。


「そろそろ宿に帰るか。思ったより遅くなっちゃったな。」


「そうね、何だか色々あって疲れちゃったわね。でも、買いたいものは大体買えたから一安心だわ。」


「そうだな、ギンのやつも首を長くして待ってるだろうし、少し急ぐか。」


俺の予想通り、ギンはシラギのことが心配でたまらないといった表情で宿の前に座って待っていた。


「姫様!!こんな遅くまで、心配しましたよ。喜国も昨今は治安があまり良くないと言われて、、、、??!!頬の傷はどうされたのですか?!何か危ないことに巻き込まれたのですか?!」


「ギン!あなたこそ、こんなとこで待ってたの??!階段はどうやって降りたのよ?!」


ギンは、シラギの剣幕にたじたじとうつむき、


「いや、頼んだら宿の人が下まで運んでくれたん、です。」


「まぁまぁ、二人とも無事だったんだしいいじゃない。二人の怪我が完全に治るまで喜国でゆっくり過ごそうぜ。」


「そうね、ひとまず今日はへとへと。何か温かいものでも食べながらゆっくり話しましょう。」


宿屋に併設されている食事処は、混みすぎていることもなくくつろぐにはもってこいだった。


「明日は、交渉に向けて街で聞き込みをしてみようかなって思ってるの。」


「それはいいね。竜族の国の二の舞にならないように、今度は慎重にいこう。俺はしばらく別行動しようと思ってるよ。」


「は??!!」

「え、、、?」


俺は二人が目をぱちくりしている姿が面白くて、吹き出した。


「はははっ、いや、聞き込みするなら二手に分かれた方が効率的かなって。それに、少しやりたいこともあるし。」


「そう、マシロにも都合があるわよね。わかったわ、しばらくは別行動にしましょう。でも、朝と夜は3人で食べて、情報共有しよう。協力が必要な時はお互いに助け合うこと。それでいいかしら。」


「ちょっと待ってください。俺は反対ですよ。姫様に一人で街を歩かせるなんて、心配すぎて治るものも治らなくなりそうです。」


「ギン大丈夫だ。路地にすら入らなければ喜国の治安はいいよ。今日は知らなくてちょっとヘマしちゃったけど、、。」


ギンは訝しげに俺を睨んでいたが、シラギが心配そうに俺たちを見ているのに気づいてため息をついた。


「姫様、分かりましたよ。ただし、1つ追加でお願いです。門限は日が暮れる前、ヴィーラの刻限ですよ。」


「わかったわ。絶対守る。」


シラギはギンを安心させるように、深く頷いた。


****************************************************


翌日、朝食を3人で済ませると俺は一人で宿を先に出た。

思い返してみれば、異世界に来てから初めての単独行動だ。俺はまず、自分のやりたいことのためにもシラギと同様、街で聞き込みをすることにした。


「あのー、ちょっと聞きたいんですけど、演劇場ってこの辺にありますかね?」


俺は、早朝の大通りをバケットの入った袋を抱えて歩く中年女性を捕まえて話しかけた。


「エンゲキジョウ??聞いたことないわぁ、ごめんなさいね。」


ご婦人は申し訳なさそうに肩をすくめて行ってしまった。

次なるターゲットは垂れ耳が可愛らしい、登校中らしき小学生くらいの少年だ。


「えーと、芝居を観れる場所ってこの辺にあったりするかな?」


「シバ、イ??何だそれ?」


少年は不審そうに顔をしかめると走って行ってしまった。

その後も何人か通りすがる人々を捕まえては、聞いてみたが、収穫はほとんどゼロに終わった。ゼロではなく、ほとんどゼロって言ったのは、商店のおばちゃんが芝居の話に興味を示してくれたからだ。


「おばちゃん、芝居って知ってる?一人一人が現実の自分とは違う役になりきって、演技することで架空の世界をその場に作り上げるんだ。観る人は、自分以外の人生を追体験できる。人間だけが楽しめる単純で高尚な娯楽だよ。」


「シバイ、、。聞いたことないけど、確か似たような話が伝説の書に載っていた気がするわ。一度でいいから見てみたわ、そのシバイってものを。」


おばちゃんはうっとりと遠い目をしながら言った。きっと俺の言う、もしくは伝説の書に書かれていると言う芝居を想像しているのだろう。


「だけどかなりマナの無駄遣いよね、そのシバイって。そんな酔狂なことする人いるのかしら。」


俺はおばちゃんの呟きを思い出しながら、昼に向けて徐々に賑わっていく大通りを歩いていた。

マナの無駄遣い、、、そうか、演技をするためには自分の中に感情を作り上げる、すなわちマナを消費するってわけか。だから、この世界には芝居、演劇、役者ってものが存在しないのか。マナは魔法として消費するためのものだから、それ以外の使い道は無駄ってことなんだな。でも、伝説の書に似たような記載があるって言うのが引っ掛かるなぁ。次は本屋でも行ってみるか。


俺は、本屋を探しながら、次なる聞き込みをすることにした。シラギのために喜国についての調査、それともう1つ聞きたいことがある。


「ねぇそこの君、少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


俺を振り返った女の子は、珍しいキリンのような耳を生やしていた。


「いいわよ。何が聞きたいの?」


「えーーーと、俺は旅人なんだけど、さっき路地で人相の悪い獣人達に絡まれてさ。喜国って最近治安があんまり良くないって聞くから、実際のところどうなのかなぁ?って気になって。」


「あぁ、ウルフマンの奴らでしょ。あいつらは喜国では最低の部類に入る奴らよ。同じ獣人面しないで欲しいわ。治安の話だけど、賢者ウルマがいなくなられて以降、徐々に国は荒れていき、今では無頼漢の巣窟が路地裏にいくつもあるの。国も警備を強化してるけど手におえない状況だわ。ウルフマンは、もともと獣人の中でも下等と言われてる連中だけど、それ以外の獣人も武装して集団を作っている。でも、治安が悪いのは喜国に限ったことじゃないでしょ?」


「確かに、喜国の前に通った恥国では虚無教の襲撃にあったよ。」


「虚無教、、、まぁ虚無教や狂気団みたいな奴らは喜国内に入れないからその点ではここは安全ね。」


「確かに、あの飛行船はすごいよね。高く堅牢な国境の壁も。」


「ふふっすごいでしょ。喜国の技術の結晶よ。あの飛行船と壁は去年完成したのよ。壁なんて100年以上かけてやっと完成したんだって。」


「へぇ、通りで大迫力なわけだ。えっと最後にもう1つ質問していいかな?この辺で臨時の仕事募集しているとこ知らない?できれば短期で。」


「んーー知らないわ。私が働いているレストランは短期は募集していないし、お役に立てずごめんなさい。」


「いや、充分だよ。ありがとう。」


俺はその後も何人かに喜国のこととアルバイトがないか質問して回った。喜国についての情報は集められたが、アルバイト先は一向に見つかりそうになかった。しかし、喜国の人は基本的にとても親切で優しく、俺の質問に丁寧に答えてくれた。路地裏の治安は悪くとも、世界一の大国の懐の深さを実感する。


日も傾いてきた頃、雑貨屋の隣に小さな書店を見つけたので中に入った。


「すみません、伝説の書って置いてますか?」


「そこの棚じゃよ。」


示された棚を見上げて、俺は呆然とした。棚全ての背表紙に『伝説の書』と記されている。1章ごとに分厚い1冊にまとめてあり、全100章はありそうだ。


「お客さん、何章をお求めかな?わしのおすすめは38章じゃよ。」


「えーーーと、、、じゃあとりあえずそれ買おうかな。」


俺は、仕方がないので象耳の店主のおすすめを購入することにした。



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