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第11話 喜国

翌日、虚無教団の脅威も去り、俺たちは旅を続けることにした。

クーデル、リナ、クルスの3人は国境まで見送りに来てくれた。ギンはまだ一人では歩けないので、シラギが布で包んで背負っている。


「昨日はクルスを助けてくれて本当にありがとう。次の行き先は決まっているのかい?」


「嬉国へ行くつもりよ。」


「嬉国か、賢者ウルマがいた時は世界で一番治安の良い国だと言われていたけど、今は情勢も不安定だからくれぐれも気をつけるんだよ。」


「賢者ウルマ??」


「知らないのかい?!?!びっくりだな。賢者ウルマといえば、世界が最も繁栄していたと言われる黄金時代の四大英雄の1人じゃないか。賢者ウルマ、剣豪キルラ、錬金術師エルマ、預言者ミルバの4人は女神様の贈り物と言われている高名な英雄だよ。」


シラギもギンも目を瞬きながら、首を傾げていたが、途中から怪訝そうな表情を浮かべた。俺はもちろん知らないが、二人も初耳なようだ。

クーデルは信じられないとばかりに溜め息をついた。


「各国を旅するなら、国の歴史や情勢も調べた方がいいと思うな。こんな辺境に住む私たちよりも知らないって、相当世間知らずだからね。ちょっと待ってて、昨日のお礼ってほどでもないけど、世界の歴史を書いた本をあげよう。きっと旅の役に立つはずだ。」


クーデルは言うや否や屋敷の方向に走っていった。


「クーデルは本の虫なのよ。家事や仕事がないときはずーっと本にかじり付いてるの。お風呂にも本を持ち込むから本棚にはふにゃふにゃになった本もあるわ。」


リナは少し呆れたように肩をすくめた。かく言う彼女も、度の強そうなメガネをかけており、本は好きそうに見える。


しばらくすると、息を切らせたクーデルが走って戻ってきた。手には文庫サイズの年季の入った革表紙の本を持っている。


「これ。急いでたから、最初に見つけたのを持ってきたよ。世界史の本だけでも100冊くらい持ってるけど、これなら手軽だし持ち運ぶのにもいいと思うよ。」


「ありがとうクーデル。大事にするよ。」


喜国は恋ヶ沼を越えれば、森を抜けてまっすぐだと言うので、俺たちは沼の方向へと歩き出した。

振り返ると、手を振るクーデルと逆立ちでぴょんぴょん跳ねるリナが見えた。クルスはきっとどこかに隠れているのだろう。


小さくなっていく人影を見送りながら、クーデルはハッとしたようにリナを見る。


「リナ!!私、あの子たちの名前を聞くの忘れてた!」


「あはは!!クーデルはそゆとこ抜けてるよねー!会話の中で呼び合ってた気もするけど覚えてないやー。ま、次会った時に聞けばいいっしょ!」



俺たちは丸5日、森の中を歩き続けた。6日目、ジャングルのように生い茂っていた森が、突如として途切れた。目の前には、ジャングルと対照的な灰色の岩石で埋め尽くされた荒涼とした光景が広がっていた。そこには生命を感じさせる緑はなく、乾いた風がゆっくりと岩を風化していた。


地平線上に一際大きな岩の塊が見える。

いや、よく見ると岩じゃない、コンクリートのような色合いのそれは人工物のようだ。森を抜けてから半日ほど歩いていると、巨岩に見えていたものは巨大な壁だということが分かった。


「もしかして、アレが喜国か???」


「だと思うわ、喜国は領土に多くの鉱山を保有し産業国家として栄える。建築業、鉄鋼業が盛ん、、、、って書いてある。こんな巨大な石の壁を築く技術、怒国にはないから圧巻だわ。」


シラギはクーデルからもらった本を開き、ふむふむと感心したように頷いている。


「しっかし、これどっから入ればいいんだ?」


俺は入口を探すのに途方もなく時間のかかりそうな壁を見上げた。壁には所々、窓のようなものが付いているが、見える範囲に門らしきものは見当たらない。

困った俺たちは、門を見つけるために壁に沿ってぐるっと歩いてみることにした。しかし、歩けど歩けど現れるのは灰色のキズ1つない滑らかな壁のみである。

陽も傾き、そろそろ野営の準備を始めようとした時だった。


空から轟音が響き、共に起こった突風に目を細めながら俺は頭上を見上げた。

巨大な飛行船のようなものが壁内上空からこちらに向かって来ていた。巨大な帆船にプロペラが付いてる。

近づくにつれて、音も風も威力を増していく。飛行船はゆっくりと下降し、俺たちから500mほど離れたところに着陸した。近くで見るとその巨大さがよく分かる。全長100mはありそうだ。

シラギは怯えるように長い耳を震わせている。


「あの怪物は何なの‥??!」


シラギは弓を構え、矢先を飛行船に向けている。


「ちょちょちょっと待って!!!アレは生き物ではないと思うし、たぶん危険でもないから弓を収めて!」


ギンも布から這い出し弱々しい足取りで立ち上がり、飛行船に向かって狐火を飛ばそうとしている。


「危ないって!揉め事になるから、本当にやめた方がいいって!」


俺が、警戒心から殺気立っている2人を必死になだめている間に、飛行船からは地上に橋が渡され、人々が降りてきている。

それを見たシラギは閃いたとばかりに目を輝かせ、


「もしかしてアレは乗り物なんじゃない??」


渾身のドヤ顔で振り向いた。


「うん、そう。シラギヨクオモイツイタネー。(俺は最初からそう思ってたよ。)」


「マシロ、何でそんな疲れた目をしているの?大丈夫?」


「大丈夫大丈夫。それよりシラギ、あの乗り物が喜国に入る手段なんじゃないのか?近くに行ってみようぜ。」


「そうね。もしかしたらアレに乗って私たちも空を飛べるのね!」


シラギは好奇心に満ちた表情で飛行船に駆け出した。背中に乗ったギンも期待に目を輝かせている。俺は、田舎者丸出しのシラギに半ば呆れながら、後を追いかけた。


飛行船からは、老若男女さまざまな人が降りている。俺が驚いたのは、半分くらいが獣のような耳と手足を持った獣人だったことだ。シラギも珍しそうに目を瞬いている。じろじろ見ている俺たちを怪しんだのか、船から獣人の一人がこちらに歩いてきた。


「おまんら喜国へ入国するもんかえ?」


ゴールデンレトリバーのような垂れた犬耳をつけた男が、愛想笑いを浮かべながら近づいてくる。


「そうよ。喜国にはあの乗り物で入るの?」


シラギはそわそわしながら、身分証のような紙を男に見せた。


「ほうよ。アレは、飛行船と言って、、、、、っておまん、怒国のもんかえ?しかも、ド・シラギって、、」


男はたじろいぎ、俺たちから半歩後ずさった。先ほどの人懐こい笑みは消え、張り詰めたような冷たい表情をしている。


「にゅ、入国を許可するぜよ。入り口に案内するき、付いてこよ。」


俺たちは男に案内され、飛行船に乗り込んだ。俺たちの搭乗を確認すると、男は急いでどこかに走って行ってしまった。

船上はたくさんの人で埋め尽くされていた。雑踏の中、ひときわ通る張りのある声が聞こえてきた。


「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。長耳のネェちゃん、これなんてどうやろ?竜族のダバ茶より美味しい恋ヶ沼茶やで!飲めば恋が叶うってんだから、多感な少女にはもってこいだ。1つ50フェン、いや、わてはいつだって恋する乙女の味方や、47フェンでどうや!」


ピンっと空に伸びたうさ耳を生やした少年は、満面の笑顔と鋭い目つきでシラギに詰め寄る。


「どうや〜恋ヶ沼茶は恋ヶ沼とおんなじ乳白色でとろけるような香りとほのかな甘みでほっぺた落ちるほどうんまいでぇ〜」


少年のマシンガントークはとどまるところ知らず、シラギの思考をからめとっていく。


「え、えーーーと、じゃあ1つ頂こうかしら、、、」


「ほい、おおきになぁ」


うさ耳少年の横に座っている垂れ耳ロップイヤーの少女が、眠たげな垂れ目で見上げながらお茶を袋に詰める。少年は、にぱっと愛嬌のある笑顔をシラギに向けるとお茶の入った袋を差し出した。


「また、贔屓にしてやー!ちょっとそこの猫耳のお兄さん、いいもんあるで!哀国の料理本、誰が作っても玄人の味が出せると評判や!身重の奥さんに作ってあげえや。」


猫耳の夫婦は、その場から動けずに財布を取り出そうとしている。すごい話術だ、マシンガントークもそうだが、相手をその場から離さない猛禽類のような目力と愛嬌を煮詰めたかのような笑顔による力が大きいだろう。


「あ!!マシロ!飛行船が動き出したわよっ」


宙に浮かぶ感覚に臓腑がぞわっとする。興奮にはしゃぐシラギとギンを横目に、俺は嬉国の技術に驚嘆していた。灰色の鉱石のようなもので作られた飛行船は、離陸もスムーズで揺れも少ない。機体についたプロペラが2つ回っているが、それだけが機動力になっているとは考えずらい。


「これ、どういう魔法かしら?喜びのマナは大地の魔法と相性が良いって聞いてたけど、まるで風の魔法ね。」


シラギは興味深げに船内を見回している。

そうか、この世界には物理法則なんて無視した魔法があるんだもんなぁ。俺は改めて魔法の力の異常っぷりに感嘆した。

しばし空の旅を楽しんだ俺たちは、無事に喜国内に着陸した。そこには、産業国家の技術の髄を集めたと思われる景色が広がっていた。この世界に来てから初めて目にする高層の建物が多く見られ、建物同士が複雑に連結している。路地には様々な種族が入り乱れて歩いている。所狭しと並ぶ商店や宿屋、飲食店などはどこも人でごった返している。


俺たちは適当な宿屋を見つけ、荷物を下ろした。今日はひとまず休み、明日から街を探索することにする。ギンがひとりで歩けるようになるまで、療養も兼ねて1週間ほど喜国に滞在する予定だ。


「喜国では、武器や防具、魔法道具なんかも買いたいな。もちろん、同盟の交渉も今度こそ成功させるわ。」


シラギは握りこぶしを作って決意を紅の瞳に燃やした。しかし、顔には旅の疲労も見られる。


「シラギ、明日からに備えて今日はもう寝よう。」


シラギは俺の顔をまじまじと見て、頬を緩めた。


「ふふふ、マシロの髪型、キドールみたい、くっふふふ。」


ギンもニヤニヤしながら俺の頭を見ている。

手を髪に持っていくと、飛行船で飛んだ時の突風でものすごい方向に髪が流れていた。頭頂部の髪は上に、横の髪はウーパールーパーみたいに横に広がっている。俺は硬い髪質なのでクセがつくとなかなか取れないのだ。


「それにしても笑いすぎだろっ!お前ら二人ともキューティクリストだから、剛毛の俺の気持ちなんてわからないんだ

。いっつもサラサラふわふわしやがってよお。」


「キューティー............??多分褒めてくれたのよね、ありがとうマシロ!ふふっまた、明日ね。」

「ぷくく、おやすみ。」


まだ笑いが収まらないシラギとギンが寝室に消えていくと、俺は一人、とりとめもないことを考えた。


今度こそ交渉がうまくいくといいなぁ。そして、虚無教団との戦闘のように武器が必要な時には少しでも役に立てるように、自分に合った武器を手に入れよう。しかし、飛行船で空からしか入国も出国もできないなんて堅牢な要塞のような国だよな。獣人っていうのは初めて見たが、本物の動物並みにふわふわの毛は、竜族の姫ユーリが見たらどんなに喜ぶことか。獣人達は毛づくろいや尻尾での感情表現など動作も動物らしさがあり、可愛いんだよなぁ。


俺は、宿の前の大通りの喧騒を聴きながら、ぼんやりと思いを巡らしているうちに眠りについていた。


※※**************************************************


翌日は、怪我の療養中のギンを宿に残してシラギと二人で買い物をすることにした。


「姫様に変な気起こしたら、狐火で火だるまにしてやるからな!!!」


この世界にもだるまってあるのかな、、。威勢の良いギンの怒号を聞き流しながら、俺たちは大通りに出た。


「えーーと、まずは武器屋さんに行って、魔法道具屋さんも覗いてみて、それから、保存食や回復薬も補給しましょう。明日から、交渉のために街で情報収集しようかなって思うんだけどマシロはどう思う?」


「いいんじゃない?旅に出てからずっと息つく暇もなかったし、喜国では少しゆっくり過ごそう。」


シラギもずっと気を張ってたのだろう、俺の言葉に安堵したのかほっと息を吐き出して微笑んだ。思えば、初めて国を出て他国と交渉しなければならないのに、見ず知らずの勇者と狐一匹しか共がいないというのも妙だ。怒国の筆頭長含め大人たちは何を考えているのだろう。


宿でもらった地図を片手に楽しそうに歩いていくシラギについていくと、石組みの無骨な外観の店にたどり着いた。

分厚く重たいドアを開けると、薄暗い店内には天井から壁まで所狭しと武器や鎧が並んでいた。商品に埋め尽くされて店の全貌が分からないほどだ。俺たちは、武器を物色しながら迷路のように入り組んだ店内を奥へと進んでいく。シラギは棚に並んだ弓を真剣な眼差しで見ている。


「あ、危ない!」


横を向きながら歩くシラギの前方には、天井から吊り下げられた槍の切っ先が見えた。俺はとっさに腕を掴んで引き止めた。通路の狭い店内で、意図せずシラギを抱きとめるような格好になった。


「うおっふぉん.........」


シラギが恥ずかしそうに目をそらした時だった。通路の奥、武器の隙間から垣間見えるカウンターから男の唸りが聞こえた。俺たちは、気まづさを感じながら微妙な距離感を保ちつつカウンターへと近づいた。


そこには、いかにも職人といった鶏ガラのように痩せ細った体に愛想のない無骨な人相の老人がいた。老人は、防具の修理中なのか、道具を両手に下を向いて作業している。


「あのぉ、武器と防具を買いたいんですけど、、、、」


老人は顔を下に向けたまま、壁に掛けられた料金表のような紙を無言で指差した。


「ちょっと、おじいちゃん!!またそんな無愛想な接客してぇ!お客様は神様なんよ!」


猫耳のすらっとした娘がカウンターの奥から顔を出した。にっこりとこちらに微笑むと店内を手で示しながら、元気な声で説明した。


「ここは、喜国でも歴史ある武器屋、世界各国のありとあらゆる武器と防具が揃ってるんよ。剣にしても両手剣、片手剣、短剣、長剣、蛇腹剣なんてのもあるんよ。弓なら飛距離と的によって素材や大きさ色々取り揃えとる。長ものなら、槍、薙刀、斬馬刀、狼牙棒、大鎌あたりやろか。飛び道具なら鎖鎌、手裏剣、苦無、流星錘。他には斧、旋棍、棍棒、槌鉾、多節棍、鉄拳、鞭とかやんなぁ。もちろん防具も盾、鎧、兜、籠手各種取り揃えとるよ〜。」


俺は周りを取り囲む古今東西の武器・防具を見回しながら、胸が高鳴るのを止められなかった。


これぞ異世界ファンタジー、、、、、、


いよいよ、勇者の旅っぽくなってきたぞ!!


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