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第9話 恥国

「さぁ、喜国は少し遠いわよ。徒歩だと10日間くらいはかかるわね。」


「姫様、喜国への近道を聞いたことがあるのですが、、、。」


「えーーーと、それは、、、もしかして恥国の沼を通る行き方かな。」


ギンはシラギに判断を仰ぐように、首を傾げて見上げている。


「恥国って恥の国か?何だか名前すごいな、変態しかいなさそう!」


俺がおどけて変顔をすると、シラギは真面目な顔で頷いた。


「うん、変態しかいないって言われているの。だから、通るのは危険かなって。」


「え、、、、そんな危険なほど変態性極めた集団なの?!見たいような見たくないような。」


「確かになぁ、、噂ばかり広まっていて実際に行ったり会ったりした話はほとんど聞かないんだよな、、。姫様、やはり通ってみませんか、恥国の沼!」


ギンも興が乗って来たのか、好奇心に満ちた瞳をシラギに向けた。


「うーーーん、二人が行きたいなら通ってみるかぁ。でも、通るだけだからね!危なかったら、走り抜けるからね!」


シラギは困った人たちとでも言いたげに俺たちを呆れた目で見ている。そんなシラギも珍しくて可愛らしい。


「そういえば、シラギって今何歳なんだ?」


「405歳よ。」


「............っ?!!!?!!」


俺が驚いて言葉を失っていると、ギンが不思議そうに言った。


「そんなに驚くことか?エルフの400歳として姫様は年相応だぞ。俺も姫様とほぼ同い年なんだ。おばばは今年で2506歳って言ってたな。」


そうか、エルフは長生きって言うもんな。しかし、405歳って俺の10倍以上生きてんのか。


「いやぁ、びっくりした。俺の世界にはエルフはいないし、人は長生きしても100歳くらいが限界だからなぁ。俺はまだ29歳だしな。これからは、もっとシラギに年長者への敬意を払わないとな。」


「やめてよ、マシロ。400歳って言ってもエルフではまだまだ若造扱いなのよ。それに、喜国の民も私たちと同じくらい長命の獣人族だし、この世界ではそんなに珍しいことじゃないのよ。」


シラギは俺の態度に少し不服そうに口を尖らせている。やはり、精神年齢は見た目通り高校生くらいなのかもしれない。あまり年寄り扱いされるのも嫌なのだろう。


俺たちは、そんなこんなで楽しく雑談も交えながら3日間歩き続けた。ギンが夜の見張りや料理もしてくれるので、やっぱり旅は快適だった。草原は気候も良く、晴れの日が続いていたが、3日目に森林に足を踏み入れるとあたりの様子が一変した。ジャングルのように蔦が生い茂っていて歩きにくい。


4日目の朝、まぶたに落ちる雫で目を覚ました俺の周囲は降りしきる雨の音に包まれていた。雨をしのぐためのフード付きのマントをかぶりながらの旅は、足元も悪く難航を極めた。

次第に雨つぶは大きくなり、その勢いも強くなっていく。昼をすぎた頃からは、雷雨となり、稲妻の光にシラギの顔が青白く照らされている。

森の深奥へと進むにつれ木々が増え、足元が一層悪くなり、俺は慎重に滑りやすい濡れた木の根を避けて歩いていた。その時だった、目が白むほどの閃光が辺りを包み、耳をつんざく轟音が足元から沸き起こった。目線を上げた時には、目の前の巨木がこちらに倒れてくるところだった。


「危ない!!!!」


注意喚起の声と同時に、1人の男が風のようなスピードで俺を抱き上げて跳躍し、危機一髪で巨木の倒壊から逃れた。


「マシロ!大丈夫??!」


シラギが焦った顔で走り寄ってくる、ギンも隣を走ってくる、2人とも無事なようだ。俺は、逞しい腕で俺を抱きかかえている男を恐る恐る見上げた。

引き締まった筋肉と精悍な顔立ち、短く刈り込んだ髪型はいかにも男らしい。しかし、何かが違う、、、そうか、服だ。男は鍛え上げた体が窮屈そうなメイド服を着ていた。クラシカルなデザインの裾の長い漆黒のスカートが風にはためいている。


「君達、恋の森の大嵐を知らないのかい??危ないから、嵐が収まるまで私の家で待ちなさい。」


男、おそらく男だろう、は本気で俺たちを心配してくれているようだった。目鼻立ちの整った凛々しい顔立ちだが、優しげな目元は、人を安心させるような雰囲気を醸し出している。シラギとギンを見ると、二人とも男の服を不安げに凝視している。


「せっかく親切に言ってくれてるんだ、家にお邪魔しようぜ。」


俺は、明るい声を出して二人を促した。

二人は躊躇いがちに頷くと、前を歩く男の後ろに続いた。


「ねぇマシロ、多分あの人は恥国の人よ。ついて行って大丈夫かしら。」


シラギが小声で俺だけに聞こえるように囁いた。シラギの瞳には不信感が色濃い。しかし、俺は命の恩人である男を疑う気持ちにはなれず、首を横に振った。


「俺には悪い人に見えないよ。実際、この嵐は予想外で、あの人が来なかったら今ごろ落雷で倒れた木の下敷きになってたよ。」


シラギはまだ不服そうに眉根を寄せていたが、諦めたように肩をすくめた。


「3人とも大丈夫かい?ここが私の家だよ。」


男が案内してくれた家は、お屋敷と呼ぶにふさわしい立派な煉瓦造りの洋館だった。男がしなやかな動作で重たそうな木のドアを開けて待っている。メイド服と洋館って裏切らない調和性だな、と俺はぼんやり思った。


玄関は広間のようになっており、螺旋階段が緩やかに二階へと続いている。燭台に乗ったロウソクによってセンスの良い落ち着いた内装が浮かび上がっている。


「こっちだよ。」


男について行くと、10人ほど座れそうな広いテーブルが置かれた食堂に着いた。


「少し、座って待っていてくれ。」


男がいなくなると、ギンがブルっと体毛についた雨粒を飛ばし、俺を見上げた。


「油断するなよ。あいつ見るからに変だし、ここは恥国の領土だからな。」


シラギも警戒するように辺りを見回している。


しばらくすると男が戻ってきた。手には湯気を立てたティーカップを乗せたお盆を持っている。お盆をテーブルに置き、小脇に挟んだ布を俺たちに渡しながら、男は話しかけてきた。


「寒くはないかい?この布で体を拭くといい。温まるからお茶もお飲み。私は、クーデル。恥国で医者をしている。君たちは、旅行者かな?珍しい服装だね。」


「おいおい、お前の方が変な服装だろ!医者って格好でもないしなぁ。」


ギンが鋭く突っ込む。その目は、クーデルを見定めるように光っている。


「おや、君は話せる狐なのかい?初めて会ったよ、生態が気になるなぁ。」


クーデルは興味深そうにまじまじとギンを見つめている。ギンは自らの失言に辟易したように困った顔をしている。


「私のこの服装は変なのかな。確かに、前に会った行商人も不思議そうに見ていたな。君たちは恥国がどんな国が知っているかい?」


俺たち3人はふるふると首を横に振った。


「恥国は、恋の森という激しい嵐が突発的に起こる森の中にある。そのため、旅人もほとんど通ることがないし、変な噂も蔓延していて、積極的に訪れる人もいないんだ。」


“変な噂”という言葉にシラギとギンがビクッと反応した。それに気づいてクーデルは悲しげに目を伏せた。


「君たちも噂を聞いたことがあるんだね。恥国は変な奴らの国だから危ないとかそんなところかな。確かに私たちは他の国の人たちと違うところがあるかもしれない。でも、私たちから見ると、その違いはエルフや竜族、獣人族、人魚、それらの違いと同じだけどね。私たち、」


「クーーーーデーーール!!!帰ってるの??!」


クーデルの話を遮るように、大きな声が屋敷に響いた。同時にドタドタと廊下を走るような音が聞こえてきた。


バンッ...........


勢いよく扉が開かれて、目の前にすらっと伸びた美脚が現れた。


「......?!?????」


ゆっくりと目線を下ろすと、可愛らしい黒目がちな目と目が合った。黒髪をおさげにしばりメガネをかけた少女が、逆立ちをしたまま部屋に入ってくる。


「やぁリナ、ただいまの挨拶が遅れてごめんね。お客さんをお迎えしていたんだ。」


リナと呼ばれた少女は、好奇心に満ちたキラキラとした目を俺たちに向けている。


「ふわぁ、お客様とは珍しいねクーデル!リナ、他の国のお話とか旅のお話とか聞きたいなぁ。」


「リナ、それも聞きたいけど、その前にお客さんにも私たちの国の話を聞いてもらわないとね。」


「そっかぁ、そうだよね!ギブアンドテイク!リナ、クーデルのお話も好きだから聞いてるね。」


リナは逆立ちしたまま、腕の力でジャンプすると椅子の上に手をついた。どうやらその体勢で話を聞くらしい。

クーデルはリナから目を離し、こちらに向き直るとゆっくりと口を開いた。


「恥国の民は、それぞれ何かしらに強い羞恥心を持っているんだ。でもその対象は一人一人違うんだよ。例えば、私はメイド服以外を着ていると恥ずかしくてたまらないんだ。リナは、足で歩くことが恥ずかしくてどうしようもないらしい。そんな感じで皆、消えてしまいたくなるくらいの恥ずかしさを抱えているんだよ。でも羞恥心を克服する私たちは、他国の人々からは滑稽な姿に見えるらしいね。」


いつの間にか、シラギもギンもクーデルの柔らかでニュートラルな声と口調に警戒が溶けている。リラックスした様子でクーデルの言葉に耳を傾けている。


「なるほど、、恥国は加護を受けているマナの感情が強く現れるのね。そういう国もあるって聞いたことあるわ。私たちは、怒りの加護を受けているけど、怒りの感情が強いわけではないから少し不思議な感じ。」


「なぁなぁ、恥国の人が得意な魔法ってなんなんだ?そんなにマナが強いなら、魔法も強そうだよな。」


ギンが期待した目でクーデルとリナを交互に見ている。


「私たちは魔法をあまり使わないようにしているんだけどね。いいよ、一回だけ見せてあげよう。」


クーデルは右手の人差し指を俺に向けると、くるりと指先を回した。その瞬間、俺の体は俺のもので無くなった。自分の意思に関わらず、手足が動く。クーデルの指先から一瞬たりとも目が離せない。くるくる回る指先に合わせて、手足が動く。クーデルが微笑みながら指先を俺から逸らした。


「ごめんね、口で言うより見た方が伝わるかなって。」


「すごい!!!操作魔法!それも最高級の操作魔法だ!人を操れるなんて!」


ギンが興奮気味に吠える。


「いやいや、そんなにすごいものでもないよ。相手のマナに干渉する魔法だから、自分よりマナが格上の人には効かないし、相手の意思を無視して意のままに動かす行為は褒められたものではないしね。」


謙遜するクーデルの目元にはどこか切なさが漂っていた。


「クーデル、恥国の娘のお話は?」


寝る前におとぎ話をねだる子供のようにリナがクーデルに問いかける。クーデルは柔らかな微笑みをリナに向け、頷きながら口を開きかけた。その時、外から笛の音のような旋律と暴風のような爆音が聞こえた。クーデルは顔を強張らせ、俺たちを見回した。


「奴らだ、ここは危ない、沼へ避難しよう。リナ、みんなを沼へ誘導して!俺は奴らの気をそらすから。」


言い終わると同時に、クーデルは軽やかに窓から外へと飛び降りた。


「みんな、こっちだよ。」


リナは俺たちを裏口へと誘導し、夜の森を逆立ちとは思えないスピードで駆けていく。追いかけながら振り返ると、黒衣の集団が屋敷を取り囲んでいた。集団は鎖鎌を巧みに操り、クーデルを追いかけている。クーデルは宙を舞うように攻撃をかわしつつ、集団を引きつけていた。


「あいつらは何なの??」


俺の問いかけにリナは振り返らずに答える。


「虚無教団の連中よ。近頃、各地で人をさらっているって噂よ。少し前から、この森にも現れるようになったの。」


「虚無教団?元々は敬虔な女神信仰の宗教じゃない。何でこんな野蛮な真似を、、、?」


シラギが驚いたように尋ねた。


「理由は知らないの。でも奴らはしきりに、女神様のために、世界のためにって言っているのが聞こえてくるよ。」


シラギとギンは怪訝そうに顔を見合わせている。


「もうここまで来れば、奴らも追いつけないはず!」


リナは雨に濡れた顔を拭い、振り返った。俺たちの目の前には、大きな沼が広がっていた。沼は乳白色をしており、薄暗い森の中で微かに発光している。降りしきる雨を吸い込む様は神秘的な存在感を放っていた。


「ここが、恥国きっての観光名所、恋ヶ沼だよ。クーデルが来るまでまだ時間がありそうだから、私が恥国の娘のお話をするね。昔々、恥国の村に、強いマナを持った娘がおりました。名をミミといいます。ある日、恥国に驚国の王子が立ち寄りました。昔々だから、まだ国と国の境目も曖昧で、世界の多数の国で交流があったのです。恥国の村娘ミミは、ひと目で王子に恋をしました。どうしても王子と恋人同士になりたかったミミは、王子に魔法を使いました。王子を意のままに操れるようになったミミは、毎日王子と一緒に過ごし、いつしか王子の子供を産みました。数年が経ち、ミミは自分が操って喋らせた言葉ではなく王子自身の言葉で愛を語って欲しいと思いました。そして、魔法を解いたのです。王子の瞳に意思が宿った時、王子はミミに告げました。僕は君を憎んでいる、と。ミミは王子の言葉に心を病み、自ら命を絶ちました。」


リナは一呼吸置くと続けた。


「これはね、恥国の民が魔法を無闇に使わないようにするために作られた話だっていう人もいるんだけど、リナは本当にあった話なんじゃないかなって思ってる。だって、、、」


俺たちがリナの話を聞いている間に大勢の人が、沼の周りに集まっていた。どの人もやっぱりどこか不思議な雰囲気を持っている。ふと視線を落とすと、俺の足元に首まで地中に埋まった男が二人いた。


「............????!!!!」


「やぁリナ、お話しが上手だね。」

「やぁリナ、お話しが上手だね。」


二人の男はユニゾンで話しかけてくる。瓜二つの眠そうなタレ目で俺たちを見上げている。


「あら、そんなとこにいるとまた踏まれるよ!まぁ私は絶対踏まないけどね、足を地面につけるなんて考えただけで恐しい!」


「リナ!!!君達も揃って無事なんだね!」


肩から血を流し、左足を引きずって歩くクーデルがこちらに向かってくる、、、、、。


「ふぎゃ」

「ふぎゃ」


「うわぁ!!ごめん、アメとグミ!気づかなかったよ。」


クーデルに踏み潰された男二人はふるふると頭を振っている。


「うん、大丈夫。」

「うん、大丈夫。」


クーデルは心配そうに二人を見ていたが、目線を上げて沼全体を見渡した。今では沼の周りに集まる人は100人以上いそうだ。


「...............っ!!クルスがいない!」


クーデルは焦ったように周囲を見回す。


「取り残されてるのかも、助けに戻らないと!!!」


血の気の失せた青白い顔でクーデルは森へ戻ろうとする。


「待って!!」


シラギがクーデルのメイド服の袖を掴んだ。


「あなた、戻ったら死んじゃうわ。ここは私が行く。私だって結構腕が立つのよ。」


「、、、でも、、あなたたちは、、」


「さっきは問答無用で私たちを助けてくれたじゃない。今度は私たちに助けさせて。」


クーデルはシラギの紅に燃える瞳を見つめていたが、決心したように深く頷いた。


「ありがとう。虚無教に私たちの魔法は効かないから、助かります。クルスはお面をつけた5歳の男の子です。いつも一人で隠れんぼしてるから、今もどこかに隠れているかも、、。」


「わかったわ、任せといて!」


シラギは背中に弓を背負うと森へ向かって走り出した。俺とギンは急いでシラギを追いかける。



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