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第8話 竜族の国 2

ユーリに紹介してもらった宿に泊まった俺たちは、翌朝マスターの焼いたパンとダバ茶を食べながら今日の予定について話していた。


「なんだか、朝っていっても薄暗くて昨夜と景色は何も変わらないのね。」


シラギは窓の向こうに見える路地を眺めながらため息を漏らした。木漏れ日に溢れ、木々のおかげで清浄な空気に満ちた森で育ったシラギにこの街の空気は合わないのかもしれない。


「俺はこういうアングラの空気も嫌いじゃ無いけどね。ところで、今日は朝一で族長のところに訪ねてみるんだよね。昨日のユーリの話や街の人たちの様子だと交渉は難しそうだけど大丈夫?」


「そうね、旅に出るときに筆頭長に言われたの。同盟を組むのは簡単では無いだろうけど、粘り強く、シラギらしく交渉しなさいって。できる限りやれることはやってみるつもりよ。一度くらい断られても諦めないわ。今日はまず相手の出方を伺うことが目的って考えてる。」


シラギは薄桃色の口元を引き締め、紅の瞳に決意を宿した。


「そっか、俺も説得できるようにサポートするよ。」


俺は自分のできることの少なさにわずかな悔しさを感じながら、シラギに頷いた。


宿のドアを開けた時、後ろからマスターの静かな声が聞こえた。


「怒国と竜族の確執はユーリが思っているよりも遥かに重い。あの子はまだまだ子供で考えが浅い。だが、世間知らずで向こう見ずな子供は見ていて嫌いじゃない。お嬢ちゃん、君もユーリと同じ匂いがするよ。死なない程度に頑張りなさい。」


俺とシラギが驚いて振り向くと、マスターは何食わぬ顔でグラスを磨いている。


「マスターありがとう、私たちをかくまってくれて。」


確かに、あんな敵意に満ちた街を夜更けまで歩いていたら、無事で済まなかったかもしれない。「泊まる」ではなく、「かくまう」と言ったシラギの言葉に俺も同感だった。

宿の外に出ると、薄暗い路地にランプや松明の炎が揺らめく景色は変わらないが、人の気配はほとんど感じられなかった。どうやらこの街全体が夜型らしい。ほとんどの店はまだ開いていないが、ポツリポツリとパンの焼けるような匂いを漂わせる店が開店準備をしている様子が見える。


勇国の族長らが勤める行政機関は、街の中央にそびえる城塞の中だ。マスターに聞いた道順を進んでいくと、市街地から徐々に景色が変わり、大きく堅牢な作りの建築物が増えていく。ついに到着した城塞の門は、地下洞窟の入り口にあったものと同様、竜の彫刻が彫り込まれた巨大なものであった。しかし、昨日の門の竜の目に金色の宝石が埋め込まれていた代わりに、目の前の門には屈強な門兵が2人睨みを聞かせて立っていた。


「私たちは、怒国から参りました。勇国の族長アニスに面会を申し込みたいのです。」


門兵は胡散臭そうに俺をジロリと舐めるように見た。しかし、シラギが差し出す手形のような札を見ると、横柄な態度で頷いた。


「いいだろう。族長は西の塔の最上階にいらっしゃる。」


門兵は、持っている槍の切っ先を塔に向けると、ゆっくりと開門した。しかし、それ以降こちらには見向きもせずそっぽを向いている。


「姫様、行きましょう。」


緊張に顔を強張らせるシラギを気遣うようにギンが寄り添う。


西の塔は街の中で一番高く、洞窟の天井まで届きそうなほどそびえ立っている。俺たち3人は、重苦しい雰囲気の石の階段を登りきり、最上階の部屋へたどり着いた。重そうな焦げ茶色のドアの前で深呼吸し、ノックする。


コンコン........


「どうぞ〜」


若い女性の声が中から聞こえる。キャピキャピしたこの声どこかで聞いたような、、、


俺たちはゆっくりと扉を開き、薄暗い部屋の中に入った。室内はワインレッドの絨毯が敷き詰められ、暖炉では暖かな火が爆ぜている。いかにも執務室らしい部屋の中央には座り心地の良さそうな立派な椅子と大きめのデスクが置いてある。椅子には長く伸ばした白髪を束ねた老人が座っており、その側に女性が一人立っていた。


「昨日ぶりだね、ギンちゃんと愉快な仲間たち♪」


陽気に話しかけてきたユーリは、動きやすそうな簡素な鎧をつけ、金髪を結い上げているため昨日とは別人のように凛々しく見える。親しげに俺たちに話しかけるユーリを老人はちらりと横目に見ると大きなため息をついた。やはり、あまり歓迎ムードではなさそうだ。


「ユーリ、お客人に無礼では無いか。もう少し一国の姫である自覚を持ちなさい。」


老人はユーリに厳しい目線を向けると、展開についていけずに困惑顔の俺たちへと視線を移した。


「昨晩は、我が国の姫がご迷惑をおかけしたようで、お詫びいたします。それで、辺境の勇国までわざわざご足労いただいたご用件は?怒国の者の顔を生きている間に再び見ようとは思わなかったが、よっぽどのご用とお見受けする。」


「おじいちゃん!そんな突き放すような言い方しないでよ!」


「お前は黙っていなさい。」


老人にすごまれて、ユーリは不満げに唇を尖らせたままの形で口を閉ざした。俺とギンは、さらっと明かされたユーリの正体への驚愕を隠せず息をのんだ。


しかし、シラギは落ち着いた様子で紅の瞳に強い意志を宿し、交渉の口火を切った。


「私共こそ昨夜は姫君だとは知らず、無礼な態度を取ったことをお許しください。私が怒国から勇国に来た理由は1つ、竜討伐のための同盟を組むためです。近頃、竜の封印が弱化してきていることはご存知かと思います。竜の封印が解けてしまい、討伐戦を行う際には、是非とも世界最強と名高い竜族の戦士も共に戦って頂きたいのです。」


「怒国の姫よ、よく我らの前で竜の封印の話ができますな。」


老人の目には暗い光が灯っていた。シラギは負けじと瞳に決意を宿し、言葉を続けた。


「竜族はその名の通り、竜と人との混血の一族。竜との繋がりが強いことは存じております。しかし、封印されている3頭の竜は凶暴かつ膨大なマナを持っています。解き放たれれば、世界中の民が恐怖に慄くことになります。どうか、竜討伐連合についてご一考下さいませ。」


「あの3頭の竜、竜とういうのもおぞましい巨獣は、決して我らの先祖の竜と相入れるものでは無い。似て非なるもの。故に、我らと封印されている竜は無関係。しかし、討伐には決して協力しない。怒国の者の顔など見たくも無い。即刻、我が領国から去られよ。」


族長は怒りに金色の瞳を光らせて、敵対心と嫌悪感に顔を歪めて絞り出すように言葉を紡いだ。

シラギは困惑した表情で眉根を寄せながらも、懸命に引き止める言葉を探しているようだった。


「シラギ姫は素直で真っ直ぐで、とても良い子なのに、、、」


ユーリが悔しそうに呟いた。それを聞いた族長は目を伏せて続けた。


「それでも、わしの決定は変わらぬ。即刻、この部屋からもこの国からも出て行かれよ。」


俺たちの顔を見るのも耐え難いといった態度で、族長は顔を背け唾を飛ばしながら怒鳴った。この場に留まれば命の危険さえ感じる殺気に、俺とギンは縮み上がった。


「しかし、私は民と国のために交渉しに参りました。なぜ、同盟を組んでくださらないのか、なぜ、怒国を毛嫌いされるのか納得できる理由を聞かせて頂けなければここから一歩たりとも動きません。」


シラギは気丈にも、族長の剣幕に剣幕で対抗していた。両者の間に一触即発の緊迫した空気が張り詰める。紅の瞳と金の瞳が両者一歩も譲らず交錯している。族長が腰に差した剣に手をかけた、その時だった。


「二人とも〜そんな怖い顔しないでよぅ。素敵な顔が台無しだぞっ。」


ユーリの間の抜けた声で一瞬にして緊張した空気が壊れる。


「シラギ、ごめんね。族長は昔堅気で、頑固なんだ。許してあげて。おじいちゃんもさぁ、こんな年下の女の子に何ムキになってんのさ。でもねシラギ、ごめん同盟をすぐに組むことは難しいんだ。ここは一旦、引き下がってほしい。でもね、ヒントをあげる。純血の竜は、1万年前に1匹たりとも残らず滅びたよ。私たちはその竜の血を引いているけど、もう竜はどこにもいない、竜の谷にもね。」


ユーリは静かに話し終えると、困ったような表情で微笑んだ。


「ユーリ、、、、!!余計なことを言いおって!」


ユーリの発言を聞いていた族長は怒った顔でユーリを睨みつけている。


「さぁさぁ、もうお帰りって!」


ユーリは俺たちの背中を押して、部屋から出た。


「せっかく会えたんだもん。竜の門までお見送りさせてよ。」


それは俺たちが本当に勇国を出たのか確認するためとも取れたが、俺はユーリが友愛を込めて見送ってくれるんだと、そう思いたかった。シラギやギンもそうなのだろう。二人ともユーリに力なく微笑み返している。


街の入り口を通り過ぎ、暗い洞窟の1本道を4人で歩いていく。

底なしに明るくておしゃべりのユーリだが、何かを考えるような顔で静かに歩いている。

竜の門の隙間から光が細く差し込んでいる。草原と地下洞窟の境へと辿り着いた。


「ユーリ、本当にありがとう。きっと、また会いましょう。」


シラギの別れの言葉を残して、門が開く。久々の太陽光は地下に慣れた目には眩しく、目を細めながら地上へと足を踏み出す。

振り返ると、ユーリはまだ何かを考えているように眉根を潜め小さく唸っていた。


金色の瞳を光に反射させながら竜の門は、大地を轟かせゆっくり閉じていく。もう二度とこの門をくぐることはできないのではないだろうか、そんな不吉な予感が胸をよぎった時だった。ユーリが顔をこちらに向けて、声を張り上げた。


「いつでも帰ってきて!わたしが助けになるから!」


ユーリは真摯な顔で、俺たちへの全力の親愛を訴えている。ユーリは大きく手を振りながら、名残惜しそうに俺たちを見送っている。その手には、何か光るものが握られている。刻々と門の隙間は狭まり、ユーリの顔もかろうじて見えるほどとなった。その時、ユーリは握っていたものをこちらに向かって思い切り投げた。ユーリの指先を離れ、門の隙間を抜けて、それは俺の手のひらの上に落ちた。キラリと光る金色の石が埋め込まれたネックレスだった。金色の石は木の枠に埋め込まれ、紐は鎖でできたそれは、ネックレスと呼ぶにはあまりに無骨だった。


門は完全に閉じ、あたりには静寂がたちこめていた。


「それ、何なのか私知ってるわ。」


シラギがネックレスを指差して声を震わせた。


「竜族の【ゲート】よ。」


紅の瞳を潤ませたシラギは今にも泣き出しそうだった。


「ゲート??」


「ゲートっていうのは、特定の場所に瞬間移動するための媒体よ。ゲートは1回しか使えないし、作るには多大なマナを必要とするし、素材も貴重なものでしか作れないから、早々お目にかかれるものではないわ。でもね、わたし聞いたことがあるの。竜族の戦士は、戦に行くときに必ずゲートを持って行くって。そして、そのゲートは勇国に、竜の門に繋がってるって。戦士は、負傷して自分の死を確信するとゲートを使って、勇国に戻ってこの地で最期を迎えるのよ。戦士がこの門に帰ってくるのは、勝利か死の二択。このゲートは、竜族の戦士の証。誇りと気高さの結晶なの。」


俺は、負傷を治癒するために戦場を離れて帰国することを選ばず、死をもって帰国する戦士のことを思った。そして、このゲートをくれた世界最強と名高い戦士の国の姫のことを思った。


「俺たちは、勇国と同盟は結べなかった。だけど、勇国には友達ができた。今はそれで充分だよ、シラギ。」


シラギは涙を堪えるように唇を強張らせ、深く頷いた。


「そうよね、ユーリは私たちは悪くない、間違ってないって伝えてくれた。次の国でも、真っ直ぐに私らしくやってみるわ。」


俺たちは、決意を新たに次の目的地【喜国】を目指す。








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