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プロローグ1


「弥生さん、弥生馬白(ヤヨイマシロ)さん。」


名前を呼ばれて、読んでいた台本から目を上げると、銀縁眼鏡に事務的な微笑みを映した女性と目が合った。

女性は軽く頷き、


「順番、次ですのでご用意下さい。」


と言って、側の扉を開けて中に入るように手で勧めた。


俺は、左手を強く握りしめながら深く息を吸って吐いた。

ー俺は無敵、俺は最強、俺ならできる。

呪文のように心の中で唱える。(緊張した時に毎回行う俺の中では定番化した儀式なのだ)


部屋の中には白いテーブルと椅子が置いてあり、奥には3人男が座っている。


「それでは、劇団ユナイテッドの夏公演《銀河の果てに》主演、アユム・ヒロタの面接を行います。名前と志望動機を1分で述べたあと、渡しておいた台本の演技をして下さい。」


「はい。弥生馬白29歳、劇団そらのまんなかに所属しています。劇団ユナイテッドの公演は欠かさず見に行っており、斬新な演出や独自の世界観に魅了されます。私は顔は地味ですが、自分の中にある感情の豊かさと演技の精密さに自信を持っています。劇団ユナイテッドでも存在感を発揮できる役者になりたいと思っています。よろしくお願いします。」


俺は、緊張で早口になる唇と冷や汗が伝う額の感触に焦りを感じた。

ー志望動機はどうでもいいんだ。この後の演技に集中しなくては。

息を吸って吐く、演技に入り込むーーーー


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


面接を終えた俺は、面接の会場が入っていた高級ホテルの入り口にへたり込んでいた。(これがほんとのヘタレってやつか)


ー今日もだめだった。


演技を終えた後の面接官の表情は三者三様、能面のような無表情と貼り付けたような愛想笑い、そして虫ケラを見るような無関心な顔だった。


確かに俺は特徴のない地味な見た目をしていて、決して舞台受けするとは言い難い。ザ・日本人といった感じの一重まぶたに低い鼻、平たく抑揚のない顔立ちに、168cmという日本人平均身長以下の身長。おまけに、筋肉など皆無で骨と皮のもやしっ子なのだ。きっと、演技力が足りないんじゃない、この凡人極まる見た目が俺の役者人生を阻んでいるのだ。


「はぁ、、。感情の豊かさと表現力、演技の幅にも自信あるんだけどなぁ。」


思わずため息と共に心の声が漏れる。


そうなのだ、感情表現のダイナミックさとバリエーションには自信があるのだ。だから役者になれると思ったし、なりたいと思った。


俺が役者になりたいと思ったのは小学校4年生の時だった。幼少期の頃から度々、自分の中にある膨大な感情の渦にのまれることがあった。例えば、庭に雀が死んでいた、それだけで悲しみの海に沈んでいくようにぽとぽとと泣き続け1ヶ月間瞳を潤ませていたこともある。また、好きな女の子に名前を呼ばれて、なんだか嬉しくなって、踊り狂ってしまうほどの嬉しさを発散するために半年間毎日その子の名前をノートに100回ずつ書き続けた。


気持ち悪いと人は思うだろうし、自分でもキモいやつだと思う。ただ、全ては感情力の豊かさ故だと、むしろ役者になるには長所だくらいに思ってきた。


情緒不安定野郎が役者になれる訳ないと罵られようと、俺は、諦めない。


頭の中で、どうにか自分を納得させ、夢に手を伸ばし続ける活力を保とうと無理矢理な理論を構築する。


ープルルルルプルルル‥‥


足の付け根、ポケットの中の携帯電話が震えた。


慌てて携帯をまさぐり取り出す。

早すぎるが、もしかしたら面接結果の知らせかもしれない。


《母さん》


興奮に熱くなった心が、一瞬で冷めていく。

着信は、紛れもなく生みの親である母上殿からであった。

今は話したくないなぁと思いながら、携帯画面を見ながら逡巡していると、着信からお留守番メッセージの画面に変わった。


「今日の面接どうだったの?!劇団ユナイテッドの主演なんてなれたら一気に花道街道駆け上れるじゃない!30歳までに役者として芽が出なかったら、夢じゃなくて現実を見て堅実なサラリーマンとして生きていくっていう約束忘れてないよね?お母さんはあなたの為を思って言ってるのよ。たしかにお母さんはお母さんの物差しでしか判断することはできないわ。でも、あなたは私の物差しで育てた子なの。勝手にしなさいとは言えないわ。幸せになってほしいと思ってるのよ。サラリーマンも悪くないわよ、安定してるし。‥‥来月の誕生日は好きなもの沢山作って待ってるから帰って来なさいね。‥‥面接の結果、分かったら教えてね、、、。」


「はぁ。」


俺が面接に受かるって微塵も信じてくれてなさそうだ。

もともと猫背な背中を一層丸くして、俺はトボトボと駅に向かって歩いていた。

焦燥と悲壮と痛憤に頭が痛くなってきた。


ーその時だった。



プーーーーープップーー!!!!!



耳をつんざくような甲高いクラクションの音に驚き、振り向くとすぐ目と鼻の先にトラックのライトが見えた。



〝轢かれる!!!!〟



反射的に目をぎゅっと強く閉じた........



瞬間



‥‥‥‥‥‥‥んん??何もおきない、、痛く、ない??



俺は恐る恐る目を開けて、トラックがいた方向を見た。



目の前には、トラックではなく女の子がいた。









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