積極的な無口女子の強襲

作者：ちょくなり

短いですが、楽しんで頂けると嬉しいです。

「私と、付き合って。」

高校生になって早1ヶ月。

例年のように五月病に掛かり、さらに今年のは環境の変化のせいか一層の気怠さを感じる。

症状も深刻らしく、幻覚と幻聴まで引き起こしたみたいだ。

「…今日は早めに寝るか。」

眉間を右手の親指と人差し指で摘み揉みほぐしながら、俺はそう呟いた。

まさか昼休みに賑わう教室で、どストレートに告白してくる美少女など居るはずがないだろう。

「……。」

…おかしいな、かなり目の調子が悪いみたいだ。

幻覚であるはずの俺の席の前に立つ美少女が消えてくれない。

いつもなら騒がしい教室内も、ヒソヒソ話が聞こえてくる以外は静まり返っている。

「聞こえなかった？私と…。」

「オーケー、場所を変えよう。」

俺は現実逃避を諦め、目の前に立つ美少女『神木(かみき)　由里(ゆり)』の手を取って廊下へと出た。

「…神木さん、だよね？どうしてあんなことしたの？」

「……。」

人気(ひとけ)のない校舎裏まで彼女を連れて来て、さっきの本意を聞いてみる。

しかし彼女は無言のまま俺を見上げ、不思議そうに可愛らしく首を傾げるだけだった。

その仕草は胸にグッとくるものがあったが、今は堪えてなるべく優しく注意する。

「冗談であんなこと、言ったらいけないよ？」

断っておくが、俺と神木さんとの接点はない。

中学も違うし、クラスだって違う。

神木由里は入学当初から『可愛い女子』の話題には必ず名前が挙がる美少女だ。

無口でミステリアスで、彼女に交際を申し込んで撃沈した男子は俺が知るだけでもすでに二桁に達している。

対して俺はパッとしない普通の男子高校生。

部活にも所属していないし、中学からの友人はいるからボッチという程ではないが、休み時間を1人でスマホを弄って過ごすこともあるくらいに交友関係は狭い。

「冗談じゃ、ない…。」

彼女の表情は変わらないが、声色に怒りが滲んでいる。

10センチ以上背の低い彼女の威圧感にたじろぎながらも、その大きな瞳から目を逸らすことができない。

「…どういうこと？」

「……。」

ならば何故、あんなことをしたのか真意を聞こうとしたが返事はない。

俺はため息を吐いて、冷静になろうと努める。

接点のない美少女からの告白。

本人は本気だということだか、流石にそれは信じられない。

ならば普通に考えれば罰ゲームか何かか…。

それを問い詰めたところで答えは返って来ないだろう。

それなら、お互いに一番ダメージが少ない方法は…。

「ごめん。神木さんのことは噂でよく聞くし、実際に可愛いとは思うけど、よく知らない人と気軽に交際する主義じゃないんだ。」

『だから、ごめんなさい。』と誠意を込めて頭を下げる。

もったいないことをしているとは思うし、冗談だったとしてもダメ元で告白を受け入れた方が、彼女との接点が出来て関係が進展する可能性は上がるのかも知れない。

しかし、俺は臆病なのだ。

変に夢を見て傷付くくらいなら、身の丈に合わない期待はしない。

「…っ。」

頭上から息を呑む音が聴こえて、恐る恐る顔を上げると…。

「ぅっ……、っ…。」

「ぁっ…。」

神木さんが顔を歪め、声を押し殺して泣いていた。

想像とは違った反応と、悔しそうに歯を食いしばり俺を睨む神木さんに圧倒され、俺は言葉を失くす。

「……たのに。」

「ぇっ…？」

「『オーケー』って、言ったのに…！」

確かに、言った。

しかしそれは告白の返事として言ったわけではない。

なんとか弁明しようと口を開くが、言葉が出てこない。

「えと…。」

「なんで…、ダメなの…！？」

絞り出したような神木さんの声は、震えていた。

怒りと悲しみが多分に含まれたその声色に、俺の中で罪悪感が膨れ上がる。

けれど、この感情に俺は覚えがあった。

いつだったか…、そうだ。

歳の離れた姉の娘、姪っ子と遊んでいる時に似たようなことを言われた事がある。

危険な遊びを真似しようとした姪に、『君が大事だから、止めてるんだよ。』となんとか言い聞かせたが、その時の姪と今の神木さんが重なったのだ。

それに気づいた俺はふっと力が抜け、気づけば神木さんの頭を撫でていた。

「ごめん、俺の言い方が悪かったね。神木さんと仲良くしたくないって事じゃないんだ。」

優しく、神木さんを刺激しないように小さい子にするように語りかける。

頭を撫でられた神木さんは口をポカンと開き、大人しく俺の言葉を聞いてくれている。

「ただ、神木さんが俺のどこを好きになってくれたのかとか…、一緒に過ごした時間が短過ぎてわからないんだ。だから、このまま付き合って、やっぱり俺が神木さんの思っているような人間じゃなかったらと思うと少し怖い。」

『短い』どころかほぼ初対面なのだが、そこは置いておく。

「それに俺も、神木さんのことをよく知らない。第一印象だけで言うと、大胆で驚いたけど想像してたより感情も豊かだし可愛いと思ったよ。」

そう微笑みかけると、神木さんが少し赤くなった。

やっぱり口数は少なくても意外と表情には出やすいのだと確信して、俺の笑みが深まる。

姪と重ね合わせたせいか、どこか幼く見えてそんなところも可愛いらしく思った。

「焦らないで、ゆっくり仲良くなれないかな？いきなり付き合うっていうのは俺にはハードルが高くてさ。まずはお友達になりたいんだけど、どう？」

最後に『お友達から』という、我ながら無難な提案を持ちかけた。

いつの間にか泣き止んだ神木さんが、ポーッとした表情で俺を見ていて、数秒後にハッと再起動する。

その様子を見ているだけで微笑ましくて、俺の頬は緩みっぱなしだった。

やがて何かを考え込んでいた神木さんが顔を上げて、口を開く。

「…結婚を前提になら、いい。」

「んんっ…！？」

俺は自分の耳を疑い、固まった。

『それはもう友達どころか、恋人関係すらすっ飛ばしてないか？』と自問自答を繰り返していると、俺の困惑を読み取ったように神木さんが付け足す。

「…大丈夫。あなたは私の思っていた通りの人だったから…。それに、私も頑張る。」

むんっと両手を胸の前で握り締める神木さんは悶えそうになるくらい可愛かったが、なんとか理性をフル稼動させて堪える。

「あぁっと…、でも、焦らなくても良くない…？」

「ダメ。あなたを他の人に渡したくない。」

『俺はそんなに人気物件じゃないんだけど…』と、苦笑いが漏れる。

しかし、頑(かたく)なになって力強い瞳を向けてくる神木さんに、もうこれ以上の説得は無駄だと悟った。

それに、きっかけは謎なままだが、俺もここまでストレートに好意を向けられて嬉しくないわけがなかった。

「…わかった。正直、俺の方はまだそこまで気持ちが追いついてないけど、今日で神木さんの事をもっと知りたくなったよ。」

俺はスッと手を差し出した。

「あくまで今は友達だけど、これからよろしく。神木さん。」

「……。」

無表情に戻った神木さんが、ジッと俺を見て手を取ってくれない。

自然と俺の頬が引きつり、『これはもしや、冗談でしたパターンか？』と身構える。

「…神木さん？」

「…名前。」

この短時間でなんとなくわかるようになってきた神木さんの表情は、不機嫌さを表しているように思えた。

声色も、さっきより低く冷たい。

「あの…。」

「名前で、呼んで…。」

どうやら苗字で呼ばれるのが気にくわないらしい。

小さく安堵の息を吐いて、俺は覚悟を決めた。

「よろしく、ゆりちゃん。」

「…うん。」

パッと見た感じ無表情のままだが、頬は薄く赤に染まり、よく見ると口角も上がっている。

今度は手を取ってくれた事に満足して、その照れ笑いに気の緩んだ俺もお願いしてみた。

「俺のことも、名前で呼んでくれる？」

「……。」

途端に困った無表情になるゆりちゃん。

「…名前。」

さっきと同じ言葉だが、ニュアンスが違いそうだ。

「…うん？」

その意味までは図り損ねて、首を傾げる。

「…名前、教えて。」

「知らないの！？」

告白する相手の名前を知らないなんて有り得るのか！？

いったいどこまでが本気なのか、彼女の心の内を知る術はなく、俺は愕然とするのだった。

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