第2章 世界樹の聖女
視覚を焼き切るような真っ白な光。
あまりの眩さに目を固く閉じる。
その後、意識はゆっくりと現実世界へと浮上していった。
片方の頰にそよぐ風が当たる。
仄かに薫る緑の香りと、もう片方の頰に触れる柔らかな草の感触。
瞼越しに金色の木漏れ日がゆらゆらと揺れているが分かる。
背中を温める優しい日差し。
どうやら俺はうつ伏せの体勢で倒れていたようだ。
身体には痛みなどの異常はない。しかし、惰眠を貪るには最高な気候に意識はなかなか覚醒してくれない。
昼寝の習慣が全くなかったが、これはなかなか乙なものだ。
──いや、起きろよ
そのまま寝返りしようとしたところ、ようやく我に返った俺は重たい瞼を押し上げた。
「……」
目の前の輝きに思わず眉を寄せる。
まばゆい金色の光を若葉や苔が照り返し、容赦なく俺の眼球を射ってくる。
気怠い身体を起こしながら俺は目を擦った。
──この世界の季節は春なのだろうか?
一番苦手な季節を今年は二度も迎えることになるとは、思いもしなかった…
そう心の中で盛大に愚痴っていたが、何やら片方の目元に貼り付いているかのような違和感がある。
蝶が目元に留まり羽を揺らしているのか、葉が瞼の上に付いたのか、風に揺られて薄い膜がぱたぱたと俺の頰を軽やかに叩く。
正体を探るため視界に意識を向ければ、右側の視界の端に白い影がひらひら舞っている。
どうやら、大きな花弁のようだ。
当然のことながら、俺は目元に付いた花弁を取ろうと指で摘んだ。
しかし、そのまま取ろうと引っ張ったところ、白い花弁はするりと俺の指をすり抜けて再び顔に貼り付く。
「……?」
もう一度試してみるが、やはり花弁は滑るように俺の指の間から逃げ果せた。
──諦めよう
何となく、花弁を引っ張ると何故か俺の瞼まで引っ張られたような感覚もあり、少し痛い。
まるで眠っている間、何者かに接着剤で貼り付けられたのではないかと疑ってしまう程に強情だ。
これはすぐには取れない。
確かに視界の一部をヒラヒラ遮ってくるのは鬱陶しいが、今は他にも気を回すべき事柄が多い。
──そう、こんなことより、白花を探さなければ
彼女はどこにいるのだろうか?
それに、ここが緊急離脱を要する場所である可能性がないとは言えない。
俺は身を小さく屈めたまま辺りを見渡した。
花弁と戯れていたる間に俺の目はすっかり金色の世界に慣れていたようだ。
視界に広がる世界の情報をしっかりと俺の脳に届けてくれた。
だが、仕事をしてくれた眼球には悪いが、俺の脳が処理に追い付いていない。
「…………」
そうかそうか、理解するにはまだ情報不足か、では遠慮するな、とばかりに目は大きく見開き、更に俺の脳に情報を提供してくる。
──違う。俺は驚いているだけだ。
──いや、驚いているから目を見開いたのか…
目の前に広がる風景は現実とはかけ離れた、まるでゲームの世界に入り込んでしまったかのような非現実的なものであった。
一体どのように説明していけばよいのか。
まず、ここは巨大な樹の頂なのだろう。
俺が立つ場所はほぼ平らな面であり、ふかふかと苔生す箇所や、小さな茂みも所々に点在している。
奥の方には泉のような煌めきも見えるため、俺は最初に壮大な若葉の森の中にいるのだと思った。
しかし、緑に覆われていない剥き出しとなった箇所は全て木の表皮である。
緩く隆起を繰り返し、細やかに波打つ乾いた木の皮の地面。
それが、校庭程の空間一面に広がっている。
四方は崖のように切り出されており、遥か下方から大木の如き枝々が更に天へと向かって伸び、頭上で日に透けるような若葉を揺らす。
天上の舞台。そのような神聖な場所に俺は倒れていた。
だが、何故だろう。
黄金の木漏れ日が幾重にも降り注ぐ美しい新緑の空間に、俺は身体の芯が冷え込むような不気味さを感じた。
薄く柔らかな若葉を揺らし、頬を撫でる風は生き物の吐息のように生温かく、捻れながら伸びゆく大樹の枝は歪で、まるで天に助けを求めているかのようにも見える。
──ここが世界樹
もし儀式に成功していればこの世界に生きる多くの生命を奪っていたという。
それならば、この神々しい世界に嫌悪感を抱くのはある意味当たり前のことなのかもしれない。
──とにかく、白花の元へ行こう
まずは彼女が無事なのかを確かめなければ
辺りを見渡し人影がないことを確認した俺は、世界樹の上を歩く。
白花がいそうな場所。
辺りを見渡した俺には大体見当がついていた。
丁度広間の中央部に小さな泉がある。
その中心に浮かぶ中島。
小さな丘の上には何やら石の台座のようなものが見える。
彼女がいる場所はおそらくあの辺りだろう。
早速泉へと向かおうとした俺が一歩を踏み出すと、スニーカーが何かを蹴った。
乾いた木の音が響く。
足元に転がったのは、夢の中で俺を乗せ最後まで運命を共にした戦友。
黒いローブを纏った男が持っていた、丈の長い杖だった。
よく見れば、杖と一緒に俺の背負っていたリュックサックも無造作に転がっている。
──よかった。後で中身も確認しておこう
杖の方は嵌め込まれていた白い石が外れてしまったらしく、留め金の部分から上下に分断されていた。
白い石が辺りに転がっていないところを見ると、世界樹と同化する術式の発動中、負荷に耐えきれず崩れてしまったのかもしれない。
完全に俺の想像ではあるが、あの石はあからさまに魔法的な感じで光っていたし、魔法を使うための電池のような役割をしていてもおかしくはないだろう。
杖は一本の枝をそのまま加工した一品であり、一見シンプルに見えるが、Y字型の上部と真っ直ぐな棒型の下部の間に魔石を噛ませるデザインは、なかなか遊び心が効いておりセンスがいい。
しかし、よく見れば杖は先が欠け、俺を乗せて魔法陣に特攻を決めた時よりも30cm程短くなっていた。
かえって持ち運びには便利かもしれない。
俺は地面に転がっていた鞄を開け、杖の上側を中へとしまった。
そして、下側はそのまま手に持つ。
この場には俺や黒いローブの男の痕跡は残さない方が賢明だろう。
いつここに16人の司教とやらがやって来るかも分からない。
世界樹の術式を妨害した原因である俺の存在は、相手に悟られないに越したことはない。
俺は鞄を背負うと、相棒となった杖を手に泉へと歩みを進めた。
周囲の様子に気を配りながら進んでいた俺は、泉に近付くにつれてこの空間において更なる奇妙な点に気付く。
世界樹の頂。
ここには生き物が一切存在していないのだ。
花の蜜を求めはためく蝶も、獲物を求め隊列を組む蟻達も、茂みを蹴れば沸き上がる羽虫達も、そして、それらを啄ばんでは囀る小鳥の姿でさえない。
生命の息遣いを感じることのない、一見無機質な箱庭の春。
だが、生温かな風は確かに何かの息遣いを運び、俺の頰をねっとりと撫でていく。
美しくも恐ろしい悪夢の世界の中を歩き進んだ俺は、そう経たずして泉まで辿り着いた。
泉から小さな中島までは、四角く切り出された石を沈めて作られた簡素な橋が架かっている。
俺は一応持っていた杖で水上の石畳を軽く叩いてみてから橋を渡り始めた。
泉の水は透き通ってこそはいるが、温く滞留した水底からは何故か時折小さな気泡が上がる。
ぴちぴちと小さく弾ける気泡の音に、俺は思わず泉の中へと視線を移した。
捻れた木の枝が絡み合い、複雑に編まれて創り上げられた水底。
湛えられた水は鏡となり、木漏れ日を白く照り返す。
透き通った水鏡は、無遠慮に覗き込む俺の姿もはっきりと映し出した。
「……は?」
俺は思わず声を上げる。
鞄を背負った学ラン姿の褐色肌の男。
これは間違いなく俺だ。
しかし──
「うわ…」
俺の口から思わず悲嘆と途方に暮れた声が漏れた。
──なるほど、なるほど、これは酷い
──あの男が頭を撫でた理由はこれか
水面で俺の顔をした白髪の男が、痛々しいものを見るような目で此方を見つめている。
誤解しないで欲しいのだが、俺は決して白髪を侮辱しているわけではない。
地味に生きてきた16歳男子の頭が突然、コスプレ用ウィッグを被ったが如く真っ白に染まってしまったのだ。
ショックである。
そして、恥ずかしい。物凄く。
原因は勿論あれだろう。
召喚に無理矢理付いてきた時に襲った痛みのせいだ。
16年間、慎ましく、ただ目立たぬように生きてきたというのにこの仕打ち。
それに、二次元よろしくな見た目に変貌したのは髪色のせいだけではない。
先程から俺の目元でヒラヒラと舞っている物の正体。
此奴が痛々しい見た目を更に助長しているのだ。
俺の右目。
本来眼球がある位置に、白い花がいきいきと咲いていた。
「いやいやいや……」
冷めた左目で見つめ合いながら呟く二人の俺。
これは明らかにミスマッチだ。
白花のような可憐な女子から咲いていたら萌えるかもしれんが、ファンシーな花が俺に付いていても滑稽過ぎるだけだろう。
下手をすれば不審者扱いされるのではなかろうか。
──そもそもこんな花生やしているのに、何故、俺の右眼は見えているんだ
視覚的には何も問題ないというのが不幸中の幸いだ。
俺は目に咲いた花をよく観察しようと、更に水面を覗き込む。
一見白い八重のリラに見えるが、小振りなリラとは異なり俺の眼球があった部分を一輪で完全に覆うほどの大きさだ。
また、花な中心部には雌しべや雄しべといったものはなく、粗く削り出したような若草色の鉱石が二つ浮かんでいる。
大小二つの鉱石は、大きな鉱石を軸として小さな鉱石がその周りをくるくると公転し続けていた。
よく分からないが、この不思議な鉱石のおかげで左眼の視力も問題なく過ごせているのかもしれない。
好奇心を抑えることが出来ず鉱石を軽くつついてみたが、目潰しのような衝撃は特に感じることはなかった。
因みに花の生え際はどうなっているかは少し怖いので、落ち着いてからゆっくり観察することにした。
それにしても、これは世界樹の術式に同化した影響なのだろうか。
──白花の両目に花が咲いていたら大変だ
我に返った俺は足早で橋を渡り終えると、中島に築かれた石畳の階段を登る。
少々朽ちた石の階段を登り辿り着いた先には、細やかな彫刻が施された石の台座が安置されていた。
どこかで見たことのある花模様が円盤型の台座に描かれている。
複雑なレリーフの溝は一見苔生しているように見えた。しかし、よく見れば結晶化した不純物が入り込んだ、硝子が流し込まれている。
庭園水晶を流し入れたかのように神秘的な台座。
台座の上に白花は静かに横たえていた。
しなやかな指を身体の上で組み、長く艶やかな髪を扇状に広げ、眠りについている。
その表情は春の陽気に微睡むように穏やかだ。
しかし、彼女の浮かべている安らかな表情とは真逆に、俺は全身から血の気が引いていくのを感じた。
「白花……」
彼女を呼ぶ俺の声は掠れ、小さく震えている。
しかし、そのような反応となるのは無理もないだろう。
いくら安らかに眠っていようと、彼女は全く無事に済んではいなかったのだから。
白花の身体は木になっていた。
世界樹と完全に同化してしまったのだ。
彼女の流れるような黒髪も、桜色に色付いた唇も、細く華奢な身体に纏った制服ごと、全てが表皮を剥いた木へと変化している。
そんな彼女の身体のいたる箇所には、瑞々(みずみず)しい白い花が咲き誇っていた。
まるで、白花から養分を吸い上げて花開いたような大輪の花は、全部で16輪。
摘み取ってやりたい衝動にも駆られたが、そうしなかったのは白い花が俺の右目に咲いているものと同じものだったからだ。
八重のリラ。所謂、ライラックのような形状の花が、白花の髪や左肩や右胸、指先にまで、左右非対称に散りばめられている。
白い花が意味するところは分からないが、司教達の人数と何か関係がある気もする。
このまま白花を持ち上げて運ぼうにも、彼女の髪や足からは幾本もの蔓が伸び、世界樹の中へと深く潜り込んでいた。
文字通り世界樹と一体化してしまった白花。
しかし、その中で、右目付近だけが生身の人間のままの質感を保っている。
ふと、生温かい風がそよぎ、木化を免れた黒髪のうち、その一房が白花の顔にかかった。
俺は思わず髪を払おうと、眠る白花へと手を伸ばす。
「───っ」
途端、白花の目が開かれた。
生身側の片眼を見開いた白花は、白目まで翠緑に染まった眼球で、はっきりと俺の姿を捉えた。
俺は白花に触れようとした状態のまま硬直する。
白花も俺を見つめた状態から一切動かない。
お互い微動打にせず見つめ合うこと数秒。
俺は白花に触れようと伸ばしていた手を下ろし、姿勢を正した。
と、次の瞬間。
ポーン
間抜けな電子音が俺の制服のポケットから、辺りに鳴り響く。
「あ、すまない」
俺は盛大な違和感を感じながらも白花に一言断りを入れた後、自らの習性に従ってスマホを取り出した。
ポーン
もたついている間にもう一件通知が来た。
──何故だ?
──何故、異世界でスマホが鳴るんだ?
戸惑いつつも電源ボタンを押せば、メッセージが二件届いている。
宛先を見れば「白花」と書かれていた。
──何故なんだ。何故連絡先の交換もしていないのに、白花からメッセージが来るんだ
『おはよう、松竹君』
メッセージには白花から挨拶が届いていた。
そして、二件目。
すぐ下の吹き出しには、こう書かれていた。
『今、触ろうとしたわね』
俺は横たえたままの白花へ勢いよく視線を戻した。
白花は先程とは変わらず、じっと俺を凝視したまま動かない。
「誤解だ、白花」
何故、白花の声が連絡先登録もなされていない俺のスマホに届いてくるのか。
今はそんなことはどうでもいい。
この文面とこの内容。
これは、間違いなく目の前にいる彼女からのメッセージだ。
俺は両手を上げてみせながら白花へと訴えた。
「俺は単に白花の顔にかかっていた髪を払おうとしただけであって──」
ポーン
最後まで言い終わる前に電子音が鳴る。
『知っているわ。ありがとう(〃ω〃)』
──顔文字、使えるのか
白花から送られてきた文面に思わずほっこりさせられていると、新たにメッセージが送られてくる。
『松竹君が私に触れると、この世が終わるそうよ』
「そんな、ご無体な…」
俺は好きな娘にこれから一生触れられないというのか。
俺の悲愴めいた声に、白花の目が優しく微笑みかけるように細められた。
『私も松竹君に髪を払ってもらえなくて残念よ』
──よし、触れよう。白花がこんなに俺に心を許してくれているんだ
──世界が終わるくらいいいだろう。別に
といって白花に触れるわけにもいかず、俺は肩を落とす。
「俺が白花に触れれば、折角二つに分離された世界樹の術式が再び融合してしまうのだろうか」
あまり説明はされなかったので想像の話になってはしまうが、あの男は本来白花一人に掛けられる予定であった世界樹化の術式を、俺にも掛けさせることで世界樹の完成を阻止したのだろう。
白花の生身の部分に、俺には丁度彼女の身体中に咲いているものと同様の花が咲いている。
つまり、俺は彼女が受ける筈だった術式の右目付近だけを掠め取ったのだ。
16人対1人の魔法対決を行なった末、この結果であればまずまずの戦績ではなかろうか。
だからといって、白花がこのような身動きの取れない身体に変えられてしまったことには、全く納得はできないが。
俺が考察を繰り広げていると、手元で電子音が上がり画面が明るく光を放つ。
『そういうことよ。詳しいわね、貴方の目に花植えした人が教えてくれたのかしら?』
──ファンシーな花だろ?笑ってくれ
白花の言葉に滑稽な姿を再認識した俺は、目元の花弁を引っ張りながら自分の身に起こったことを簡単に説明した。
「──白花が心配だと魔法使いに泣きついたら、随分と親身になってくれた。だが、素性は一切分からない」
俺の目に花植えした、黒いローブの男については一応フォローを入れておく。
彼もきっと不可抗力だったはずだ。
『泣いたの?(・ω・`)』
──だから、絵文字っ
──可愛すぎる
白花を見れば僅かに眉を下げ、心配と申し訳なさを入り混ぜた表情でこちらを見ている。
「厳密には泣く程のことだった」
白花ともう二度と話すことも出来ずに、彼女が多くの命を奪う存在になっていくところを、ただ指を咥えて見ているのはあまりにも辛い。
『貴方はあのまま帰ることもできたのに、私を追いかけて来てくれたのね。ありがとう』
「……どういたしまして」
気の利いた返しを考えてみたが、結局良い言葉が思い浮かばなかった俺はただぎこちなく返事を返した。
格好をつけるよりも、白花に喜んでもらえたことがただただ嬉しく、ニヤつきそうになる口元を必死に引き締めることに忙しくしていただけとも言える。
ところで、白花も自分の置かれた状況に随分と詳しい。
俺は黒いローブの男から情報を得る機会があったのだが、彼女にもそのような相手がいたのだろうか。
俺はその件について、白花に尋ねてみる。
「何故俺が白花に触れてはいけないことを、白花は知っていたんだ?」
俺の問いかけに白花はゆっくりと二、三度瞬きを繰り返す。
『私達の仲間達が教えてくれたのよ』
「仲間?」
『ええ、私達と同じく、世界樹として生きていくことになってしまった人達よ』
白花の片目を器用に回し、辺り一体へ視線を向けるように俺を誘導した。
そこで俺は白花が言わんとしていることを理解した。
今の白花の姿を見る前までは違和感は抱けど、事実に気付くことはなかった。
俺が立っているのは彼らの身体だ。
生温かくそよぐ風は彼らの吐息だ。
湧き立つ泉は彼らの涙だ。
数えきれない程の人間の身体が捻れ、絡み合い創造された生命の大樹。
それがこの世界樹という大木なのだ。
『長い人だと何百年もここにいるみたいね。心が壊れてしまった人達も沢山いるのよ…』
「何百年…」
何百年、同じ姿勢で、同じ景色を眺め続けているなど、人間の精神では到底耐えられるものではないだろう。
そんなことは木でもない限り無理だ。
「残酷過ぎるだろ」
俺が思わず言葉を漏らすと、鉄仮面も流石にこの事実に衝撃を受けたらしい。
ぴくり、と眉が痙攣した。
『私は「世界樹の聖女」たる存在として、この人達と身体も意識も繋ぎ合わされているわ。だから、彼らの声が聞こえるの』
「聖女?」
『声に出さないで。恥ずかしいから(ಠ_ಠ)』
──怒られた
黒目がない眼でじとりと見つめてくる白花は、顔が整っていることもあり人形に睨まれているような迫力がある。
『ここには様々な人がいるわ。世界樹を発動すべきだと、これが神の導きだという狂信に耽っている人。ただ今の状況に嘆き、救いを求める人。希望を捨てずに冷静に状況を分析し続けていた人…。色々な人の声を聞いて、私も私なりに考えを纏めてみたわ』
世界樹の要となった白花には、木と化した周囲の人間の声が全て聴こえている。
見上げるだけでも巨大な枝々に圧巻される大樹。俺には生温かい風しか感じることはできないが、ここでは何万人もの人間が叫び嘆いているに違いない。
その嘆きをぶつけられても発狂せずに自分を保ち、いつもの白花 聖として俺とやりとりしている彼女に、俺は尊敬と共に畏怖すら覚えた。
──冗談抜きで、彼女は聖女なのではないのだろうか
そんな感情が湧き上がる俺の手元で、スマホが彼女の言葉を伝える。
『松竹君、貴方は今すぐに私から離れて逃げるべきよ』
世界樹の聖女と化した白花へと、俺は視線を上げた。
覚悟を決めた眼差しが、俺を真っ直ぐに見つめている。
──それに比べて俺は……
彼女の大粒の翡翠の片目に、俺の姿が映っている。
ただ周りで起こっている状況に振り回されているだけの、情けない男の姿。
俺は口元を固く引き結ぶ。
──覚悟を決めなければ
そして、俺はこの世界を終わらせぬよう、想い人から全力で逃げることを選んだ。
二週間ぶりです。
これからもっともっと異世界になっていきます!