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彷徨う世界樹  作者: 真一文字
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第1章 異世界召喚

 異世界召喚。

 ラノベ好きの人間ならば、空想の世界で繰り広げられる冒険や恋愛に一度は憧れ、胸を踊らせるであろう、ファンタジー小説の鉄板ジャンル。

 かくいう俺も図書室に置かれた物は片っ端から読み込む程、夢中になった。

 何の変哲もない一般人達が巻き込まれる冒険譚は、只の一般人である俺にとって感情移入しやすく、ファンタジーの世界観に浸るにはもってこいの小説だったのだ。

 だが、召喚の儀を受けた者が、こんなにも心身に多大な負担を受けるとは想像だにしなかった。


 自分でも呆れる程の早さで恋に落ちた相手、白花(しらはな) (ひじり)を追い、自らも召喚術式に飛び込んだ俺を待ち受けていたのは死の恐怖を味わう程の痛みであった。


 最初に緑色の陽炎に触れた指先から手首、肘、肩──。

 全身の関節という関節が外れる程の強い力で陽炎の中へと引き込まれた俺は、あまりの痛みに悲鳴を上げかけた。

 しかし、(あご)も外れ、頭蓋骨間の関節も滅茶苦茶に引き()がされた状態であろう俺が、果たして叫ぶことはできたのだろうか。

 俺の破れた鼓膜(こまく)では最早何も聞こえない。

 また、俺を襲った痛みは身体を引き千切るようなものだけではない。

 猛スピードで引き()られ、移動しているのか、全身の皮膚を粗いヤスリで()ぎ落とされているような熱を(はら)んだ痛み。

 皮膚が擦り切れた後は肉、骨、そして魂をも削ぎ落とされるに違いない。


 早く、はやく、はやく──

 この痛みが終わればいい

 何故、こんなにも痛いのに、意識ははっきりと残っているのだろう

 脳髄(のうずい)だけが無傷だとでもいうのだろうか

 そのようなことは有り得ないというのに


 白花は──

 白花は大丈夫なのだろうか

 俺と同じ苦しみを味わってはいないだろうか

 本来は彼女だけが連れて行かれる筈だったのだ

 俺が紛れ込んだことで、もし、同じ痛みを与えられるようなことになっていたならば

 それは、この身体(からだ)に与えられている痛みよりも、ずっと辛いことだ


 どれだけの時間が流れたのか。

 そもそも、あの時空の旅に時間という概念はあったのだろうか。

 ふと気が付くと、俺の身体から痛みは消えていた。

 痛みに襲われている間、温痛覚以外の情報は全て受容されなかったため、自分の身に何が起こっていたのかは不確かだった。

 しかし、身体から全く痛みを感じなくなったというのも、不思議な話である。

 ということは、あの痛みは外傷によるものではなかったのだろうか。

 今、辺りは一切の闇に包まれ、上下左右、自分の頭がどちらを向いているかも分からない。

 身体に(まと)った(わず)かな浮遊感は、まるで光の届かない深海を漂っているかのような心地にさせる。

 ゆらゆら、ゆらゆらと、闇を揺蕩(たゆた)う感覚は、疲労した俺の心と身体に暫しの安らぎを与えた。

 生温かく緩やかな海流に乗ってゆうるりとどこかへと運ばれていく身体。

 片手を動かし眼前に(かざ)してみるが、完全なる闇の世界の中では自らの手でさえ全く視認できない。

 夢かうつつか。疲弊(ひへい)した俺は夢心地でされるがままに漆黒の中を漂う。

 そうして、微睡(まどろ)みの世界を漂流し続けていた俺の身体は、やがて終着点へと導かれるように、くるりくるりと回りながら深淵へと沈んでいった。

 頭から下方へと引き込まれていく感覚と共に、俺は眼下に何やら光が灯っていることに気が付いた。

 何度かゆっくりと瞬きをして、光の方へと焦点を合わせてみる。

 その光は一つではなかった。中央の円状の光の周りを、花弁のように幾つもの光が取り囲んでいるようだ。

 闇の中に咲く、淡く白の光を放つ一輪の花。

 俺はまるでその花に魅せられた羽虫のように、まっすぐに落下していく。


 しかし、光の花へと向かっていた俺の視界の端に、ふと、此方(こちら)を見上げる何者かの影が映り込んだ。

 光の逆光で浮かび上がった黒い人影も、どうやら白く輝く花を観察していたようだ。

 光る花よりもかなり上方にて佇んでいる。

 黒い雨合羽(あまがっぱ)のような服を着込み、しっかりとフードも被っているが、鼻下に生やした髭を見る限り白花ではないことは確かであった。

 花の中心部よりも若干外れた場所に静かに(たたず)んでいた彼は、ゆっくりと降ってくる俺へと片手を向ける。


「──」


 ──撃たれるっ


 怪しい見た目の男の行動に思わず固く目を閉じるが、いつまで立っても恐ろしい衝撃どころか発砲音すら聞こえない。


「……?」


 おそるおそる目を開けてみれば、彼は俺に向かってただ手を振っているだけだった。

 すっかり人間不信になってしまった俺は少々気まずさを残しながら、(ひか)えめな動きで男に手を振り返してみる。

 すると、黒い雨合羽(あまがっぱ)を着た男の手の動きが手招きへと変化した。


 ──平泳ぎで行けるだろうか?


 流れのままに運ばれて来た俺は若干の不安を感じつつも、深水遊泳する要領で宙を()いてみる。

 結果、何も問題なく男の方へと軌道修正することができた。

 水中を泳いでいるかのように宙を進む感覚は、空を飛ぶ夢に似ている。

 男は俺が近付いて来るのを確認すると、今度は手にしていた長い棒のようなものを俺へと差し出した。

 それは木でできた杖のようなものだった。丈は2メートル程あり先端には白く揺らめく光を放つ石が取り付けられている。

 (かすみ)を閉じ込めたかのように美しい石の内部では、霧状の模様が緩やかに流動し続ける。

 まるで、お伽話の魔法使いが持っていそうな杖だ。

 今度こそ魔法でも撃たれるかと思ったが、男は単に俺の自由落下を止めようとしているだけのようだ。

 杖へと手を伸ばしてみせる俺へと穏やかに(うなず)くだけで、攻撃の素振りは一切見られない。


 ──もう下手に疑うのは止めよう


 俺は杖の飾り石よりやや下を(つか)むと、杖を軸にして身体を回転させる。

 重力をさして感じない環境では、それほど難しい動作ではない。

 しかし、杖のおかげで頭から落ちていくことは免れたが、彼の隣に降り立つことはできないようだ。

 男はまるで床の上に立つように、空中に留まっている。

 だが、俺の身体は足を降ろすと底なし沼に飲み込まれるが如く、彼が立つ位置よりも下方へと沈んでいった。

 彼のように空中に留まるのは、俺にはどうやら難しいようだ。

 このまま杖から手を離せば、問答無用で白い光の方へと引き寄せられる可能性もある。

 俺は深くフードを被った男へと視線を向けた。

 すると、杖にしがみ付いたまま(もが)いている俺の様子をそれまで黙って見ていた男は、暗灰色の口髭(くちひげ)を蓄えた口元に微笑みを浮かべる。


「杖に腰掛けても構わないよ」


 ロマンスグレーの落ち着いた低音で男は応えた。

 男の優し気で物腰柔らかな態度に安堵(あんど)しながら、俺は礼を述べる。


「ありがとうございます」


 重力が極端に小さい空間だからか、俺一人が杖の上に這い上がっても男の顔色が変わる様子はない。

 それどころか俺が腰掛けた後、おもむろに男が手を杖から離しても、杖はその場に留まり続けた。


 ──今、俺は魔法の杖にでも乗っているのか?


 ある種の感動を抱きつつ杖を興味深く観察している俺に、男が声を掛けてくる。


「さて。ようこそ、お客人」


 そう言った後、男は口元を(ほころ)ばせた。

 敵意は感じられないが、この男が白花を連れ去った人物なのだろうか。

 よく見れば黒い雨合羽(あまがっぱ)だと思っていた彼の衣装は、黒地の布で織られたローブだ。

 艶を帯びた起毛の布地のローブと、絹の光沢を持つ深い紫の帯を締めているところを見ると、位の高い人間に見える。

 また、異世界召喚など行うことのできる人間は、相当な魔法の使い手だろう。

 だとすると、いかにも「位の高い魔法使い」の外見をしているこの男が、あの恐怖の異世界召喚を行った者ではなかろうか。

 いや、だが、外見だけで彼を事の張本人と決めてしまうのは尚早だ。

 白花は自分を呼ぶ声は複数あったと言っていた。

 それに、白花のみにターゲットを絞って召喚を行なっていたとなると、俺に向かって「お客人」と声を掛けてくるのは不自然である。


「俺は多分、招かれざる客だと思うのですが…」


 多々の思考が交錯した結果の返事に、男は微笑みを浮かべたまま視線を下方へと向ける。


「君のことをそう思うのは、私ではなく彼奴(あやつ)らだろうね」


 男の視線を追い、俺は再び白く光る花模様を見下ろした。

 白い光に幾ら目を凝らしても、俺には人の姿は全くも見えない。

 更に目を凝らせば何となく、一つの花弁に黒い点が一つ見える程だ。

 もしあの黒い点が人間だとしたら、此処は相当な高さということになる。


 ──高所恐怖症じゃなくてよかった


「私には君が随分と落ち着いているように見えるのだが、君は先程あの場に召喚された少女と何か関係はあるのかね?」


 男の言葉に我に返った俺は、勢いよく顔を男へと向けた。


「あの光の中に白花がいるんですか?」


 ──よかった

 あの光まで降りていけば、また白花に会える

 早く彼女の元まで行って、安心させてやろう


 喜び勇んで杖から飛び降りようとする俺を、男の声が呼び止める。


「待ちなさい。無防備にあの場所に近付くのは危険だよ」


「でも…」


 俺は食い下がる。


「俺は彼女を独りにしたくなくて、ここまで付いてきたんです。彼女の身に危険が迫っているなら、尚更助けに行きたい」


 全身が引き千切られるような痛みと骨の髄まで焼き尽くされる熱に(さら)されて、ここまで追いかけて来たのだ。

 今更、白花の危機をただ傍観(ぼうかん)しているわけにはいかない。

 俺の必死の訴えに男は(たた)えていた笑みを収め、やがて口を開いた。


「──そうか、君は彼女を召喚した際に生じた余波にしがみ付いて来たんだね。被召喚者は術式の加護により身体を守られての召喚となるそうだが、君はその恩恵は受けられなかっただろう」


「はい、かなり痛かったです」


 あの痛みに関しては小学生並みの感想しか言えない。

 とにかく、痛かったし、もう二度と体験したくない。


 ──でも、よかった。白花はあの痛みに晒(さら

)されることはなかったのか


「生身で時空の壁を突っ切るのは、命どころか魂でさえ微塵(みじん)に残らないと言われている。しかし、君はそれを乗り越えてここまでやって来たというわけか」


「正直、本当に死ぬかと思いました」


「それは君の姿を見れば分かるよ」


 男は静かに微笑んだ。

 彼の笑みは先程と変わらず優しく柔らかなものではあったが、その表情には俺に対して申し訳なさそうな色が含まれていた。

 男の手が、俺の頭の上に乗せられる。


 ──ストレスで髪でも抜けたのか?


 しかし、撫でられる感触は髪があった時と何ら変わらない。

 わさわさと短髪が掻き回される感覚は健在だ。

 それにしても、頭を撫でられることなど暫くなかったが、不安と焦燥(しょうそう)でささくれ立っていた心が落ち着いていくのが分かる。

 俺は祖父に懐いているので、彼くらいの年齢の人間に滅法弱いのだ。


「君が追いかけてきたシラハナという少女は君の家族かな?」


 ぽん、と軽く頭を叩かれた後、男の手が離れる。


「いえ、彼女は白花(しらはな) (ひじり)という学友です。召喚には学校の行事中に巻き込まれました」


「そうか、成る程…」


 男は腕を組むと何度かゆっくりと頷く。

 彼が何者であるかはまだ分からない。

 だが、イレギュラーな俺に対して敵意はない。

 少なくとも彼は敵ではない筈だ。


「俺は松竹(まつたけ) (かい)といいます。姓が松竹、名前が凱です。俺は彼女を連れて元の世界に戻りたいのですが、それは可能なことなのでしょうか?」


 男は俺の質問に口元をぐ、と引き締めた。そして、静かに首を横に振る。


「カイ君。君がヒジリ嬢のために見せた勇気は尊敬に値する。しかし、君が想い人を連れて再度時空の壁を渡ることは、正直に言って不可能だ」


 ──流れるように言ったが、完全に俺の片思いがバレている…

 まあ、仮に白花以外の人間が召喚に巻き込まれたとして、それを俺が追いかけるかと聞かれれば、確かに疑わしい

 俺は薄情な男なのだ


「そして、ヒジリ嬢をあの中心から連れ出すことも、我々には難しい」


 白花の情報に再び乗っていた杖から身を乗り出す俺の肩を軽く叩いて制しながら、男は更に言葉を続けた。


「司教16人がかりで張られた結界を破り、彼女を連れ出すことは私でさえ不可能だ」


 確かに中心の周りを取り囲む花弁は16枚ある。

 花弁一枚に対して一人の司教が配置されているのだろう。


 ──それにしても、司教とはまた…

 そんな神聖なる権力者達が女子高生一人に一体何の用があるというのだろうか

 まさか、白花は本当に聖女だったのか

 それから、このナイスミドルは一体何者なのだろうか…


 膨大な謎と共に一気に噴き出してきた疑問。

 それらに対し、俺が混乱し始めていることに気が付いたらしい。

 男は腕を組んだ後、片方の手で顎を撫でながら口を開いた。


「君には色々と説明したい事があるのだが、そう悠長(ゆうちょう)にしている時間もなくてね…」


 男は思考を巡らせるように一度漆黒を仰ぎ見ると、再び視線を俺へと向ける。


「ここは下にいる16人が主体として創り出した意識の世界、いわゆる夢というものだ。そして、私達は彼らが見ている夢の片隅で、夢の主達に見つからぬように隠れている状態、といったところかな」


 俺は男の説明に相槌を打つように(うなず)いてみせた。


「彼らの身体は別々の場所にあるのだが、このような空間を作ることで同時に儀式を行うことができる」


 男がそこまで話終えた丁度その時、俺達がいる場所より遥か下方で、今までよりも一際強い光が立ち昇った。

 驚いて下を覗き見れば、白い花模様が先程よりも強い光を放ちながらゆっくりと回り始めていた。

 どうやら、儀式とやらが始まったらしい。


「このままだと白花はどうなるんですか?」


 俺が男へと尋ねている間にも、眼下の景色は目紛(めまぐる)しく変化していく。

 花弁一つ一つから白い(つる)のような光の線が幾つも伸び、お互いが(から)まり合いながら細やかな模様を描き出していく。

 繊細且つ美しい模様がみるみるうちに描かれていく様に、普段の俺ならば(たま)らず魅入ってしまっていただろう。

 俺の隣で同じくその様子を見ていた男の表情が、フード越しでもはっきりと感じ取れる程に険しくなる。


「このままだと、彼女は──」


 男は一瞬何か言い(よど)んだが、俺の方へと向き直ると言葉を紡いだ。


「世界樹の核として吸収され、自我もないまま多くの命を奪うだろう」


「世界樹…?」


 世界樹というと唯一の巨大な神木というファンタジーなイメージが強い。

 また、「この世は一本の木でできている」という概念として、世界樹は世界各地で伝承されている。

 しかし、彼が語る世界樹はそのどれとも異なる存在のようだ。


「すまない。予想以上に術式の発動が早い」


 男はそう言うと、宙に浮いていた杖の柄をおもむろに(つか)んだ。


「これから君をあの術式に加える」


「え…?」


 急な宣言に俺は思わず声を上げたが、彼の中では既に決定事項らしい。

 男が力強く杖を握れば、俺が腰掛けていた杖が淡く光りを帯び、先端にはめ込まれた石から白い(つる)が伸び始める。


「詳しく説明する暇はなくなってしまったのは申し訳ない。だが、これでヒジリ嬢の自我も保たれ、世界樹の作動を抑制してくれるだろう」


 光の(つる)は杖の上を這うように俺に迫り、更には俺の腕を伝う。

 薄褐色の肌の上を純白の光が蜷局(とぐろ)を巻きながら這い上ってくる。

 眼下で白い花を囲うように描かれていく模様と俺の全身に描かれていく模様とは、どちらも滑らかな曲線を特徴としており、非常によく似ていた。

 魔法が存在しない世界の住人である俺でも、類似した模様が意味する事は容易に理解できる。

 この男は(はる)か眼下で組まれている魔法陣に、俺を同化させ組み込むための術式を描いているのだ。


 ──仕方のないこととは言え、強引過ぎる…っ


「君は動けない彼女の代わりに、この世界をよく見て知るといい」


 ──何も分からないまま異世界に放り出されることは、よく分かった

 そして、白花は世界樹とやらに閉じ込められてしまうことも


 白花が大量殺人を起こさなくて済むのは避けることができたが、状況的にはかなり悪い。

 それでも泣き言を吐きたくなるのを懸命に堪えることができたのは、俺より辛い運命を背負ってしまった白花がいるからだ。


 目の前で男がゆっくりと(こうべ)を垂れ、術式の構築に集中し始める。

 他人が構築している魔法の術式に自らの魔法を同化させるというのは、俺が思っている以上に繊細な事柄なのだろう。

 それに男が放つ魔法に失敗は許されない。

 彼が言うには、このまま16人の司教達による魔法が発動してしまえば、彼の住む世界の住人達の命を大量に奪われかねない事態になるらしい。

 司教というと、神様に祈ったり、世界の(ことわり)や生の在り方を説く者達のような人達だと思うのだが、世界樹同様に彼らもこの世界では意味合いが異なるのかもしれない。


 俺は邪魔せぬよう黙って男を見守ることにした。


 やがて、俺の視界がぼんやりと白曇りする。

 どうやら顔面にまで術式の模様が到達したようだ。

 きっと今の俺の姿は、耳なし芳一のような状態だ。


「世界樹よ、大いに彷徨(さまよ)いたまえ」


 最後に男は祈るようにそう告げると、杖を(はる)かに下方に広がる巨大な魔法陣へと押し出した。

 俺はお揃いの模様で装飾された杖を両足で(はさ)み込むように座り直すと、振り落とされぬようにしがみつく。


「…すまない」


 苦し気な呟きが耳に届く。

 俺は振り返ると、徐々に離れ行く男に言葉を掛けた。


「貴方が謝ることではないと思います」


 俺にはこの人が悪いとは思えない。

 本来ならばこの男は自分に同化の術式を掛け、白花を救おうとしてくれていたのだろう。

 そうでなければ、16人がかりで作り上げる術式にこうして短時間で介入できる筈がない。

 男はフード越しに俺の顔を(しば)し見つめた後、深々と頭を下げた。


「私を信じてくれてありがとう、カイ君」


「こちらこそ。これで白花を助けられます」


 俺も男へ精一杯頭を下げる。

 そして、目の前で(うごめ)くように成長し続ける魔法陣へと向き直った。


 ──そうだ。あの人は俺に可能性を与えてくれたのだ

 白花を連れて元の世界に帰るというチャンスを…


 だんだんと加速し、白い花模様へと降下を始める杖の上で俺は自分自身に言い聞かせる。

 そこではた、と気が付いた。


 ──そういえば、あの人の名前、聞いていなかった


「……」


 思わず、大分離れてしまった男の方へと振り返ろうとしたが、既に風を切りながら落下を始めた杖の上では無理だった。


 ──まぁ、仕方がない。コミュ症の俺にしては頑張ったからな


 ──それより、この落ち方、エグすぎないか?


 絶叫マシンよろしくな勢いで垂直落していく俺の眼下には、完成した白い魔法陣が待ち構えている。

 心臓付近に毛が生えたようなざわざわとした感覚に襲われている俺を乗せた杖は、白い尾を引きながら一直線に魔法陣へと突っ込んでいった。

 暴力的な杖に振り落とされぬよう、俺は必死に杖の柄にしがみつく。


 そうして、視界が白一色に染まった次の瞬間、地面に叩きつけられたような衝撃が俺を襲った。

 続いて与えられたのは手足や胴体、頭部が四散し、それぞれ好き勝手な場所へと舞って行く奇妙な感覚。

 そして、意識のみが身体から(つま)み出されたような浮遊感。


 ──────────────────


 とてつもない夢を見せられた意識はこうして現実世界へと引き上げられ、俺は目を覚ます。



 そんな俺の目に写し出されたのは──

 大嫌いな若葉の色と、白花聖の変わり果てた姿だった。

次回、異世界に到着です!

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