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彷徨う世界樹  作者: 真一文字
10/13

第5章 カムーコタ寺院、脱出準備計画

 世界樹の内部を貫く抜け道を下り、俺とイクシオはとうとうその出口へと辿り着いた。

 あれから一時間ほどかけて降りたその階数は有に百を超えている。

 1階分を4mとみて、100階以上の階数。単純に計算するとこの世界樹は400m以上はあるということになる。

 まさに高層ビルを階段で降りたようなものだ。

 絶賛帰宅部の俺にとって、このようなハードな運動など容易に成せるはずはないと思っていたが、不思議なことに汗ひとつかかずに下ることができた。

 それどころか、疲労も一切感じていない。

 もしかすると、これは世界樹と同化したことによる影響なのかもしれない。

 一方、イクシオも流石はアンデット。

 子供の容姿であろうと疲れを知らない不死の肉体である彼も、疲労とは無縁のようだ。


 そんな疲れ知らずの一行は、とうとう世界樹に作られた抜け道の出口へと辿り着いた。

 出口は非常に小さな穴で、人が四つ這いになってようやく通ることができそうな幅しかない。

 木のうろのような丸い出口の奥は木の板で(ふさ)がれている。


「一応防音処理はされているようだな」


 先導していたイクシオが木の板に手を()わせる。

 板の表面には丸とバツ印を組み合わせた簡単な魔方陣が薄く彫り込まれていた。その中央には乾燥したラベンダーが1束、麻紐(あさひも)で結わえて下げられている。

 どうやら、この魔方陣が防音の術式らしい。

 ラベンダーには確か花言葉に「沈黙」という意味があったような気がする。

 この世界の魔法は魔方陣と共に鉱石や花を用いて、その効果を高める手法がとられているようだ。

 石言葉や花言葉はあまり詳しくない故、こういった類いの術式を理解するにはこれから勉強が必要だ。


「よし、ではここで一度打ち合わせをしよう」


 イクシオが振り向きざまに俺へと笑いかける。

 その美少年の美しい笑みには、どろりとした剣呑(けんのん)な色が容赦なく含まれていた。

 全く子供らしくない笑顔が怖い。

 しかし、これから、命がけの大脱出が始まるのだ。

 そのくらいの気迫を見せるのは当たり前ではあるが…


 ──俺は白花の笑顔が恋しい


「分かった」


 俺は一瞬浮かんだ白花のはにかむような笑顔へと現実逃避せぬよう、口元を引き結ぶとイクシオへと頷いてみせる。


 俺達は出口から少し距離を置くと、休憩がてら床に腰を下ろした。


「カイ、その杖、邪魔なら仕舞えば良いのではないか?」


 俺が手にしていた杖を倒れないようにバランスを取りながら壁に立て掛けていると、イクシオがそう提案してくる。

 しかし、俺には彼の言っている意味がよく理解できなかった。


「残念ながら、この(かばん)には入らない」


 彼には俺の背負っている(かばん)が四次◯ポケットに見えたのかもしれないと仮定した結果、俺は上のように答えた。

 すると、イクシオは片眉だけを器用に吊り上げる。


「だろうな」


「そうだろう?」


 お互いの言わんとしていることの趣旨がいまいち見えてこない俺達は、お互いの顔を見つめたまま首を傾げた。


「カイよ」


 先に問題解決に動いたのはイクシオだった。


「お前の持っている杖、それはどのようにして手に入れたのだ」


「これは元々ヴァローナさんの物だ。そして、彼はこの杖ごと俺を世界樹の術式に投下した」


「成る程」


 俺が素直に彼の質問に答えると、イクシオは杖を指差しながら告げる。


「その杖を捨て置かずにここまで持ってきたことは正しい選択だ、カイ」


「そうなのか」


「ああ。この杖にも世界樹と同化する術式が掛けられている。つまり、この杖は世界樹の一部、というよりはカイの一部のようなものだ」


「というと?」


 俺は食い下がり、更なる説明をイクシオへと求めた。

 イクシオは(うなず)き、俺の要望に応じる。


「つまり、この杖はカイ専用の魔法道具(マジック アイテム)だ。カイが望めば体内に吸収することもできるし、逆に取り出すこともできる」


「凄いな」


 一心同体の杖。それは便利だ。何より夢がある。

 普段は手ぶらで行動できるし、いざという時は取り出して敵を殴ったりできる。

 もしかすると魔法等も打てるようになるかもしれない。


「どうすれば、仕舞ったり取り出したりできるのだろう?」


「それは本人にしか分からん事だ。見ていてやるから色々と試してみるといい」


 イクシオは苦笑混じりにひらりと片手を振ってみせる。


 ──そうだな。何でもかんでもイクシオに聞くのは良くない


 俺は反省した後、壁に立て掛けてある杖に触れた。

 そして、声には出さず、頭の中で「もどれ」と念じてみる。

 すると、早速杖に変化が生じた。

 杖の表面に白く光る蔓模様(つるもよう)が浮き上がったかと思うと、次の瞬間には、触れた指先へと吸い込まれるように消えてしまったのだ。


「凄い。本当に魔法だ」


 暗視機能も魔法の一種ではあるが、こうして目に見える魔法を使ったのは初めてだ。

 胸の高鳴りを抑えながら、今度は「でてこい」と命じてみれば、再び指先から蔓模様(つるもよう)が伸びて杖の形を形成する。

 やがて、淡く光る白い光は杖に吸収され、俺の手の中には先程まで俺が連れ歩いていた相棒が収まっていた。


「カイが暮らしていた世界には魔法の類はなかったのか?」


 一人はしゃぐ俺の反応を物珍しげに眺めながらイクシオが尋ねる。

 それに対し、俺は再び杖を自分の体内へと片付けながら答えた。


「そうだ。魔法という概念自体はあったが、空想の域、ただの夢物語に過ぎなかった。代わりに世界を発展させたのは、現象から見出される法則を経て生み出される科学技術というものだ」


「…科学技術か。実に興味深い話だ。ここから無事に脱出できた暁には、カイが暮らしていた世界について、ゆっくり聞かせてもらいたいものだな」


「未熟な学生の身ではあったが、できる限り多くのことを伝えられるよう努力する」


 日常的に何気なく、当たり前のように使っていた科学技術。

 その恩恵はあまりにも身近であり簡単に使いこなすことができた故、いざ仕組みや詳細を伝えるとなると非常に難しいものが多い。


 俺の返事に対し、イクシオは目を細めて笑った。


「それは楽しみだ。そして、カイよ。喜ぶといい。この世界は魔法技術に関して言えば非常に発展している。先人達による長年の研究の積み重ねにより魔法具も発達し、特別な訓練を受けなくともある程度の魔法を扱うことができる世の中となってきている故、カイにも魔法を使う機会は数多く与えられよう」


 イクシオの言葉はファンタジー好きの俺にとっては、大樹の外に広がる世界へ期待を膨らませるものだった。


「さて…、と。話を戻そうか」


 そこで、イクシオが話題を目の前の問題へと切り替えた。


「この抜け道の外は、おそらく寺院に通じている。世界樹に最も近くに建てられた世界最古にして、教会の長である教皇が住む巨大な建造物、カムーコタ寺院だ」


 ──カムーコタとは…。どこかで似たような地名を聞いたことがある


 イクシオの説明は続く。


「昔は水路等から比較的容易に世界樹に潜り込むことができたらしいが、寺院が改修や増築工事を重ねていくうちに構造が複雑化した上、警備も強化され、潜入が難しくなっていったそうだ」


「では、俺達はどのように寺院から脱出するのだろう。イクシオはヴァローナさんと何か計画を立てていたのか?」


 俺は単刀直入に尋ねた。

 潜入が難しくなったということは、脱出も同様に困難を極めるはず。


 ヴァローナさんはそれを見越して、イクシオをここへ喚び出す準備をしていたのだろう。

 彼の能力を使えば脱出できると、ヴァローナさんは確証を得ていたのだ。


 しかし、俺の期待を込めた質問に、イクシオは僅かに言葉を詰まらせる。


「奴は秘密主義者というか、言葉が足りないというか…、その辺りの計画は私も聞いていない」


「え?」


「まぁ、奴とならば行き当たりばったりでも、何とかなっただろうしな…」


「……」


 だが、目の前にいるのは大魔導士でも英雄でもない。ただの男子高校生の俺だ。

 俺にヴァローナさんと同じ動きをさせようとしても、それは無理だ。


 思わず頭を抱える俺とは反対に、イクシオは冷静だった。


「そう悲観するな。脱出の方法など、考えれば幾らでもある。一番良いのは、教会側に我々の存在を知られずに脱出することだな」


 イクシオの頼もしい言葉に俺は、はっと我に返った。

 ヴァローナさんを恨んでも仕方がない。

 彼にも事情があったのだから。

 ヴァローナさんの敷いた線路を探すのはやめよう。それは彼のための道であり、俺の道ではない。

 それに、特に何の指示も受けずに任されたということは、自分で考えて自由に行動できるということでもある。

 イクシオの言う通り、脱出の方法くらい自分で考えなければ。


 俺がそう思い直していると、イクシオが声を掛けてくる。


「そこで、カイよ、一つ頼みがあるのだが」


「俺にできることなら、なんでもする」


 そうだ。幸い、俺には頼もしい仲間がいる。

 しかし、彼が幾ら上位の魔物だからといって、全ておんぶにだっこしてもらうつもりもない。

 俺なりに精一杯動いてみせる。


 そう意気込む様子に、俺が前向きになれたことを察したイクシオは目を細めて微笑んだ。

 そして、彼は本題を口にする。


「世界樹と同化しているお前ならば、世界樹の聖女殿とやり取りが可能であろう」


 その通りだ。

 俺はイクシオの言葉に頷く。

 すると、彼の表情が明るくなった。


「では、お前に彼女からカムーコタ寺院の地図を得てほしいのだ」


「白花に…?」


 俺は白花とカムーコタ寺院の繋がりが見つからず、首を傾げた。

 白花は俺と同じく異世界から来たただの女子高生だ。カムーコタ寺院のことなど知るはずがない。


「それは──」


「彼女なら可能だ」


 俺の言葉に重ねて告げられたイクシオの声には、何か確信めいた色が込められていた。

 彼の揺らぎのない態度に、俺は思考を巡らせる。

 そして、気が付いた。


「そうか。世界樹に取り込まれた人達と白花は会話ができる。そして、その人達の中には教会関係者達が含まれているのか」


 俺が行き着いた答えにイクシオはゆっくりと頷く。


「そうだ。この世界樹という大木は、何も知らず世界樹をただ信仰し、人々の幸せのために祈り続け、傷ついた民を癒し続けた者達の成れの果てだ」


 俺は彼の言葉に、全身から血の気が引いていくのを感じた。


 ──彼らは裏切られたのか?

 ──人の幸せを、祈り続けただけなのに

 ──傷付いた人達を助けていただけなのに


「……そんなことが、」


「あっていい訳がない」


 低く、イクシオは呟いた。

 その囁きには深い哀しみと、俺が人生で感じたことのない苦しい程の憎悪の色が含まれていた。


 自らをも焼き焦がしてしまうような強い感情の余波に(あお)られ、俺が何も言えなくなっていると、イクシオは眉を下げ困ったように笑う。


「話を戻そうか」


 イクシオはいつもの優しい笑みを浮かべた後、話題を世界樹の能力へと切り戻した。


「世界樹というものは、古今東西のあらゆる知識が宿る神樹とされている。まぁ、教会関係者達は皆、揃って知識人だ。彼らが()り合わされて創られた大木はまさしく『知識の木』に変わりないな」


 そう言いながら、イクシオはひらりと片手を振って見せた。


 ということは、つまり、俺は白花伝手でかつてカムーコタ寺院に配属されていた教会関係者から、寺院内の構造な様子を教えてもらえば良いわけだ。

 俺は早速白花に連絡するため、ポケットに入っていたスマホを取り出した。

 

「……っ」


 途端、隣でイクシオの両眼がギラリと光を放つ。

 邪魔をせぬようにと声を上げることは堪えたようだが、目は口ほどに物を言う。

 好奇に満ちた眼差しに、耐えきれなかった俺はスマホをイクシオへと向けた。


「これは、通信機や手紙のやり取り、風景や人物を瞬時に絵として保存したり、分からないことを調べたり地図が見れたりと、色々な機能が入っている機械だ。一応、これで、白花と連絡が取れる」


 俺はできるだけ異世界人に伝わりそうな言葉を選んで、スマホについて説明する。


「……そうか。よければ後でその機械について、もう少し詳しく聞かせてもらいたい」


 申し訳なさそうに首を竦めて見せはするが、それは建前であるらしくイクシオの眼光は爛々(らんらん)と輝いたままである。


「私の国は錬金術が盛んでな、私自身もこういった絡繰(からく)りを見ると、どうにも心が騒いで仕方がないのだ」


「錬金術…」


 今度は俺がそのファンタジー用語に食い付く番であった。


「……」


「……」


 お互いがお互いの持つ話題に(そそ)られ、深く語り合いという思いを抱いている。

 しかし、今はここから脱出するのが最優先事項である。


 俺達は無言で見つめ合い、そして、同時に顔を伏せて溜め息を吐き出した。


「取り敢えず…、取り敢えず、白花に連絡を取らなければ」


「ああ、頼む。まずは聖女殿にご一報差し上げてくれ」


 場を仕切り直した俺達は、今度こそスマホの電源ボタンを押し画面を覗き込む。

 スマホには白花からのメッセージが続けて送られてきていた。


『たぬき寝入りはバレなかったけれど、世界樹が発動しなかった原因はバレてしまったわ』


『でも、世界樹発動を妨害したのはヴァローナという人物しか心当たりがないみたいで、誰も松竹君の存在に気が付いていないわ』


『ただ、世界樹に隣接しているカムーコタ寺院の警備は強化されているようだから、油断しては駄目よ』


 ──俺の存在に誰も気が付いていないのは、結構有利なのでは?

 教会がヴァローナさんを探し回っている間に、俺は追っ手を気にすることなくイクシオと共に彼の所へ向かえばよいだから


 俺が小さな希望を抱き、思わずスマホを頭上へ掲げていると、隣で静かにしていたイクシオがボソリと呟いた。


「全く読めん」


 から早く訳せ。と視線で促してくるイクシオへ、俺はメッセージの内容を伝えた後、白花へ返信を打ち込んだ。


『白花、無事で何よりだ。俺は道中、イクシオという心強い仲間に巡り会うことができ、今は抜け道の出口にいる』


 白花からの返信はすぐに返ってきた。


『貴方も無事でなによりだわ。私も途中までは貴方のことを皆の視界を借りて追えていたのだけれど、下層部に意識を辿れば辿る程意思疎通できる程の精神力を持っている人が少なくなってしまうから、貴方を見れなくて心配していたの』


 どうやら白花の日課である「俺の観察」は時空を超えても健在であったようだ。


『あ、別にストーカーのようなやましい意味はないのよ。本当に貴方が心配だっただけなの。私はそんな人じゃないわ』


 そして、やはり一人で勝手に危険な方向へ歩いていく。

 そういうことは言えば言うほどそれっぽく聞こえてくるというのに。

 これ以上放置すると彼女が更に問題発言を引き起こす可能性があるため、俺は『知ってる』とだけ画面に打ち込んだ。


『ε-(´∀`; )』


 ──可愛い


「聖女殿は随分とお喋りがお好きなようだな」


 あからさまにほっとしている白花に癒されていると、隣から画面を共に眺めていたイクシオが声をかけてきた。


「心配していたようだ」


 俺は当たり障りなく応えておく。

 しかし、次に送られてきた彼女からの衝撃的な一言に、俺は目を見張った。


『それからあれね。合流したイクシオさんは合法ショタというのよね。以前、習ったことがあるわ』


 ──お父さんは白花にそんな言葉教えてませんが。一体どこで習ってきた


 困惑する中、白花からうきうきとした様子のメッセージがやってくる。


『是非、私も彼とお話してみたいわ。猫みたいなことしてて可愛い方よね』


 ──イクシオ、お前、もう一人のお化け嫌いにも、全く怖がられていないぞ


『同感だ』


 先程のイクシオの落ち込みぶりを思い出し、思わず口元が(ゆる)みそうになるのを(こら)えつつ、スマホに向き合っていると、イクシオがそわそわとした様子で再び尋ねてくる。


「彼女は何と言っているんだ?」


「今度、機会があれば、是非イクシオと話してみたいと言っている」


「ほう、それは光栄だな」


 こちらも再度、当たり障りなく白花の言葉を伝えておく。


『ところで白花、ここから俺達が脱出することで、一つ頼みがあるのだが』


『勿論いいわよ。何かしら?』


 俺は早速本題を打ち込んだ。


『カムーコタ寺院の地図を作って送ってはくれないだろうか?』


 スマホは少しの間沈黙する。

 それからややあって、白花からのメッセージが届いた。


『分かったわ。カムーコタ寺院に勤めていた司祭様や司教様で何人かお話しできる方がいらっしゃるから、少し待っててちょうだい』


 ──司教の中にも世界樹に取り込まれてしまった人達がいるのか

 ということは、ヴァローナさんが言っていた16人の司教というのは、もっと上の地位にいる人達なのかもしれないな


『了解。よろしく頼む』


 それにしても、白花が頼もしい。

 コミュ障が改善されている。


 俺が安堵の吐息をついていると、俺達のやりとりの中身を察したイクシオが声を掛けてくる。


「どうやら上手くいきそうなようだな」


「ああ、暫くすれば地図が送られてくるだろう」


 それにしても白花は一体どのようにして地図を作成するのだろうか。

 世界樹の一部となった司祭や司教から話を聞きながら、頭の中で地図をイメージするのはかなり難しいことのように思える。


 そんなことを考えているうちにスマホの画面が光り、一枚の画像と共に白花からのメッセージが送られてきた。


『皆で協力したから、すぐに出来上がったわ。昔遊んでいたマッピングゲームの技術が、こんなところで役立つなんて、人生何があるか分からないものね』


 ──あの伝説の鬼畜ゲームを白花が…?


「もう地図を描いてくれたのか。ありがたい」


 俺が白花の知られざる過去を垣間見て目を白黒させていると、横から伸びてきたイクシオの手が送られてきた地図の画像に触れた。


「おお、これは凄いな。一般公開されている地区や屋外の広場を、色分けされているのはありがたい。なるほど、このように画像に触れると拡大されるのだな」


 ──飲み込み早いな


 詳細な地図と異世界の技術を前に、アンデッドの王は嬉々として目を輝かせている。


「返事はこれで良いのだろうか…?」


 ──え?


 慌ててスマホ画面を覗き込めば、イクシオが打ち込んだ返信が既に送信され、吹き出しの中に書かれていた。


『・:*+.\(( °ω° ))/.:+』と。


「……ちょ」


 流石、イクシオ。頭が良い。

 文字が読めないならば、顔文字というわけか。なんという、コミュニケーション能力だ。


 ただし、問題はある。

 俺は微かに震える指で、画面を下へとスクロールしていった。


 そこには案の定。

 白花からの怒涛(どとう)の返信が連なって伸びている。


『どういうことなの?』


『松竹君が絵文字を使うなんて、そんなデータは今までなかったわ』


『信じられない』


『一体、何が起こっているの?』


『え?やだ、何これ。私全部だだ漏れになって…@gk/?ad☆!?%』


 ──なんか、バグっている…っ


 ──大丈夫なのか?これ


 取り敢えず俺は白花を落ち着かせるために、文章を打ち込んだ。


『落ち着いてくれ。絵文字はイクシオが打った』


『丁寧な地図をありがとう。助かる』


「いけなかったか…?」


 スマホと俺からただ事ではない雰囲気が噴出していたらしく、イクシオが心配そうに首を傾げ尋ねてくる。


「いや、大丈夫だ。ただ、俺は絵文字は使わない性分だから、白花が驚いてしまったんだ」


「それはすまなかった。光る板に触れるのが楽しかったものだから、つい、な…」


 そんなに申し訳なさそうに眉を下げられてしまっては、怒るに怒れない。

 怒る気もないが。


『そ、そう。イクシオさんだったのね。意外とあざと…お茶目な方なのね』


 よかった。

 どうやら、白花のバグも治ったようだ。


『あ、そうだわ。それから…』


「しかしながら、この地図、部屋の名前を異界の言葉で文字を書かれてしまうと、私には分からないな」


 イクシオが残念そうに項垂れていると、白花からもう一枚画像が送られてきた。

 それを見たイクシオから歓声が上がる。

 どうやら彼女はこちらの世界の言葉で訳された地図も送ってくれたようだ。

 俺の手からスマホを取り、完全に子供の反応で喜びながら地図を広げているイクシオの横で、俺は目の前の出来事に首を傾げる。


「どうした、カイ」


 きょと、とした表情で此方(こちら)を見上げるイクシオへ俺は浮かんでいた疑問を告げた。


「白花の頭の回転がとてつもなく早いんだが…」


 俺が地図を作ってほしいと白花に頼んでから、まだ10分も経っていない。

 このような短い時間で教会関係者だった人々に聞き取りを行い、細部まで細かく描かれた地図を作り上げることができたのは何故なのだろうか。


 ──時間ができたら白花に尋ねてみようか


 そんなことを考えている俺に対し、隣からさらりと答えが返ってきた。


「世界樹は術式により、多数の人間の脳が結合された状態だ。どうやら管理者である聖女殿には数多の知識を得る他に、高速の思考処理が可能となるようだな」


 世界樹は壮大(そうだい)な存在ではあるが、人の自由を一方的に奪い、まるでパソコンのパーツのように繋ぎ合わせ創られていることを考えると、俺には到底創造した者達の心情は理解できないし、許すこともできない。

 この大樹は人間を積み上げて造られたおぞましい建造物以外、何物でもないのだ。

 胸の奥で激しい感情が渦巻いている。


「イクシオ」


 俺は画面をつついて白花へと大量の顔文字を送り始めたイクシオの名を呼んだ。


「何だ」


「どこの世界にもおぞましいことを考え付く奴がいるものだな」


 イクシオは俺の言葉に一瞬、目を大きく見開いた。

 淡い青色の中に、彼が抱く大きな感情の波がよぎる。

 しかし、先程とは異なりその感情を吐き出されることなく、イクシオはゆっくりと(まぶた)を伏せた。


「知恵は大いなる力だ。故に使い方を誤れば、時に人を血の通わぬ化け物に変える。よって人は知恵を振るう時は、常に冷静でいなくてはならない」


 そう言って微笑むイクシオの表情は、どこか自責の念を抱き、深く心憂いているような色を帯びていた。


「あの大樹は、(おご)った者共が創り上げた愚者の象徴だ。故に、私はこの大樹の存在を否定する」


 イクシオの様々な思いを抑え込みながらも、苦心を吐露するように告げられた言葉で、俺の(はらわた)の中で蜷局(とぐろ)を巻く激しい感情がその鎌首をもたげる。

 俺はこの煮え(たぎ)る感情が怒りであることを自覚した。


「俺は、白花を助けたい。世界樹は俺にとっては神樹なんかじゃない。俺はこの人柱樹を絶対に破壊する」


 怒りに任せて言い放った言葉は、ずしりと重く自分自身の心にのしかかっては来たが、腹の虫は外に出られたことに満足したのか、胸の内は先程よりも軽くなった。


 イクシオを見れば、彼はしっかりと俺を見つめたまま頷いてくれた。


「こんなにも優しい女性だ。必ず助け出さねばなるまいよ」


 自分でも目を逸らしたくなるような苛烈(かれつ)なを感情を受け止めてくれたイクシオには、感謝せざるを得ない。



 こうして、それぞれの決意を新たにした俺とイクシオは、白花が作った地図を元に、脱出ルートと方法を導き始めるのだった。

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