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彷徨う世界樹  作者: 真一文字
1/13

序章1 コミュ障二人、バスの旅

 

 バスハイクなどいつぶりだろうか。

 と述べてはみるが、まだ16年という短い人生の中での「いつぶり」である。

 せいぜい2年ぶりくらいの事柄だろう。

 私立札幌幌一高等学校一学年、8クラス計288名を乗せた8台の観光バスは、だだっ広い北の大地を伸びる高速道路を隊列を組みながらひた走る。

 そのうちの一台に半ば詰め込まれるように乗せられた俺こと松竹(まつたけ) (かい)は、前から8番目窓側席にて北海道の雄大なる初夏の景色を満喫している。

 第一志望校合格の夢を散らせた傷心の春を終え、俺の中にも徐々に季節の移ろいを感じる余裕がようやく芽吹き始めていた。


 ただでさえ、俺は春が苦手だ。


 北海道の春は遅いが故に、暖かな陽気が訪れると共に一気に生命が(あふ)れ返る。

 金色の陽光を受けて輝く萌葱色(もえぎいろ)の木々の新芽に、色取り取りの花々。

 雪片を浮かばせながら流れる川淵を、ちらちらと忙しく飛び回る白や黄色の蝶々達。

 それらが落ち着いたモノクロの世界に慣れきっていた網膜を踏み荒らし、賑やかな小鳥達の恋歌が星の瞬く音さえも拾うであろう繊細な鼓膜を(つんざ)いていく。

 更には鼻腔に無遠慮に広がる(かぐわ)しい土の薫り。

 元来のんびり屋等と称される俺にとって、怒涛(どとう)のように迫り来る春の刺激は(いささ)か強すぎるものだった。


 そうして、目が回りそうになる季節に翻弄(ほんろう)されながら迎えた初夏。


 前期中間試験を終え、一先ず緊張の糸を緩めた学友達は夏休みに向けての予定などを和気藹々と語らいながら、バスに揺られ目的地へと運ばれていく。

 入学当初はかしましいとさえ感じたクラス内の喧騒(けんそう)だったが、人間というものは周囲の環境に慣れていくもので、数ヶ月、俺は図書室に避難せずともこの賑やかな住処(すみか)で読書を楽しむことができるまでに成長した。

 幸い学友達にも恵まれたようで、彼等も俺の内向的な性分を察してか有事以外の時には基本そっとしておくことが多い。

 本来、高校生という身分である自分は自己改革として積極的に他者と関わるべきであったのかもしれないし、学友達の会話に参加することは社交性というものを身に付け、大人へと成長するに向けての武器を獲得するチャンスだったのかもしれない。

 しかし、俺は春であることと傷心を言い訳に、学友との交流に対して(まぶた)を伏せていた。

 後悔していると言えば嘘になるが、まあ、過ぎたことは仕方がない。


 ──まだ人生は長い。気長に行こう


 今はこの車窓に広がる絶景に地元民ながら若人(わこうど)らしく心躍らせるべきだ。

 俺はクラスメイト達の楽しげな会話を背景に、車窓の上部を()え渡る晴天を見上げた。


 ──これで電線がなければ最高な景色だ


 (ひね)くれた感想とは裏腹に、俺の鼻腔からは満足気な吐息が漏れるのだった。


 と、すぐ(そば)から、更に限局して述べるならば俺の隣の席から小さな笑い声が漏れた。

 は、と我に返って隣を見れば、知的な光が二つ興味深げにこちらを見上げている。


「……ごめんなさい」


 声の主は一応の事といった調子で()びを入れ、言葉を続けた。


「松竹君、今日は随分ご機嫌みたいだからつられてしまったの」


 彼女は(たお)やかな仕草で腕を組み、口元を人差し指で撫でながら俺へと微笑む。


「そうか」


 そう短く応えた俺だが、内心はかなり動揺していた。


 彼女の名は白花(しらはな) (ひじり)

 背中まで伸ばした真っ直ぐな黒髪と眉辺りで切り(そろ)えられた前髪。それから、聡明な光を宿すアーモンド型の眼が印象的な女子生徒である。

 座席は最後列の窓側。教室でも俺のお隣さんであり、クラス内においては俺と同様、浮いた存在だ。

 だが、彼女の場合は怠惰な俺とは異なり少々特殊な事情で、他の学友達と距離が開いているようにみられる。

 白花(しらはな) (ひじり)は東京に本社を置く大手企業の社長ご令嬢だという。

 これはクラスメイトである女子生徒達が大きな声で話をしていたのが、たまたま自席で二宮金次郎像の如く読書に勤しんでいた俺の耳にまで届いただけの情報であり、本人の口から直接聞いたわけではない。

 しかし、彼女の凛とした(たたず)まいと落ち着いた態度、勤勉で頭脳も明晰(めいせき)な彼女を見れば、その話は極めて真実に近いものなのだろう。

 そんな生まれついての華々しい身分を持つ彼女だが、クラスメイトに対する態度はどこかそっけない。

 よって、彼女は仲の良い友人が極端に少ないようであった。

 もしかすると、彼女は一人でゆったりと過ごすことが好きな人種かもしれない。そのような人物も世の中には一定数存在するのだ。

 以上、そんなミステリアスな人物。それが隣人、白花(しらはな) (ひじり)だ。


 そんな彼女に話し掛けられるとは思わず、俺は大層驚いた。

 表情筋が堅い俺の驚きが彼女に伝わったのかは定かではないが、白花(しらはな)の珍しい挙動は続く。


「確かに私はあまり話さない方だけれど、そんなに驚くことはないと思うわ」


 ──ああ、此奴は俺の表情が分かるタイプの人間なのか


 確かに、彼女が話し掛けてきたきっかけも俺がご機嫌であることに気が付いたからであった。


「凄いな、俺の表情が分かるのか」


 純粋に感心の言葉を漏らした俺に、彼女は僅かに口角を上げつつゆっくりと頷いた。


「確かに難しかったわ。でも、三ヶ月間、貴方を分析し続けた私には最早ぬかりはないわよ」


「……は?」


 (わず)かに細められた彼女の目元にはどこか勝ち(ほこ)ったような色が宿っている。


 ──いや、俺の無精な表情筋相手に何ひっそりと向き合ってるんだ


 俺はミステリアスなお隣さんの珍妙なる奮闘を暴露され、思わず呆気(あっけ)に取られてしまった。

 そんな俺の様子に白花は我に返ったらしい。

 珍しく動揺したように彼女は大きく目を見開いた。


「別に24時間ずっと見ていたわけではないのよ?授業中とか休み時間とか、単なる暇潰し。決して登下校中に後を付けたりなんてことはしていないわ」


 言葉を紡ぐ程、彼女の意図とは関係なく話が危険な香りを帯びてくる。

 抑揚(よくよう)のない彼女の声色の中に徐々に焦りの色が混ざり始めたところで、俺は居たたまれなくなり片手を上げ、彼女の話を制止した。


「大丈夫だ。別にそこは心配してない」


 俺が会話を強制終了させたところで、白花から安堵(あんど)にも似た溜め息が漏れる。

 彼女からは俺に不用意に話し掛けたことに対する後悔の色が見て取れた。

 会話が下手な人間がよくするその表情に、俺は既視感(きしかん)を覚える。

 今の彼女の姿は紛れもなく、かつて周りに溶け込もうと必死に試行錯誤を繰り返していた頃の自分の姿だった。

 そうして得た中学時代の仲の良い友人達とも離れ離れとなり、新たな人間関係を築くことを(なま)けた結果、俺は教室の片隅で不貞腐(ふてくさ)れたように本に視線を落とすだけの存在となった。


 だが、白花は違う。


 彼女はずっと誰かと話そうと、人知れず(もが)いていたのだ。

 そして、今日、今、この瞬間、白花は勇気を持って俺に話し掛けたのだろう。

 会話を重ねて間もない彼女がどのような人物であるかはまだ知れずとも、彼女が俺と会話を試みようと真剣に向き合っていることは十分に理解できた。

 高校に入ってからは人間関係を構築する情熱も湧かず自堕落に生活していた俺に、白花の健気とも取れる姿はまぶしく映し出される。

 俺の口から、自然と言葉が漏れた。


「お前、意外と面白い奴だな」


 ──おい、馬鹿。何偉そうな口効いてんだ


 俺もすぐさま先程の白花と同様に後悔の念に駆られた。


 ──ほらみろ、怒るぞ。女性に向かって、いきなりお前呼ばわりはないだろう。しかし、ある意味仕方がないことでもある。俺には女友達と呼べる相手はこれまでの人生において、一人もいなかったのだから


 しかし、身構える俺とは裏腹に、白花は不機嫌な表情を浮かべることはなかった。


「私が、面白い…?」


 ゆっくりと咀嚼(そしゃく)し味を確かめるように繰り返された言葉は、彼女が小首を傾げると共に飲み込まれる。


「あー…、悪い意味ではなくてだな…」


「そんなこと、貴方のその、焦ったような悲しそうな顔を見たら分かるわ」


 首を傾けたままつぶらな両眼で食い入るように見つめられ、俺は居た(たま)れずに視線を反らす。

 むず、と硬い口角周りの筋肉が珍しく複雑な動きをみせた。


 ──白花(しらはな) (ひじり)の観察眼、恐るべし…


 家族以外に感情を読まれてしまうのは(いささ)か恥ずかしくもあるが、理解されるという安心感はなかなか心地の良いものだ。

 浮かれたようにむずむずと(うごめ)く口元。

 もしかしたら今、俺はにやけているのかもしれない。

 今の俺の顔面はさぞかし気色の悪い笑みを浮かべているだろう。

 俺は白花の眼前から一時撤退し、自らの顔面を確認するためすぐさま窓へと向き直った。

 高架下には規則正しく植えられた緑の苗が点描画のように、地平線まで続く土のキャンパスを飾り立てている。

 俺はその雄大な景色を背景にガラス窓にうっすらと映り込んだ、自らの顔面が粗相(そそう)を起こしていないか確認した。

 だが、どうやら顔面事故は俺の杞憂(きゆう)だったらしく、窓には鉄仮面の如く無表情の男の口角が小さく痙攣(けいれん)を起こしているだけだった。

 痙攣(けいれん)する口端を指でぐりぐりと押していると、隣から小さな笑い声が上がる。

 (にぎ)やかな車内の中、バスのエンジン音にさえ負けてしまいそうな(ひか)え目な笑い声だが、俺には何故だかやけにはっきりと聞き取れた。


 窓ガラス越しに彼女と目が合う。


「────」


 長い黒髪を微かに揺らしながら白花は笑う。

 その控えめにゆるり、とはにかむ彼女の微笑みを視界に(とら)えた瞬間、俺は言葉を失った。

 ひたすらに現実を見据(みす)え、凛々しげな表情しか見せたことのなかった少女が浮かべた夢心地の微睡(まどろ)みにも似た甘い微笑みは、俺の心を酷く揺さぶる。

 動揺は蜜のように(とろ)け心臓を甘く煮詰めた後、全身を(したた)り落ちていった。


 ──この甘やかでいて苦しい感覚は一体何なのだろうか…


 面白い本に出会った時に似ているような高揚感(こうようかん)と、大切な人達の幸せを間近で見守るような幸福感。心地よい感覚が全身を満たしている筈なのに、体内をで反響する鼓動の音色は切なく僅かな痛みを伴う。


 ──この胸の高鳴りと切なさは何なのだろう?


 彼女は見かけによらずお茶目な奴だ。

 澄ました表情の奥で、常に彼女は他人と関わることに不安と葛藤(かっとう)を抱いていたことも知った。

 この鉄面皮の奥にある表情を、俺本人の知らぬ間に理解し極めていたことには、驚きと共に嬉しくもあった。

 そして、今、俺は白花を心の底から愛おしいくて(たま)らない。


 ──そうだ、これは恋だ

 そうでなければ、胸がこんなにも切なく痛む訳がない

 こんなにも、窓越しに映り込んだ彼女が目映く輝く訳がない


 ──それにしても、話掛けられ幾分もしない間に時が止まる程の恋に落ちるとは、自分はなんて単純でロマンチストなのだろう


 俺は自他共に認める読書家である。

 今まで読んできた本の中には、年頃の青少年が好む、冒険、恋愛、コメディ、様々な空想的趣向の強い小説も含まれる。

 未知の世界を疑似体験できるそれらの小説は、俺にとって至極心踊るジャンルである。

 勿論、現実は本のようには上手くはいかないことは重々承知の上で、(たしな)ませてもらっている。

 それに合わせ、人の持つ感情は本に描かれている程単純ではないとも理解している。読み手が登場人物の特徴を理解しやすいように、性格も感情も全てが簡略化されている。

 そして、感情の起伏(きふく)は本来起こりうる物より、幾らばかりか誇張(こちょう)して記されている。

 俺は夢物語を分かりやすい簡略化された世界として、一つエンターテイメントとして、楽しませてもらっていたのだ。


 現実は空想よりも無感動なものである。


 そう信じて疑わなかった俺が、まるで恋愛小説の登場人物顔負けの恋に落ち方をするとは…


 ──頼むから冷静になってくれ、松竹(まつたけ) (かい)


 俺は(うるさ)く響く鼓動をなけなしの理性で(なだ)めながらも、白花へと向き直った。

 俺の価値観を微笑み一つでいとも容易く破壊した彼女は、普段の涼やかな表情からは想像し難い柔和な表情で俺を見つめている。


 ──ああ、俺は本を読み過ぎて、とうとう現実と空想の区別が付かなくなるという病に侵されたのだろうか?

 あの病は都市伝説の類だと思っていたのだが…


 心中大混乱を起こして外部への出力機能を完全停止させている俺へと、白花は照れたようにはにかんでみせた。


「面白いと言われたのは初めてよ。何故かしら?少し、(ほこ)らしくも感じるわ」


「……そりゃ、良かった」


 そう嬉しそうに告げる彼女に、気の利いた言葉も(ろく)に返せない。

 こんなに素直な言葉を現実世界で口にする女性がいたことに驚愕(きょうがく)するだけで、俺の思考容量は(あふ)れ返っていたからだ。

 短いながらにも自分なりに一生懸命送ってきた人生の中で、丁寧に組み立てていった現実という世界の価値観が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。


 ──俺はまだ現実を知らない


 無味無臭とさえ感じていた現実世界でこんなにも心が揺さぶられる人物に出会うことがあるなんて、想像だにしなかった。

 ただ、俺は物事を知る前に全てを知った気になり「つまらない」という評価を下していたのかもしれない。

 彼女は現実世界の探求を放棄した俺に、この世界は何たるかを改めて考えさせる大きな存在なのかもしれない。


 ──いや、違う。そんな回りくどい面倒臭い思考はなしだ

 俺は単純に、白花聖という人物をもっと知りたいだけなのだ


 気が付けば俺は白花へ想いを告げていた。


「お前が気になる。良ければ、仲良くしてほしい」


 ──だから…、俺の馬鹿野郎…っ。我ながらなんという口説き文句だ…っ


 コミュ力0(ゼロ)の男の鉄仮面の下では、哀れな男が羞恥と後悔で頭を抱え悶絶(もんぜつ)している。

 普通に周囲が使う言葉を使えばもっと上手く気持ちを伝えられるのかもしれないが、長年人間とより本とコミュニケーションをとることが多かった俺には気さくな言葉遣いを操る術は知らない。

 だからといって恋愛小説諸々に書いてある気障(きざ)台詞(せりふ)を使う程、大層なオーラを放っていないことも重々(わきま)えている。

 つまりは恋愛経験値が全く皆無な俺は、やはりこうして自分の言葉で素直に気持ちを述べるのが、彼女への誠実な態度ということになる。

 まあ、それが、白花に上手く伝わるかはどうかは、彼女の類稀(たぐいまれ)なる洞察眼(どうさつがん)(ゆだ)ねる他ないのだが。

 全く他力本願甚(はなは)だしい事態。努力を(おこた)ってきたこれまでの自分が恨めしい。


 白花はきょと、とした表情を浮かべながら、雪でも乗りそうな程長い睫毛(まつげ)に縁取られた(まぶた)をパタパタと(またた)かせる。


 そして、その後、彼女は首を(すく)めて笑った。


「ええ、喜んで。私に興味を持ってくれて嬉しいわ、松竹君」


 それは先程浮かべた柔和な微笑とはまた異なるものだ。

 何というか、にひ、という擬態語が似合う、照れ笑いの部類に近い。

 お嬢様キャラである彼女が見せた俗っぽい一面も、この単純な男、松竹(まつたけ) (かい)にとっては更に彼女に()かれる要因の一つとなった。


「よかった…。勇気を出して、貴方に声を掛けてみて」


 ときめきとも呼べる胸の高まりと共に、再びムズムズと蠢こうとするだらしない口角を必死に戒めている俺に、彼女は悪戯っぽい笑みを向けたまま言葉を(つむ)ぐ。


「私、本になんか、負けないわ」


 ──大丈夫だ。既にお前は今まで読んできたどの本よりも、十分面白い奴だよ


 そう口にする程器量のない俺は、白花(しらはな) (ひじり)の勇ましい宣言に静かに(うなず)く他なかった。


 バスは若人(わこうど)達を乗せ、北の大地をひた走る。

今月中に序章〈全3話〉完成予定です。

ふりがなを増やしました。(2019.6.3)

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