フェニックスパレス
名門魔法学校フェニックスパレスに入学したぼくたちは、晴れて一流の魔法使いを目指すべく学校生活が始まった。
名門魔法学校は由緒正しく四つの学校に分けられている。名門と名乗れるのは魔法学校で偉大なる生徒を輩出した学校に名誉があるとして与えられている。
北の国にセイリュウ。寒い冬の大地にそびえたつ古城のような外見をした建物だ。季節に関係なく常に寒さで身も心も震える。そのうえ、炎に対しての精霊がいないためか城内でも炎の魔法は極めて弱く、家系であっても炎を扱えるものは少ないと言われている。
気候もあって、夏でも氷点下に下がることもあるほど極寒の地だ。
東の国ハヤブサ。秋の実りもあってか比較手に温暖な地。農家が多く自然豊かで評判な学校だ。教会を思わせる建物が密集した古風ある遺跡のような建物が並んでいる。
様々な精霊が棲みつき、学生には少なからず一匹の精霊が憑いていると言われている。
数年前、ビャッコパレスと対立だったが、ビャッコパレス校の生徒が不正していたことが発覚し、ビャッコパレスは降板となった。
南の国セイレーン。海の上に佇む白く彫刻のような建造物が立ち並び、小さな孤島を橋渡しのように小さな城が伸びている。年に一度現れる水上神殿がもっとも有名で、水の精霊が生徒に複数憑りつくという噂がある。また、孤島には昔、沈没した船の伝説や、怪物の伝説、戦争で失った町の伝説など、生徒たちの好奇心に呼びかける伝説が多い。
西の国フェニックスパレス。不死鳥をイメージした旗がモチーフとされており、宙に浮かぶ小島。外見は古城だが、何百回ほどの改築によって外見は古城だが、中身は迷路のように入り組んでいる。地図もなければすぐに迷うほど複雑な作りで、来客者は案内人がいないと数か月は出られなくなるほどだ。
そんな四つの名門校は争っていた。
お互いに戦い、どちらが滅びるか、年々卒業生たちに導火線を握らせ、学校の命の灯火を切らさないように橋渡ししていた。それは、ぼくたちも同じ。
ぼくたちが卒業するまでのお話。
**
晴れて、二学年に昇格した頃、ある噂が学校に祭りのようにざわつかせていた。
その噂が何なのかそれは、彼が教えてくれるまでぼくたちにとっては関係ない話だった。
「今時間ある?」
授業を終え、次の講習の準備をしていたぼくに話しかけてきたカズヤ(以降、K)。次の移動時間もあるのにどうしたのかと尋ねた。
「実はな、廊下の大きな鏡についての噂なんだ」
それはいま話題になっている廊下に飾ってある大きな鏡のことだ。
四メートルほどの長さで、大人二人を抱えて届くかどうかの高さほどだ。
昔、生徒がこの鏡の前で消えたという伝説がある。その生徒が在中の生徒だったのか不明で、鏡に吸い込まれたのを目撃した生徒がいたという。
この鏡を通るとき、立ち止ってはいけないと噂が立ち、見ないようにカーテンで幕を張るようになった。
噂は噂を呼び、鏡に立ってみようという話も出てきており、試して帰らなかった生徒が何人もいるという話だ。
そんな話に食いつくとはKらしいと言えばKらしい。
「知っている。何人も吸い込まれたっていう話だろ」
「そうなんだ、今日、俺達もやってみようぜ」
Kは嬉しそうに言った。
ぼくはいやだった。怖かったからだ。もし、そのまま鏡の世界に連れていかれ、戻ってこなかったらと思うと、怖くて鏡の前に顔を移すのが嫌になるだろう。
ぼくはイヤだと言おうとしたとき。
「うん、いいよ」
返事してしまった。
軽はずみだった。嫌だというはずがいいよと返事してしまったのだ。好奇心が勝ってしまった結果だった。
「それじゃ、Mも誘って今日の夜、鏡の前に集合な」
Kはウキウキな気分で走っていった。
同じクラスながら、Kの噂好きはこの学校よりも広いんじゃないのかと疑うほどのレベルだ。
フェニックスパレス。名前とは裏腹に階層が重なり迷路となった学校。その中で授業を受け、生活し、一日を終える。そんな当たり前の学校生活に暗く闇が存在している。
ぼくはその一線を越えようとしていたのかもしれない。
本当に闇があるのなら、ぼくはどっちに傾くのだろうかと心なしかそう思いを抱いていた。
夜。みんなが寝静まった時間帯、Kに呼び出されて鏡の前まで来た。
そこにはウキウキなKと眠そうなミチル(M)の姿があった。
「M、眠そうだね」
「ああ、勘弁してほしいよ」
「そういうなって、これも解明する糸口かもしれないし」
「だからと言って、この日に決行するなよ」
この日…。Mが言ったのは明日、試験だからだ。本来なら、明日の朝まで勉強に励むのだが、Kに呼び出されたMはイライラしていたのが分かった。
そんなことも知らず、Kは鏡の前に向かい、カーテンをめくった。
「なんだ、なにも映らねぇな」
鏡というよりも茶色い板がそこにあった。正確には鏡だったものが茶色に変色してしまっていた。
鏡と呼べなくなった板はただ、ぼくたちを移すことなくその場に立ち尽くしていた。
「ほんとうになにもないのか?」
Kは鏡の裏側に周る。
少し斜めになっており、横から見れば20度ほど壁に向かって傾いている。
隙間には埃が積もっており、何年も掃除していないばかりか鏡を移動した形跡もなかった。
「噂は本当なのか?」
「どうなんだよ」
「いやー、消えたっていう噂は…あーでも…うーん」
Kは困り果てていた。
それもそうだ。理想的な結果を待ち望んでいたKにとってなにもないというのが一番納得いかないのだ。Kはうーんと悩みながら鏡を触っては調べていた。
静かになる廊下。窓には大きなカーテンが閉められ、外の様子は見えない。天井に灯り照らすシャンデリアだけが唯一ぼくらを闇から救ってくれている。
そんな廊下にありえないほどの鏡が置かれている。
いつ、だれが設置したのかわからない。
ただ、その鏡は移動することもなく、ずっとその場に置いあった。
鏡を見つめながらそんなことを考えていたぼくは、Mが鏡に手を置いているのを気づいた。
「M? どうしたの」
「おそらくこれは…」
Mは力なく手を押した。
ガガガと錆びた重しのようなものが小さく鳴り響いた。
その音はやがて大きくなり、そして姿を現した。
「…扉だ!?」
目の前には大人一人は通れるほどの入り口があった。
パカっと開けたその扉の先にはうす暗い廊下が続き、不気味でその先に行きたくないと体内のなにかが訴えかけていた。
「M! 発見したな」
Kは誰も発見できなかったものを発見できたことに興奮していた。
だが、ぼくはKとは裏腹にこの先は行ったら戻ってはこれない気がしていた。
ぼくはMに扉を閉めるように言おうとしたとき、Mがその扉の中へと吸い込まれていった。
「M!」
ぼくは叫んだ。
まるで鏡に吸い込まれるかのようにして消えた。
そんな噂が真実になるなんて思いもしなかっただからだ。
Mはなにも言うことなく、ただ黙って扉を閉めた。ゆっくりと。
ぼくは駆け出し、扉を押さえようとするが、触れることができずそのまま閉じてしまった。
「M!」
もう一度叫んだ。
けれど、返事は返ってこなかった。
呆然とするKに目をむけた。
「追いかけよう」
「そ、そうだな」
気を取り戻し、扉に手をかけた。だけど、びくともしない。
先ほど、Mは扉に力を籠め、奥へと扉を開けた。
同じようにしてぼくらも力を込めて開けようとしたが開かない。
いや、絵に描かれた扉を押しているような感じだった。
絵に書かれた扉に何度押しても開こうとして開けることはできない。その扉はその意味を語っていた。
「M!」
もう一度叫んだ。
すると「こんな時間に何事ですか!?」廊下から歩く一人の老婆。学長だ。この学校を取り仕切る校長の下っ端だ。学校には各学寮に分けられており、それぞれ〈知識〉、〈運動〉、〈技能〉、〈英才〉に分けられている。ぼくらは〈知識〉に属していた。
「明日は、試験のはずですが、なぜここにいるのですか!?」
ぼくは沈黙した。Mが鏡の中へ消えていったことを正直言えなかった。馬鹿正直な言い訳だと聞こえてもおかしくはない。ぼくが何も言わないでいるとKが代わりに答えてくれた。
「Mが鏡の中に吸い込まれたのです。まるで扉を開けるようにして消えたのです」
その話を聞いた学長の眼の色が変わった。
「それは何時ごろの話ですか?」
「いまです!」
ぼくは答えた。Kよりも早く。
もしかしたらとんでもない事件に巻き込まれたんじゃないかと疑ったからだ。
鏡に手を置く学長。
すると力なく開かれた。
開かれた先にMが立っていた。数冊の本を持って。
「M!」
出てきたMに抱き付いた。
Mは軽率な態度でぼくらを避けた。床へ顔面が叩きつけられる。夢じゃない。と確信し、もう一度Mに抱き付こうとしたとき、Kが真っ先にとMに抱き付いた。
そのとき、Kは軽く宙を飛び、頬を拳の痣をつけて床へ叩きつけられたのは一生忘れられないだろう。
「痛いなー」
Kの悲痛な叫び、耳にしないとばかりに、持っていた数冊の本を学長に見せた。
すると、学長は真っ青になり、要件を訊いた。
「なにが、目的なのですか?」
「噂になるほどです。さっさときれいにした方が身のためだと思いますよ」
「……わかりました。このことは大目に見ます。ですから、すぐに自室へ戻りなさい」
ぼくたちは学長に赤点つけられることなく退場した。
鏡の前でブツブツとつぶやいている学長がなにを思っていたのかわからない。ただ、この後のMからの話で何となく理由がわかってしまった。
「M、あの本何だったの?」
「ああ、学長の密かな楽しみ(スパイス)さ」
「? どういう意味」
「それは大人だけが知る楽しみだよ」
意味が分からない。けれど、なんとなくわかる。その意味が理解したとき、ぼくは大人の階段を上ることができた。
「あーあ、結局噂は噂かー」
げんなりとしたKは頬に痛い傷跡を残し、ぼくらを見た。
Mに殴られた一発は堪えたであろうか、Kの瞳にわずかだが涙が出ていた。
「こんな時間になったけど、ぼくの部屋で朝まで勉強しない?」
ぼくは提案した。扉の先に何があったのか知りたかったこともあったし、なによりも明日、苦手な科目があることを思い出したためもあって、ぼくはいち早く戻りたかったからだ。
「今度、すごいものを見つけてくるから」
「黙れ」
Mの殺気にKはすぐに引っ込んだ。
それは初めて怒らせてはいけない人を怒らせたという教訓を得た日でもあった。
翌日、朝まで猛勉強したぼくとMは高得点を得たが、Kは途中から朝まで寝ていたため赤点だった。
「せっかく赤点帳消しになったのにー」
「自業自得だ」
とMは言っていたが、Kは「赤点でも補習は来てくれるんだろ?」と陽気だった。同じチームとして恥なのか楽し気な存在なのかぼくにはわからない。けど、Mは「次、ちゃんとやれよ」と訊くと「もちろんだ、また一緒に探索でも」と答えた。
KはKだ。変わらない。