7:かき氷
夏の遊び心です。グダグダで中身のないお話ですみません。
私がこの屋敷を訪れて三ヶ月ほどが経過した。
ご主人様との生活にもだいぶ順応し、当初の緊張具合は無くなったように思える。
さて、季節は移り変わり、夏が訪れた。
今朝は日差しも強く、気温も高く、言ってしまえばすごく暑い。
「あ"ぁ"ー……暑い」
「本当ですね……」
ご主人様と私は、居間のテーブルに突っ伏していた。
夏はやはり好きになれそうもない。耐え難い猛暑、ただその場にいるだけでも疲弊する体、汗が溢れ出てベタつく上、暑さによる苛立ちからか、奴隷商の鞭の頻度も増加する季節……思い返すだけ、嫌な気分になる。
負のオーラが少し伝わってしまったらしく、ご主人様は顔を上げて、私を気遣わしい目で見据えた。
「……今嫌なこと考えてなかった? 大丈夫?」
「あ、いえその……奴隷だった頃、夏は地獄だったな、と」
「ん……そっか。じゃあ今の生活はどうかな。少しは奴隷時代より楽に暮らせてる?」
「それは、本当に」
楽なんてものじゃない。本当に優しくしてもらっている。大切にされていると実感できることも沢山ある。
ご主人様が不安そうにしているのは、杞憂というものだ。
「ご主人様に買っていただけなかったら、今頃は……」
死んでいたかも知れない。当時の奴隷商の私を見る目は、不要になった廃棄物を見る目に似ていたように思う。よくてひと月程度で、殺処分されていたのではないだろうか。
「そっかぁ……最近ちょっと不安だったんだ。レーナちゃんあんまり笑わないし、本当はここにいるのも辛いんじゃないかなって。そっかぁ……なら良かったよ……」
暑さに当てられて弱気になっているのかも知れない。どこかしおらしい。
なんとかならないだろうか。
「暑さを和らげる方法、何かありませんかね……」
皆誰もが考えることだ。それがあれば、とっくに実行している。
「井戸水なら冷えてるだろうけど……あんまり飲みすぎるとお腹壊すしねぇ……」
「うーん……」
「うむむ……」
「あぁ……」
「あ"ぁ"……」
このむせ返るような暑さの中で、頭を動かすのは辛い。すぐに熱を持ったように機能しなくなって、二人揃ってまた突っ伏す。
「……あ、そうだ!」
やがて何か閃いたようにご主人様が声を張り上げた。一体何を言い出すつもりだと彼女の方を億劫そうに見れば、
「かき氷、作ろうぜ!」
またまた意味のわからないことを、言い出すのだった。
****
まず、かき氷とはなんぞやという話だ。
「えぇと、簡単に言えば氷を砕いて粉々にしたものをお椀に盛って食べます。それがかき氷。氷菓子とも言います。私の故郷の味ですね、はい」
「……何故『菓子』なんですか? ただ氷を砕いただけなんじゃ」
「ノンノン、違うぜレーナちゃん」
気取ったような顔で指を振りながら、ご主人様は訂正する。
「はぁ」
「果物の風味のするシロップをそれにかけて食べるわけですよ」
「はぁ」
「そういうわけなので、私は氷を買ってくるわけですよ」
「はぁ……ってえぇ!? 今ですか?」
そもそも氷を買ってもここに戻ってくるまでに溶けてしまうのではないか。
その問題点を指摘しようとするも、
「勿論。やると決めたらすぐ動かないと、明日やろうは馬鹿野郎なんだよ!」
勢いが凄い、口を挟めない。
「は、はぁ」
「そういうわけなので、行ってまいります」
敬礼をして、言うが早いかご主人様は村の方角へ走っていった。
「い、いってらっしゃいませ……?」
****
その後、十分もしないうちにご主人様は帰ってきた。足速いな。
「ただいまぁっ!! 溶ける、溶けちゃうぅっ! レーナちゃん金槌とおわん持ってきてー!!」
その手には革袋が握られている。どうやら本当に氷を買ってきたらしい。
私はまたもテーブルに突っ伏していたため、即座に反応できず、ややおいて立ち上がった。
「……ふぇ、あ、はい! ただいま!」
部屋を駆け回り、戸棚からお椀を取り出しては、工具箱の中から小振りな金槌も一つ手に取る。
かき氷製作はテーブルで行うらしく、所望されたものを机上に置く。
「それで、袋ごと氷を砕くんですか」
金槌を握ったご主人様に声をかける。
「そうです! かき氷機あれば良かったんだけど、ないから手動で破壊するしかない」
「なんだか乱暴ですね……」
「ともあれ急がなきゃっ……おらぁっ! おらぁっ! 壊れろぉー!」
愛らしい顔立ちの少女が、容姿に見合わぬ猛々しい掛け声を上げ、金槌を振り下ろし、氷を破壊する……中々にシュールな光景だ。
やがて当初大きかった氷は粉々に砕け、日差しに反射し輝く宝石のようになり、袋から取り出されてお椀に盛られる。
「ふぃー……こんなもんじゃろ」
額に浮かんだ汗を拭い、ご主人様は息をつく。
「シロップはどうしますか?」
「試作品なのでパンケーキ用のシロップをぶち込みます」
「えぇ……」
やっぱり乱暴だ。
****
「できたー!」
「おー」
テーブルの上にはお椀に盛られた、シロップの掛かった粉々の氷がある。
試作かき氷一号とご主人様は名付けた。
椀一杯分しか用意されていないようなので、私は食べない。
溶けたらおしまいだと、早速ご主人様はスプーンを差し込む。
「うぇっ……」
「どうですか」
「……甘っこい」
そうだと思った。
パンケーキにだってそこまで多量にかけたりしないのに、氷にはどばどばと表面を覆うようにシロップを投入していた。そりゃあ甘くもなる。
顔色を悪くしたご主人様はそこで手を止めてしまう。
「……レーナちゃんも、食べなさい」
「え? わ、私はいいですよ」
「私だけ砂糖吐きそうな甘っこい思いして、レーナちゃんだけ食べないなんて不公平だっ! いいから食うんだよ!」
「えぇ……」
そもそもかき氷を作ろうと言い始めたのはご主人様なんだよなぁ。
内心愚痴りながら渋々といった風に、私はスプーンを受け取ろうとする。が、
「あーん」
「……?」
「あーん」
「……? え、あの、自分で食べます」
ご主人様が、スプーンを渡してくれない。というか、私の口に氷を直に放り込もうとしてくる。
「あーん」
「あの、ご主じ」
「あーん!」
「えぇ……ちょっと」
「あーんっ!!」
……どうしても自力で食べさせないつもりか。
「……あ、あーん……」
口を開くと、ぱぁっと嬉しそうにはにかんだご主人様が目に入る。うえぇ……なんだか恥ずかしい。
「……うぇぇ……甘い……」
入ってきた氷を噛み砕くと、シロップの濃い味が口いっぱいに広がった。分量多すぎだよ、もう食べたくない。
「今度は私に食べさせて」
「うぇっ!?」
いつの間にか、食べさせ合いっこになっていた。
シロップだけじゃなく、もう空間自体が甘っこかった。
間接キスの事実に気づいて赤面したのは、その少し後のこと。
諸事情により毎日投稿が厳しくなるやも。あるいは内容が薄くなる。
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